酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

新型プリウスは弱点の克服に注力されたらしい (その1)

従来のプリウスには弱点が二つありまして、一つは高速道路での燃費が悪化してしまうという点と、もう一つは冬場の燃費が悪化してしまうという点になります。3代目プリウスは10-15モードやJC08モードなどの走行パターンによる燃費は10%くらいしか向上していません。が、従来の二大弱点を克服するような仕様変更がなされているようで、カタログ値には表れにくい全般的な実燃費は従来よりさらに良くなっているかも知れません。

一般のクルマはストップ&ゴーがない高速道路のほうが燃費が良くなるものですが、最も燃費が良いのは空気抵抗がそれほど大きくならない60km/hくらいの定速走行だと言われています。空気抵抗は速度の2乗に比例して増加していきますから、100km/hは60km/hの約1.67倍、空気抵抗はその2乗となります。つまり、約2.78倍にまで跳ね上がってしまうわけですね。

ご存じのように、プリウスは減速時のエネルギーを発電によって回収し、加速時にそれを再利用する回生ブレーキが効果を発揮します。ストップ&ゴーを繰り返す一般道でもエネルギーの損失が比較的少なく、法定速度を遵守した場合の空気抵抗が高速道路の1/3くらいにしかならない分だけ燃費も向上するということになるのでしょう。

また、プリウスはインサイトなどと異なり、エンジンを切ったままモーターも使わず、しばらく惰性で走るといったテクニックが使えます。これを多用すれば、さらに燃費を伸ばしやすくなるんですね。ただし、このテクニックはエネルギーモニタを見ながら微妙なアクセルワークを駆使しなければならないため、その労力が求められますし、また道路状況によっては後続車のペースを乱し、最悪は渋滞の引き金になってしまう懸念もあります。そうした点もわきまえなければならないゆえ、誰にでもお勧めできる走法ではないかも知れません。

それはともかく、プリウスの高速燃費が一般道より悪化してしまうのは、上述のように一般道よりハイスピードであるゆえ空気抵抗による損失が顕著になり、またエンジンも回りっ放しになってハイブリッドのメリットが生かせないなどの理由によると考えるべきでしょう。

余談になりますが、Q&Aサイトなどではプリウスの高速燃費が低下する理由について「ハイブリッドシステムで重くなっているから」みたいな頓珍漢な答えがベストアンサーに選ばれていたりします。私は思わず失笑してしまいましたが、当blogで何度も述べていますように、プリウスは低速から強力なトルクを発揮する電気モーターを活用していますから、エンジンの次に重い部品であるトランスミッションがありません。後退する際もモーターを逆回転させることで対応していますから、リバースギヤを備える必要もないんですね。そのため、トータルではさほど重くなっていません。

そもそも重量が大きくなることでより大きなエネルギーを必要とするのは加速させるときや登坂するときなどで、水平な道路を等速で走行する際に重量はあまり関係ありません。関東近県でいえば中央道とか上信越道みたいに山深いところを貫くアップダウンの激しい高速道路ならともかく、平坦なところで一定の速度を保つ分には重量が大きなネックになることは殆どないといえるでしょう。

確かに、重量が増えるほど路面との摩擦抵抗も増える傾向になりますが、高速走行時に最も大きな抗力となるのは空気抵抗ですから、重さというのは高速巡航時の燃費にそれほど大きく影響しないものなんですね。あのような頓珍漢な答えが正しいと見なされ、都市伝説を育んでしまうところがQ&Aサイトや多数決至上主義の恐ろしいところです。

以前から述べていますが、私の場合2代目プリウスで大人しく走れば高速道路でも22〜24km/Lくらいはいけます。普通のクルマと比べるとかなり良好な燃費だといえるでしょう。一般道よりは悪化するものの、普通のガソリンエンジンだけのクルマより優れた燃費を実現できているのは、空力特性の良さもあるでしょうけど、ミラーサイクルという熱効率に優れたエンジンを採用したのが効いているのではないかというハナシは以前詳しく述べた通りです。(関係ありませんが、あのエントリはこの辺を書いているときドツボにはまって独立させることにした次第です。)

しかし、高速道路の速度制限が日本(100km/h)やアメリカ(65mi/h=約105km/L)より緩いヨーロッパでは巡航速度が格段に高く、プリウスはやや苦戦してきました。ご存じのようにドイツとその近隣国に跨る有名なアウトバーンは速度無制限の区間が年々減ってはいますが、それでも全体の60%くらいでしょうか。

他のヨーロッパ諸国も高速道路の制限速度は120〜130kmくらいが一般的で、全般に日米より巡航速度か高くなる傾向が見られます。ヨーロッパ車は昔からコンパクトカーでも高速走行時の安定性が高いクルマが多かった印象がありますが、それはこうした事情も無関係ではないでしょう。また、日本のコンパクトカーもヨーロッパへの本格的な進出が始まった頃から格段にその性能が向上してきた印象ですが、その事情も同様ではないかと思われます。

私は試したことがないのですけど、一説によれば140km/hでの巡航で2代目プリウスは12km/Lくらいまで落ち込んでしまうといいます。100km/hに対して140km/hというと1.4倍ですから、その2乗となる空気抵抗はほぼ2倍になりますので、そんなところかも知れません。この2代目プリウスの燃費に対し、メルセデスやBMWなどのディーゼル車は10〜15%くらい上回るとのことです。日米よりさらに高いスピードで巡航する際の燃費の良さがヨーロッパでディーゼル車人気を押し上げている理由の一つになっているのでしょう。

3代目プリウスの排気量は2代目までの1.5Lから1.8Lに拡大されたのはご存じの通りですが、これはヨーロッパでの根強いディーゼル車人気に対抗するためだという見方が一般的です。中低速のトルクをより強化することで高速巡航時にもエンジン回転数をあまり上げず、燃費を稼ぐという考え方ですね。

ZVW30-01.jpg
2代目プリウスの1NZ-FXE型エンジンの最大トルクは
115N・m(11.7kgf・m)/4,200rpmでしたが、
3代目プリウスの2ZR-FXE型エンジンでは
142N・m(14.5kgf・m)/4,000rpmとなりました。
従来よりも200rpm低い回転数で
25%近くも増強されたというわけですね。


実際、Responceの記事では「80km/h近辺の燃費は30km/リットル前後と良好だった」とあります。他でも3代目プリウスの高速燃費はおしなべて28〜30km/hくらいになっているようです。上述のように、私の場合2代目で大人しく走って22〜24km/Lくらいで、高速道路ではどう頑張っても水平路の無風状態で28〜30km/hなど不可能です。下り坂が続いているとか、猛烈な追い風が吹いているとか、特殊な条件でなければどんな達人でも3代目プリウスのような高速燃費はまず得られないでしょう。

こうした高速燃費の向上はヨーロッパでの訴求力を高めるということが主眼となっているのだと思いますが、それより巡航速度の低い日本やアメリカでも一般道に比べて劣る燃費が大幅に改善されたといえるようです。そういう意味でもグローバルマーケットを見据えた意義のある仕様変更だったのだと思います。

(つづく)

プラットフォームを開発できなければ自動車メーカーとはいえない (その2)

日本経済新聞の社説は愚かにも「電気自動車は電池さえ調達できれば比較的簡単につくれる。自動車市場の参入障壁は低くなり、新たなライバルの登場は必至。」と述べています。このような発想に至ったのは、最近あまり耳慣れないブランドの電気自動車が盛んに報道されるようになったからでしょう。

しかし、そうした新興ブランドが話題になるのは、要するに電気自動車がまだまだニッチなマーケットしか形成していないからです。まだマトモな商品になっていない電気自動車が無用に大きな期待をかけられ、メディアが空騒ぎし、とりあえず何でも良いからと情報を求め、普通なら見過ごされるような新興ブランドもクローズアップされるようになっただけだと見るべきです。

これがガソリンエンジンなら新参者も大した話題にはなりません。光岡自動車がゼロワンを発表したときは少し話題になりましたが、トミーカイラZZやヴィーマック鈴商のスパッセなど日本人が立ち上げた新興ブランドでさえ、一般メディアからは殆ど相手にされませんでした。

アメリカのテスラ・モーターズような新興ブランドも本来ならこうして無視されるレベルのクルマでしかなく、「世界に目を転じても、米国や中国の新興企業が次々に電気自動車市場に名乗りを上げている。」などと社説で触れられることもなかったでしょう(日経の社説にはテスラの名こそ出てきませんが、アメリカの新興企業といったらここをイメージしているのは間違いないでしょう)。

そのテスラ・モーターズが市販を始めたテスラ・ロードスターは日本のメディアでもしばしば話題になります。が、これは大手メーカーの量産車と根本的に作り方が違います。上掲のトミーカイラZZやヴィーマックなどに近い成り立ちで、これを大手メーカーの量産車と比較するのは全くナンセンスです。

このスポーツカーはバックヤードビルダーから小規模なスポーツカーメーカーとなったイギリスのロータスにシャシーの開発を委ね、ロータス・エリーゼなどと一部の部品を共用しながら成り立っているクルマです。もちろん、数百台/月というレベルで生産されているエリーゼ同様、テスラ・ロードスターも大手メーカーが普通に作っている量産車とは台数が桁違いですから、品質も生産技術も全く次元が異なるものになります。要するに、あのような作り方では大衆車のような大規模マーケットを相手にすることなどできません。

中国のBYDオートはテスラよりも自動車メーカーとしてずっと本格的な実力を持っています。それは初めからガソリンエンジンの乗用車を作っている自動車メーカーだからです。リチウムイオン電池のメーカーであるBYDが倒産した西安秦川汽車という中国では中堅だった自動車メーカーを買収した格好なんですね。もちろん、彼らは中国のローカル自動車メーカーですから、途上国のチープなマーケットならともかく、先進国ではまだまだ品質的に勝負にならないでしょう。

経営が苦しい自動車メーカーは山ほどありますから、資金力があればそうした自動車メーカーを買収して新たなブランドを立ち上げるのは決して難しいことではないでしょう。BYDの場合もそうしたカタチで新たなブランドが立ち上げられたわけですが、主力はあくまでも普通のガソリンエンジン車です。それをベースに電池屋の技術も加わって電気自動車やハイブリッド車が製作されたに過ぎません。

byd_f3dm.jpg
BYD F3DM
これは大衆車のF3をベースとしたハイブリッド車です。
カローラに似ている気もしますが、以前よりはずっとマシです。
当初、BYDのエンブレムはBMWのそれにそっくりでクレームが付き
BMWの7シリーズに酷似したF6メルセデスのSLに酷似したF8など
彼らも以前は中国メーカーにありがちなパクリを炸裂させていました。
ただ、電気自動車やハイブリッドシステムの実力は
それなりに評価されているようです。
今年5月にはフォルクスワーゲンと電気自動車やハイブリッド車で
技術提携する旨が発表されました。


経営の行き詰まった自動車メーカーが売りに出され、新たなブランドが立ち上げられたり、過去のブランドが復興されたり、新参者が自動車メーカーの経営を企画するなど海外ではそれほど珍しいハナシではありません。資本さえあれば門外漢が自動車メーカーをプロデュースするなど、パワートレーンが内燃機関だろうと電気モーターだろうと全く関係ありません。

例えば、BMWから僅か10ポンドでローバーを買い取ったイギリスのフェニックス・コンソーシアムは、MGの商標権を手元に残してローバー本体は中国へ売り払い、ダイムラーからスマートを買い受けてスマート・ロードスターをベースにMGブランドのスポーツカーを仕立てようと画策していた時期もありました。

しかし、大衆車のような薄利で巨大な規模のマーケットを相手にするとなれば、こうした手法はなかなか通用しないでしょう。巨大市場を形成する大衆車となれば、それを売るためのディーラー網の整備も欠かせません。よしんば、日経の論説委員が言うように電気自動車なら「比較的簡単につくれる」としても、それを売るルートがなければ全くハナシにならないというわけです。

電気自動車が台頭する時代が訪れるとして、それを支える技術がリチウムイオン電池の次世代を担う新型バッテリーなのか、燃料電池になるのか、はたまたキャパシタなどの物理バッテリーになるのか、現段階では確証を伴う予測など誰にもできないでしょう。が、もし電気自動車の時代が到来するとき、それを担うエネルギー貯蔵システムが公平に行き渡るとしたら、ベンチャー企業の出る幕などないでしょう。

もし、新興勢力が台頭して来るとしても、それは金融市場から資本を調達して潰れかかった自動車メーカーを買い取り、新たなブランドを立ち上げるような、上述のBYDに似たパターンがせいぜいでしょう。日経の論説委員が考えているように「電池さえ調達できれば比較的簡単につくれる」わけではなく、基礎となる技術力と販売網を持った生粋のクルマ屋の存在なくして大衆車などのマスマーケットへ新規参入するなどまず不可能だと思います。

もちろん、こうした端境期には勢力地図が大きく塗り替えられる可能性も充分に考えられます。が、現在でもGMやクライスラーの倒産でアメリカの自動車産業は後退し、逆に中国やインド、タイなどはどんどん力を増しています。パワートレーンが内燃機関か電気モーターかに関わらず、既に自動車産業の勢力地図は刻々と塗り替えられています。この業界はいまこの瞬間にも立ち止まってなどいないということです。

電気自動車が本格的な実用車としての能力を備えるのは何十年先になるか何百年先になるか、それともそんな時代が本当に来るのか、まだ誰も確証を得ていません。もし、そうした時代が来るとしても、そのときまで日本の自動車産業が「世界最強」でいられる保証もありません。そういう視点から見ても日経の社説はピントが外れまくっていたとしか評しようがないでしょう。

プラットフォームを開発できなければ自動車メーカーとはいえない (その1)

最近、電気自動車に過度の期待を寄せている人たちの中には「クルマが電気で走るようになれば主要パーツを買い集めて簡単に作れるようになるから、誰でも自動車メーカーを立ち上げられるようになる」などという思い違いをしている人が少なくないようです。今週月曜日の日本経済新聞の社説もまさにそういう短絡思考に陥っていました。

電気自動車がもたらすチャンスと挑戦

 地球温暖化対策の切り札として、電気自動車が注目されている。三菱自動車が軽自動車をベースに開発した電気自動車「アイミーブ」を来月発売するほか、日産自動車も来年、商品化に踏み切り、2012年には米国でも量産を始める計画だ。

 世界に目を転じても、米国や中国の新興企業が次々に電気自動車市場に名乗りを上げている。

(中略)

 電気自動車の台頭は、自動車産業の競争の構図を一変するかもしれない。エンジンの生産には巨額の投資を要する鋳鍛造設備と熟練技術が必要だが、電気自動車は電池さえ調達できれば比較的簡単につくれる。

 自動車市場の参入障壁は低くなり、新たなライバルの登場は必至。「世界最強」とされた日本の自動車産業にとっても、大きな挑戦である。

(C)日本経済新聞 2009年6月29日


仮にCO2温暖化説が正しかったとしても、電気自動車が地球温暖化対策の切り札になるとは到底思えませんが、とりあえずここは今回の本題と関係ありませんのでスルーします。

日経の論説委員は「エンジンの生産には巨額の投資を要する鋳鍛造設備と熟練技術が必要だが、電気自動車は電池さえ調達できれば比較的簡単につくれる」などという甚だしい考え違いをしていますが、彼は自動車を構成する部品群で最も開発コストがかかり、最も製造コストがかかるのはパワートレーンなどではなく、プラットフォームだということを知らないようです。

ゴルフ場のカートに毛が生えたようなチープカーならいざ知らず、普通の人が普通に使う実用車はパワートレーンが調達できれば「比較的簡単につくれる」などという甘いものではありません。自動車産業の奥の深さ、裾野の広さをこの論説委員は何も知らず、クルマをショップブランドパソコンなどと同列に考えているようです。パワートレーンをCPUやマザーボードなどに見立て、プラットフォームはそれらを収める筐体くらいにしか思っていないからこそ、このような莫迦げた社説が書けるのでしょう。

近年、自動車業界でも合併や提携など再編の動きが続いてきました。その中で常にキーワードとなってきたのが「プラットフォームの共用」です。それは、この部品群が最もコストがかかるゆえ、同一のものあるいはそれにアレンジを加えたものを広く使い回すことで、かなりのコストを抑えられるからです。このプラットフォームを開発し、生産できる(もしくは自分で直接生産しないまでも委託先の生産を管理できる)ノウハウがなければ、既存の自動車メーカーのライバルにはなり得ません。

フロアパネルひとつとっても国際市場での競争力を持った性能を得るには大変なノウハウの蓄積が必要です。普通の乗用車はこれを鋼板のプレス加工とロボットによるスポット溶接で製作しますが、プレスに用いられる金型だけでも大変な技術力と資本が投入されています。同様に溶接ロボットなどの設備も大変な巨費が求められます。これがエンジンの開発や製造に比べて簡単なものだと思っている時点で自動車産業について語る資格などありません。

全般を見渡しても然りで、自動車が市場に投入されるまでには実走によって様々な走行パターンが試され、走行性能以外にも様々な環境や使用条件を想定したテストが重ねられ、評価され、改良を受けます。それが何度も繰り返されて最終仕様が決定されるわけですが、そこへ至るまでには莫大なコストとマンパワーを要するんですね。

例えば、クラッシュテストなども実際にクルマを潰し、様々なデータを取るわけですから、相応のコストがかかります。人体ダミー(本体だけで500万円くらい、センサが増えれば増えるほど価格もアップしますが、通常は数千万円程度でしょうか)のどの部位にどれだけの衝撃加速度が許されるなど様々な基準が設けられているわけですが、それも国によって微妙に異なります。グローバルに展開する大手メーカーなら仕向地の衝突安全基準をクリアしていなければならないのは言うまでもありません。

壊れ方もキチンとコントロールされ、潰れて衝突時のエネルギーを吸収/分散するゾーン、潰れずに乗員を守る空間を確保するゾーン、それぞれを正しく機能させる設計も求められます。エアバッグ関連の部品を買ってきてポンと付ければ一丁上がりなどというレベルでないことはクルマに関してあまり詳しくない人だって容易に想像できるでしょう。インドのタタ・ナノがあの激安価格で成り立っているのは、ここまでの仕事をしていないというのも大きな理由のひとつです。

近年の大手メーカーでは、あるレベルまでコンピュータシミュレーションで様々なテストを行い、試作車で行うテストを以前より減らしているかも知れません。しかし、そうしたバーチャルなテストが意味を持つレベルまで精度を高めるには、高度なプログラムの開発能力と、それまで蓄積してきた実験データなど様々なノウハウを注ぎ込み、高価なスーパーコンピュータの上でそれを走らせなければなりません。それこそ新参者がおいそれと踏み込める領域ではないでしょう。

パワートレーンさえ調達できればクルマを作るのは比較的簡単?

寝言は寝てから言ってもらいたいものです。

(つづく)

Allez! Japonais!

インターマックスの会社案内を見ると、こうあります。

インターマックスは、日本人として初めてツール・ド・フランスに出場した今中大介が、1998年に自転車と関連商品の輸入を業務の中心として発足させた会社です。


同じページにある今中大介氏のプロフィールにはこうあります。

1996年 日本人のプロロードマンとして唯一、ツール・ド・フランスに出場する。


しかし、これが誤りであるのはそれなりにサイクルロードレースを知っている人の間では有名でしょう。

日本人として初めてツール・ド・フランスに出場したのは川室競(かわむろ・きそう)さんという横浜生まれの人物です。彼は兵役を終了すると川崎造船に入社、2年後の1918年(大正7年)に完成した船の引き渡しのためマルセイユへ渡り、そのままフランスに留まりました。エンジニアだった彼はファルマン航空社に入社、1923年(大正12年)に航空機や自動車などのメーカーだったサルムソンへ移り、パリ周辺で開催されていたアマチュア自転車レースに参戦し始めたといいます。

それから3年後、国際自転車競技連盟にプロ資格の申請をし、これが認められると、彼は間もなくプロデビューしました。そして、その年(1926年)のツール・ド・フランスに日本人として初めてエントリーしました。当時はまだ現在と違ってアドベンチャーレースの趣が強く、この年のツールは史上最長となる5745kmで、これを僅か17ステージに割り振っていましたから、1ステージの平均が340km近くにもなっていました。

オービスク峠のリュシアン・ボイセ
オービスク峠を駆け抜けるリュシアン・ボイセ
パヴェ(石畳)を走るツール・デ・フランドルやパリ〜ルーベも真っ青
現在なら確実にMTBのコースとなるであろう山道を
当時はロードレーサーで駆け抜けていました。
この年は雪が降り、史上希に見る悪コンディションだった
と伝えられています。


チーム参加が44名、個人参加が82名の計126名だったこの年は、ツール史上初となるパリ以外でのスタートで、ミネラルウォーターで有名なエヴィアンから北上するコースだったといいます。残念ながら、川室選手は第1ステージでリタイヤしたそうですが。

彼は翌1927年(昭和2年)にもツール・ド・フランスに個人参加しますが、やはり第1ステージでリタイヤとなってしまいました。後にトラックレースへ転向すると、誘導用モーターサイクルを追走するドミフォンの選手として活躍したそうです。

川室競
トラック転向後の川室選手

今中大介氏は日本人としてツール・ド・フランスの出場を果たした2人目の選手です。川室選手も既にプロ登録されていましたから、プロロードマンとしても今中選手は2人目です。ま、時代が違うといえば全然違います。ツール・ド・フランスは何度か国別対抗だったこともありますが、プロチームでの対抗戦として定着してからは本当に実力のある選手しかチーム内で選抜されませんから、出場までのハードルが格段に上がったのは確かです。

しかも、今中氏が選手時代に所属していたチーム・ポルティは、シャトーダックスから始まって現在のチーム・ミルラムに通じる一流チームです。典型定期なオールラウンダーでスプリントも得意だったジャンニ・ブーニョ選手をエースとし、史上屈指のスプリンターといえるジャモリディネ・アブドジャパロフ選手も擁するイタリアの強豪チームだったポルティですから、それはもう、このチームのメンバーとしてツールの出場を果たしたというだけで日本人としては大変な快挙です。

ですから、「日本人として初めて」などというウソのプロフィールなど書かなくとも、全く色褪せることのない名誉のハズなんですけどねぇ。

今中選手のツールでの内容はあまり芳しくなく、風邪を引いて体調を崩したり、膝の故障なども重なって第14ステージで残念ながらタイムオーバーのリタイヤとなりました。つまり、いまのところ日本人でツールを完走した人は一人もいないということです。

ブイグテレコムの新城幸也選手に続いて、今日(6月29日)、スキルシマノの別府史之選手もツールの出場が決まりました。彼らはアシスト役の選手となるわけですから、求められるのは完走ではなく、アシストとして良い仕事をすることです。が、やはり日本人である私としては7月25日にシャンゼリゼを疾走している彼らの姿を見たいものです。

ラルフ・ミラーの功績を無視するトヨタ (その3)

マツダのミラーサイクルエンジンは過給器を用いたり、自然吸気でオットーサイクルに近づけたり、高膨張比サイクルの弱点を克服するために色々手を尽くしてきたようです。が、コスト的に引き合わなかったり、ミラーサイクルである必然性を見出せなかったり、これが成功しているかというと微妙な感じです。

一方、トヨタはプリウスの高度なハイブリッドシステムで電気モーターと組み合わせましたが、この相性が非常に良かったようで、ミラーサイクルエンジンはやっと本来のポテンシャルが発揮できるようになったのではないかというのが私の個人的な感想です。

しかし、トヨタは何を血迷ったのか、このミラーサイクルエンジンを「アトキンソンサイクル」と称しているんですね。当然のことながら前々回でご紹介したようなリンク機構とクランク機構を組み合わせピストンストロークそのものが変化する本来のアトキンソンサイクルの構造にはなっていません。バルブの遅閉じで実質的な吸気・圧縮行程を小さくし、膨張比に対して実効圧縮比を小さくしているだけですから、マツダが先鞭を付けたミラーサイクルそのものです。

1NZ-FXE.jpg
1NZ-FXE型エンジンのカットモデル
この写真は2代目プリウス用のエンジンですが、
ご覧のようにアトキンソンサイクルの
特徴的なリンク機構を設けたものではなく
普通のクランクシャフトしかありません。


広義には「アトキンソンサイクル=高膨張比サイクル」となりますから、当然ミラーサイクルはその一種です。なので、ミラーサイクルを「広義のアトキンソンサイクルだ」といえば間違いではありません。しかし、プリウスに採用されているエンジンの仕組みはミラーサイクルと呼ぶのが常識で、これをアトキンソンサイクルというのは恐らく世界中でトヨタだけでしょう。

この辺はもはや良識の問題になってくるでしょう。私はミラーサイクルというべきエンジンをアトキンソンサイクルと称すれば混乱を招くだけだろうと思いましたが、実際にネットで一般の方が書いている記事などを見てもそうした傾向が見られます。例えば、Wikipediaの「ガソリンエンジン」の項を見ますと、

一時期日本のマツダがリショルム・コンプレッサと組み合わせたミラーサイクル機関を量産していた。 トヨタのハイブリッドカーであるプリウスのエンジンはアトキンソンサイクル機関である。


と書かれています。これは両者を違うものと受け止めているのか、プリウスに採用されたエンジンが狭義のアトキンソンサイクル(クランクにリンク機構を組み合わせたオリジナルのアトキンソンサイクル←このようにいちいち説明しなければならないのですから、ミラーサイクルをアトキンソンサイクルと称することがいかに罪作りなことかトヨタは知るべきです)と勘違いしているのか、いずれにしても正しく理解されていない様子を窺わせるものだと思います。

恐らく、トヨタとしては「ミラーサイクル」という言葉を使って「マツダの後追い」というイメージで見られるのを嫌ったのでしょう。これは先日当blogで批判したホンダの福井社長の「ディーゼルという言葉を使わない方が良いかも」という発想と全く同じで、ユーザーを莫迦にした言葉遊びと見るべきです。メディアはこうした態度を大いに批判すべきですが、一般メディアはミラーサイクルが何なのか理解していないでしょうし、理解するつもりもないのでしょう。一方、専門メディアにとって自動車メーカーのスポンサーシップは命脈そのものですから、批判などできないのでしょう。

思えば、ABSが普及し始めた時もトヨタは「4-ECS」と称し、ホンダは「4W-ALB」と称し、日産は「4-WAS」と称し、他にも「WSP」だの「アンチスキッドブレーキ」だの「ファインスキッドブレーキ」だの、あたかも独自技術であるかのように各社各様の呼び名が付けられていました。が、結局のところ各社ともボッシュとナブコの合弁会社である日本ABSから部品を調達していたり、ボッシュにパテントの使用料を払っていたり、全然独自じゃなかったというハナシもあります。日本の自動車メーカーの虚栄心というのはこの頃から全く変わっていないということですね。

現実を見れば、ミラーサイクルと言っても大抵の人はピンと来ないでしょう。現に、デミオのテレビCMを見ていてもミラーサイクルエンジンを売りにはしていません。マツダ自身がそれほどのメリットを引き出せていないと自覚しているからかも知れませんが、ミラーサイクルエンジンと言われても何が凄いのか解らない人にわずか15秒ないし30秒のCMでその価値を理解してもらうのは不可能だと悟ったのでしょう。広告代理店もそんな蘊蓄などより戸田恵梨香さんのキレのないダンスのほうがまだ広告効果があると考えたのだと思います。

逆に、ミラーサイクルといっただけでそれが何だか解る人は、本来ミラーサイクルと称すべきエンジンをアトキンソンサイクルなどと称しているトヨタの言葉遊びに幻滅するか、怒りを覚えるか、失笑するか、いずれかになるでしょう(私は失笑しましたが)。

トヨタはミラーサイクルと称すべきこのエンジンをアトキンソンサイクルと称して発明者であるラルフ・ミラーの功績を無視しました。が、この選択はイメージ的にマイナスにはなってもプラスには働かないでしょう。ここはマツダが充分に引き出せなかったミラーサイクルエンジンの特性をトヨタはプリウスの高度なハイブリッドシステムで生かし切ったと胸を張るべきだったのです。

(おしまい)
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