酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

『“環境問題のウソ”のウソ』のウソ (その3)

『環ウソのウソ』の著者である山本弘氏はこうしたノンフィクションもいくつか書いているようですが、本職はSF作家です。ま、いずれにしてもプロの物書きであるのは間違いないのですが、アマチュアである私の目にも珍妙に映る部分がいくつもありました。以下の例をご覧頂けば、皆さんも「この人は本当にプロの物書きなの?」「ちゃんと推敲しているの?」と疑いたくなるんじゃないでしょうか?

大気中にCO2がたった0.03パーセントしか含まれていない状態でも、地球は33度も暖められているのだ。その量がすごい勢いで増えつつあるのだから、心配になるのは当たり前だろう。


これは295〜296頁にかけて書かれていますが、私は読んだ瞬間に思わず失笑しました。温室効果によって地球の平均気温が33度引き上げられているのは間違いないと思いますが、その温室効果のうちCO2によるものはほんの一部で、殆どは水蒸気によるものだと考えられているんですね。そんな初歩的なこともこの人は知らないのか? と呆れました。ところが、300頁にはこう書かれています。

 たとえば、最も強力な温室効果ガスは、実はCO2ではなく水蒸気である。
 驚かれる人もいるかも知れないが、本当だ。水蒸気はCO2より量が多いからだ。先に地球は温室効果で33度暖められていると書いたが、その効果の7割以上は水蒸気によるものなのだ。


水蒸気の温室効果が全体の7割以上とするのは最も少ない見積になるでしょう。私が読んできた文献では概ね8〜9割とするものが多かったように思います。

ま、それはともかく、大気濃度0.03%のCO2の温室効果が地球の平均気温を33度引き上げているとしか読めないような文章を書いておきながら、わずか4頁あとに7割以上の温室効果は水蒸気によるものと山本氏は書いている訳です。

私にはこれを支離滅裂という以外、評しようがありません。私のようなアマチュアでも書いた文章を一度も読み返さず表に出すようなことはしませんし、ここまで酷い分裂状態であったら、私なら一度読み返した段階で赤面して速攻で書き直します。一般の書店にも並ぶ本なら当然編集者もいるはずですから、どうして誰も指摘しなかったのか、これは謎としか言いようがありません。

似たような例は他にもあるんですね。286頁には以下のように書かれています。

 CO2が海などの自然界から生み出されたものか、化石燃料を燃やしたものかは、放射性元素・炭素14の比率を見れば分かる。炭素14は時間とともに崩壊するため、何千万年も前に誕生した石油や石炭にはほとんど含まれていないのだ。実際に大気中のCO2に含まれる炭素14の割合が減少していることが確認されており、増加しているCO2が主として化石燃料に由来するものであるのは明らかである。


一方、297〜298頁にはこう書かれています。

 なぜ年輪の炭素14から太陽活動が分かるのか。炭素14は太陽系外から飛来する高エネルギーの放射線(銀河宇宙線)が大気とぶつかって生じる。炭素が酸素と結びついてCO2になり、それが生きている木に吸収されて蓄積する。だから年輪の炭素14の濃度を測れば、当時の宇宙線の量が推測できるのだ。
 太陽活動が活発化すると、太陽から発するプラズマ(太陽風)が宇宙線を阻害し、地球に降り注ぐ宇宙線の量も減る。逆に太陽活動が静かになると、銀河宇宙線が増えて、炭素14も増える。同時に日射量も減るので地球は寒冷化する。


両者を読み比べれば、かなり科学に疎い人でも山本氏の主張が一方的であるということに気付くでしょう。

大気中のCO2に含まれる炭素14が減っているのは人類が大量の化石燃料を燃やしたためだとする主張もCO2温暖化説を唱える上での常套句になっています。が、山本氏も述べているように、太陽活動が不活発になると太陽風が弱まり、銀河宇宙線を阻害しなくなって炭素14の割合が増えます。裏を返せば、太陽活動が活発になって地球が温暖化するような局面では炭素14の割合が減るということなんですね。

山本氏は大気中のCO2に含まれる炭素14の割合が減少しているのは化石燃料由来のCO2が増えているからだと断定する一方、木に含まれる炭素14の割合が増減するのは太陽活動の影響だとしています。自分の論旨に都合の良いように理論を使い分け、偏向した主張を展開している訳ですね。

これは前回も述べましたが、山本氏が「CO2温暖化説に疑義を唱えるのはトンデモだ」と決めつけ、偏った先入観を持っているからだとしか思えません。少なくとも、彼が中立的な立場であるなら、大気中のCO2に含まれる炭素14が減少している理由を化石燃料由来と太陽活動の変動に起因するものと両者を並べて検討していなければならないハズです。

山本氏は48〜50頁にかけて、効率的なボトルtoボトルのリサイクルを実現したペットリバース社のアイエス法の存在を武田氏は知っていながら本には書かなかったと批判的に述べていました。しかし、彼もまた増加したCO2が化石燃料由来であると主張するくだりでは、炭素14の比率が変化するのは太陽活動による影響もあり得るのだということを知っていながら一切触れていません。

こうしたやり方を見ますと、前々回の最初のほうで「あえて言わせて頂くなら、「目くそ鼻くそを笑う」といったレベルでしかない感じでした。」と書いた私の気持はよくご理解頂けるんじゃないでしょうか?


山本氏は『環ウソのウソ』の中で何度もAmazonのカスタマーレビューを引用して、自分の論旨の正当性を補強しようとしていました。が、そのAmazonのレビューで『環ウソのウソ』にはかなり厳しい評価と誤りの指摘がなされています。

山本氏は自分が指摘した『環ウソ』の誤りが版を重ねても訂正されなかったことなどから武田氏を誠実とはいえないと批判していました。他人の書いた本のレビューは読むけれど自分の書いた本のレビューは読まないなどという逃げ口上は許されませんから、Amazonのレビューでも指摘されている誤りを山本氏は今後訂正するのか、冷静に見守っていきたいと思います。

(おしまい)

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『“環境問題のウソ”のウソ』のウソ (その2)

武田邦彦氏の著書『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』の批判本である山本弘氏の『“環境問題のウソ”のウソ』は終盤の70頁弱(259〜325頁)を「第8章 地球温暖化問題・どこまで本当なの?」として、総括しています。

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山本氏は地球温暖化人為説に対する懐疑論は「トンデモ」であると断定的に捉えているフシがあり、それらに対抗する論述が中心になっている感じです。私には彼が偏った先入観を持っているのではないかと思われてなりません。

山本氏はこの章の序盤で「相対性理論否定説」や「アポロ計画捏造説」「9.11自作自演説」などを並べたてています。「地球温暖化問題そのものが、専門家にもよく分かっていない部分が多すぎる」ゆえ、これらと「同列に論じることはできない」としながらも、行間からは「人為的温暖化懐疑論はトンデモだ」とする意向が滲み出しているのは明らかです。

特に私が見過ごせなかったのは、266頁で

大多数の科学者がある説を信じているなら、それなりのしっかりした根拠が必ずある。それを素人がくつがえせるなどという幻想は抱かない方がいい。


と主張していたところです。

山本氏には気の毒ですが、彼がこの章の冒頭部分で持ち出した「相対性理論」はアインシュタインがスイスの特許庁で審査官をやっていた時代にその基礎が構築されました。つまり、当時殆どの物理学者が支持していたニュートン力学の「絶対時間」や「絶対空間」といった概念を素人だったアインシュタインが覆したのです。

そもそも、山本氏のような考え方は科学の基本理念に反します。科学における真実とは、決してコンセンサスで決まるものではないからです。

何千何万人の科学者が支持している定説であろうと、科学的な検証で事実関係が確認されなければ、それはただの仮説に過ぎません。逆に、たった一人の素人が提唱した新説でも、科学的に実証されれば、それは真実です。科学的に実証されていなくとも、偉い学者大先生の多くが認めることならば真実と見做すべきというのでは、宗教と何ら変わるところがありません。

もっとも、実際には日本でも欧米でも懐疑派の研究者は存在します。彼らの主張が全て合理的ともいえませんが、そのうちのいくつかはCO2温暖化説の根幹に関わる不確実性を指摘するものです。また、そうした疑義に肯定派から納得のいく反論がなされていないものもあり、半ば泥仕合のような場面も見受けられます。

本題に戻りましょうか。誰が読んでも明らかだと思いますが、山本氏の基本的なスタンスは懐疑論に対してかなり否定的です。懐疑派から出されている疑義に反論を試みてもいますが、それ以前に彼の知識レベルはお世辞にも高いとはいえません。特に酷いのは296頁でしょう。

 懐疑論者は「すでに『大気の窓』は飽和している」と主張する。簡単に言うと、CO2が赤外線をさえぎる能力には限界があり、すでにその限界に達しているから、これ以上CO2が増えても気温は上がりようがない、というのだ。


少しでも地球温暖化問題について勉強した者なら、山本氏が「大気の窓」が何であるのか、この極めて初歩的な用語さえ全く理解していないことがすぐに解ります。

地表から放射される赤外線のうち8〜9および10〜12μmくらいの波長域は、その多くが大気圏外へ到達します。それはCO2を含め、自然界にある温室効果ガスの殆どがこの波長域の赤外線を吸収できないからです。「大気の窓」とはこの部分を指すわけですね。

また、フロン類などの人工的な温室効果ガスにはCO2換算で数万倍も強力な温室効果があると定義されているものもありますが、それはこの波長域の赤外線もよく吸収してしまう、即ち「大気の窓」を塞ぐガスであるという理由もあるからなんです。

懐疑派のCO2温室効果飽和説の正しくはこうです。

地球から放射される赤外線のスペクトルを大気圏の外から観測したデータがあります。最も有名なのはアメリカの技術観測衛星ニンバス4号によるものですが、これを見ますと15μm近傍の波長域が大きく落ち込んでいるのが解ります。

地表から放射される赤外線のうち、CO2が吸収できる波長域は限られます。その波長域こそ、大きく落ち込んでいる15μm近傍なんですね。しかも、その放射強度は50erg・sec-1・cm-2・sr-1/cm-1を下回っています。これは高空の大気による赤外線放射(220Kの黒体放射に相当)と同レベルです。

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上図のように、サハラ砂漠、地中海、南極と、地表温度が大きく異なり、地表から放射される赤外線の強度も同様に異なっているはずの地域で各々観測してみても、CO2の赤外線吸収帯域である15μm近傍の放射強度は高空の大気による放射強度と差がありません。

従って、地表からの赤外線放射のうち、CO2の吸収帯域は既にCO2によって吸収しつくされ、CO2による温室効果はとっくの昔(このニンバス4号による観測が行われたのは1971年です)に飽和状態に達していた、と考えられる訳です。

こうした実測データに基づくCO2温室効果飽和説が真実なのか否かは殆ど議論されていませんし、検証もろくに行われていません。本来であれば、このような指摘に対してCO2温暖化説の支持者はCO2による温室効果が未飽和であることを証明しなければなりません。

しかし、彼らは「リアルな地球」から放射される赤外線がどうなっているのか精密な観測を行おうとしません。何故、実測データを以て温室効果の状況を評価しようとしないのでしょうか?

その一方で彼らの多くはスーパーコンピュータの中に作り込んだ「バーチャルな地球」を動かし、それがあたかも現実に起こっていることのように主張するばかりなんですね。私もCO2温暖化説を鵜呑みにできないと考えるのは、こうした疑念があるからです。

山本氏は懐疑派のこうした説を退けようとする著述を幾つか摘み食いして書いたのではないかと思われますが、それだけに底の浅さを露呈してしまったようです。ま、結局のところ山本氏もこの温室効果飽和説を覆す論拠は示さず、

正直言って、このへんの議論はかなり専門的で、僕もついていけない。


と、完全にさじを投げています。中途半端に疑義を示し、しかし結論に近づくことすら出来ず、初歩的な知識が欠落していることを露呈し、結果的に恥をかくようなかたちになってしまった訳ですね。山本氏が何を意図してこうした話を持ち出したのか、私の感覚では全く理解できません。

(本当は2回で終わらせるつもりでしたが、もう1回だけつづく)

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『“環境問題のウソ”のウソ』のウソ (その1)

前回のエントリでも述べましたとおり、武田邦彦氏の著書『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(以下『環ウソ』)およびその続編(以下『環ウソ2』)に問題点が多いということは私のような素人でもすぐに気付きました。この『環ウソ』に対して異を唱えたのがトンデモ本の研究を行っている「と学会」会長でSF作家の山本弘氏でした。

山本氏は動画配信サイト「ミランカ」の時事トーク番組である『博士も知らないニッポンのウラ』第10回の「環境問題のウラ」で武田氏と直接対峙しました。が、その時点では知識レベルの差が大きかったせいか、かなりボコボコにやり込められてしまった印象が拭えず、遺恨を残すような感じだったかも知れません。

ま、山本氏がどのような動機で『環ウソ』および『環ウソ2』の批判本を書こうと思ったのかは解りませんが、『“環境問題のウソ”のウソ』(以下『環ウソのウソ』)もあえて言わせて頂くなら、「目くそ鼻くそを笑う」といったレベルでしかない感じでした。

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そもそも、『環ウソのウソ』にはつまらない批判が多すぎるんですね。例えば、武田氏は『環ウソ』の118〜119頁で

 記事には「北極の氷が溶けて海水面が上がる」と書いてあるが、北極の氷が溶けても海水面は絶対に上がらない。これは気温が高くなるとか低くなるとかいう問題ではなく、北極のように「水に浮いている氷」が溶けても水面の高さは変わらないという「アルキメデスの原理(浮力の原理)」があるからである。


と述べています。これが「北極海の海氷」について語っているのは小学生が読んでも解るでしょう。しかし、山本氏は『環ウソのウソ』の88〜89頁で

ひとくちに北極といっても、海の氷でだけではない。世界地図を見れば分かるが、グリーンランドの大半、カナダ、アラスカ、ロシア、スカンジナビアの北部も、北極圏に含まれるのだ。その陸地にある氷河や万年雪が溶ければ、当然、海水面は上がる。


と批判しています。確かに、武田氏の「北極の氷」という定義は曖昧かも知れませんが、私たちの一般的なイメージやメディアの捉え方も「北極の氷」といったら、それは殆どの場合が「北極海の海氷」を指すでしょう。

気象庁ではIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価報告書を和訳していますが、ここでもやはり「北極」という単語とセットで用いられるのは例外なく「海氷」で、陸地の氷などを含める場合は「北極地方」といった表現が用いられています。例えば、『IPCC 第4次評価報告書 第1作業部会報告書 概要及びよくある質問と回答』(←リンク先はPDFです)の34頁では

北極地方における永久凍土の表層部の温度は、1980年代以降最大3℃上昇した。


と記述されており、やはり一般的な「北極」に対する認識とかけ離れるものではありません。また、この種のレポートで「グリーンランドの氷床」といえば、ほぼ例外なく個別に扱われるものですから、これを「北極の氷」と表現するほうが非常識です。

同様に、『環ウソ2』63〜66頁のツバルが水没しそうだという報道に対する部分

 私が最初に調査したときにデータがないのは当たり前だった。まだ国家として独立しておらず、原爆実験がされたような地域で詳細なデータがなかったからだ。


と述べていたくだりに対して、山本氏は

僕はこの文章を読んで首をかしげた。
ツバルの近くで核実験なんてやったっけ?

(中略)

 つまり、ツバルに関するデータが少ないのは、アメリカやフランスの核実験とはまったく何の関係もないのだ。たとえて言うなら、台湾に関する資料が見つからないのを「広島に落ちた原爆のせいだ」と言うのと同じくらい見当違いである。


と批判しています。しかし、これも殆ど読み方の問題だと私は思います。

山本氏も指摘しているように、アメリカが核実験を行ったマーシャル諸島は当時アメリカの信託統治領でしたし、フランスが核実験を行ったタヒチもフランス領ポリネシアです。同様にツバルもイギリスの植民地だったんですね。また、こうした南太平洋の島嶼の多くは旧日本軍に占領されていた歴史もあります。

武田氏はこのくだりでマーシャル諸島についても言及していますから、データがなかったと言っているのは南太平洋一帯の島嶼を総括して述べていると解釈しても無理があるようには思えません。

そういう読み方をすれば、近代化が大幅に遅れ、旧大日本帝国や欧米列強に従えられ、軍事拠点として利用されたり、核実験が行われてきた南太平洋の島嶼で詳細な自然観測など行われず、データがかったのも当然だと読み取ることが出来るわけですね。

このように似通った歴史的背景を持つ南太平洋の島嶼が置かれていた状況を以て武田氏が一括りに述べていたなら、マーシャル諸島やタヒチとツバルとの地理的な位置関係や距離を問題にした山本氏の批判のほうが、むしろ見当違いかも知れません。

あるいは、マーシャル諸島やポリネシアやツバルなど南太平洋の島嶼を一緒くたにした武田氏の扱い方は大雑把で乱暴すぎるとしても、鬼の首を取ったように騒ぎ立てる程のことではないように思うんですけどねぇ。

余談になりますが、太平洋戦争以前の台湾は南太平洋の島嶼のように原始的な文明レベルではありませんでした。当時の台湾は日本の植民地になっていましたが、農業振興が国策となっていたんですね。もちろん、農業には自然環境との擦り合わせが必要ですから、相応のアセスメントも不可欠です。実際、日本の台湾総督府は台湾南部の乾燥や塩害対策としてダムや用水路の建設も行っています。そういう意味では南太平洋の島嶼と台湾は置かれていた立場が根本的に違います。

『環ウソのウソ』にはこうした不毛な指摘や批判が非常に多かったように思います。このような取るに足らぬものを排除していったら、恐らく330頁を超える分量(といっても、終盤70頁ほどは『環ウソ』から離れて地球温暖化問題に関する内容になっていましたから、正味は260頁ほどでしょうか)を確保できず、本としての体裁はかなり薄いものになっていたでしょう。

書店の棚に並んだとき、厚さ約14mmの『環ウソ』と約19mmの『環ウソ2』に見劣りしないようにしたかったのか、その辺の意図は定かではありませんが、紙幅を割いて約18mmの厚さに仕上げてみたら、揚げ足取りや当て擦りの類で水増しされて肝心の内容が薄くなっていたというのでは、かえってお粗末というものです。

とはいえ、『環ウソ』で展開された武田氏のいい加減なデータを丁寧に検討してその実態をあぶり出した点は大いに評価すべきです。特にペットボトルのリサイクルについては参考になるデータが非常に乏しい中にあってよく調べ上げたと思います。『環ウソ』を読んでデータの信憑性に疑いを感じられなかった人は、必ず『環ウソのウソ』も併せて読むべきでしょう。

ところで、同書は上述のように終盤70頁ほどを割き、武田氏の『環ウソ』からは離れて、地球温暖化問題について様々な懐疑論に対抗しています。が、その内容は極めて稚拙で、根本的な勘違いも散見されます。生意気なことを言わせて頂くなら、地球温暖化問題に関する山本氏の認識レベルは私よりかなり劣っている感じです。非常に初歩的な用語も理解できていませんし、全般的な構成もお粗末といわざるを得ません。ということで、詳しくは次回に。

(つづく)

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『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』の功罪

名古屋大学大学院教授・武田邦彦氏がよみうりテレビの『たかじんのそこまで言って委員会』に出演して以来、彼の著書『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(以下『環ウソ』)はベストセラーとなりました。

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私は『環ウソ』もその続編も初版を購入して読んでいましたが、実際にデータの出典について調べてみますと、かなりおかしな点があることに気づきました。

また、ダイオキシンはさほど毒性が強くないとする主張もあながち間違いではないと思いますが、実際にダイオキシン類は200種類くらいあり、中には非常に毒性の強いものもあります。なので、これを十把一絡げに論じるのも乱暴じゃないか? という疑問もありました。

LCA(ライフサイクルアセスメント:資源調達から最終廃棄されるまで製品の生涯を通じた環境負荷の評価)をかなり否定的に論じている点も、その根拠が極めて不明瞭で全く同意できません。

ま、他にも気になった点は山のようにありましたが、列挙するだけでも大変な作業になりますので割愛します。

この『環ウソ』が出版されてからしばらくして、PETボトルリサイクル推進協議会から武田氏のデータは捏造されたものとするパブリシティがなされ、『環ウソ』に書かれたデータの信憑性に対する疑いは一層強くなりましたし、レフォ本としては到底使い物にならないと判断しました。

ただ、私の基本的なスタンスは「是々非々」です。『環ウソ』には誤りも沢山ありますが、もちろん全てがそうという訳ではありません。正しいことも沢山書かれています。

また、世間一般の環境問題に関する短絡的な認識を正そうとする姿勢も大いに評価できます。それまで殆ど顧みられることなどなく、「これをやっておけば環境に良い」といった安直な環境指向に一石を投じた功績は見逃せません。

例えば、PETボトルリサイクル推進協議会の公式サイトは私も以前から散々見てきましたが、それまではペットボトルの回収率ばかりを大きく取り上げ、世界最高レベルの回収率だということを強調するばかりでした。また、彼らは「回収率」を「リサイクル率」と称してきましたが、これも欺瞞であると言わざるを得ません。その一方、肝心の再利用状況についてはかなり曖昧なデータしか掲載していなかったんですね。

回収した使用済みペットボトルの処理能力は大きく謳うものの、処理されたそれが具体的にどのような製品としてどれだけ再利用されているのか、といったデータは大雑把な重量換算データが表で示されていた程度で、詳細を追えるような代物ではありませんでした。

こうした状況も手伝って、私はペットボトルのリサイクルに胡散臭さを感じていましたし、「PETボトルリサイクル推進協議会は回収率を自慢するために組織されたのか?」と不満が鬱積していました。

しかし、『環ウソ』による指摘に端を発するかたちで、各メディアからの質問も相次いだらしく、情報開示の状況がかなり改善されてきたのは事実です。これは「怪我の功名」というべきかも知れませんが、結果的には非常に良い効果だったと認めるべきでしょう。

もちろん、『環ウソ』のその論旨を補強するはずのデータがあのいい加減さでは説得力も半減します。また、徒に混乱を招く恐れもあります。そうした懸念はこの『環ウソ』の批判本である『“環境問題のウソ”のウソ』(以下『環ウソのウソ』)を著した山本弘氏と同感です。

SF作家でトンデモ本研究の大家である山本氏の『環ウソのウソ』には『環ウソ』の問題点が子細に述べられています。そういう意味では私の出る幕など殆どないでしょう。私が『環ウソ』に対して気になった点の詳細は割愛させて頂きましたが、その多くがこの『環ウソのウソ』で非常に詳しく検討されています。

が、実はこの『環ウソのウソ』も私の観点から言わせて頂けば、かなり問題の多い本なんですね。ある意味では『環ウソ』より酷いかもしれません。結局のところ両者を読み比べて後は各々が判断していくしかないということになるでしょう。

『環ウソのウソ』についての詳しくは、エントリを改めて述べていきたいと思います。

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