FC2ブログ

酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

コスト度外視などあり得ない

どがい‐し【度外視】

考慮の範囲外とみなすこと。問題にしないこと。心にかけないこと。「採算を―する」

『広辞苑 第五版CD-ROM版』より
(C)財団法人新村記念財団 発行:株式会社岩波書店


当blogでも取り上げましたが、シマノとカンパニョーロから相次いでロードバイク用コンポーネンツのトップグレードで新型が発売されました。これを受けて自転車雑誌は様々な特集を組んでいますが、老舗の『サイクルスポーツ』誌は先月20日発売の3月号で昨年度追加されたスラムのそれを含め、「激突!3大コンポーネント」という特集を組んでいました。

サイスポ09年3月号

その中でカンパニョーロが復活させた最高級グレード、スーパーレコードに冠する見出しはこうなっていました。

「コストを度外視したプレミアムパーツ」

本当にコストを考えずにクォリティだけを徹底的に追求するとなれば、製造原価は青天井になります。現実としてそんな製品が成り立つとは考えにくいところですが、仮に可能であったとしても通常のラインナップと全くの別扱いとし、単発的な企画商品でなければ買い手も現れないでしょう。

しかし、スーパーレコードの価格はグループセットで定価38万円少々、通信販売でも普通に買えてしまいます。「自転車は1万円以下の商品」という認識の人から見ればあり得ない価格になるのでしょうが、自転車を趣味としている人なら普通の会社員でも全く手が出せない価格という程ではありません。このレベルの製品であれば、きちんと市場調査が行われ、販売価格が設定され、それに見合った製造原価と諸経費と利益が計算されているのは間違いありません。

もちろん、採算が取れるかどうかは状況によりけりです。開発費や生産ラインの整備など初期投資が回収できるかどうか確実に予測できるとは限りませんから、多かれ少なかれリスクは伴うものです。が、こうしたリスクは自転車のコンポーネンツメーカーに限らず、製造業だけにとどまるものでもなく、ありとあらゆる商売に通じるものです。

物を作るに当たってコスト管理をしていないという状態は機械メーカーに勤める人間の常識からしてまず考えられません。フェラーリは1台ン千万円もしますが、高価な製品は高価な製品なりにコストが計算され利益が見込まれているものです。ちなみに、私が担当している機械も主力はフェラーリとほぼ同じ価格帯になりますが、もちろんコスト管理を怠ることなどできません。

例えば、零細なトラック輸送業者が荷主との関係を維持するために不採算覚悟の無理な金額で受注したり、下請けの町工場がやはり取引先との関係を維持するために同様の無理な注文を受けたり、立場の弱さにつけ込まれるケースは現実に多々あるでしょう。が、世界規模で一般消費者向けの製品を製造しているメーカーが通常ラインナップの製品でコストを管理しないなどという状態はまずあり得ません。

上述のような取引先との関係を維持するため無理をしているケースのほかにも、例えば別に充分な採算部門を持っているから多少の不採算でも会社のルーツとなる商品を存続させたいからとか、単発的なキャンペーンで「損して得取れ」の出血大サービスをしているとか、赤字を容認するケースは色々あるでしょう。が、それとてコストを全く考えていないということはあり得ないでしょう。赤字が出るにしてもそれがどの程度なのかということさえ把握していないようでは営利企業など成り立ちません。

カンパニョーロにしてみれば、ロードバイクのコンポーネンツは屋台骨を支える主力製品です。この部門でキッチリとコスト管理を行ってシッカリと利益を確保していかなかったら、彼等は企業として存続し得ないでしょう。ま、この「コストを度外視した」という台詞はカンパニョーロ自身が言っていることではなく、メディアが勝手に言っているだけだと思いますので彼等に責めはないのでしょうけど。

あの見出しを書いたライターが本気で「コストを度外視した」と思っているのであれば、それはメーカーが製品を開発し製造し流通させるプロセスの一切を知らないか、そもそも「度外視」という言葉の意味を正しく理解していないか、全て解っていながら大げさに盛り上げるため意図的にそういう表現を用いて読者をミスリードしているのか、いずれかになるでしょう。いずれにしても、ジャーナリズムの風上にも置けないレベルの低さと言わざるを得ません。

私としては、厳密なコスト管理で無駄なコストは削れるだけ削り、必要な部分には相応のコストを割き、可能な限り販売価格を抑え、品質の高い製品を提供し、ユーザーから喜ばれ、尚かつ利益もきちんと確保できているという状態が最も理想的な在り方だと思っています。そういう意味では「コストを度外視した」などという状態はビジネスとして手抜き以外の何ものでもなく、決して自慢話にも褒め言葉にもなりません。ま、あくまでも機械メーカーに勤める私の主観ですけどね。
スポンサーサイト