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裁判員制度の本当の問題点は何故看過されるのか (その4)

大衆メディアの多くは「守秘義務が厳し過ぎる」といったそれほど重大ではない問題点で騒ぐ一方、裁判員制度の抱えているもっと根幹に関わる問題点はことごとく見過ごしている状態です。ただ、毎日新聞の8月7日付の社説『裁判員裁判 順調に始まったけれど』で以下のように述べられていたのは他紙に比べてずっとマトモだったといえるでしょう。

4日間という審理と評議の日程は適切だったかどうか。裁判員の負担も考慮しなければならないが、比較的単純な構図の事件でも審理時間の足りなさを感じた裁判員がいたことが気になる。初公判前に証拠や争点を絞り込む公判前整理手続きはすでに各地裁で事件ごとに進められているが、実際の公判がこのような短期間では、手続き次第で裁判員裁判は形だけのものになる恐れがある。検察官は求められる証拠はすべて出し、弁護人も争点を示して審理計画を立てるとされているが、非公開で行われるため国民の目でチェックすることはできない。


公判前整理手続によって密室で争点が絞り込まれ、その経過が外部からチェックできないのでは裁判員の存在を形骸化させ、むしろ「閉ざされた司法」になりかねないという問題点は当blogで何度も述べてきました。毎日新聞はこうした点に気付いただけでもマシだったと思います。

もっとも、この問題点は初めから解っていたことです。こうした指摘は裁判員制度の法整備が検討されている段階からもっともっと大きな声で訴えておくべきでした。とっくの昔に法整備が完了し、既に制度が動き始めてしまったいまになって言い始めても遅きに失していると言わざるを得ません。

国民の司法参加が「先進国らしさ」の一つだと多くのメディアは勘違いしているようですが、日本の裁判員制度はこうして骨抜きにされた制度設計が成されていますから、どう運用するかは裁判所次第といっても過言ではないでしょう。ここで気になるのは、裁判員裁判で判決が下され、それを不服として控訴された場合どのように扱われるかです。

以前にも述べましたが、従来の法曹界の常識を覆すような画期的な判決が裁判員によってもたらされたら、これは間違いなく控訴されることになるでしょう。日本の裁判員制度では裁判員が参加できるのは一審までとされていますから、控訴審が争われることになれば裁判員の出る幕はなくなり、一審で裁判員が下した判断も水泡に帰します。これでは裁判員制度を設けた意味がなくなるという意見は各方面から上がっており、司法研修所の報告書でもその点が考慮されました。曰く、

「控訴審については、裁判員が判断した一審判決を尊重し、破棄するのは例外的なケースに限る」

ま、これはアメリカの陪審員制度に近い考え方といえるわけですが、問題なのはアメリカのそれと違って日本の裁判員制度は被告人の意思で裁判員裁判とするか否かを選択できないところにあります。

アメリカの制度では被告人が望んだ場合に限って陪審員裁判が行われ、その判決は重大な事実が明らかになるなどよほどのことがない限り覆りません。被告人にとって不利な判決が下され、それが確定してしまっても、陪審員裁判を選択した被告人自身の責任というわけです。

ところが、日本の制度では被告人の意思を一切無視し、裁判所が勝手に裁判員裁判にするか否かを決めてしまいます。そして運悪く裁判員裁判となり、下された判決が被告人にとって極めて不利なものであっても「一審判決を尊重し、破棄するのは例外的なケースに限る」というのでは、被告人の利益が大きく損なわれることになります。

日本は基本的に三審制(といっても刑事裁判で最高裁まで争われるケースは滅多にありませんから実質的には二審制という人もいます)を採用しており、一度の裁判では判決結果が確定しにくいようになっています。こうした制度設計は各国に共通するものですが、それも刑事裁判における究極の目的である「冤罪の防止」を考えてのことです。

被告人が望みもしないのに勝手に裁判員裁判とされてしまうことがあり、その結果を尊重して一審判決はそう簡単に覆させないというのでは、被告人の利益を奪うことになりかねません。これでは憲法で保障された国民の権利を侵害する可能性も出てくるでしょう。

アメリカ式に似たカタチで裁判員裁判の判決結果を尊重し、一審判決が破棄されるのは例外的なケースに限られてしまうのなら、裁判員裁判を受けるか従来通り裁判官のみの裁判を受けるか、その選択権もアメリカに倣って被告人に与えなければ「被告人の利益」が保証されていることにはならないでしょう。

被告人に裁判員裁判にするか否かの選択権を与えないというのなら、上訴審にも参審員を参加させるフランスやドイツなどような方式を採用し、一審判決に捕らわれない控訴審を行えば良いのです。日本の裁判員制度こうした部分を見ても「被告人の利益」を無視し、いい加減な制度設計が成されているということが解ります。

(つづく)
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