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酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

好都合な予見 (その3)

以前にも書きましたが、「2050年までにCO2排出量を半減せよ」という政治的指針は、以下のような仮説に基づくものです。

現在、人為的に排出されるCO2は炭素換算で毎年約63億tであるのに対し、自然による吸収は約31億tであるため、人為的な排出量を半分以下まで減らせば収支のバランスがとれ、大気中のCO2濃度の上昇も収まり、温暖化の進行もストップする。

しかしながら、人為的なCO2排出量が毎年30億tのレベルに達したのは1960年代のことです。

co2_emissions.gif
半減させても無駄」と題したエントリで用いたものの使い回しになりますが、
ご覧のように人為的なCO2排出量が31億tを超過したのは1960年代後半以降です。


世間一般には、人為的な地球温暖化が始まったのは18世紀後半から19世紀前半にかけての産業革命期以降と信じられています。が、IPCCの理屈に従えば、それは1960年代後半以降にスタートしたということになります。ただし、彼らの主張そのものに不整合はありません。というのも、昨年提出された第4次評価報告書にはこうあるからです。

20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高い。


要するに、IPCCの見解としては、20世紀半ば以降の気候変動は人為的ではあるものの、それ以前は人為的と断定されていないわけです。それならば、1960年代後半くらいから人為的なCO2排出量が31億tを突破して自然が吸収できる範囲を超過したゆえ、それ以降に人為的な温暖化が始まったとする仮説にも破綻はありません。(世間一般の認識とのズレは残りますが。)

ただ、それはそれで何とも釈然としないものがあります。というのも、20世紀後半以降の気温上昇が特に異常であるとは思えませんし、深刻な状況とも思えないからです。

temp.gif
上下に伸びる細い棒グラフは、年毎のデータで、
実線は細かい変動を除くために10年平均の値を結んだものを
示しているそうです。


これはIPCCが採用した地球の平均気温の推移を示すグラフですが、1940年代くらいから1970年代くらいにかけて明らかに下降していることが解ります。IPCCが人為的な気候変動であると主張している20世紀半ば以降で明らかな上昇傾向を示しているのは1970年代後半くらいから1990年代後半くらいまででしかありません。

昨朝、NHKの『おはよう日本』で富士山の降雪量や雪崩が増えているのは「年々温暖化が進んでいるから」といった主旨のレポートを流していましたが、地球規模で見れば最近10年くらいは気温の上昇傾向が見られません。

temp_vs_co2.jpg

ご覧のように、大気中のCO2濃度は一本調子で上昇を続けていますが、地球の平均気温に関してはこの10年間ほぼ横ばいか、むしろ下降気味に推移しています。つまり、人為的な気候変動が始まったとIPCCの主張する20世紀半ば以降で気温が上昇していたのは、1970年代後半くらいから約20年ほど、その間に0.4℃少々上昇し、その後の10年は収束しているということになってしまうわけです。

この程度の変動なら常に繰り返されてきたことで、現に上の19世紀半ば以降の気温変化を示すグラフにもあるようにIPCCが人為的とは見なしていない1910年前後から1940年代中頃までの30年余りの間にも0.5℃近く上昇していますから、これと比べてもとりわけ異常な状況とは考えにくいでしょう。

また、自然が吸収できるCO2は毎年31億tまでとIPCCなどが言い張るレベルを超過した1960年代後半から現在まで約40年の間、気温が上昇していた期間はその半分程度でしかなかったわけです。残りの半分は何故気温が上昇しなかったのでしょうか?

もちろん、気温が決まる要素は様々ですから、他の要素が大きく作用して気温の上昇を阻んでいるだけかも知れません。が、もしそうならば、その気温を引き下げようとする要素とはいったい何なのかということをハッキリさせるべきです。加えて、その要素が弱まっていれば人類の営みとは関係なく気温が上昇することにもなるでしょうから、これまでの気温上昇にその要素の変動が無関係であったことも証明しなければならないでしょう。

人為的温暖化説ではこうしたよく解らない部分を明確に示してくれないことがしばしばです。人為説論者たちはいつもスーパーコンピュータの中に作られた「気候モデル」というブラックボックスの中で数値をイジリ倒して答えを導くわけですが、人類が地球の気候メカニズムの全てを理解していない以上、その結果が正しいという保証などありません。シミュレーションをどれだけ重ねても、それはあくまでもシミュレーションに過ぎず、「推測」の域を出ることは未来永劫ないのです。

こうして単なる「推測」に過ぎない根拠に基づく仮説をあたかも事実であるかのようにプロパガンダすることで、この地球温暖化問題は環境問題として成立しているというのが私の認識です。

メディアは実態をどこまで把握しているのか知りませんが、「待ったなしの状況」とか「一刻の猶予もない」とか、ことあるごとに大騒ぎします。彼らの救いようのない理科オンチぶりはこれまでにも何度か書いてきましたが、人為的温暖化説を支持する研究者達が繰り出してくる部分的に突出した都合の良いデータをただ鵜呑みにし、振り回されているだけではないかという気がします。

私達のように人為的温暖化説を盲信しない者の間では「クールダウンが必要なのは地球ではなく、地球温暖化問題に翻弄されている人達の頭のほうだ」とよく言われますが、私も全くその通りだと思います。しかし、間もなく始まる洞爺湖サミットで彼らはますますヒートアップしてしまうのでしょう。

(おしまい)
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テーマ:環境問題 - ジャンル:ニュース