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酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

プラットフォームを開発できなければ自動車メーカーとはいえない (その2)

日本経済新聞の社説は愚かにも「電気自動車は電池さえ調達できれば比較的簡単につくれる。自動車市場の参入障壁は低くなり、新たなライバルの登場は必至。」と述べています。このような発想に至ったのは、最近あまり耳慣れないブランドの電気自動車が盛んに報道されるようになったからでしょう。

しかし、そうした新興ブランドが話題になるのは、要するに電気自動車がまだまだニッチなマーケットしか形成していないからです。まだマトモな商品になっていない電気自動車が無用に大きな期待をかけられ、メディアが空騒ぎし、とりあえず何でも良いからと情報を求め、普通なら見過ごされるような新興ブランドもクローズアップされるようになっただけだと見るべきです。

これがガソリンエンジンなら新参者も大した話題にはなりません。光岡自動車がゼロワンを発表したときは少し話題になりましたが、トミーカイラZZやヴィーマック鈴商のスパッセなど日本人が立ち上げた新興ブランドでさえ、一般メディアからは殆ど相手にされませんでした。

アメリカのテスラ・モーターズような新興ブランドも本来ならこうして無視されるレベルのクルマでしかなく、「世界に目を転じても、米国や中国の新興企業が次々に電気自動車市場に名乗りを上げている。」などと社説で触れられることもなかったでしょう(日経の社説にはテスラの名こそ出てきませんが、アメリカの新興企業といったらここをイメージしているのは間違いないでしょう)。

そのテスラ・モーターズが市販を始めたテスラ・ロードスターは日本のメディアでもしばしば話題になります。が、これは大手メーカーの量産車と根本的に作り方が違います。上掲のトミーカイラZZやヴィーマックなどに近い成り立ちで、これを大手メーカーの量産車と比較するのは全くナンセンスです。

このスポーツカーはバックヤードビルダーから小規模なスポーツカーメーカーとなったイギリスのロータスにシャシーの開発を委ね、ロータス・エリーゼなどと一部の部品を共用しながら成り立っているクルマです。もちろん、数百台/月というレベルで生産されているエリーゼ同様、テスラ・ロードスターも大手メーカーが普通に作っている量産車とは台数が桁違いですから、品質も生産技術も全く次元が異なるものになります。要するに、あのような作り方では大衆車のような大規模マーケットを相手にすることなどできません。

中国のBYDオートはテスラよりも自動車メーカーとしてずっと本格的な実力を持っています。それは初めからガソリンエンジンの乗用車を作っている自動車メーカーだからです。リチウムイオン電池のメーカーであるBYDが倒産した西安秦川汽車という中国では中堅だった自動車メーカーを買収した格好なんですね。もちろん、彼らは中国のローカル自動車メーカーですから、途上国のチープなマーケットならともかく、先進国ではまだまだ品質的に勝負にならないでしょう。

経営が苦しい自動車メーカーは山ほどありますから、資金力があればそうした自動車メーカーを買収して新たなブランドを立ち上げるのは決して難しいことではないでしょう。BYDの場合もそうしたカタチで新たなブランドが立ち上げられたわけですが、主力はあくまでも普通のガソリンエンジン車です。それをベースに電池屋の技術も加わって電気自動車やハイブリッド車が製作されたに過ぎません。

byd_f3dm.jpg
BYD F3DM
これは大衆車のF3をベースとしたハイブリッド車です。
カローラに似ている気もしますが、以前よりはずっとマシです。
当初、BYDのエンブレムはBMWのそれにそっくりでクレームが付き
BMWの7シリーズに酷似したF6メルセデスのSLに酷似したF8など
彼らも以前は中国メーカーにありがちなパクリを炸裂させていました。
ただ、電気自動車やハイブリッドシステムの実力は
それなりに評価されているようです。
今年5月にはフォルクスワーゲンと電気自動車やハイブリッド車で
技術提携する旨が発表されました。


経営の行き詰まった自動車メーカーが売りに出され、新たなブランドが立ち上げられたり、過去のブランドが復興されたり、新参者が自動車メーカーの経営を企画するなど海外ではそれほど珍しいハナシではありません。資本さえあれば門外漢が自動車メーカーをプロデュースするなど、パワートレーンが内燃機関だろうと電気モーターだろうと全く関係ありません。

例えば、BMWから僅か10ポンドでローバーを買い取ったイギリスのフェニックス・コンソーシアムは、MGの商標権を手元に残してローバー本体は中国へ売り払い、ダイムラーからスマートを買い受けてスマート・ロードスターをベースにMGブランドのスポーツカーを仕立てようと画策していた時期もありました。

しかし、大衆車のような薄利で巨大な規模のマーケットを相手にするとなれば、こうした手法はなかなか通用しないでしょう。巨大市場を形成する大衆車となれば、それを売るためのディーラー網の整備も欠かせません。よしんば、日経の論説委員が言うように電気自動車なら「比較的簡単につくれる」としても、それを売るルートがなければ全くハナシにならないというわけです。

電気自動車が台頭する時代が訪れるとして、それを支える技術がリチウムイオン電池の次世代を担う新型バッテリーなのか、燃料電池になるのか、はたまたキャパシタなどの物理バッテリーになるのか、現段階では確証を伴う予測など誰にもできないでしょう。が、もし電気自動車の時代が到来するとき、それを担うエネルギー貯蔵システムが公平に行き渡るとしたら、ベンチャー企業の出る幕などないでしょう。

もし、新興勢力が台頭して来るとしても、それは金融市場から資本を調達して潰れかかった自動車メーカーを買い取り、新たなブランドを立ち上げるような、上述のBYDに似たパターンがせいぜいでしょう。日経の論説委員が考えているように「電池さえ調達できれば比較的簡単につくれる」わけではなく、基礎となる技術力と販売網を持った生粋のクルマ屋の存在なくして大衆車などのマスマーケットへ新規参入するなどまず不可能だと思います。

もちろん、こうした端境期には勢力地図が大きく塗り替えられる可能性も充分に考えられます。が、現在でもGMやクライスラーの倒産でアメリカの自動車産業は後退し、逆に中国やインド、タイなどはどんどん力を増しています。パワートレーンが内燃機関か電気モーターかに関わらず、既に自動車産業の勢力地図は刻々と塗り替えられています。この業界はいまこの瞬間にも立ち止まってなどいないということです。

電気自動車が本格的な実用車としての能力を備えるのは何十年先になるか何百年先になるか、それともそんな時代が本当に来るのか、まだ誰も確証を得ていません。もし、そうした時代が来るとしても、そのときまで日本の自動車産業が「世界最強」でいられる保証もありません。そういう視点から見ても日経の社説はピントが外れまくっていたとしか評しようがないでしょう。
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