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3月23日、成田空港でフェデックスの貨物機が着陸に失敗し、2名の乗務員が死亡した事故から1年が経過しました。成田空港では初めての死亡事故だったせいか、その追悼行事が行われ、いくつかのメディアがそれを取り上げました。
産経新聞『
フェデックス事故から1年 関係者ら献花』
毎日新聞『
成田空港の米貨物機炎上:事故から1年 成田空港で追悼』
読売新聞『
米貨物機事故1年 成田で追悼行事』
東京新聞『
航空安全へ思い新たに 米貨物機炎上事故から1年 成田空港で追悼式』
NHKのニュースなどでも取り上げられましたが、相変わらず気流だけに原因を求めるような報じかたがなされていました。国土交通省もいまのところ「調査中」として明確な発言は控えているようです。が、私は『
MD-11はやはり欠陥機か?』と題したエントリで述べましたように、機体の問題が少なからず関係していたのではないかと疑っています。(もちろん、確証はありませんが。)
MD-11は度重なるアクシデントで旅客機として運用することを敬遠されるようになり、次々に売却されて貨物機に改装されてきたという曰く付きの機体です。JALもMD-11の先代であるDC-10は20年くらい使っていましたが、MD-11は平均8年8ヶ月という異例の早期退役となり、UPSの貨物機になりました。貨物機として生産されたMD-11は50機余りですが、現在は多くが貨物機となっており、旅客機として運行されている機体は数えるほどしかありません。
詳しくは『
MD-11はやはり欠陥機か?』をご参照頂きたいと思いますが、この機体は一度乱れた姿勢を立て直すのが難しいとされ、「玉乗り」と評すパイロットもいるほどです。1997年に起こったJAL706便の事故も後にパイロットの操縦ミスが問われる刑事裁判に発展しましたが、「操縦システムの不具合が原因」とされ、パイロットは無罪となりました。しかし、そうした経緯が大衆メディアで報じられているのを私は見たことがありません。
この事故で重体となった客室乗務員が1年8ヶ月後に昏睡状態から回復することなく死亡したことも殆どの人は知らないでしょう。もちろん、機体の特性について詳しく語る大衆メディアなど皆無で、こうした問題はことごとく無視されてきました。というより、見過ごされただけかも知れませんが、JAL706便の事故も直後に「乱気流によるもの」と報じられたきりで、その先を掘り下げようとする流れにはなりませんでした。
また、昨年の11月28日には上海の浦東空港でジンバブエのアヴィエント・アヴィエーションが保有するMD-11の貨物機が離陸に失敗し、7名の乗務員のうち3名が死亡する事故が起こっています。これも原因は調査中で詳細は明らかになっていませんが、曰く付きの機体であることを問題視したのか、中国民用航空総局は国内の航空会社に対して同型機の運航停止を命じました。この一件も日本のメディアでは極めて小さな扱いにとどまり、私の周囲でこの事故を知っている人は一人もいませんでした。
上海で離陸に失敗して炎上したMD-11この事故機は1991年に大韓航空へ納入されたものですが、
2005年にブラジルのヴァリグ・ロジスティカへ転売され、
昨年ジンバブエのアヴィエント・アヴィエーションに引き渡され、
わずか8日後にご覧の有様となりました。成田空港で初の全損事故となり、初の死亡事故となったMD-11は浦東空港でも初の全損事故と死亡事故になるという不名誉な記録を残しました。しかも、わずか8ヶ月しか間を置かずにです。もちろん、いずれの事故も調査中ゆえ原因が機体の問題だったのか否か結論が出ているわけではありません。が、同型機が立て続けに死者を出す重大な事故を起こしたのですから、関連を疑うのは当然のことです。わずか200機しか生産されなかったのに全損事故はこれで7機目という異常に高い全損事故率も考え合わせれば尚更でしょう。
しかし、冒頭でご紹介した記事をはじめとして、私が見聞きした範囲では「成田空港初の死亡事故から1年」を伝えたニュースの中でわずか4ヶ月前に同型機で繰り返された死亡事故に触れたものは一つもありませんでした。浦東空港の事故の扱いがあまりにも小さかったゆえ記者が知らなかったのか、成田空港の事故原因は気流の問題であると認識し、MD-11の全損事故率が並外れて高という実態を知らないのか、ま、そんなところでしょう。
『
MD-11はやはり欠陥機か?』でも述べましたが、MD-11は燃費優先で犠牲となった空力的安定性を補うため、バイワイヤでコントロールされるシステムに電子制御が介在して補正を行い、そのために生じるタイムラグがパイロットのオーバーコントロールを招きやすいといわれています。この自動補正を解除しても、元々が安定性の低い機体ですから、やはり一度乱れた姿勢を立て直すのは容易ではないようです。
今日の旅客機は多かれ少なかれ似たような考え方が導入されているようですが、水平尾翼を小さく設計してしまったMD-11ほどピッチングを抑えるのが難しい機体はそうそうないでしょう。私は成田空港の事故に見られた「ポーポイズ」と呼ばれる縦方向の振動現象もピッチングを御しにくいMD-11の機体特性と深い関係があるのではないかと疑っていますが、大衆メディアの多くは「ウインドシア」と呼ばれる気流の問題にしか目が行っていないようです。
気流によって姿勢が乱れることはあるでしょう。私はそれほど飛行機を利用しませんが、それでも何度か気流の影響による大きな振動を味わっています。ある程度の確率で姿勢を乱すことはあるでしょうが、それを立て直すのが容易な機体なら事故に至りにくいといえますし、MD-11はそうした性能が他の機体より劣っていると考えられます。他の機体なら立て直せるような姿勢の乱れでもMD-11はそれが間に合わずに墜落してしまったなら、その事故の主因は機体の問題といえます。日本の殆どのメディアにはそうした視点が欠けているように感じます。
思えば、トヨタ車の急加速問題では制御プログラムに欠陥があるのではないかという具体的な根拠がない噂レベルであそこまで大騒ぎしておきながら、このMD-11の事故については機体の特性を問う報道が極めて少ないのですから、その偏り方は目に余ります。こうした視点の違いは、ひとえに「空気がどちらへなびいたか」で決まってしまったのでしょう。真実を見極めようとする強い意志がないと、こうした風見鶏のような報道に終始するというわけです。
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MD-11は危険な機体として業界内では非常に有名です。この機体の操縦経験があるパイロットによれば「“玉乗り”と呼ばれるほど、ほかの航空機と比べて安定性が悪い航空機。着陸時の軌道修正も困難だった」とのことです。これは燃費の良さを売りにするため空力的な安定性を犠牲にした結果なのかも知れません。
前回ザッとご説明しましたように、一般的な航空機は風圧中心より前方に重心を置いて基本的に機首下げとなるような重量バランスとし、水平尾翼によるダウンフォースで機体前後方向の姿勢を維持します。各々がせめぎ合う力を強くしてやればより機体は安定しますが、その分だけ空気抵抗が増し、燃費が悪化します。
そこで、MD-11には重心をアクティブに移動できるシステムが採用されました。これは「CGコントロール」と呼ばれるもので、水平尾翼内にも燃料タンクを設置して主翼にあるメインの燃料タンクとパイプで繋ぎ、その一部を後方に移して重心を移動できるようにするというシステムです。積載物による重心の移動をこれによって調整し、重心を風圧中心に近づけてやれば、水平尾翼のダウンフォースを強くしなくても機体の前後方向の姿勢を整えることができます。こうして空気抵抗を減らし、燃費を向上させてやろうという訳ですね。
MD-11は重心をアクティブに移動できますので、
水平尾翼に大きなダウンフォースを発生させる必要がありません。
そのため水平尾翼は見るからに小さくなっています。
DC-10に対して全長が約10%大きくなったMD-11ですが、
水平尾翼の面積は逆に約30%小さくなっています。このように下向きの力と揚力とのせめぎ合いを小さくするよう設計されたMD-11はピッチングが生じやすく、機体が不安定になりがちです。そこで、コンピュータによって補正を行い、安定を保つよう制御してやろうと考えられました。こうした操縦システムは戦闘機にいち早く採用されてきたもので、MD-11を開発したマクドネル・ダグラス(現在はボーイングに吸収)は戦闘機メーカーとして勇名を馳せたメーカーでもありますから、技術力に自信があったのかも知れません。
しかし、様々なセンサを用いて機体のバランスをモニタし、コンピュータが安定を保つように補正をかけると、そのセンシングから補正信号の出力までに若干のタイムラグが生じます。パイロットの操縦に対しても補正が入ると、そのタイムラグからパイロットはついついオーバーコントロールをしてしまいがちになるんですね。風圧中心と重心が近く、ピッチモーメントが小さいゆえ機体そのものは姿勢変化に敏感なのに、それをコントロールするシステムは鈍感となれば、安定を得るのが非常に困難な状況に陥りやすいことは容易に想像できます。
前回述べたJAL706便の事故もバランスを崩すきっかけとなったのは乱気流だったのでしょうが、機体の姿勢が乱れ、大きなピッチングを引き起こしてしまったのはコンピュータが介在する操縦システムによるものと見なされました。つまり、パイロットが操縦桿を引いて機首上げを意図しても操縦システムのタイムラグですぐに機体は反応せず、必要以上に操縦桿を引き続けてしまうことで過剰な機首上げ動作となってしまい、それを抑えるために機首下げを行っても、同様のタイムラグで結果的に過剰な機首下げとなってしまい、これを繰り返す過修正のループに入ってしまったというわけですね。
こうした現象を「PIO」といいます。当初、PIOはPilot Induced Oscillation(パイロットが誘発させた振動現象)の略とされていました。が、これではパイロットの操縦ミスと誤解されることが多く、現在はPilot Involved Oscillation(パイロットが巻き込まれた振動現象)と呼ばれるようになっています。実際、JAL706便の事故のとき国土交通省(当時は運輸省)の事故調査委員会もアメリカ航空当局にPIOの定義を確認していますし、この刑事裁判で検察はPIOの定義をパイロットの操縦ミスに因むものと誤解していたようです。
このPIOという現象は熟練したパイロットでも自分の入力が振動現象を構成する一因となっていることに気付きにくいそうで、入力に対するタイムラグが大きいほどその傾向が強くなるといいます。MD-11のタイムラグは0.2秒もあり、潜在的にオーバーコントロールを招きやすく、危険だと主張する専門家も少なくありません。
成田で起こったフェデックス機の事故もこうした機体の特性によるものなのか否か予断を許すことはできません。が、メディアでも取り上げられている「ポーポイズ」というピッチングはPIOでも見られる典型的な振動現象です。似たようなピッチングによる事故の前例がこれほど豊富な機体も滅多にありませんから、こうしたMD-11の特性も充分に考慮すべきでしょう。
読売新聞は「
着陸失敗のMD11型機、海外でも横転事故…難しい操縦性」という記事で同機による事故の前例や如何にバランスを取り戻すのが難しい機体であるかを紹介したり、
社説でも「突風に対する特性など機体の構造上の問題も調査する必要がある。」と述べるなど、それなりにマトモな報道になっていると思います。
が、産経新聞の主張「
貨物機炎上 気象の急変に対応怠るな 」や中日新聞の社説「
成田着陸失敗 解明急げ初の死亡事故」など、他のメディアの多くはウインドシア(異なる2点間で風向や風速が劇的に異なる状態)ばかりを問題にし、事故機の特性について散発的に報じてはいるものの、深く掘り下げようとする姿勢は感じられません。
上掲の読売新聞の記事によれば、「運輸安全委員会は同型機の操縦特性にも注目して、調査を進める方針。」とのことで、私が気になっている部分についてもキチンと検討された上で原因究明が進められそうですから、特に懸念を抱く必要はないかも知れません。
しかし、多くのメディアはこうした部分を深く考えぬまま、JAL706便の事故のようにきっかけに過ぎないかも知れない気流の乱れで片付け、真相に迫ることなく忘れ去ってしまうような気がします。ま、今回は貨物機で乗客がおらず、彼等が煽りたがる「憎悪」も生じませんでしたから、すぐに風化してしまうのでしょうけど。
(おしまい)
ご存じのように成田空港で貨物機が着陸に失敗し、炎上するという大きな事故が起こりました。私の個人的な感想を率直に述べさせて頂きますと、「またか」の一語に尽きます。
メディアはあまり詳しく伝えていないようですが、この事故を起こしたMD-11はかなり危険な機体で、全損事故率が100万便あたり3.45回(2005年までのデータですので今回の事故は含みません)という非常に高い値になっています。これは第4世代機としてダントツNo.1で、2位となっているA310の2倍を超えます。着陸に失敗して滑走路で裏返しになった事故も今回で3度目、フェデックスが所有しているMD-11が全損事故を起こしたのも今回で3度目です。
MD-11機体破損に至らないマイナーアクシデントとなれば枚挙に暇がなく、この機体の危険性が広く認識されるようになったせいか、旅客機として導入されたMD-11の多くは下取りされ、貨物機に改装されています(確認していませんが、今回の事故機も同様の経緯になるかも知れません)。
追記:調べてみましたところ、やはり当該機は旅客機から改装されてものでした。この機体はMD-11F型で登録番号はN526FE、製造年月は1993年11月となっています。アメリカのデルタ航空で旅客機として使用されるも、2004年にフェデックスへ売却され、貨物機へ改装されて2006年から就航、総飛行時間は4万706時間とのことです。なので、現在でも旅客機として運行されているMD-11は数えるほどしかなく、私がこの旅客機バージョンを目撃したのは数年前の成田が最後で、成田~サンパウロを往復していたヴァリグブラジル航空の機体でした。現在でも日本に乗り入れているMD-11はフィンランド航空だけのようです。関空~ヘルシンキをフライトされる方は要チェックかも知れません。
このMD-11は燃費の良いハイテク次世代機という前評判でJALも1993年から10機導入、「J-bird」(サッカーのJリーグ発足と同じ年ですから、それにあやかったネーミングだったのかも知れません)と称し、また1機1機に「イヌワシ」とか「ライチョウ」などという個別の愛称まで付け、テレビCMも流し、鳴り物入りで就航させたんですね。
ところが、1997年に香港(啓徳)~名古屋のJAL706便が志摩半島上空で姿勢を大きく乱し、4名が重傷を負う事故を起こしました。このとき脳挫傷などで意識不明となった客室乗務員は昏睡状態から回復することなく、1年8ヶ月後に亡くなっています。
直後の段階では死者もなく重軽傷者14名とされたこの事故をメディアは「乱気流に巻き込まれた」くらいの極めて簡略な報道しかしませんでしたが、後にパイロットが被告となる刑事裁判に発展しています。この裁判はパイロットの操縦ミスか機体の欠陥かが争点となりましたが、判決は「操縦システムの不具合が原因」とし、パイロットの無罪が確定しています。
こうして味噌が付いたせいか、JALは所有する全てのMD-11を2004年までに退役させました。MD-11はDC-10の後継機になりますが、JALが最後のDC-10を退役させたのはMD-11全機退役の翌年のことですから、如何に異例の早期退役だったかが伺えます。こうして僅か10年ほどでJALが手放したMD-11もやはり貨物機に改装され、現在はUPSが運行しています。
ま、いまでもこの機体を巡っては様々な論争がありますので私のような素人が結論づけることなどできませんが、ハイテクに依存しながら熟成が足りなかった操縦システムが問題なのではないかと思っています。また、そうした中で採用された「CGコントロール」というシステム(詳しくは次回に)も鍵になっているような気がします。
「
エルロンリバーサル」と題した他愛のないエントリ(でも、ググるとかなり上位にヒットするんですよねぇ)で軽く触れていますが、航空機の重心は「風圧中心」と呼ばれるポイントより前方に設定するのが一般的なんですね。「風圧中心」について詳しく述べているとハナシが進まなくなりますので大雑把に説明しますと、「主翼によって生じる揚力が機体の一点に作用すると考えた場合の作用点」といった感じでしょうか。もう少し噛み砕きますと、「機体を空へ引き上げる力が働く中心点」といった感じでイメージして頂いても大きな間違いはないかと思います。
この風圧中心は翼の仰角によって移動します(同時にベクトルの向きも大きさも変化します)し、重心は旅客や貨物の搭載状態などによって移動します。ですから、元々の機体重心を前方に寄せ、そのままでは前のめりになるような状態にしておき、水平尾翼でダウンフォース(下向きの力)をかけてやることで機体の前後方向の姿勢を保つのが一般的なんですね。
重心が風圧中心より前に行けば行くほど水平尾翼のダウンフォースを増やしてやる必要があるため、空気抵抗が増えて燃費は悪くなります。が、これら下向きの力と揚力とのせめぎ合いが強くなれば機体の安定性は高まります。つまり、空力的な安定性と空力的な燃費特性とは概ねトレードオフの関係になると見て良いかと思います。
主翼によって生じる揚力で飛行機は空に引き上げられます。
大雑把に言いますと、その力の中心点が「風圧中心」で、
これより前方に重心を置けば機体は前のめりになります。
それに拮抗するよう水平尾翼で下向きの力を与え、
機体前後方向のバランスを取るわけですね。
重心による下向きの力と水平尾翼による下向きの力が
主翼による上向きの力とせめぎ合うことで機体は安定します。
これらの力が強くなるほど安定性は増しますが、
その分だけ空気抵抗が増え、速力や燃費が損なわれます。
(上図はあくまでも概念を示すもので、風圧中心や機体重心の位置
ベクトルの大きさなどは厳密なものではありません。)で、MD-11はこうした水平尾翼のダウンフォースを減らし、空気抵抗を減らして燃費を向上させることに重きが置かれました。あくまでも私の主観ですが、「MD-11は燃費を優先して空力的な安定性を犠牲にした機体」というべきかも知れません。
(
つづく)
航空機も船舶も空気や水という流体から抗力を受けるという点では似た部分が沢山ありますが、同じ用語でも微妙にニュアンスは異なるようです。特に異なるのは「造波抵抗」でしょう。
船舶の世界で「造波抵抗」といえば、船首が水面を切るときに波を造ることで失われるエネルギーに由来する抵抗になります。これを減らすため、喫水線下に「バルバス・バウ」という球状の突起が設けられます。通常船首が造る波と球状船首が造る波が合成され、各々が打ち消しあってエネルギー損失を抑えられるというのが、船の世界でいう造波抵抗の低減ということですね。
一方、航空機の世界でいう「造波抵抗」とは、衝撃波の発生によるエネルギー損失に由来します。遷(せん)音速(マッハ0.75~1.25くらいの速度域)に達すると、機体周辺の気流は音速を超える「超音速」と音速に満たない「亜音速」が入り混じるようになり、音速を超える部分からは衝撃波が発生します。
音速で生じる衝撃波の見た目が、船舶が水面に波を立てて進む状態によく似ているため、「造波抵抗」とか「造波抗力」などと呼ばれているわけですね。(これも深く語っているとハナシが進まなくなりますので割愛します。)
ホンダジェットが凄いのは、エンジンの搭載位置を工夫することで、この造波抵抗を減らしてしまったところです。
主翼の上にエンジンを搭載するというレイアウトは、従来の航空機設計の概念からすれば「やってはいけないこと」の一つでした。ボーイング社の風洞実験施設にテストモデルが持ち込まれたときに失笑が起こったのもそれゆえでしょう。しかし、風洞にそれをセットし、データ測定が始まると、ボーイングのエンジニア達の表情からその笑いは消え失せたといいます。
テストモデルによる風洞実験の模様ホンダが製作したテストモデルは、マッハ0.70~0.77の亜音速領域で翼の下にエンジンがあるタイプより抵抗が減っていました。さらに、マッハ0.77~0.84の遷音速領域まで上げると、胴体と翼だけの状態よりさらに造波抵抗が減少していたといいます。
彼らはコンピュータシミュレーションを駆使して胴体と翼とエンジンと、各々の要素が発生する気流の乱れを観察し、主翼の上のあらゆる場所にエンジンを置く実験を繰り返したそうです。各々が発生させる気流の乱れが互いを打ち消し合う最適な場所を見つけ出したんですね。船舶でいうバルバス・バウが船首の造る波を打ち消してエネルギー損失を抑えるように、ホンダジェットはエンジンの搭載位置を工夫することで似たような効果を得たということです。
シミュレーションによる主翼とエンジン周りの圧力分布一般的なビジネスジェットはプラット&ホイットニーとか、ロールス・ロイスなど、レディメイドのエンジンを用いますが、彼らはこれも自らの手で開発、GE(ゼネラルエレクトリック)と共同で改良を重ねてきました。その製造はGEと折半で事業化し、スペクトラム・エアロノーティカル社のビジネスジェットにも採用が決まったそうです。
現代の航空機は主翼が燃料タンクを兼ねるのが常識になっています。航続距離を伸ばすためにその容量を大きく取ろうと思うと、どうしても翼厚が厚くなり、空気の圧力抵抗が増えてしまいます。そこで、ホンダは「自然層流翼」と呼ばれる最先端の翼の開発も進めてきました。
これは翼の形状を工夫することで層流領域を拡大(乱流の発生を減少)させ、摩擦抵抗を減らそうというものです。(スミマセン、これも深く語っているとハナシが進まなくなりますので、非常に大雑把な説明だということをご承知おきください。)
また、表面の摩擦係数を抑えるため翼面にはあえてCFRPなどを用いず、高レベルに研磨されたアルミ合金製のそれを採用しているそうです。このように空気抵抗の低減や自前のエンジンで効率を追求するなど、細部にわたって徹底的な対策を実施したことで、同クラスのライバルより約40%も燃費を向上させたといいます。
さらに、左右のエンジンをつなぐ桁が機内を貫かない分だけ有効スペースも増し、同サイズで胴体に直接エンジンを搭載する方式のものより約30%のスペース拡大を実現したといいます。エンジンの振動や騒音が客室に伝わりにくくなっているのも前述のとおりです。
余談になりますが、この
ホンダジェットが2007年のグッドデザイン賞に選ばれたのは、同賞選考委員にしては珍しく良いセンスだと思いましたが、結局は金賞に終わり、
大賞に選ばれたのは三洋電機のニッケル水素電池エネループのソーラー充電器や懐炉などの商品群だったところが、やはり彼ららしいところですね。
ホンダジェットは私の日常から最も遠い世界のホンダ製品で、一生ご縁はないでしょう。が、こういうチャレンジングな製品を開発するホンダが私の大好きなホンダです。これはあくまでも私の主観ですが、いまは次第に損なわれつつあるホンダらしい仕事というのはこういうものではないかと思います。
(おしまい)
化粧品の製造販売で有名な
ノエビアは、アメリカから航空機部品、シミュレータ、パイロット用ヘルメット、パラシュート、航法用コンピュータなどの輸入事業からスタートした会社だそうです。現在でもグループ内に
ノエビア・アビエーションという航空関連会社があるのはその名残でしょう。化粧品のCMに飛行機が度々出てくるのはそうした絡みと見て良いと思います。
Gulfstream G550このG550は現在もオンエアが続けられている
ノエビア化粧品のテレビCM「ガルフストリーム・シリーズ」でも
お馴染みですね。さて、一般的なビジネスジェットのエンジン搭載位置は、ご覧のように胴体後部の側面というのが定石です。これはこれでデメリットもあるのですが、一般的なジェット旅客機のように翼の下にエンジンを吊り下げるのも様々な問題があります。
一番の問題となるのは乗降性です。最近はターミナルビルに
ボーディングブリッジを設けるのが当たり前になってきましたので、旅客機の胴体が高くてもあまり問題ありません。旧来のパッセンジャーステップ(乗降用の階段,タラップとも)を用いる場合でも、胴体の高さが一般的な機体なら空港にパッセンジャーステップ車を配備して皆で使い回すことが出来ますから、コスト面で大きな問題はないでしょう。
しかし、ビジネスジェットで旅客機並みの高さに胴体を持っていくのは構造的にかなり困難です。中途半端な高さに胴体を持ってくると、専用のステップを立ち寄る空港毎に置くか、自前のステップを機体に作り込んで機内スペースを犠牲にしなければなりません。仮に一般的な旅客機並みの高さが可能だったとしても、時間的な制約から逃れられないでしょう。
そもそも、ビジネスジェットを使いたいというエグゼクティヴたちは、時間短縮を第一に考えている訳ですから、着陸したらとっとと移動したい訳ですよ。ボーディングブリッジやパッセンジャーステップ車は旅客機の運航スケジュールとの絡みもあるでしょうから、望むタイミングで利用できるとは限りません。なので、貴重な時間を奪われたくないというのであれば、単独での乗降が可能なほうが良いわけです。
胴体を低くしてやればステップも短くて済みますから、ドア部に備え付けることが容易になり、素早く乗り降りができるようになります。空港のボーディングブリッジやパッセンジャーステップ車を利用するのに比べると手間もコストも時間もかからないというわけですね。
Bombardier CRJ100ANAグループのアイベックス・エアラインズの
50人乗りコミューター機ですが、
搭乗はご覧のようにドア部に作り込まれた
ステップを使用します。胴体の位置を低く抑えたままエンジンを主翼に吊り下げても問題のないレイアウトもあります。軍用の輸送機などによくあるパターンですが、胴体の上部に主翼を設置する高翼機ですね。しかしながら、これにも様々なデメリットがあります。
Bombardier DHC-8例の胴体着陸で有名になったボンバルディアDHC-8シリーズは
ジェットではなくターボプロップですが、
典型的な高翼コミューター機といえるでしょう。高翼機というのは、ご覧のような姿になります。荷重を主翼に吊り下げますから、胴体側面の強度や主翼との接合部の強度を確保するため、構造重量が重くなりがちです。また、不時着時も胴体が真っ先にクラッシュしやすいため、乗員の生存率も低くなるといわれています。低翼機ほどグランドエフェクト(地面効果)が生じないゆえ着陸時には有利だったり、メリットも色々ありますけどね。
ま、あとは見た目の問題もあるでしょう。これは主観の問題なので何とも言い難い部分はありますが、高翼機を見ると輸送機やセスナのようなイメージを抱き、戦闘機に多い低翼機のほうが格好いいと思う人は少なくないと思います。
低翼機で翼下にエンジンを吊り下げると、着陸時の胴体の位置を高くしなければならないことから前述のような乗降性の問題が生じます。それに加えて、エンジンが地面に近くなるほど余計なゴミを吸い込みやすく、トラブルの原因にもなりやすいと考えられます。上の写真のガルフストリーム機もそうですが、胴体側面に搭載する場合もなるべく高い位置に置くケースが多いのは、そうしたことが理由の一つです。
もちろん、低翼にして胴体後部にエンジンを搭載する一般的なビジネスジェットの構成にも欠点があります。こうしたレイアウトの場合、エンジン取付部の強度を確保するために左右のエンジンを桁でつなぎ、胴体との接合部も充分に補強してやる必要があります。そのため、機体後部のスペースが奪われ、機内の前後長が犠牲になってしまいます。
また、胴体とエンジンが近いと、両者の間で気流が大きく乱れやすいため、空気抵抗が増加しやすいという欠点もあります。スピードが伸びなくなったり、燃費が悪化するなどのデメリットにつながってしまうわけですね。おまけに、エンジンの振動や騒音も主翼に搭載するより居住スペースへ伝わりやすくなってしまうという問題もあります。
ホンダは、このマーケットへ新規参入するに当たって、こうしたデメリットを克服すべく、チャレンジャーらしい思い切ったアプローチをしてきました。それが主翼上部にエンジンを搭載するというタブーへの挑戦です。
(
つづく)
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まとめ