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酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

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55年ぶりの快挙!

初テストの未セットアップ状態からいきなりトップタイムを叩き出したブラウンGPの戦闘能力の高さはライバル達も舌を巻く程でしたが、シーズン前に調子が良くても本番でパッとしないケースは決して珍しくなく、今回もそう簡単に勝たせてもらえないだろうと思っていました。

何しろ、ホンダがF1から撤退し、その跡を継ぐチーム運営を巡っては開幕3週間前にようやく正式発表に漕ぎ着けた状態で、スポンサーもロクに決まっていませんでした。しかも、前身であるホンダレーシングは2006年のハンガリーでようやく1勝を挙げたものの、ここ2年は入賞圏外に沈むことが多く、雨天で荒れたレース展開となった昨年のイギリスで3位になったのを最後にポイントの獲得すらできない大不振が続いていたのですから。

しかし、ご存じのように今シーズンの開幕戦でいきなりポール・トゥ・ウィン、しかも1-2フィニッシュとなりました。チームそのものは旧ホンダ・レーシングをそっくりそのまま受け継ぎ、ホンダの撤退さえなければシャシーもBGP001ではなくRA109となるハズだった状況とはいえ、新チームがデビューでいきなり1-2フィニッシュを成し遂げたのはメルセデスワークス以来55年ぶりの快挙になるそうです。


BGP001
いきなりパーフェクトな勝利を得たブラウンGPですが、
ご覧のようにヴァージングループのロゴと
チーム名のロゴがこぢんまりと入った以外は
初テスト時のカラーリングと大差ないようです。
このようにスポンサーシップがハッキリしていない
財政不安を抱えたまま開幕を迎えた前例はありますが、
そんな状態でここまで見事な勝ちっぷりを示したのは
ちょっと記憶にありません。


ブラウンGPの速さはテストの段階からよく知られており、その要因分析も成されてきました。特に注目されるのは、このところ続いた不振から昨シーズンは早々に同年のマシン開発を諦め、2009年の準備に取りかかったという点でしょう。レギュレーションが大きく変更された空力面を早い段階からシミュレーションし、特にノーズやフロントウイング、フロントサスペンションアーム周りの空力特性をかなり煮詰めて来たようです。

このレギュレーション変更で今シーズンはマシンのダウンフォースが大幅に削られ、各チームとも開発を進めてかなり取り戻してきたとはいえ、昨シーズン終盤と比べて20%くらいは失ったままのようです。が、昨シーズンのホンダは早々に諦めたこともあり、マシンのダウンフォースはライバルに対して90%以下にとどまっていたと見られています。そのマシンでバトン選手もバリチェロ選手も戦い抜いており、ダウンフォースが削られたマシンに慣れを要する他チームのドライバーのような影響を殆ど受けていないようです。

また、エンジンがホンダからメルセデスに変ったことで70馬力はアップしているとのことです。同じメルセデスのカスタマーエンジンとそれに付随するトランスミッションを用いるフォース・インディアとは異なり、ブラウンGPはホンダ時代から引き続きオリジナルの軽量なカーボン製トランスミッションをフィッティングさせ、良好な重量バランスを得ているようです。いまやトランスミッションとリヤサスは切り離せませんが、ここで苦戦しているマクラーレンと状況は異なり、ブラウンGPは独自のそれでリヤサスのジオメトリーをシャシーに最適化することでも上手くいっているようです。

重量バランスといえば、KERS(制動力をエネルギーとして蓄え、加速時に利用する回生システムで、バッテリーに蓄電する電気式とフライホイールに運動エネルギーのまま保存する機械式が開発されており、ブラウンGPは後者をテストしていました)の採用を見送り、このシステムによる重量増のハンディ(約30kg)を免れてている点も多少は影響しているかも知れません。

加えて、KERSユニットそのものの搭載やこのシステムが発生する熱を処理するための冷却系の装備など、マシンを複雑にする要素が採用を決めたチームには頭痛のタネとなっているようですが、これを排除して従来通りのシンプルな構成に纏めた点も良かったのかも知れません。KERS搭載チームはまだ信頼性が低いこのシステムのトラブル(BMWザウバーでは感電事故も起こしています)でテスト走行も距離を伸ばせないケースが多かったようですし。

レース展開そのものも、かなり大荒れだったというのもありますけどね。2位争いをしていたレッドブルのフェテル選手とBMWザウバーのクビサ選手がわずか3周を残したところで絡んで共にリタイヤとなりましたし、3位でフィニッシュしたトゥルーリ選手(その後にセイフティカー導入時の追い越しと判定されてペナルティの25秒が科せられ、12位へ繰り下げとなりましたが)と4位に入賞したグロック選手のトヨタはウイングのしなり問題となってスターティンググリッドを下げられ、ピットレーンスタートで最後尾からの追い上げでした。

まだ充分な戦闘能力を備えていないニューマシンにテストセッションで弱音を吐いていたマクラーレンのハミルトン選手は予定外のギヤボックス交換でスターティンググリッドを18位に下げられたものの、2位争いをしていた2人のクラッシュアウトとトゥルーリ選手の繰り下げで棚ボタの3位となりました。フェラーリは2人ともチェッカーを待たずしてマシンを降り、完走扱いとなったのは16台でした(ライコネン選手もこのうちの1人です)が、実際にチェッカーを受けたのは13台でした。

ライバルが次々に自滅していったような状況だったとはいえ、バトン選手は盤石の走りで1度もトップを譲ることなく走り抜きました。スタートでアンチストールシステムが働き大きく順位を落としたバリチェロ選手も最終的には2位フィニッシュとなりましたし、テスト段階から図抜けた成績を収め、予選のQ1セッションから1-2を独占し続けましたし、ブラウンGPのこの速さは本物だと思います。(ついでにいえば、今年はトヨタも良さそうです。)

いまのところ(タイヤサプライヤーのブリヂストンを除き)ブラウンGP唯一のスポンサーであるヴァージングループのリチャード・ブランソン氏もこの結果には大いに満足しているようで、「チーム名も"ヴァージン"を冠したものに改められるのではないか?」という噂に対して「もちろん可能性はある」「誰もがチームに最高のエンジニア(ロス・ブラウン)がいると知っているのだから、そのエンジニアの名前をつける必要はない」と述べているそうです。

かつてはプライベーターだったベネトン(旧トールマン)がルノーワークスとなり、マクラーレンもザウバーも各々メルセデスとBMWのセミワークスというべき状況にあり、いまや完全なるプライベーターにとって冬の時代といえるF1界ですが(昨年トロロッソが初優勝するという極めて例外的な快挙もありましたけど)、昨日のブラウンGPの勝ちっぷりを見るとチャンピオンも夢ではないと思わせるものがあり、プライベーター新時代を切り開く理想的なあり方を示すかも知れないという期待が膨らみますね。

(追記)
後にFIAの裁定が覆り、トゥルーリ選手へのペナルティが取り消され、逆にハミルトン選手は失格となりました。詳しくはコチラ
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MD-11はやはり欠陥機か? (その2)

MD-11は危険な機体として業界内では非常に有名です。この機体の操縦経験があるパイロットによれば「“玉乗り”と呼ばれるほど、ほかの航空機と比べて安定性が悪い航空機。着陸時の軌道修正も困難だった」とのことです。これは燃費の良さを売りにするため空力的な安定性を犠牲にした結果なのかも知れません。

前回ザッとご説明しましたように、一般的な航空機は風圧中心より前方に重心を置いて基本的に機首下げとなるような重量バランスとし、水平尾翼によるダウンフォースで機体前後方向の姿勢を維持します。各々がせめぎ合う力を強くしてやればより機体は安定しますが、その分だけ空気抵抗が増し、燃費が悪化します。

そこで、MD-11には重心をアクティブに移動できるシステムが採用されました。これは「CGコントロール」と呼ばれるもので、水平尾翼内にも燃料タンクを設置して主翼にあるメインの燃料タンクとパイプで繋ぎ、その一部を後方に移して重心を移動できるようにするというシステムです。積載物による重心の移動をこれによって調整し、重心を風圧中心に近づけてやれば、水平尾翼のダウンフォースを強くしなくても機体の前後方向の姿勢を整えることができます。こうして空気抵抗を減らし、燃費を向上させてやろうという訳ですね。

md11_JAL.jpg
MD-11は重心をアクティブに移動できますので、
水平尾翼に大きなダウンフォースを発生させる必要がありません。
そのため水平尾翼は見るからに小さくなっています。
DC-10に対して全長が約10%大きくなったMD-11ですが、
水平尾翼の面積は逆に約30%小さくなっています。


このように下向きの力と揚力とのせめぎ合いを小さくするよう設計されたMD-11はピッチングが生じやすく、機体が不安定になりがちです。そこで、コンピュータによって補正を行い、安定を保つよう制御してやろうと考えられました。こうした操縦システムは戦闘機にいち早く採用されてきたもので、MD-11を開発したマクドネル・ダグラス(現在はボーイングに吸収)は戦闘機メーカーとして勇名を馳せたメーカーでもありますから、技術力に自信があったのかも知れません。

しかし、様々なセンサを用いて機体のバランスをモニタし、コンピュータが安定を保つように補正をかけると、そのセンシングから補正信号の出力までに若干のタイムラグが生じます。パイロットの操縦に対しても補正が入ると、そのタイムラグからパイロットはついついオーバーコントロールをしてしまいがちになるんですね。風圧中心と重心が近く、ピッチモーメントが小さいゆえ機体そのものは姿勢変化に敏感なのに、それをコントロールするシステムは鈍感となれば、安定を得るのが非常に困難な状況に陥りやすいことは容易に想像できます。

前回述べたJAL706便の事故もバランスを崩すきっかけとなったのは乱気流だったのでしょうが、機体の姿勢が乱れ、大きなピッチングを引き起こしてしまったのはコンピュータが介在する操縦システムによるものと見なされました。つまり、パイロットが操縦桿を引いて機首上げを意図しても操縦システムのタイムラグですぐに機体は反応せず、必要以上に操縦桿を引き続けてしまうことで過剰な機首上げ動作となってしまい、それを抑えるために機首下げを行っても、同様のタイムラグで結果的に過剰な機首下げとなってしまい、これを繰り返す過修正のループに入ってしまったというわけですね。

こうした現象を「PIO」といいます。当初、PIOはPilot Induced Oscillation(パイロットが誘発させた振動現象)の略とされていました。が、これではパイロットの操縦ミスと誤解されることが多く、現在はPilot Involved Oscillation(パイロットが巻き込まれた振動現象)と呼ばれるようになっています。実際、JAL706便の事故のとき国土交通省(当時は運輸省)の事故調査委員会もアメリカ航空当局にPIOの定義を確認していますし、この刑事裁判で検察はPIOの定義をパイロットの操縦ミスに因むものと誤解していたようです。

このPIOという現象は熟練したパイロットでも自分の入力が振動現象を構成する一因となっていることに気付きにくいそうで、入力に対するタイムラグが大きいほどその傾向が強くなるといいます。MD-11のタイムラグは0.2秒もあり、潜在的にオーバーコントロールを招きやすく、危険だと主張する専門家も少なくありません。

成田で起こったフェデックス機の事故もこうした機体の特性によるものなのか否か予断を許すことはできません。が、メディアでも取り上げられている「ポーポイズ」というピッチングはPIOでも見られる典型的な振動現象です。似たようなピッチングによる事故の前例がこれほど豊富な機体も滅多にありませんから、こうしたMD-11の特性も充分に考慮すべきでしょう。

読売新聞は「着陸失敗のMD11型機、海外でも横転事故…難しい操縦性」という記事で同機による事故の前例や如何にバランスを取り戻すのが難しい機体であるかを紹介したり、社説でも「突風に対する特性など機体の構造上の問題も調査する必要がある。」と述べるなど、それなりにマトモな報道になっていると思います。

が、産経新聞の主張「貨物機炎上 気象の急変に対応怠るな 」や中日新聞の社説「成田着陸失敗 解明急げ初の死亡事故」など、他のメディアの多くはウインドシア(異なる2点間で風向や風速が劇的に異なる状態)ばかりを問題にし、事故機の特性について散発的に報じてはいるものの、深く掘り下げようとする姿勢は感じられません。

上掲の読売新聞の記事によれば、「運輸安全委員会は同型機の操縦特性にも注目して、調査を進める方針。」とのことで、私が気になっている部分についてもキチンと検討された上で原因究明が進められそうですから、特に懸念を抱く必要はないかも知れません。

しかし、多くのメディアはこうした部分を深く考えぬまま、JAL706便の事故のようにきっかけに過ぎないかも知れない気流の乱れで片付け、真相に迫ることなく忘れ去ってしまうような気がします。ま、今回は貨物機で乗客がおらず、彼等が煽りたがる「憎悪」も生じませんでしたから、すぐに風化してしまうのでしょうけど。

(おしまい)

MD-11はやはり欠陥機か? (その1)

ご存じのように成田空港で貨物機が着陸に失敗し、炎上するという大きな事故が起こりました。私の個人的な感想を率直に述べさせて頂きますと、「またか」の一語に尽きます。

メディアはあまり詳しく伝えていないようですが、この事故を起こしたMD-11はかなり危険な機体で、全損事故率が100万便あたり3.45回(2005年までのデータですので今回の事故は含みません)という非常に高い値になっています。これは第4世代機としてダントツNo.1で、2位となっているA310の2倍を超えます。着陸に失敗して滑走路で裏返しになった事故も今回で3度目、フェデックスが所有しているMD-11が全損事故を起こしたのも今回で3度目です。


MD-11

機体破損に至らないマイナーアクシデントとなれば枚挙に暇がなく、この機体の危険性が広く認識されるようになったせいか、旅客機として導入されたMD-11の多くは下取りされ、貨物機に改装されています(確認していませんが、今回の事故機も同様の経緯になるかも知れません)。

追記:調べてみましたところ、やはり当該機は旅客機から改装されてものでした。この機体はMD-11F型で登録番号はN526FE、製造年月は1993年11月となっています。アメリカのデルタ航空で旅客機として使用されるも、2004年にフェデックスへ売却され、貨物機へ改装されて2006年から就航、総飛行時間は4万706時間とのことです。

なので、現在でも旅客機として運行されているMD-11は数えるほどしかなく、私がこの旅客機バージョンを目撃したのは数年前の成田が最後で、成田~サンパウロを往復していたヴァリグブラジル航空の機体でした。現在でも日本に乗り入れているMD-11はフィンランド航空だけのようです。関空~ヘルシンキをフライトされる方は要チェックかも知れません。

このMD-11は燃費の良いハイテク次世代機という前評判でJALも1993年から10機導入、「J-bird」(サッカーのJリーグ発足と同じ年ですから、それにあやかったネーミングだったのかも知れません)と称し、また1機1機に「イヌワシ」とか「ライチョウ」などという個別の愛称まで付け、テレビCMも流し、鳴り物入りで就航させたんですね。

ところが、1997年に香港(啓徳)~名古屋のJAL706便が志摩半島上空で姿勢を大きく乱し、4名が重傷を負う事故を起こしました。このとき脳挫傷などで意識不明となった客室乗務員は昏睡状態から回復することなく、1年8ヶ月後に亡くなっています。

直後の段階では死者もなく重軽傷者14名とされたこの事故をメディアは「乱気流に巻き込まれた」くらいの極めて簡略な報道しかしませんでしたが、後にパイロットが被告となる刑事裁判に発展しています。この裁判はパイロットの操縦ミスか機体の欠陥かが争点となりましたが、判決は「操縦システムの不具合が原因」とし、パイロットの無罪が確定しています。

こうして味噌が付いたせいか、JALは所有する全てのMD-11を2004年までに退役させました。MD-11はDC-10の後継機になりますが、JALが最後のDC-10を退役させたのはMD-11全機退役の翌年のことですから、如何に異例の早期退役だったかが伺えます。こうして僅か10年ほどでJALが手放したMD-11もやはり貨物機に改装され、現在はUPSが運行しています。

ま、いまでもこの機体を巡っては様々な論争がありますので私のような素人が結論づけることなどできませんが、ハイテクに依存しながら熟成が足りなかった操縦システムが問題なのではないかと思っています。また、そうした中で採用された「CGコントロール」というシステム(詳しくは次回に)も鍵になっているような気がします。

エルロンリバーサル」と題した他愛のないエントリ(でも、ググるとかなり上位にヒットするんですよねぇ)で軽く触れていますが、航空機の重心は「風圧中心」と呼ばれるポイントより前方に設定するのが一般的なんですね。「風圧中心」について詳しく述べているとハナシが進まなくなりますので大雑把に説明しますと、「主翼によって生じる揚力が機体の一点に作用すると考えた場合の作用点」といった感じでしょうか。もう少し噛み砕きますと、「機体を空へ引き上げる力が働く中心点」といった感じでイメージして頂いても大きな間違いはないかと思います。

この風圧中心は翼の仰角によって移動します(同時にベクトルの向きも大きさも変化します)し、重心は旅客や貨物の搭載状態などによって移動します。ですから、元々の機体重心を前方に寄せ、そのままでは前のめりになるような状態にしておき、水平尾翼でダウンフォース(下向きの力)をかけてやることで機体の前後方向の姿勢を保つのが一般的なんですね。

重心が風圧中心より前に行けば行くほど水平尾翼のダウンフォースを増やしてやる必要があるため、空気抵抗が増えて燃費は悪くなります。が、これら下向きの力と揚力とのせめぎ合いが強くなれば機体の安定性は高まります。つまり、空力的な安定性と空力的な燃費特性とは概ねトレードオフの関係になると見て良いかと思います。

空力スタビリティの概念
主翼によって生じる揚力で飛行機は空に引き上げられます。
大雑把に言いますと、その力の中心点が「風圧中心」で、
これより前方に重心を置けば機体は前のめりになります。
それに拮抗するよう水平尾翼で下向きの力を与え、
機体前後方向のバランスを取るわけですね。
重心による下向きの力と水平尾翼による下向きの力が
主翼による上向きの力とせめぎ合うことで機体は安定します。
これらの力が強くなるほど安定性は増しますが、
その分だけ空気抵抗が増え、速力や燃費が損なわれます。
(上図はあくまでも概念を示すもので、風圧中心や機体重心の位置
ベクトルの大きさなどは厳密なものではありません。)


で、MD-11はこうした水平尾翼のダウンフォースを減らし、空気抵抗を減らして燃費を向上させることに重きが置かれました。あくまでも私の主観ですが、「MD-11は燃費を優先して空力的な安定性を犠牲にした機体」というべきかも知れません。

(つづく)

アメリカ人は小型車を憎んでいる (その2)

朝日新聞の社説が指摘するように、ビッグ3が日欧のメーカーほど燃費改善に努力してこなかったのは事実でしょう。が、燃費を良くする技術を磨き、日本やヨーロッパの中小型車と競合する車種を主軸とした道を選んでいれば、現在の経営状態がもっとマシになっていたという保証もありません。総合的な技術力は高くても小型車を作り慣れていないメーカーが手を出して成功するとは限らないものです。

実際、世界屈指の技術力を持っていると思われるダイムラーも小型車では大苦戦しています。メルセデスの初代Aクラスは完成度の低さから散々な評価でしたし、現行モデルもBMWのミニほど成功していません。また、スウォッチの企画で始まったスマートは2007年にようやく黒字となりましたが、1994年の創業から利益が出せない状態がずっと続いてきました。言い出しっぺのスウォッチはとっくの昔に完全撤退し、ダイムラーの完全子会社となっています。2006年夏までの累計赤字は約4000億円に達し、現在でも撤退や身売りの噂が絶えません。

仮にビッグ3が早い段階から方針転換を行い、コンパクトで燃費の良いクルマを開発していたら、本当に経営状態の悪化を免れていたといえるでしょうか? ダイムラーのように苦戦し、却って体力を消耗していたという状況は否定できるのでしょうか? もしかしたら、アメ車らしい魅力を備えた大型車の開発に注力し、ピックアップという大きなマーケットを育んできたからこそ、ここまで持ちこたえていたのかも知れません。

あの計算高いトヨタでさえ今般の不況による市場縮小のスピードを読み切れず、大量の在庫を抱え、工場の稼動率を下げ、人員を整理し、ここ何カ月かの間に利益予測を3度も下方修正しました。結果を見て後から言うのは簡単ですが、先を読むのは非常に難しいことです。朝日新聞(に限りませんが)の論説委員やアル・ゴア氏は、ビッグ3の経営悪化の原因を燃費向上の努力を怠ったゆえだと短絡的に結論づけていますが、これは結果だけを見て自分の論旨に都合良く解釈し、業界の実情も知らずに好き勝手な主張を展開しているに過ぎません。

少々ハナシは飛びますが、80年代に北米市場でミドシップエンジンのお気軽スポーティーカーがブームになりました。フィアットX1/9の要領でFFのパワートレーンをミドシップに移したリーズナブルなポンティアック・フィエロがスポーツカスタムのベースに最適という理由で人気を博したんですね。このブームはそれほど走りに入れ込まない都市部の若者にも飛び火し、クールなパーソナルコミューターといった捉えられ方で大ヒットに繋がりました。トヨタもこのマーケットに参入すべく、フィエロの下位グレード以下となる車格として投入したのがMR2です。

ポンティアック・フィエロ
PONTIAC FIERO

ホンダもこれに続くべく、トヨタとは逆にフィエロの上位グレード(GTと称するV6エンジン仕様)以上となるモデルの開発を進めていたところで大問題が生じました。自動車保険の料率が大きく見直され、ドアの枚数が少ないほど、座席数が少ないほど、保険料が高くなってしまったんですね。2ドア2シーターを維持するには莫大な保険料がかかるようになり、ファッションでこれに乗っていた人たちはアッサリと見切りを付け、金持ちや気合いの入ったスポーツカー乗りだけが残るという状況になってしまったわけです。

ホンダはかなりの開発費を投入していながら、発売前にマーケットが見る影もなく縮小してしまい、回収の見込みが立たなくなってしまいました。そこでこのスポーティカーの開発を途中で方向転換させ、プレミアムスポーツカーに仕立て直し、そうしてリリースしたのがNSXだったというのが専らの噂です。プレミアムとするためにアルミボディが奢られ、エンジンも専用開発のものに改められましたが、エンジンベイはベースとなったレジェンド用V6ユニットと互換性をもつことになったのはこうした理由によるというわけです。

ま、このNSX転用説については状況証拠を繋ぎ合わせた噂に過ぎませんが、保険料率の一件で2ドア2シーターのマーケットが大きく損なわれたのは事実です。ついでに言わせて頂けば、マツダRX-8がエキセントリックな観音開きの4ドアになったのも、ランサーエボリューション(PSの『グランツーリスモ』でアメリカの若者にその存在が知られ、ラブコールを受けて発売されたといわれています)が大人気を博したのも、この4ドア4シーター以上に有利な保険料率が無関係ではなかったと私は見ています。

この事例は余計なコストがかかるようになれば本当にそのジャンルのクルマを愛して止まない奇特な人を除き、大多数は意外と簡単にふるい落とされてしまうということを如実に示していると思います。

CO2排出削減を本気で進めたいというのなら、こうした事例を参考にすべきでしょう。燃費の悪いクルマを購入する際には高額の税金が課せられるようにし、また燃料にも日本と同等以上に課税し、燃費が悪いクルマに乗ればイニシャルコストもランニングコストも高く付くような状況にするのです。この税収を燃費の良いクルマへの買い換えに対する補助金として再分配すれば、如何に小型車嫌いのアメリカ人とて燃費の悪い大型車に乗り続ける意欲が萎えるでしょう。また、ビッグ3もそれに応じた車種展開を迫られることになるハズです。

現に、昨年まで続いた原油高の影響で、アメリカでもそれなりに小型車が売れていました。が、その下落に伴って売れ行きも急減速し、現在は大量の在庫を抱えている状態です。例えば、ホンダ・フィットの場合は昨年7月の在庫日数が僅か9日だったのに対し、現在は125日となっています。同じく、トヨタ・ヤリス(日本名:ヴィッツ)の現在の在庫日数は175日、シボレー・アビオ(韓国の大宇カロスのOEM)に至っては427日という有様です。ま、原油高を受けた増産が裏目に出たり、需要そのものが落ち込んでいるという側面もありますが、燃料コストがかさめば自然と燃費の良いクルマが求められるようになるという事実は覆らないでしょう。

朝日新聞の社説がいうように、メーカーに対して2016年までに30%の燃費改善を求めるカリフォルニア州の独自規制が全米スタンダードになる可能性もあります。が、6km/Lくらいしか走らない巨大ピックアップの燃費を30%向上させても8km/Lに届きません。業務用にはある程度の緩和措置を設けるとしても、単なる趣味嗜好でこうした燃費の悪いクルマに乗っている人たちに対してはもっと燃費の良い車種に乗り換えさせるよう促すほうが遥かに効果的です。そのためにはメーカーに対して一律に30%の燃費向上を義務づけるより、燃費の悪い車種に対して重税を課し、燃料に対しても課税するほうが遙かに現実的で高い実効性が見込める政策となるでしょう。

しかし、計算高い政治家はこうした政策を採用しません。世界最大のクルマ社会であるアメリカでクルマのユーザーに負担を強いたり、ライフスタイルに立ち入ったりすることは、多くの票を失うことに繋がるからでしょう。そこで負担をメーカーに集中させ、燃費を全体で30%向上させろという非常に乱暴で大雑把な結論に至るわけですね。メディアも実現可能性などロクに考えず、「アクションを起こすことに意義がある」と信じ、こうした一方的な政策を安易に支持してしまうわけです。

ところで、俳優のレオナルド・ディカプリオ氏は先のベルリン国際映画祭でこんなスピーチをしていました。

多くの人が運転しているクルマのテクノロジーは100年前のものです。いまこそ、新しい技術を駆使して、奇跡のクルマを作り出す時期です。


新しい技術を駆使した「奇跡のクルマ」の誕生に期待するのも結構ですが、そのような「絵に描いた餅」で現実的な環境対策は計画できません。他の動力源の多くを駆逐して120年を超える歴史を重ねてきたガソリンエンジン車はそれだけに洗練されており、劇的な進化を望むのは極めて難しいことです。ディーゼルエンジンも115年を超える歴史を誇りますが、これほどの長きにわたってこれらを代替し得る動力源が実用化されていない事実を見据えれば、彼等がよく用いるフレーズである「明日のエコでは間に合わない」「待ったなし」といった状況で新しい動力源に期待するのは非現実的です。

朝日新聞の社説やゴア氏やディカプリオ氏が望むように、アメリカ人の「ガソリンがぶ飲み」を止めさせたいと本気で考えるのなら、彼等の小型車に対する憎しみを解き、価値観やライフスタイルを変えさせるように仕向けるほうが、見果てぬテクノロジーの進歩に夢を託すより遙かに現実的であるということを理解すべきです。

アメリカ人は小型車を憎んでいる (その1)

うろ覚えで恐縮ですが、掲題のフレーズは以前にどこかで読んだレポートに書かれていたものです。一般誌だったか自動車専門誌だったかも覚えていませんし、レポートの内容も殆ど記憶にありませんが、アメリカ人の大型車指向の強さを端的に表現しているこのフレーズだけは強く印象に残っています。

ま、こうして指摘されるまでもなくアメリカ人の大型車好き小型車嫌いはよく知られるところだと思います。それゆえ「アメリカのビッグ3は大型で燃費の悪いクルマばかりを作り、日本のメーカーはコンパクトで燃費の良いクルマをつくってきた」という単純な図式を組み立て、ビッグ3の凋落と日本メーカーの躍進に結びつけてしまう短絡思考が蔓延してしまうのでしょう。

今日の朝日新聞の社説もまさにこの典型的な短絡思考にはまり、物事の実体を深く考えず、小手先で書かれたいい加減なものになっています。

米排ガス規制―日本メーカーにも好機

オバマ大統領の誕生と未曽有の経済危機が、「ガソリンがぶ飲み」の米国を変えることになるかもしれない。

 自動車の排ガス規制の強化に及び腰だったブッシュ前政権から一転、オバマ氏は基準強化を打ち出した。

(中略)

 米国の消費者が好んで買っていたのは、ガソリンをふんだんに使う燃費の悪い大型車だった。ビッグ3はそれに甘えて大型車ばかりを大量生産し、燃費改善努力を怠ってきた。米政府もビッグ3の競争力が一段と低下することを恐れ、容認してきた。

 それを批判したのが環境問題に熱心なゴア元副大統領だ。日本でも公開されたドキュメンタリー映画「不都合な真実」でゴア氏はこう指摘した。燃費がいい車をつくっているトヨタ自動車やホンダと比べ、ビッグ3の経営が悪化している。つまり国内メーカー保護のために環境基準を緩くしている米国の政策は「時代遅れだ」と。

 オバマ氏は、規制の強化により燃費向上をめざすメーカーの競争を促し、温室効果ガスの削減につなぐことを狙っている。「不都合な真実」の批判にようやく応えるものになる。

(C)朝日新聞 2009年3月23日


ご存じのようにトヨタも日産もホンダも小排気量で燃費の良い小型車だけでなく、大排気量で燃費の悪い大型車も作っています。そして北米市場を中心にたくさん売ってきました。救いようのない自動車オンチばかりの日本のメディアからは「ビッグ3凋落の原因」と見なされがちなSUVですが、日本のメーカーもこれらを積極的に投入してきましたし、日本未発売のフルサイズピックアップもビッグ3同様にたくさん売ってきました。

北米でピックアップのマーケットを侮ることはできません。フォードに関していえばエクスプローラーの売上が全体の4割を超えているのですが、そのうちSUV版とピックアップ版の比率は1:4くらいになります。つまり、ピックアップはフォードの売上全体の約1/3を占める最重要車種ということです。

世界最大のクルマ社会であるアメリカでも昔はパーソナルユースではなく、せいぜいファミリーユースが良いところでした。家族経営の農業や建設業などに従事している人たちは仕事用にトラックを1台購入し、生活の全てをそれだけで賄うという時代があったんですね。メーカーはそうした需要に応え、アメ車の黄金期ともいえる50~60年代にはセダンやスポーツカーなどで流行した意匠を盛んに取り入れ、若者にとっても魅力的なトラックが次々に繰り出され、今日へ至る文化が築かれていったわけです。

現在でも特に南部や中西部ではこうしたピックアップの人気が非常に根強いんですね。都会で会社勤めをしている人達の間でも週末のレジャーに使えるということで大きな需要を生んでいます。当然のことながら、日本のメーカーも指を咥えて見ている訳がありません。ビッグ3と同じようにこのマーケットを狙ったピックアップを開発し、投入してきました。具体的にはトヨタ・タンドラとか、日産タイタンとか、ホンダ・リッジラインなどですね。

トヨタ・タンドラ
TOYOTA TUNDRA
日本とアメリカの燃費基準は異なりますので一概にはいえませんが、
このタンドラの燃費はおおよそ6km/L前後くらいになるそうです。
フォードF-150シボレー・シルバラードなどと
全くの同レベルといって良いでしょう。


朝日新聞(に限りませんが)の論説委員が日本国内しか見ていないのはいつものことですから、日本のメーカーは日本国内で売っている車種を北米市場でもそのまま展開していると思い込んでいるのでしょう。こうしたアメ車チックな巨大ピックアップをビッグ3同様に売ってきたとは夢にも思っていないからこそ、あのようにいい加減な社説が書けるのです。

(つづく)

琢磨はフジっ子から日テレっ子へ?

ご存じのようにトロ・ロッソのリザーブドライバーにもなり損ねた佐藤琢磨選手は依然として浪人状態が続いています。トロ・ロッソが提示する条件に苛立った彼のマネージャーのアンドリュー・ギルバート・スコット氏は、スイスの専門メディアである『スポーツ・アクチュエル』誌に不満をぶちまけたといいます。曰く、

「私は、ディートリッヒ・マテシッツとの会談を整えようとしたが、彼はそうしたがらない。いつも“スポンサーを見つけろ”の一点張りだ」

ま、トロ・ロッソやその親玉のレッドブルのような弱小チームはこんなものだと思いますけどね。若く将来有望で一流チームへの移籍金など高額の見返りが期待できるような新人選手ならばともかく、32歳になった佐藤選手のようなポジションなら、スポンサー持ち込みが条件となるケースはむしろ当たり前というべきかも知れません。佐藤選手にはパーソナルスポンサーも数社付いているようですから、その線に対する期待もあるでしょう。

とはいえ、選手個人のサポートとチームに対するそれとでは桁が違います。あのトヨタでさえ、F1に残れたのはメインスポンサーであるパナソニックが契約を更新してくれたお陰と漏らしているくらいです。以前にも触れましたが、そうしたスポンサーシップを得ずにこの数年を過ごしたホンダがF1から撤退したのも当然だったように思います。このご時世にスポンサーの獲得は困難ゆえ、テストでは良好な結果を残した佐藤選手でも浪人状態に甘んじているのでしょう。

結局、佐藤選手は昨年もトロ・ロッソのシートに座っていたセバスチャン・ブルデー選手を蹴落とせなかったわけですが、そのブルデー選手のマネージャーはニコラス・トッド氏というフランス人です。この人物がジャン・トッド氏の息子といえば何となくハナシは繋がりますね。

ご存じのようにトロ・ロッソはフェラーリからエンジンを供給されています。一方、ジャン・トッド氏といえばルカ・モンテゼーモロ氏の肝いりでフェラーリ入りして以来、90年代後半からの黄金期をマネージメントし、フェラーリのCEOにまで上り詰めた人物です。ジャン・トッド氏は先日の役員会で正式にフェラーリから去ることが決まったそうですが、この人脈は依然として強固でしょう。

F1は昔から世界で最も政治力がモノをいうスポーツの一つだと思います。それに嫌気がさしてアメリカのオープンホイールカーに転向した選手も少なくありません。スコット氏はIRLを検討している旨も漏らしていますし、3月13日の読売新聞には今年のインディジャパンに佐藤選手の参戦の可能性もあるとの旨が報じられていたそうです。彼もその道をなぞることになるのかも知れません。IRLはホンダも撤退してませんし(ま、2006年から唯一のエンジンサプライヤーですからそう簡単に撤退もできないでしょうけど)。

IRLマシン
IRLマシン
手前が昨年の覇者スコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)
今日のインディーカーはシャシーがほぼダラーラのみ
エンジンはホンダのみ、タイヤはブリヂストンのみという
ワンメイク状態となっています。


こうした動きはこれまでもF1復帰に向けて尽力してきた彼をしぶとく取材し続けてきたフジテレビにとって非常に面白くないでしょう。が、逆に日本テレビは大歓迎なんでしょうね。

プリウスに似ているのは作為的だと思う理由 (その3)

新型インサイトのスタイリングがプリウスに似ていることについて、ホンダを擁護する意見としては「F1がどれも似たような格好になるのと同じで、空力を追求するとこの形になるのかもしれない」(webCGの試乗速報)とか「居住性と実用性、さらに燃費の良さを追求すれば、必然的にあのようなフォルムになる」(川上完氏によるレビュー)といったものがあります。

ま、私も当初はこれらに近い理解(webCGの試乗速報とほぼ同じ見解)を示しましたが、それが間違いだったということは前回具体例を示した通りで、空力的にはプリウスよりシビックのほうが優れている(前面投影面積と空気抵抗係数の積ではシビックのほうが僅かながら小さな値になっている)という事実からも明らかです。また、別の角度から見てもこの「必然説」が誤っているということは確認できます。

インサイトが空力や居住性などを追求した結果としてプリウスに似てしまい、これは「必然」だとするならば、プリウスをデザインした人たちも同様に空力を追求し、合理的な空間設計を行い、F1マシンのように理屈でガチガチに固められた結果の上にあのフォルムが完成したということになります。が、当事者たちは全く逆のことを言っているんですね。このデザインを総括したトヨタの第1トヨタデザイン部の山崎登美雄氏はプリウスのデザインコンセプトについてこう述べています。

理屈抜きの魅力を求めた。お客様の右脳にアピールできるクルマにしたいと考えた。


左脳は論理的思考を担い、右脳は芸術的創造性を担うといった「脳機能局在説」は非科学的な俗説ですから、「右脳にアピール」というのも個人的にはかなり低俗な説明だと思います。が、要するに彼等は見た目で感じる部分も重視してデザインしたというわけですね。もちろん、空力的にもかなり煮詰められていますが、それは当初のデザインコンセプトを具現化していく中で調整されていった部分と見るべきでしょう。

このスタイリングのオリジンは、テクノアートリサーチというトヨタグループのデザイン会社によります。キーコンセプトを提案したのは同社の岡本浩志氏というデザイナーで、それを前出の山崎氏率いる第1トヨタデザイン部(開発当時は第2デザイン部)が引き継ぎ、エクステリアは稲富克彦氏をチーフとするチームが纏めたものになるといいます。

テクノアートリサーチの岡本氏によって掲げられたキーコンセプトは「トライアングル・モノフォルム」と称されています。Bピラーの上部付近を頂点とし、側面から見て三角形を描くシルエットで「キャビンとタイヤをシンプルに結ぼう」という発想になります。また、「人とクルマと環境のトライアングルを象徴したいという思いも込めた」ともいいます。ま、「人とクルマと環境」云々といった説明についてはプレゼンなどで後付けっぽく語られるパターンになるような気もしますが。

プリウスのレンダリング
テクノアートリサーチによって提案された
2代目プリウスのレンダリング

この段階では生産車とあまり似ないことが多いものですが、
サイドビューに関してはルーフからテールにかけてのカーブや
全体的な量感、バランスなどが生産車にかなり近い印象で、
インサイトにも共通する造型になっていると思います。
(あくまでも個人的な感想です。)


いずれにしても、空力的な開発が進められるずっと以前の段階から、プリウスのスタイリングはこうしたコンセプトとして提案され、理屈抜きで新しいスタイリングを具現化するべく進められたわけです。F1のように「定められたレギュレーションの中で性能を突き詰めると必然的にこうなる」という理屈が先にありきではないということをトヨタのデザイナー達は自ら主張しているわけですね。

さらに、新型インサイトのスタイリングを担当したホンダ技術研究所・4輪開発センター・デザイン開発室の中原潤氏はこう語っています。

リアトレッドを狭くしてまで後ろすぼみの空力フォルムを追求した初代とは違い、新型はリアフェンダーの張り出しを強調してしっかりと足が踏ん張る感じを表現しました。ウエッジ感のあるショルダーラインと組み合わせることで、下半身は力強く、スポーティな走りを予感させるデザインにしています。


新型インサイトは初代ほど空力を追求していないということを明言していますね。それも居住性の確保を目的としているのではなく、下半身の力強さを表現し、スポーティな走りを予感させるためだとしています。

このように当事者たちが空力と居住性のみを追求した結果のスタイルではないと明確に語っているのですから、部外者が単なる思い込みで「必然的なカタチ」と主張するのはナンセンスというものです。

ところで、webCGの試乗速報にはこんなことも書かれていました。

そういえば以前に読んだインタビュー記事で、北野武は「ほかの監督の映画は観ますか?」という質問に「似た映画を作らないために観る」と答えていた。


インサイトをスタイリングしたホンダのデザイナーがプリウスを見たことがないなどということは絶対にあり得ません。それで似ているのは「作為的に似せたのではないか?」とこの記者は暗に述べているのでしょう。私も全く同感です。

インサイトのスタイルがプリウスに似ているのは、ホンダがマーケティングリサーチの結果を受けるなどして普通のクルマとは違うハイブリッド専用車のイメージがコレだと結論づけたゆえでしょう。必然的に似てしまったのではなく、作為的に似せたのは間違いないと私は確信しています。ま、あくまでも推測に過ぎませんし、本当にその通りだったとしてもホンダは絶対にそうと認めないでしょうけどね。

(おしまい)

プリウスに似ているのは作為的だと思う理由 (その2)

モータージャーナリストの川上完氏はインサイトについての論評で以下のように述べています。

スタイリングは、一部にライバルであるトヨタ『プリウス』との近似性を言う声もあるようだが、居住性と実用性、さらに燃費の良さを追求すれば、必然的にあのようなフォルムになるのは当然だ。かつての3ボックス・セダンのスタイリングが似ていたからと言って、オリジナリティが無いとは誰も思わなかったはず。インサイトの実車を見ると、近い将来に、このプリウス/インサイト的な2ボックス・スタイルが、4ドア・セダンのスタイリングの主流になるかも知れないと思わせるほど新しい感覚のスタイルだ。


前回取り上げたリヤのサブウィンドウのように類例が沢山ある場合もそうですが、4ドアセダンのように古くから一つの様式となっているボディスタイルは真似もクソもありません。それとプリウスのようなモノフォルムでファストバックとなる5ドアハッチバックという個性的なスタイリングを一緒くたにしている段階でこの人にクルマのスタイリングを語る資質はないと見るべきでしょう。彼の言う「主流になるかも知れないと思わせるほど新しい感覚のスタイル」はトヨタが提案したものをホンダがそのまま模倣したに過ぎません。

私も以前は同様に「高速燃費を稼ぐために空力を煮詰めるとおおよそのフォルムはこうなってしまうのかも知れません。」と述べました。もっとも、その直後に「が、それでもイメージが重ならないように仕上げるのがデザイナーの仕事であり、そうした環境をつくってあげるのが開発主査の務めでしょう。」と付け加え、初めから極めて批判的だった点では全くブレていません。いずれにしても、川上氏のような「必然的」とする意見について様々な事例を勘案するにつけ、誤りであると確信するようになりました。

まず、このフォルムは居住性を追求したといえるほど優れたものではありません。プリウスもそうですが、このインサイトも全く同様に後部座席の天井が低く、座高の高い人は天井に頭が触れてしまうこともあります。実際、webCGの試乗速報によれば、180cmのスタッフがインサイトの後部座席に着座したところ、髪の毛が天井に触れたそうです。

私は身長169.5cm(座高は標準より高め)でプリウスの後部座席に座っても髪が触れることはありません。が、やはり天井の低さゆえかなりの圧迫感があります。居住性を求めるならルーフの曲率をもっと緩くし、後方への絞り込みを抑えるか、ファストバックにするのを諦めてルーフの終わりとハッチゲートの始まりにある程度角度をつけるべきでしょう。

一方、燃費についてですが、ボディ形状に関わるのは空気抵抗係数と前面投影面積になります。前面投影面積は正面から見たシルエット(シルエットなので後面から見ても同じですが)の面積ですから、全幅や全高などの外寸、キャビン上部や車体下部の絞り込み具合などにかかるものです。プリウスやインサイトに共通する特徴的なルーフからテールにかけてのなだらかなラインや全体のバランスなどに前面投影面積は直接関係ないでしょう。

燃費を良くするために空気抵抗係数を減らすべく、インサイトはプリウスと同じようなフォルムになったという見解は、他の事例と付き合わせてみますと、あまり正しいとは言えないことが解ります。

プリウスやインサイトのようなファストバックではなく、ごく普通のノッチバックでも空気抵抗係数が小さいクルマは沢山あるんですね。インサイトの空気抵抗係数はCd=0.28でなかなか良好な部類ではありますが、改めて確認してみますと、それより優れた4ドアセダンも決して珍しくありませんでした。現に、シビック(もちろんハイブリッドも含みます)もCd=0.27で若干ながらインサイトに勝っています。

シビック
ホンダ・シビック
ビッグキャビン・ショートデッキの現代的なボディスタイルです。
かなり短めのトランクリッドはルーフからなだらかに繋がって、
ノッチバックながら乱流が生じるのを上手に抑えているのでしょう。
プリウスとは全く異なる見た目ながら、空気抵抗係数は
新型インサイトより良好な値を示しています。
ついでに言えば、前面投影面積は2.04m2で
車高が高く2.16m2と大きな値になっているプリウスより小さく、
トータルではプリウスを凌ぐ空力性能といえます。


全長が短いクルマでCd値を削るのは難しいというのも確かです。Cd値を抑えるにはボディ前後(特に後方)を絞ってやるのが効果的です(ボディ表面の段差を小さくしてやる「フラッシュサーフェイス」もかなり効きます)が、キャビンやエンジンコンパートメントなどの容積を保ちつつボディ末端を絞るとなると、全長が短いほど急激なカーブを描くことになります。設計上の制約も大きくなりがちですし、デザイン的な自由度も抑えられる傾向が強くなり、何かと不利になってきます。

しかし、現実にはコンパクトカーでプリウスやインサイトよりずっと小さなボディサイズながら、プリウスには全く似ておらず、プリウスより優れたCd値を叩き出している例もあります。

アウディA2
アウディA2
ルーフ後部を絞った5ドアハッチバックですが、
プリウスやインサイトのようなファストバックではなく、
2ボックスというべきフォルムで、印象も大きく異なっています。
日本では正規代理店による取扱いがありませんでしたので、
私も実車は見ていませんけど。


インサイトのプラットフォームはホンダの「グローバル・スモール・プラットフォーム」と呼ばれるものです。フィットのそれからホイールベースを50mmストレッチした以外は殆ど同じで、サスペンション形式も変わらず、前後のトレッドも全く同じです。ホンダはテレビCMでこれを「コンパクトなハイブリッド」と称していますが、実際には全幅が5ナンバー枠一杯といえる1,695mm、全長も4,390mmになります。立派なCセグメントに属する体躯で、いわゆるコンパクトカーの部類には入りません。

しかし、アウディA2は全長3,826mm、全幅1,673mm、全高1,553mmとなっており、完全にBセグメントのコンパクトカーといえます。インサイトとプラットフォームを共用しているフィットと比べても全長で74mm短く、全幅で22mm狭く、全高で28mm高いボディサイズです。インサイトと比べると全長は564mmも短く、全幅は22mm狭く、全高は108mm高く、空気抵抗係数を減らすには(全幅を除いて)かなり不利と思われる外寸になります。が、それでいながらプリウスに似ることもなく、プリウスのCd=0.26より優れたCd=0.25実現しています。(ちなみに、初代インサイトもCd=0.25でした。)

こうした実例を見ても、「居住性と実用性、さらに燃費の良さを追求すれば、必然的にあのようなフォルムになる」という認識が誤りだということが明らかになります。そもそも、居住性、実用性、燃費の良さは今日の一般的な乗用車にはすべからく求められる性能です。あのフォルムが必然的だというのなら、何故ファストバックスタイルの5ドアハッチバックが絶滅に瀕していたのか? あのフォルムが必然的ならば、何故もっと広く採用されてこなかったのか? といった疑問が生じます。

(つづく)

プリウスに似ているのは作為的だと思う理由 (その1)

新型インサイトがプリウスに似ていることについて、私も以前「高速燃費を稼ぐために空力を煮詰めるとおおよそのフォルムはこうなってしまうのかも知れません。」と書き、深く掘り下げることをあえて避けました。インサイトの空力データが明らかになっていなかったというのがその最大の理由ですが、何となくプリウスと同等ではないかと想像し、以上のように適当なことを書いてしまったわけですね。

ま、プロのモータージャーナリストが書いた記事も同様の意見が支配的のようですけど。例えば、先般ご紹介したwebCGの試乗速報でもこのように書かれています。

試乗会会場で、新型「インサイト」と対面してちょっとがっかり。写真でもそう感じたけれど、実車を自然光の下で見てもルーフからボディ後方にかけてのラインや、リアハッチの処理などが「トヨタ・プリウス」に酷似しているから。
F1がどれも似たような格好になるのと同じで、空力を追求するとこの形になるのかもしれないし、リアハッチの一部を透明にしてシースルー化する手法は初代「インサイト」や1980年代の2代目「CR-X」のほうが早かったという意見もあるでしょう。

けれども、そうは言ってもせっかくの新型車なのに「プリウスに似てるね~」なんて言われたらつまらない。そう言わせないための工夫の余地もあったのでは……。



また、モータージャーナリストの川上完氏はこう書いています。

居住性と実用性、さらに燃費の良さを追求すれば、必然的にあのようなフォルムになるのは当然だ。


私も深く考えずに似たようなことを書いてしまいました。が、よくよく考え直してみますと、そうとはいえない心当たりがいくつもあり、この見解については撤回することにしました。その具体的なハナシの前に、まずはwebCGでも触れられているリヤのサブウィンドウについて正しておきたいと思います。

ネットの書き込みなどで「リヤのサブウィンドウはCR-Xや初代インサイトのほうが先で、プリウスこそそれを真似た」というような主張をしている人もいますが、これは完全に誤りです。このサブウィンドウは2代目CR-Xが元祖というわけではなく、日本車では1971年に発売された三菱ミニカスキッパーというクーペボディの軽自動車にも採用されていました。

ミニカスキッパー
三菱ミニカスキッパー
このイラストではブラックアウトされていますが、
ご覧のように後方視界を確保するためのサブウィンドウが
この「こしゃく」なクーペにも設けられています。


もちろん、こうしたデザインはミニカスキッパーやCR-Xや初代インサイトだけではありません。日本車でもCR-X以降プリウス以前にマツダのファミリアNEOがあります。

ファミリアNEO

外国車でもシトロエンXMとかメルセデスのCクラス・スポーツクーペなどの類例があります。私も全てを把握しているわけではありませんし、世界初が何になるのかは知りませんけど。

シトロエンXM
Cスポーツクーペ

いずれにしても、こうしたデザインはリヤが腰高になってしまいがちなこの種のボディスタイルには古くからある後方視界確保の対処法ということです。CR-Xが世界初ならプリウスはその真似ということになりますが、これだけ類例がある上に日本車でもCR-Xより前に実例があるのですから、ホンダのほうが先だの真似だのというハナシではなく、一つの様式と見るべきです。

ま、こうしたディテールはともかくとして、ボディの全般的な造形が酷似していることこそ問題で、アチコチで話題になっているのもそれゆえです。上掲のように、川上氏は「居住性と実用性、さらに燃費の良さを追求すれば、必然的にあのようなフォルムになるのは当然だ。」と主張しています。私も当初は深く考えずに同じような理解を示していましたが、これは正鵠を射ていません。

(つづく)

何故、大衆メディアはLCAを考慮しないのか?

当blogでは何度も用いている「LCA」という用語について、当初はその意味を簡略に括弧書きで付していました。が、環境問題について少しでも関心がある方なら知らないわけがないベーシックタームですから、その都度説明する必要もないだろうと判断し、かなり前にその括弧書きをやめました(面倒くさくなってきたというのもありますが)。

しかし、大衆メディアの多くは毎日「エコ」「エコ」と呪文のように唱えていながら、このLCAという考え方が全くできていません。もちろん、ISO14040/44のようなLCAの評価方法が完全無欠というわけではありませんが、無意味な部分比較よりは遙かにマシだと思います。こうした考え方があることすら知らないメディアに環境問題を語る資格などありません。

そういう意味では今日の日経の社説も酷いものでした。

景気と環境 エコカー普及で両立めざせ

 日本経済が現在の危機を乗り切るためには、内需喚起が欠かせない。同時に地球環境問題への備えも急務である。2つの課題を両立するうえで、注目すべきは環境対応車(エコカー)の普及を加速する政策だ。

 日本政府は来年度の税制関連法案に、燃費性能の高い新型車について自動車取得税などの減免措置を盛り込んだ。例えばホンダのハイブリッド車「インサイト」を買う場合、購入時の税負担が10万円強軽減され、一定の需要喚起が期待できる。

 だが、個人消費の落ちこみは厳しい。税の減免にとどまらず、もう一歩踏み込み、購入の際の補助金支給を時限措置として検討できないか。

 その点で参考になりそうなのが「スクラップ補助金」と呼ばれるドイツの事例だ。独政府は1年間の期間限定で、車齢9年以上の古いクルマを廃車にし、新車に買い替える際に、2500ユーロ(約31万円)の補助金を支給している。効果は予想以上で、2月の新車販売は前年同月比22%増に跳ね上がった。

 日本でも車齢9年以上の古いクルマは全国で約2000万台ある。これを燃費性能が高く、排ガスもきれいな新型車に置き換えることは、環境対策の点からも意義は大きい。

(後略)

(C)日本経済新聞 2009年3月12日


日経も環境問題に関しては感情論炸裂で実効性を無視する傾向が非常に強い社説を展開してきましたが、今回もまた同じことを繰り返していますね。この社説を書いた論説委員はトヨタの極めて偽善的な販促キャンペーンである「エコ替え」と全く同じ屁理屈をこねています。

最新のクルマに買い替えれば環境負荷が低減できると無邪気に信じ込んでいるのか、そうではないと解っていながら自動車業界の利益に繋がることを見込んで大衆を故意にミスリードしようとしているのかは解りません。が、どちらに転んでもLCAという考え方を無視し、自動車を生産する際にも環境負荷が生じることを考慮せず、代替サイクルを早めるほどより多くの資源が消費されるという道理を解さず、実に哀れな論述になっています。

私が昨年プリウスを購入しようとしていたとき、補助金について調べてみました。補助金や租税控除などは期間限定の場合が殆どで、私のタイミングではJARI(財団法人・日本自動車研究所)の電動車両普及センターが19万円の補助金を出しているのみでした(本稿執筆時は対象になっていません)。が、その条件として代替車の前年走行距離が6,000km以上となっていたんですね。私の場合はこれを満たしていなかったので対象外となり、補助金の申請を諦めたという経緯がありました。

ま、私は条件が合わずに残念でしたが、よくよく考えてみますと、この条件はなかなか的を射ていると思いましたね。というのも、毎年6,000km以上のペースで走って廃車まで10年と見た場合、生涯走行距離は60,000km以上となます。以前「プリウスのジレンマ」と題したエントリで詳しく検討しましたように、LCAによる評価でプリウスが同クラスのガソリンエンジンのみのクルマを上回るのは生涯走行距離50,000kmくらいからと思われますので、明らかなメリットが見込まれるのは60,000kmと考えるは妥当なセンだと思います。

電動車両普及センターがこうした計算をしていたかどうかは解りませんが、普通のクルマより余計な資源を使いがちなハイブリッド車はその分だけイニシャルにかかる環境負荷が大きくなる傾向があります。こうした点をきちんと評価しなければ本末転倒となりかねないわけですね。しかし、日経の社説にはこうしたLCAという考え方が微塵も覗えない極めて稚拙な内容に終始しています。ま、他紙も似たり寄ったりですが、彼等は何故このレベルで満足していられるのでしょうか?

お見逸れしました

2月6日に発売されたホンダのハイブリッド専用車インサイトは、発売以前に約5,000台を受注していたそうで、それから1週間で11,000台を超え、今月9日には18,000台を突破したといいます(2月の登録台数は4,906台だったそうです)。当初の国内月販目標が5,000台ということでしたから、受注台数はその3倍を超え、非常に好調な出だしとなっているようです。現在のところ2ヶ月待ちとの情報もありますが、増産が可能かどうかは微妙なところでしょう。

初代フィットも一時期は月販目標1万台の3倍になるバックオーダーを抱え、鈴鹿製作所のラインの一つをフィット専用に切り替え、速やかに増産体制を整えました。このとき、私の実家でもセカンドカーとしてこのフィットを買っているのですが、リヤハッチゲートのガスシリンダがカヤバ製になっていました。何故ホンダグループのショーワを使っていないのか気になって確認してみたところ、「ショーワだけでは供給が間に合わないから」とのことでした。

インサイトのハイブリッドシステムはプリウスほど複雑ではありませんが、それでも特別な部品は少なくないでしょうから、通常の車種を増産させるのとは訳が違うと思います。インサイトも鈴鹿製作所の第1ラインでシビックとの混流となっているようですが、このまま当初計画を大きく超過するバックオーダーを抱え続けることになったとしても、初代フィットのときのように速やかな増産は難しいかも知れません。しばらくは供給不足の状態が続き、その分だけ納期がかかる状態も続いてしまうのではないでしょうか?

ということで、目下のところビジネス的には大成功しているインサイトですが、気になる実燃費についても色々情報が流れ始め、かなり良好な数字が報告されているようです。

例えば、webCGの試乗速報によりますと、メーカー主催の試乗会の最後に「比較的交通量の少ない首都高速が6割、まずまず混んでいる一般道が4割」という25kmのコース設定で各メディア対抗の燃費競争が行われ、優勝チームは27km/L超、同誌も10チーム中4位で25.2km/Lをマークしたといいます。なお、いずれのチームもアイドルストップ時間の延長やエアコンの省エネ制御、エンジン出力や回転を抑えるなど、燃費を優先する「ECONモード」をONにした状態だそうです。

少々穿った見方をしますと、この種のデモンストレーションは好結果に繋がるような好条件をセッティングされていても何ら不思議ではありませんから、コース設定がインサイトにとって都合の良い条件になっていた可能性も充分に考え得ることです。とすれば、プリウスでは比較的燃費が伸びなくなる高速道路をインサイトは得意としているのかも知れません。

もちろん、わずか25kmという短距離ですから、かなりバラツキが出るものと思われます。私がプリウスをドライブしてきた経験でもこの程度の短距離なら条件次第で35km/L超も不可能ではありません。私の技量では数百kmレベルの平均燃費でここまで乗せるのは難しいところですが、世の中には40km/L超を叩き出してしまう達人もいます。

この燃費競争も同一条件ながらチームによって数十%になる差が出たようですから、データとしては参考程度にしかならないでしょう。そもそも、単発的なテスト走行で総合的な評価を下すのも拙速というものですし。とはいえ、カタログ値と実燃費の落差が大きかったこれまでの実績から「インサイトは条件が良くても実燃費で20km/L台後半は難しいのではないか?」と思っていた私の予想は完全に外れ、かなり過小評価していたことは明らかになりました。

余談になりますが、インサイトの実燃費についてネットで情報を拾っていると、比較されているプリウスの実燃費を「約19km/L」としているメディアが多かったのには驚きました。これまでにも何度となく書いていますが、私の場合はどんなに悪くとも100km以上の平均燃費で20km/Lを切ったことはなく、普段は26km/L前後で走らせており、本気を出せば30km/L超も不可能ではありません。条件や乗り方によって実燃費に大きな差が出るのは当然とはいえ、こうした私の経験とメディア一般の認識とは大きくかけ離れていることを改めて知りました。

それはともかく、カタログ値を見比べるとシビックハイブリッドから全く進歩していないハズの新型インサイトですが、実燃費は格段に進歩しているようです。要するに、10・15モードやJC08モードの燃費データはあまりアテにならないということですね。走行条件やドライバーの意識や技量によって実燃費は大きく変動するということを再確認する格好になったと思います。

件の燃費競争の場合、そのスタート前にホンダのプロジェクトリーダーから「だらだらゆっくり走るよりも、ある程度グッと速度を上げて、そこからモーターのみの走行モードに入れたほうが燃費がよくなります」といったアドバイスがなされていたそうです。これはプリウスにも通じるテクニックですが、知っているか否かで差が出るのは間違いありません。

恐らく、この燃費競争でもこのような事前のレクチャーがなく何も知らずに我流で運転していたら、結果もかなり違っていたのではないかと思います。さらに、インサイトには例の「コーチング機能」という適切な省エネ運転を随時リードしてくれる機能がありますから、これによる効果もあったのではないかと想像されます。

ついでにいえば、この参加者は自動車専門メディアの記者達ですから、ある種テストドライブのプロといえる人達です。元々の技術や知識レベルがド素人でないのは確かですし、普通の人より技術指南の飲み込みも良いでしょう。何より、「燃費競争」ですから各者とも相当に気合いを入れて省エネ走行に徹していたのも間違いありません。それで最高27km/Lなら大したことはないともいえます。

現行プリウスは発売から既に6年を経過しています。従って、今年5月中旬に発売となる新型を待たなければトヨタとホンダの実力差は明確にならないでしょう。現時点でインサイトの実燃費が現行プリウスと比肩しうるレベルに達しているとしても、トヨタに対してはまだ6年遅れという見方もできます。トヨタにとっての脅威は、ホンダが低コストの簡易的なハイブリッドシステムでここまでの実力を身につけたところにあると見るべきかも知れません。

私がインサイトを過小評価していたのはホンダのハイブリッドシステムがプリウスに比べると非常にシンプルであるゆえ、あまりメリットを引き出せないのではないかと思っていたからです。これまでも何度かご説明してきましたが、いくつか漏れていた部分も補足しておきますと、ホンダの方式はモーターを駆動する電力を回生ブレーキによって発電されたそれに100%依存します。プリウスのようにエンジンで発電することはないんですね。

インサイトの走行用モーターはフライホイール代わりに組み込まれていますから、要するにエンジンと直結状態です。低速巡航という限られた場面でモーターのみの走行もできますが、それはホンダお得意のバルブの動きを止める気筒休止システムによるものです。クランクやピストンはモーターと直結していますから、走行中は常に動き続け、そのフリクションによってエネルギー損失も生じてしまうハズです。

ホンダはエンジンの出力で発電しない(通常の電装用を除きます)以上、プリウスのように専用モーターでエアコンのコンプレッサーを回してアイドリングストップ中もエアコンを運転し続けられるという方式は採用していないと思います。カタログなどでは謳われていませんが、恐らくコンプレッサーの駆動は普通のクルマと同じようにエンジンの動力によるでしょうから、夏場は停車中のアイドリングストップも格段に減るでしょう。ECONモードで多少は改善されるかも知れませんが、夏場の燃費悪化はプリウスよりかなり顕著に出るのではないかと推測されます。(だから発売を冬場に設定したとか?)

こうした概要を見るとインサイトはプリウスほど効率が良さそうには思えませんし、初代のように軽量なアルミボディという飛び道具もありません。しかしながら、上述のように良好な数字を示しているようですから、これはかなり凄いことかも知れません。この技術を応用していけば、大して意味のないハイブリッド車(例えば、公称値ではカローラと同レベルでしかないヒュンダイ・エラントラ・ハイブリッドなど)とは一線を画すそれのバリエーションが一気に拡大することになります。もしそうなれば、トヨタも安穏としていられなくなるでしょう。

ホンダCR-Z
HONDA CR-Z

新型インサイトはホンダの「グリーンマシーン1号」とされていますが、「2号」となるのではないかと噂されるのがこのCR-Zです。ま、保安部品の類も不十分ですし、バンパー周りもプロトタイプ然としたコンセプトカーが何度かショーなどにお目見えしただけですから、噂通りに進むのかかなり微妙な気もします。

シビックとそれをベースとしたCR-Xとの関係に同じく、インサイトをベースとしたスポーツカーという位置づけなら非常に解りやすく、マーケットの反応も良いかも知れませんし、この種のFFライトウェイトスポーツは実にホンダらしい車種ともいえます。一番のネックは「スポーツカー冬の時代」と「世界的な不況」が重なっている昨今のマーケット状況にあるといえるでしょう。ホンダがギャンブルに出るかどうかがCR-Zの運命を決めるのかも知れません。

ロス・ブラウンにバナナを

ご存じのように、昨年F1から撤退したホンダのチーム売却先が同チームのプリンシパルを務めていたロス・ブロウン氏に決まりましたね。旧体制でもニック・フライ氏が担っていたマーケティングおよび財務を除く全権が委ねられていたブラウン氏にマネジメント・バイアウト(経営陣による自社買収)というカタチでそのまま引き継がれることになりました。

これまで様々な噂が飛び交い、当blogでもプロドライブ買収説ヴァージングループ買収説を取り上げました。先月23日にはホンダの社長人事(福井氏が退き、伊東氏が就任)についての記者会見で「チームに対して様々なオファーはあるが、我々は現実的な買収者を見出せていない」というコメントが出されるなど、最悪の場合は消滅も懸念されていました。が、結局は旧体制から大きな変化もなく、最も無難な線に落ち着いた格好になりましたね。

ドライバーも含めて変更なく(バトン選手の年俸は大幅ダウンになるようですが)、エンジンサプライヤーがメルセデスになることは以前から解っていたことですから、大きなサプライズはありませんでした。ホンダがこの売却について正式発表したのは先週の金曜日でしたから、開幕戦のオーストラリアGPまで3週間しかありません。察するに、細かい契約事項の調整に手間取ったゆえに正式発表が遅れたものの、大筋についてはもっと早い段階から決まっていたのかも知れません。

この正式発表が成された当日、早速「ホンダ・レーシング・F1チーム」改め「ブラウン・ジーピー・フォーミュラ・ワン・チーム(以下ブラウンGP)」はシルバーストーンで新車BGP001のテストを行ったそうです。ドライバーはバトンだったようですが、ブリヂストン以外のロゴはなかったようで、スポンサー契約もこれからのようです。

水面下では具体的なハナシが進められているのかも知れませんが、開幕まで時間がないだけに担当セクションはマシンのカラーリングをデザインする部門も含めて色々大変でしょう。ま、スポンサーロゴがない真っ白なボディのまま開幕を走ったという前例がないわけではありませんけど。

といいますか、ホンダは2007年からスポンサーロゴを殆ど纏わず、アースカラーを基本としてきました。これは優良な大口スポンサーを獲得できなかったゆえではないかと見る向きもあります。下位チームのように有象無象のロゴがゴチャゴチャと並ぶよりはホンダ本体がチームを支えてホンダの企業イメージを牽引する広告塔としたほうが良いと判断されていたのかも知れません。いずれにしても、従来のようなスポンサー収入を求めず、ホンダ本体が多くを支えなければ成り立たなくなっていた運営方針が撤退への伏線となっていたのかも知れません。

ロス・ブラウンとホンダRA108
ロス・ブラウンとホンダRA108
改めて言うまでもありませんが、
普通ならスポンサーロゴが入るべき部位に
RA108は「earthdreams」というコピー(?)が入り、
スポンサー収入を求めませんでした。


こうしてホンダワークスはメンバーを殆ど変えずにブラウンGPというプライベーターへ移行しました。かつてはモータースポーツ界の重要なパトロンだったタバコ産業が閉め出されて久しく、世界的な不況でスポンサーの獲得はさらに厳しくなっているでしょう。彼等はなりふり構わずどん欲にスポンサー契約を取って、泥臭くやっていくしかないのかも知れません。

ロス・ブラウンはレースで勝利を確信するとバナナを食べるというハナシは有名かと思います。いつの日かブラウンGPのピットにバナナが用意されることを祈ります。

やはり朝日新聞は社説をチェックする人がいない?

私には文才などないでしょう。たまに当blogを読み返してみて、アホみたいな表現になっているところを発見すると、赤面しつつコッソリ修正します。原稿は暇な時間を見繕って書いていますので、書き始めてから投稿するまで数週間かかるものもあれば、今日のように書いてすぐに投稿するものもあります。後者のようなパターンでは書いているうちに段々眠くなってきて、適当なところで推敲をやめ、投稿して寝てしまうこともあります。そういうときは翌日になってコッソリ修正することも少なくありません。

ま、それもこれも単なる趣味として片手間に書いているゆえで、お金をもらっているならもう少し真面目に取り組んでいるでしょう。逆に、こういう言い訳をできるように完全非営利でアフィリエイトなどにも手を出さないようにしているわけですね。なので、今日の朝日新聞の社説のように「プロの物書きとしてこのレベルで良いの?」と思ってしまうような文章を見かけると、アマチュアの私が少々酷い文章を書いても許されるのではないかと逆に安心してしまいます。

WBC開幕―野球地図を塗り替えたい

 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開幕した。3年ぶりとなるこの大会が、今年の球春到来を告げる。

 大リーガーが本格的に参加する国・地域別対抗戦として創設されたのは06年のことだった。日本の劇的なドラマは、まだ記憶に新しい。

(後略)

(C)朝日新聞 2009年3月6日


ま、重箱の隅つつきになりますが、これほど解りやすい重複表現なら如何に文才のない私でも見過ごさないと思います(多分)。

ドラマ【drama】

演劇。劇。芝居。「テレビ‐―」
戯曲。脚本。
劇的な出来事。

『広辞苑 第五版CD-ROM版』より
(C)財団法人新村記念財団 発行:株式会社岩波書店


以前にも述べましたが、やはり朝日新聞は風通し悪く、論説委員に対して誰も意見を言えないのでしょうね。

NHKエフェクト?

以前頂いたコメントにもありますが、アメリカでは地球温暖化対策を求めるデモなどが行われる日は決まって吹雪や記録的な寒波に見舞われることから、「ゴアエフェクト」という言葉が定着してきているんだそうです。ま、「晴れ男」とか「雨男」とかそういう発想と同次元ではありますが、このところNHKがニュースで「今年は記録的な暖冬」と騒ぐと何故か東京では雪が降るんですよねぇ。もちろん、単なる偶然だということは重々承知していますが、2度も続くと笑ってしまいます。

先週の金曜日(2月27日)、私は仕事で成田空港へ行ったのですが、会社を出たときはみぞれ交じりといった感じでした。道中、京成線の車窓から見えた範囲では少し積もっていたところもありましたが、それは既に千葉県内に入っていたところですので、東京が完全な雪になったかどうかは目撃していません。

ただ、気象庁のデータベースによりますと、当日の東京(大手町)は12時台が「雪」になっており、東京での降雪が公式に記録されているのは間違いありません。NHKがニュースで記録的な暖冬だと大騒ぎし、そのせいで今年は東京で雪が降っていないとの旨を伝えていたその数日後のことでしたから、笑ってしまいましたね。

一昨日(3月2日)の朝も大きなネタがなかったからか、朝のニュース番組『おはよう日本』でかなり時間を割いて暖冬だと騒いでいました。もちろん、そのせいとは言いませんが、ご存じの通り昨日の夜から今日の未明にかけて東京は雪になりました。

一昨日の『おはよう日本』のそれは暖冬に結びつく様々な事例をVTRに纏めたものでしたが、異常に気温が上がった2月14日を大きくクローズアップしていました。その他にも細かいところでは都内のホームセンター(恐らく、私もよく行くコーナンの本羽田萩中店だと思います)で暖房器具の売り上げが落ち、自転車の売り上げが伸びているといったことも伝えていました。(関係ありませんが、私は昨年の12月にここでトイレの暖房用に電気ヒーターを1台買っています。)

このVTRの中で「地球温暖化」という言葉が発せられることは一度もありませんでした。何せ、欧米は記録的な寒波に見舞われ、世界的に見るとかなりの厳冬となっていますから、さすがにNHKもその辺は考慮したのでしょう。日本が暖冬になったのは「偏西風の蛇行で日本の東海上の低気圧が弱まり、西高東低の冬型の気圧配置になりにくかった」と気象庁は説明しており、NHKも一応はこの点をフォローしていました。それだけに、平均気温が平年よりたかだか1.5℃前後高いなど珍しくもないことで大騒ぎする必要があるのか疑問を覚えます。

ただ、例のごとく趣旨に都合良く偏った事例を取り上げていたのは確かですね。上述のようにホームセンターで暖房器具が売れなかったとか自転車が売れたとか、コンビニでアイスが売れたとか、ドラッグストアで花粉症対策用のマスクが売れたとか、そういうハナシばかりをいくつも並べて殊更煽っていました。

しかし、「ヒートテック」と称する発熱繊維で作られた下着が大ヒットし、ユニクロの業績を大きく引き上げたことは当然のように伝えませんでした。オホーツク海の流氷の接岸が統計を始めた1959年以降2番目に遅かったことは伝えていましたが、1989年には接岸すらしなかったことには触れませんでしたし、気象庁の言うブロッキング現象について深く掘り下げるようなこともしませんでした。要するに、「この冬は暖かかった」ということだけを強調していたに過ぎません。

これは邪推になるのかも知れませんが、暖冬だったということを殊更に強調すれば、「地球温暖化」という言葉は用いなくとも、視聴者が勝手にそうした方向へイメージを重ねてくれるだろうと見込んだ一種のプロパガンダだったのかも知れません。ま、何の根拠もありませんので、あくまでも個人的な憶測に過ぎませんけどね。

ちなみに、気象庁の季節予報では「平成21年1月下旬の気温は、関東以北では高く、2月上旬から中旬の気温は全国的にほぼ平年並みかやや高め。」という予想でした。が、戦後二番目の記録的な暖冬で、2月14日には各地で2月の観測史上最高気温を更新したのですから、「ほぼ平年並みかやや高め。」という予測は間違っていたわけですね。ま、季節予報が当たらないのはいつものことですが。

地球温暖化の研究と称して行われているコンピュータシミュレーションもこのアテにならない季節予報に用いられている気候モデルと基本的に全く同じ仕組みのものが使われています。数ヶ月先の傾向も正しく予測できない道具で50年後100年後が正しく予測できると言い張る彼等に対する疑念が今年の冬もまた膨らむことになりました。

コスト度外視などあり得ない

どがい‐し【度外視】

考慮の範囲外とみなすこと。問題にしないこと。心にかけないこと。「採算を―する」

『広辞苑 第五版CD-ROM版』より
(C)財団法人新村記念財団 発行:株式会社岩波書店


当blogでも取り上げましたが、シマノとカンパニョーロから相次いでロードバイク用コンポーネンツのトップグレードで新型が発売されました。これを受けて自転車雑誌は様々な特集を組んでいますが、老舗の『サイクルスポーツ』誌は先月20日発売の3月号で昨年度追加されたスラムのそれを含め、「激突!3大コンポーネント」という特集を組んでいました。

サイスポ09年3月号

その中でカンパニョーロが復活させた最高級グレード、スーパーレコードに冠する見出しはこうなっていました。

「コストを度外視したプレミアムパーツ」

本当にコストを考えずにクォリティだけを徹底的に追求するとなれば、製造原価は青天井になります。現実としてそんな製品が成り立つとは考えにくいところですが、仮に可能であったとしても通常のラインナップと全くの別扱いとし、単発的な企画商品でなければ買い手も現れないでしょう。

しかし、スーパーレコードの価格はグループセットで定価38万円少々、通信販売でも普通に買えてしまいます。「自転車は1万円以下の商品」という認識の人から見ればあり得ない価格になるのでしょうが、自転車を趣味としている人なら普通の会社員でも全く手が出せない価格という程ではありません。このレベルの製品であれば、きちんと市場調査が行われ、販売価格が設定され、それに見合った製造原価と諸経費と利益が計算されているのは間違いありません。

もちろん、採算が取れるかどうかは状況によりけりです。開発費や生産ラインの整備など初期投資が回収できるかどうか確実に予測できるとは限りませんから、多かれ少なかれリスクは伴うものです。が、こうしたリスクは自転車のコンポーネンツメーカーに限らず、製造業だけにとどまるものでもなく、ありとあらゆる商売に通じるものです。

物を作るに当たってコスト管理をしていないという状態は機械メーカーに勤める人間の常識からしてまず考えられません。フェラーリは1台ン千万円もしますが、高価な製品は高価な製品なりにコストが計算され利益が見込まれているものです。ちなみに、私が担当している機械も主力はフェラーリとほぼ同じ価格帯になりますが、もちろんコスト管理を怠ることなどできません。

例えば、零細なトラック輸送業者が荷主との関係を維持するために不採算覚悟の無理な金額で受注したり、下請けの町工場がやはり取引先との関係を維持するために同様の無理な注文を受けたり、立場の弱さにつけ込まれるケースは現実に多々あるでしょう。が、世界規模で一般消費者向けの製品を製造しているメーカーが通常ラインナップの製品でコストを管理しないなどという状態はまずあり得ません。

上述のような取引先との関係を維持するため無理をしているケースのほかにも、例えば別に充分な採算部門を持っているから多少の不採算でも会社のルーツとなる商品を存続させたいからとか、単発的なキャンペーンで「損して得取れ」の出血大サービスをしているとか、赤字を容認するケースは色々あるでしょう。が、それとてコストを全く考えていないということはあり得ないでしょう。赤字が出るにしてもそれがどの程度なのかということさえ把握していないようでは営利企業など成り立ちません。

カンパニョーロにしてみれば、ロードバイクのコンポーネンツは屋台骨を支える主力製品です。この部門でキッチリとコスト管理を行ってシッカリと利益を確保していかなかったら、彼等は企業として存続し得ないでしょう。ま、この「コストを度外視した」という台詞はカンパニョーロ自身が言っていることではなく、メディアが勝手に言っているだけだと思いますので彼等に責めはないのでしょうけど。

あの見出しを書いたライターが本気で「コストを度外視した」と思っているのであれば、それはメーカーが製品を開発し製造し流通させるプロセスの一切を知らないか、そもそも「度外視」という言葉の意味を正しく理解していないか、全て解っていながら大げさに盛り上げるため意図的にそういう表現を用いて読者をミスリードしているのか、いずれかになるでしょう。いずれにしても、ジャーナリズムの風上にも置けないレベルの低さと言わざるを得ません。

私としては、厳密なコスト管理で無駄なコストは削れるだけ削り、必要な部分には相応のコストを割き、可能な限り販売価格を抑え、品質の高い製品を提供し、ユーザーから喜ばれ、尚かつ利益もきちんと確保できているという状態が最も理想的な在り方だと思っています。そういう意味では「コストを度外視した」などという状態はビジネスとして手抜き以外の何ものでもなく、決して自慢話にも褒め言葉にもなりません。ま、あくまでも機械メーカーに勤める私の主観ですけどね。

読み違い

TBSの『サンデーモーニング』はコメンテーターがマトモな発言をすることもありますが、総じて日本の大衆メディアにありがちな短絡思考と煽りが多い印象です。関口宏氏のようにジャーナリズムとは全く無縁で、バラエティ番組の司会や俳優を生業としている人物をメインパーソナリティに据えている時点でこの番組が報道番組ではなく、単なる情報バラエティ番組でしかないのは明白ですけどね。

この番組の終盤に設けられている「風をよむ」というコーナーはその辺をわきまえず、半端にジャーナリズムを気取った感じで非常に鼻に付きます。公式サイトの説明文には「日々のニュースでは埋もれてしまいがちな出来事の背景、その意味を独自の取材で、じっくり分析、お伝えします。」 とありますが、それは誇大広告以外の何ものでもありません。「独自の取材」といっても殆どは街頭で通行人にインタビューしただけで、その素人の意見を番組制作サイドの都合の良いように編集したVTRが「じっくり分析」した結果というのは失笑を禁じ得ません。

今日(3月1日)の「風をよむ」は「“自分の死” 考えていますか…?」というテーマでした。映画『おくりびと』がアカデミー賞の外国語映画賞を受賞したことに因んだもののようですが、今回もまた勘違い炸裂の酷い内容でした。

風をよむ

昨年、警察が取り扱った死因不明の遺体は16万体を超え、一昨年に対して7000体以上増えた旨が指摘されていました。そして、彼等はこれを老人の「孤独死」と結びつけていました。しかし、こうした変死体の多くは事故や自殺などによるもので、孤独死とそれほど深い相関があるわけではありません。

もう一つの勘違いは、孤独死の増加を「高齢化」によるものと断定的に捉えていたところですね。確かに老人が増えればその分だけ孤独死も増えるとは思いますが、そもそも孤独死が何故起こるのかという部分を彼等は失念しています。

老人が孤独に死んでいくというその状態は、「最期を看取る家族などがいない」ということです。つまり、子や孫と離れて暮らしている老人が増えた、即ち核家族化が進んでいることが、誰にも看取られずに死に、発見が遅れるという事例を昔より増やしている主たる要因と見るべきなのです。

私が子供の頃は『サザエさん』の磯野家ような家族構成は珍しくありませんでした。実際、私の父の実家も叔父が継いで祖父母と同居していましたし、母方も完全な同居ではありませんでしたが、伯父が間に数軒挟んだすぐ近所に住んでおり、ほぼ毎日顔を合わせていました。

現在ほど豊かでなかった時代は経済的な理由で別居したくてもできなかったケースも多かったでしょうし、年老いた親の面倒を見ないことに対する世間の目や、それを受けての後ろめたさも今日より強かったように思います。が、いまは逆にいつまでも親と同居しているのは独り立ちできない半人前と見られることもあるくらいです(特に大都市圏では)。これほどの核家族化は高度成長期以降に進んだもので、それ以前の老人は子供と同居しているほうが当たり前だったわけですね。

ちなみに、1980年の日本の総世帯数は3600万弱でしたが、それから30年近くを経た現在は5000万くらいに増えています。単独世帯が約700万世帯から約1500万世帯に倍増しているのが目立ちますが、核家族世帯も約700万世帯(約30%)増えています。

また、若いお母さんにありがちな「育児ノイローゼ」も適切なアドバイスをしてくれる経験者が身近にいないことが大きな要因で、核家族化の弊害の一つと見るべきでしょう。実母や姑など育児経験者と同居して良好な関係が築けていれば、育児に悩んでノイローゼに陥るなどということは滅多に起こらないでしょう。

いまは多くの人が親との距離が近いことを煩わしく思い、配偶者の親は元より、自分の親とも良好な関係を維持できない人が増えているのかも知れません。そういう人は勢い別居を望み、そうした家族形態の在り方を否定するような考えから自分の立場を擁護したくなるのでしょう。そういう人は核家族化の弊害についてあまり真剣に向き合わず、核家族化の弊害と考えないようにして他に原因を求め、ハナシをすり替えてしまおうとするのかもしれません。

もちろん、親と別居することが悪いことだと言いたいわけではありません。が、自分の死や家族の死を考えるのであれば、自分の最期を家族に看取ってもらえるのか、家族の最期を看取ってあげられるのか、そうした部分も考えてしかるべきでしょう。あるいは、核家族化の弊害をあえて考えないようにするのが「時代の風」で、その風を読んでそこに触れないようにするのが彼等流の「風をよむ」ことなのでしょうか?

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まとめ

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