酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

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ライカのようでハッセルブラッドようでもあるカメラ (その4)

前述のようにオリンパスOM-1は機械式シャッターですが、様々な機構が立て込みがちな軍艦部付近にそのメカニズムを押し込むのではなく、ミラーボックスのお陰でスペース的に余裕があるボディ底部にそれを組み込んでいます。シャッタースピードはレンズマウント部に配置されたリング状のダイヤルで設定する方式とし、そのリング下部の内側にラック&ピニオンを設けて直近にあるシャッター機構へその動きを伝えるという極めて巧みな設計になっているわけですね。

しかも、こうして主要な駆動系メカニズムをボディ底部に集中させたレイアウトなら、モータードライブの装着にも機械的な接続が極めて容易になります。OM-1も始めからモータードライブの装着を想定して設計されたそうですが、こうした非常に合理的な構成には思わず唸ってしまいますね。

もちろん、レンズマウントの基部にシャッタースピードダイヤルをレイアウトしているのはOMシリーズが唯一というわけではありません。例えばニコンのニコマートFTなどの類例もあります。ただ、ニコマートFTは速度変換軸がシャッター面と垂直に交わるコパルのスクエアSというシャッターを採用したためにこうなりました。同じシャッターを初めて採用したトプコンRE-2はシャッタースピードダイヤルをレンズと同軸にせず、ボディ正面に独立したダイヤルを設けています(オリンパス・ペンFと同じような搭載方法になります)。

OM-1はシャッター機構の配置やそれに繋がるリング状シャッタースピードダイヤルにしても、コンデンサーレンズ一体ペンタプリズムにしても、合理的で巧みなスペース配分という点で、一頭地を抜いているといって良いかと思います。その4年後に発売されたペンタックスMXの緻密なメカニズムもそれはそれで凄みを感じさせますが、私はOM-1のほうによりスマートさを感じます。(あくまでも個人的な感想です)。

で、このリング状シャッタースピードダイヤルを実際に使ってみて思いました。「これはハッセルブラッドと同じだ」と。ま、ハッセルブラッドにもフォーカルプレーンシャッターを備える2000および200シリーズがありますが、主流はレンズシャッターです。それ用のレンズにシャッタースピードリングがあるのは当たり前なのですが、OM-1もシャッタースピードリングとフォーカスリングと絞りリングがレンズの軸上に並んでいるわけですから、使い勝手は酷似します。

ハッセルブラッドの場合、手前からフォーカスリング、絞りリング、シャッタースピードリングとなり、OMシリーズは手前からシャッタースピードリング、フォーカスリング、絞りリング(ズームレンズなど一部のレンズは絞りとフォーカスが逆のものもあります)と順番は異なります。しかしながら、これは全くの偶然なのでしょうけど、リングを回す方向もハッセルブラッドとOMシリーズは全く同じなんですね。双方とも構えた状態で時計回りに回せばシャッタースピードは遅くなり、絞りは小さくなり、焦点は近くなります。

OM-1レンズ周り

ボディサイズから感じるのはライカに匹敵する軽快感なのですが、撮影時に求められる所作はハッセルブラッドによく似ているというのがOMシリーズよりも前にライカやハッセルブラッドに触れてきた私の感想です。ライカといえば35mm判では圧倒的なブランドバリューを誇るカメラですし、ハッセルブラッドはブローニーフィルムを使うカメラの最高峰というべき存在ですから、この二つに通じる印象を併せ持つOMシリーズというのは何とも贅沢な気分にさせてくれるカメラです。(くどいようですが、あくまでも個人的な感想です。)

さらにいえば、OM-4Ti(およびOM707など)には「スーパーFP発光」と称する長時間発光が可能なF280という専用ストロボが用意され、フォーカルプレーンシャッターの35mm判カメラとしては世界で初めて全速同調を可能にしました。日中シンクロでストロボをフィルライトとして用いる際も高速シャッターが切れるため、絞りを開放にして背景をぼかすといったテクニックが使えるわけですね。当時このようなシステムは類例がありませんでした。

フォーカルプレーンシャッターの場合、中低速時は先幕を開いてから後幕が閉じるタイミングでシャッタースピードをコントロールしますが、高速になると先幕と後幕が作るスリットの幅でシャッタースピードをコントロールするようになります。F280のように長時間発光できない普通のストロボの場合、発光時間はせいぜい1/600~1/4000秒くらいの一瞬でしかありませんから、先幕が開ききって後幕が閉じるまで、即ちシャッターが全開になっている間にストロボを発光させなければなりません。

こうしてシンクロできるのは昔の一眼レフなら1/60~1/125秒くらい、現在のAPSサイズデジタル一眼でも1/250~1/500秒くらいが上限といったところでしょうか。しかし、F280は1/25秒という長時間発光が可能で、先幕と後幕が構成するスリットが走り切るあいだ発光し続けることができます。この長時間発光ができるお陰で1/2000秒の最高速までシンクロさせることができるというわけです。(布幕横走りのOM-4Tiの場合、金属膜縦走りのOM707に比べて幕速が遅いので、最高速時のガイドナンバーは2.6相当というかなりの暗さになってしまいますけどね。)

ちなみに、私が現在メインで使用しているEOS 5D Mk2の場合、FP発光可能なスピードライト580EXⅡを用いても1/200秒まで(APS-HサイズのEOS 1D Mk3との組み合わせでも1/500秒まで)しかシンクロしませんから、いまから丁度20年前に発売されたOM-4TiとF280の組み合わせが如何に特別な存在だったかがお解り頂けると思います。

当時の常識としては、ストロボ撮影で全速同調が必要となれば、レンズシャッター機の独壇場でした。中でもハッセルブラッドはレンズシャッターの老舗ですから、ストロボ全速同調といったらハッセルブラッドの代名詞みたいなイメージもありました。ま、ハッセルブラッドのシャッタースピードは最高1/500秒ですけど、当時はそんなスピードでストロボとシンクロできるフォーカルプレーンシャッターの35mm判カメラはOM-4TiやOM707などオリンパスのF280に対応するモデル以外に存在しませんでした。

ま、些かこじつけっぽくなってきましたが、OMシリーズというのは私の中ではハッセルブラッドに似た使い勝手で、スクリューマウントのライカと同じくらいのスマートさを併せ持っている極めて洗練された一眼レフというイメージなんですね。また、OMシリーズは前述のように同社の顕微鏡や光学医療機器から天体望遠鏡などにも対応していました。「バクテリアから天体まで」と言われた非常に壮大なスケールのシステムを誇っていたわけです。(現在のオリンパスは天体望遠鏡をやめていますし、顕微鏡には専用のCCDカメラユニットを用いるようになってしまいましたが。)

特に顕微鏡といえばライカもカールツァイスもルーツはそこです。両社とも当時の学術研究機材として最先端にあった顕微鏡のアクセサリーとしてカメラボディを接続できるというシステムを構成していました。私がオリンパスに感じていたイメージというのは、こうしたドイツの老舗メーカーにも通じる非常に硬派で知的な部分も大きなポイントになっていました。ま、あくまでも個人的なイメージですけどね。

で、私の悪いクセはこうして思い入れが強くなると少々悪ノリしてしまうんですね。ふと我に返ってみると、こんな状態に手持ちのOMシステムが広がっていました。

My OM system

(おしまい)
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ライカのようでハッセルブラッドようでもあるカメラ (その3)

ペンタックスMXとオリンパスOM-1の両方を手に入れ、実際に使い比べてみますと、やはりOM-1の非凡さに感心します。

ペンタックスは元々コンパクトなカメラを作るのが得意で、その拘りは現在のK-7などにも貫かれています。機械式シャッターだった時代も非常に精緻な設計と製造技術の高さがあっただけに、それに依存しているようなイメージもあります。要するに、ペンタックスは細かいメカを作るのが得意な分だけ、全般的に小さく作り込むことでMXをコンパクトに仕上げることができたという印象です(あくまでも個人的な感想です)。

一方、オリンパス(というより、米谷氏が設計したカメラ)の場合はペンシリーズやXAなどもそうでしたが、スペースの割り振りが天才的というべきでしょうか。個々の部品はそれほど驚異的な小ささではない印象ですが、その配置の仕方が極めて合理的で、無理のない構造でありながら驚くほどコンパクトに仕上がっているという感じなんですね。実際、ジャンクカメラをレストアする趣味をお持ちの方もいらっしゃいますが、OM-1はそれほど難易度が高くないと評される一方、MXは素人がそのメカに手を入れるべきではないといいます。

MXは一般的なカメラと同じくシャッタースピードのダイヤルがシャッターボタンのすぐ左隣にあります。しかし、OM-1より大きいペンタプリズム部とシャッターボタンや巻き上げレバーなどに囲まれて、かなり窮屈なんですね。このシャッタースピードダイヤルやシャッターボタンの根元にあるそのロック機構(シャッターボタン半押しで内蔵露出計がONになりますので、シャッターボタンをロックするこれはメインスイッチに相当するものと考えて良いでしょう)はかなり操作しにくいと感じます。

シャッタースピードを電子制御するようになれば、それを切り替えるダイヤルは電気スイッチになります。シャッタースピードダイヤルとシャッターの駆動系メカニズムをつなぐ要素は電気配線になりますから、その配置の自由度は非常に高くなります。が、機械式シャッターの場合はダイヤルの動きを機械的に伝えなければなりません。ダイヤルの位置もシャッターの駆動系メカニズムも各々の機械的な連絡を考えて配置しなければならず、その分だけスペース配分の制約が大きくなります。

レンジファインダーのライカは当然のことながらペンタプリズムもミラーボックスも、ミラーを動かすメカニズムも必要ありませんから、シャッタースピードダイヤルを配置するスペースもシャッターを駆動するメカズムも一眼レフほどスペース的な制約が少なく、あまり無理のない設計ができたのだと思います。

しかし、MXのようにライカと同じくらいの大きさで同じ位置にシャッタースピードダイヤルを配置してしまうと、操作性もメカニズムそのものも勢い窮屈になってしまったということなのでしょう。素人がMXのシャッター機構をバラしたらかなりの確率で元に戻せなくなると言われるのも、そうした窮屈な設計ゆえだと思います。

一方のOM-1は正面から向かってミラーボックス右手にミラーの駆動メカニズム、左手にミラーのダンパーを割り振り振っています。つまり、MXがシャッター機構ほか諸々のメカニズムを押し込んだ部分にはミラーのダンパーとセルフタイマー機構と露出計などしかありません。もっとも、露出計についてはその殆どがシャッターボタンの左隣にあるフィルム感度設定ダイヤルの中に組込まれていますので、大したスペースを必要としていないようです。

では、OM-1のシャッター駆動系メカニズムはどこへ行ってしまったといいますと、それはボディの底に這わせるような格好で配置されています。その一部はミラーボックスの下にもかかっていますから、ボディそのものの薄さがネックになることもなく、余裕を持った設計ができているという印象です。また、シャッタースピードをコントロールするダイヤルはレンズマウントの基部にレンズと同軸になるようリング状のものが組込まれています。要するに、レンズにある絞りリングと同じように扱うという方式です。

もし、OM-1もMXのように軍艦部にダイヤルを載せてボディ底部のシャッター駆動系にシャフトか何かで動きを伝えようとしたら、ボディを縦に貫く長い距離で遊びや狂いが生じないようにする必要から色々苦労したと思います。また、そのシャフトを通す分だけ他のメカの設計に制約を与えることになっていたでしょう。

が、レンズマウントの基部にリング状のシャッタースピードダイヤルを配置すれば、その一部は必然的にボディ底部に届きますから、その辺の設計が非常に楽になります。オマケにペンタプリズムによって立て込んだ軍艦部へ使用頻度の非常に高いダイヤルを無理に押し込むより操作性にも優れるという一挙両得ともいうべき秀逸なレイアウトになっているわけですね。

OM-1シャッタースピードリングの伝達機構
OM-1のシャッタースピードリングとその伝達機構
レンズを外してみるとシャッタースピードリングの内側が見えます。
その動きをラック&ピニオンでボディ底部に配置されたシャッター機構に伝える
という構造になっていることが分解しなくてもここを見れば解ります。


こうしたリング状のシャッタースピードダイヤルを下手に組込もうとすると、ボディが厚くなりかねないものですが、OM-1は充分に薄く仕上げられています。口径の大きいレンズマウントを生かし、ミラーボックス部と上手くスペースを割り振ったということなのでしょう。

ただ、このシャッタースピードリングは鏡筒の一部に見えてしまうんですね。その分だけレンズが厚く見えてしまい、いわゆる「パンケーキレンズ」があまりパンケーキっぽく見えないというのが難点とまではいえないにしても気になる部分ではあります。

OM-1+40mmF2.jpg
OM-1+ZUIKO 40mm/F2
OMシリーズ用交換レンズとしては随一の薄さを誇る40mm/F2ですが、
ご覧のようにマウント基部のリング状シャッタースピードダイヤルの存在が
このレンズの薄さを見かけ上スポイルしている感じです。
逆にいえば、その分だけミラーボックス部が薄く見えますから、
ボディがよりコンパクトに感じられます。


ここからは余談になりますが、この種のパンケーキレンズは発売当時あまり人気がないというのが普通なんですね。それで絶版になってから人気が出てくるというジンクスがあるのですが、このZUIKO 40mm/F2も例外ではありません。この種のパンケーキレンズはテッサータイプでF2.8あるいは3.5程度の暗いものが多い傾向にありますが、このレンズは6群6枚のガウス型で比較的明るいF2というのも人気を押し上げているのでしょう。

かくして、定価22,000円というお手頃価格だったこのレンズは、現在その2~3倍くらいで取引されているようです。もちろん、こうしたプレミアが付いているのは中古市場での流通量が極めて少ないゆえです。これだけの金額を出せるとしても、それなりに運が巡ってこないとなかなか手に入れることができないというわけですね。

私の場合、OM-1を手に入れてから1ヶ月少々というかなり早い段階で幸運に恵まれました。しかも、使用感が殆どない非常にコンディションの良い個体でありながら、価格も思ったほど高くなく、このチャンスを逃したら二度と巡ってこないと判断して即決しました。10年前にすれ違ったOMシリーズとの「ご縁」というエネルギーが、この10年間でかなりのレベルに蓄積されていたのかも知れません。

(つづく)

ライカのようでハッセルブラッドようでもあるカメラ (その2)

私は外観がさほどキレイではないライカⅢcを持っています。右手にかかる軍艦部のフチのクロームメッキが少し剥げており、ここの部分は下地の真ちゅうが覗いているという年季の入ったものです。ファインダーも実用上は全く問題ありませんが、スカッとクリアな状態ともいえず、60年以上も前に製造されたものであることを考慮すればそれほど悪くはないというコンディションで、コレクターからはあまり相手にされそうもない個体です。

全般的に並品レベルで飾っておくような代物ではありませんが、シャッタースピードは低速もちゃんと精度が出ているようです。新品同様のピカピカな個体だったら勿体なくて使えませんが、この程度の外観でメカは充分に快調といえる状態ですから、実用品としてみれば私にとってこれくらいが丁度良いコンディションだと思います。

このⅢcはオリンパスOMシリーズの生みの親である米谷美久氏が「理想的なサイズ」というⅢfとそんなに変わりません。Ⅲdでセルフタイマーが組込まれ、Ⅲfでストロボのシンクロが装備されたという程度で(Ⅲfの後期モデルではシャッタースピードの刻みが変わりましたけど)、デザインも寸法もメカニズムも基本的に同じものなんですね。

このスクリューマウントのライカは元々映画用だった135フィルムをスチルカメラに応用したウル・ライカという試作カメラ直系の市販カメラになり、その設計者であるオスカー・バルナック氏の名を頂いて「バルナック型」とも呼ばれます。実は、ライカ以前にも135フィルムを用いたスチルカメラは幾つも存在しており、ライカが元祖というのは誤りです。

しかし、この誤った俗説が定説のように語られているのもライカの完成度が極めて高く、決定版として確固たる地位を築いたゆえでしょう。米谷氏が「理想的なサイズ」というのも、その完成度の一部を構成する要素と見るべきで、実際に使ってみると良く解ると思います。

もっとも、OM-1は設計段階で無理矢理このライカの大きさに合わせ込まれたというわけでもなく、総合光学機器メーカーであるオリンパスの様々な機材にも対応できることが最優先されたといいます。顕微鏡や光学医療機器から天体望遠鏡に至るまで幅広く対応できることを前提として44.8mmという大口径のレンズマウントを採用し、最終的に落ち着いたのがこのサイズだったそうです。

実際に両者を並べてみますと外寸はかなり近く、ミラーボックスとペンタプリズムという一眼レフに不可欠な要素についてはそれなりのスペースを必要としていますが、そのボリューム感も最小限に抑えられているといった感じです。

OM-1vs3c.jpg
オリンパスOM-1(左)とライカⅢc(右)
ライカは巻き上げノブやシャッターボタン回りが低いものの、
ペンタプリズム部を除いたOM-1の肩の高さとだいたい同じくらいです。
また、OM-1は一眼レフですからミラーボックスの分だけ厚みがありますが、
それ以外はボディー全般の厚さも大差ありません。


特にOM-1で印象的なのはペンタプリズム部のコンパクトさです。この点について、写真家でありカメラ評論でも著名な田中長徳氏は発売当時のエピソードとしてこんな風に書いています。

私はカメラアート誌の等々力編集長からぴかぴかの小さな小さな一眼レフを見せてもらった。おそろしいほどに小さい一眼レフだった。

一眼レフのシンボルマークであるペンタプリズムの小ささは信じられないほどだった。その小さな三角形は、その下にペンタプリズムを収納する予定なのだけど、それほど小さなものはまだ完成されていないので、とりあえず新型カメラの模型がここにある、という気分を漂わせていた。でもこの新型オリンパスはファインダーを覗くと、ちゃんと京橋の建てこんだ家並みが見えたし、シャッターも静かな音で走った。

(C)カメラジャーナル 16号(1994年8月号)より抜粋


各社からAF一眼が発売されると、ストロボ内蔵が中級機以下ではスタンダードとなり、ペンタックスSFXで初めて採用されたペンタプリズム部にリトラクタブルのそれを被せるレイアウトが常識となりました。そうした流れからコンパクト一眼のペンタプリズムはより小さく纏めるということが不可欠なポイントになっていきました(といっても、そのクラスのAF一眼はガラスから削りだしたプリズムではなく、コストダウンと軽量化のためにダハミラーというミラーを組み合わせたものが一般的です)。

が、OM-1が登場した当時としてみれば、一眼レフは少し大きいくらいのほうが立派に見えて良いというような風潮さえありましたから、このコンパクトさは確かに驚異的だったでしょう。

OM-1vsMX.jpg
オリンパスOM-1(左)とペンタックスMX(右)

発売時期は4年も遅く、ライバルというには世代が少し違う気もしますが、ペンタックスMXがOM-1を強く意識していたのは幅、高さ、厚さが全てOM-1に対してキッカリ0.5mm小さいということからも明らかでしょう。こうしてMXは世界最小の称号をOM-1から奪い取ったわけです。MXは肩の高さがOM-1よりさらに低く、それゆえ手に取るとよりコンパクトな印象ではあるのですが、ペンタプリズム部は二回りくらい大きく感じ、この点でのスマートさはOM-1が数段勝っているというのが私の個人的な(思い入れタップリの)感想です。

OM-1がここまでペンタプリズムを(というよりペンタプリズムを納めるスペースを)コンパクトにできたのは何故かといえば、それは恐らくペンタプリズムそのもののサイズもさることながら、搭載位置を極限まで低くしているからだと思います。その秘密はプリズムの底部を平面とせず、凸レンズ状に加工したところにあると見られます。

念のため、一眼レフの仕組みをザッとおさらいしておきましょうか。レンズを通ってきた光はレフミラーで反射され、その直上にあるフォーカススクリーンに結像します。その状態では左右逆像に(鏡に映したように)なりますが、ペンタプリズムを通してこれを見ると正立正像、要するに上下も左右も正しい普通の像に見えるようになるわけですね。

一眼レフカメラの構造

シャッターボタンを押すとミラーが跳ね上がってシャッターが開き、フィルム(デジカメの場合は撮像素子)に結像します。つまり、ミラーの反射面からフィルム面までの距離とフォーカススクリーンまでの距離は等しくなっているということですね。ファインダーから見える状態がほぼそのままフィルム面に写し込まれるということで撮影結果が予測しやすいなど様々なメリットがあるため、一眼レフがカメラの王者として君臨してきたわけです。

そのフォーカススクリーンとペンタプリズムの間には拡散光を集光させて明るさを向上させたり、接眼光学系で生じる諸収差を補正したり、倍率を整えたりするためにコンデンサーレンズを配置するのが一般的です。が、OM-1はペンタプリズムの底部をレンズ状に加工することでコンデンサーレンズをペンタプリズムに一体化しているんですね。その分だけペンタプリズムの搭載位置を低く抑えることができ、あの驚異的なコンパクトさに仕上げることができたというわけです。

(つづく)

ライカのようでハッセルブラッドようでもあるカメラ (その1)

私には悪いクセがありまして、某大手ネットオークションを眺めていて商品のレベルには到底見合わないと思われる安値で出品されていて誰も入札していない物件があると「こんな安値ではモノが泣く」とついつい感情移入してしまい、落札する気などサラサラないのに「どんなに安くても最低これくらいは・・・」と思うような金額を入れてしまうことがあるんですね。ま、大概はそれで落札とはならないのですが、ごく稀に対抗が現われず、そのまま異常な安値で落札してしまうことがあります。

そうして落札してしまったものとしては以前にもご紹介したクルマのタイヤの空気圧を調整するためのエアキャリーなどがあります。アレは出品者が自動車の整備関係ではなく、DIYの汎用エアツール関係に出品していたため、それを求めている人たちの目に触れなかったからではないかと想像されます。要するにカテゴリーの選択を間違ったということでしょう。こうしたカテゴリー間違いのほかにも、物件名の付け方が悪かったり誤字や脱字があったりすると、絞り込みやキーワード検索でヒットしにくくなって人目に触れにくくなることがあるようです。

そんな感じで出品者がツボを大外ししてしまったがために膨大な数の物件の中に埋もれて誰にも気づかれず、異常な安値で落札してしまうケースがごく稀にあるのですが、少し前にもまた同様のパターンでやってしまいました。ま、あえていくらで落札したかここでは言いませんが、とにかく昔から惹かれていて機会があれば手に入れたいと常々思っていたカメラがかなりの安値で私の許へ転がり込んで来ることになりました。

OM-1.jpg
OLYMPUS OM-1
元々はM-1という名で発売されたのは有名なハナシですね。
世界最大の写真関連見本市であるフォトキナで発表された折、
当時のエルンスト・ライツ社がオリンパスのブースを訪れ、
ライカM3をはじめとしたMシリーズとの混同を避けるため
「M」の使用を遠慮して欲しいと申し出ました。
それに対し、オリンパスはその場で了承したといいます。
アルファベット1文字で商標は取得できないため、
突っぱねても法的には問題なかったそうですが、
その辺は先達に対する敬意もあったのでしょう。


私にとってオリンパスといえば、父がミノルタXE(ライカにR3としてOEM供給された一眼レフカメラの姉妹機)を買う前、オリンパス・ペンFを使っていたというのが馴れ初めになります。ペンFはハーフサイズ機ということもあって画質の面で不利でしたし、デフォルトが縦位置というのも馴染みにくかったですし、当時の私はその価値に気付かず、あまり良い印象がなかったんですね。何度か借りたことはありましたが、それは趣味としてではなく、実用の道具としてのカメラでしかありませんでした。

後に父がミノルタX-700を買い、使わなくなったXEを私が譲り受けたこともあり、完全に押し入れの肥やし状態になってしまったペンFは私と1つ違いのいとこが熱烈に欲しがっていたので、彼の許へ行ってしまいました。

私が写真を趣味とするようになったのは大学以降で、そのときになって初めてあのカメラの偉大さに気付きました。中古カメラ店に行けば程度の良いものも並んではいましたが、価格はそれほど安くなかったこともあってなかなか食指は動かせませんでした。それよりもレンジファインダー機のオリンパスXAのほうに惹かれ、それを買ったりしましたが、以降オリンパスとはずっと疎遠状態でした。

社会人になったばかりの頃、メインはAF一眼レフのキヤノンEOSシリーズを使っていました。気が向いたらマミヤのセミ判を持ち出し、さらに気まぐれにライカⅢcや父から譲り受けたミノルタXEを使うという状態でした。他にも沢山持っていますが、手に馴染むカメラというのは徐々に絞られてしまうもので、大して使っていないカメラがドンドン増えていくと家族からの視線もドンドン冷たいものになっていくものです。

そんなある日、カメラ雑誌でM42マウント(いわゆるプラクチカマウント)の古いレンズが紹介されていました(このM42についてはいずれ改めて書こうと思います)。記事にすっかり感化された私はこのレンズとそれを使うためのMF一眼レフが欲しくなってしまいました。いえ、別に手持ちのカメラでも使えないことはなかったんですけどね。

EOSのEFマウントもミノルタのMDマウントもサードパーティのマウントアダプタを使えばM42マウントのレンズを装着することが可能で、後玉やその周辺がミラーやボディ内部に当たるといった相性の問題がなければ充分に使えました。が、電子制御された縦走りの金属膜シャッターは何となくイメージ的に合わないと思ってしまったんですね。

特にEOSのほうは当時の最上級モデルだった1Nも外装がプラスチックでしたし、デザイン的なバランスも良くありません。ミノルタXEは世代的にM42マウントが廃れてから十何年とか、それくらいしか離れていないこともあって見た目のバランスはそれほど悪くない印象でしたが、電子制御で低速でも高速でも変化のない金属膜の乾いたシャッター音は「何か違う」と思ってしまったわけです。(いまではすっかり改心して、デジタル一眼レフのEOS 5D Mk2にマウントアダプタを噛ましてM42マウントのレンズで遊んでますけど。)

当時の私は若気の至りといいますか、妙な思い込みといいますか、カタチから入る拘りみたいなものがありました。こういう古いレンズは低速で「ジィーッ」と鳴る機械仕掛けで、布幕が横に走るあの柔らかいシャッター音のほうが似合うと信じていたんですね(ま、いまでもそういうカメラのほうが似合うとは思いますが)。そこでたまらなく機械式シャッターの一眼レフをM42マウント専用として使うために欲しくなったわけです。

とはいえ、プラクチカをはじめとした純粋なM42マウントのボディは私の好みに合うもので程度もそこそこという個体が簡単には見つかりませんでした。また、目測で露出を合わせる技量が充分でない私にはラチチュードが深いネガフィルムならともかく、カラーリバーサルを使うと生かせるカットがかなり目減りしてしまいますし、かといって単体露出計を使うのが煩わしく感じるときもありますし、とりあえず露出計を内蔵していないものはNGとしました。こうして、あまり一貫性のない勝手な条件が次々に加わっていくことになったわけです。

実は、そのときOM-1も候補の一つに挙がっていたんですね。ブランドイメージにしてもデザインや全体的な佇まいにしても、私の好みとしてはかなり理想に近いものでした。これを設計した米谷美久(まいたに よしひさ)氏は「ライカⅢfが理想的なサイズ」とし、ペンタプリズムを頂くファインダー部のボリュームを最小限に抑え、ボディの全般的なサイズはライカとほぼ同じに作られていたことも惹かれた理由の一つです。

しかし、オリンパスのOMマウントはフランジバック(ボディとレンズの接合面からフィルム面までの距離)が46mmでM42マウントの45.46mmより0.54mm長く、補正レンズなしでは無限遠が出ません。ま、ごく僅かなフランジバックの違いを調整するための補正レンズゆえその影響も極々わずかで、並べて見比べても殆ど解らないといいますから、実用上は全く問題にならないようです。が、こういうモノは気分的な要素が小さくありません。

私の場合、わざわざ古いレンズを使おうというのはその味わいを楽しみたいという気分的なところから始まっていますから、純正には存在しない余計なレンズが介在するというのは「不純物が混ざっている」という印象に繋がり、何か違うような気がしてしまうわけです。

オリンパスはOM-1を発売する1年前にフルサイズの一眼レフカメラを早く発売して欲しいという海外部門(特にハーフサイズが全く普及しなかったアメリカ市場担当)の求めに応じてFTLというM42マウントの一眼レフカメラを発売しているのですが、何せ1年という短命でした(日本国内向けはM-1と同年の発売になりますので、さらに短命だったようです)し、そもそもが海外需要に応えるためのモデルでしたから、タマ数もメチャメチャ少ないようで、私は現在に至るまで現物にお目にかかったことが一度もありません。

ま、OMシリーズに比べても幾らか大柄だそうで、写真で見た限りでもOMシリーズほど洗練された印象はありません。実際、FTLを担当した開発チームにはOMシリーズの計画を明かさず、ごく短い開発期間に突貫工事でやりくりさせたそうですから、致し方なかったというべきでしょう。仮にコレを手に入れるチャンスがあったとしても、食指を動かしていたかどうか個人的にはかなり微妙なところです。

FTL.jpg
OLYMPUS FTL
OM-1に対して幅は4mm、高さは8mm、厚さは3mm大きく、重量は125g重く、
特にペンタプリズム部のボリューム感はまるで比べものになりません。
OM-1と同じメーカーが作ったカメラとは思えないような雰囲気です。
(あくまでも個人的な感想です。)


OM-1は私にとって長年気になるカメラの筆頭でしたが、このときはご縁がなかったということで諦め、ペンタックスMXを購入しました。このへんの詳しいハナシはいずれM42マウントのレンズについて書くときに譲りたいと思いますが、ペンタックスは日本初の35mm判一眼レフであるアサヒフレックスのM37マウント以降、現在のKマウントに至るまでM42と同じフランジバック45.46mmで貫いてきました。しかも、ペンタックスは現在もKマウントをM42マウントに変換する純正アダプタの生産を続けており、ヨドバシカメラなどでも普通に店頭在庫がありますから、いつでも誰でも購入できます。

ペンタックスMXもKマウントですが、純正アダプタでM42マウントのレンズが使えるという点を買い、このときはそれでM42マウントのレンズを楽しみました。OMシリーズとはまた別の機会にご縁があることを祈ったわけですが、あれから10年程でご縁が巡ってきたというわけです。

(つづく)

外車が消えた東京モーターショー

既にメディア向けの公開が始まっている東京モーターショーですが、ご存じのように今年は海外メーカーの出展が激減し、昨年の26社から僅か3社になってしまいました。その3社もBMWのチューナーであるアルピナと、マニアックなスポーツカーメーカーであるロータス、ケーターハムといった顔ぶれで、大手メーカーやフェラーリ、ポルシェなどのビッグネームはことごとく不参加となってしまいました。

今年の春先の段階では韓国の現代自動車やフェラーリなどは出展を計画していたようですが、結局は両社とも辞退となりました。フェラーリなどは年間生産台数5000~6000台程度の規模でしかありませんが、日本はその10%程度を買ってくれる得意先のひとつですから、最後まで迷ったようで、辞退を決めたのは7月頃だったようです。

私が勤めている会社も展示会に出展することがあり、大凡の段取りは心得ていますが、恐らくあのタイミングでの辞退となると出展料が全額返ってくることはないでしょう。私の会社が出展するような業界向けの展示会でも東京ビッグサイトなどのようなメジャーな会場で行われるものは1コマ3m×3mくらいのスペースで20万円程度の出展料を取られます。例年のフェラーリの展示スペースを考えますと、そのキャンセル料も相当な額になっているでしょう。

フェラーリ430
東京モーターショー2007のときのフェラーリのブース
後方に見えるガラスの写り込みでもお解りのように
フェラーリのブースにはいつも人垣が絶えず、
海外メーカーでもひときわ高い人気を誇ってきました。
残念ながら、今年はこれを見ることができません。
出展を取り止めてもかなりの損を出したと思われますが、
判断が遅れたのはそれだけ日本のファンを考えてくれたゆえ
と好意的に受け止めてあげれば、彼らも少しは救われるでしょう。


今年辛うじて踏みとどまった3社もフェラーリ同様に日本のマーケットに依存する割合が高いということと無関係ではないと思います。例えば、アルピナはBMWの公認チューナーで、ドイツ自動車登録局にはメーカーとしての認証を受けています。つまり、単なるチューニング屋ではなく、型式の認定を受けたラインナップを整えているメーカーとして扱われているわけです。が、全体でも年間生産台数が1000台に満たない零細メーカーで、その20%ほどを日本市場で捌いています。

アルピナにしてもロータスにしてもケーターハムにしても、ニッチなマーケットで特定の客層を相手にしているメーカーゆえ、海外の大手メーカーがことごとく出展を取り止めてしまった今年の東京モーターショーは国際自動車ショーといっても非常にドメスティックな色合いが濃い内容になってしまいました。日産なども今年はデトロイトやフランクフルトといった海外のメジャーなモーターショーを欠席していますから、この不況下では費用対効果にかなりシビアな判断が下されるのでしょう。

そもそも、日本のマーケットは国産車が圧倒的に強く、輸入車のシェアもバブル期の10%台から半減している状況です。その一方、中国のようにまだまだ規模が大きく拡大していく見込みがあるマーケットが海を挟んだ近隣にあるわけで、東アジア市場のプロモーションに予算が限られているならどちらに集約的な投資をするか迷うこともないでしょう。

こうしてマーケットそのものの将来性を見れば、上海モーターショーのほうが遙かに魅力的です。東京モーターショーが今までのような方向性で進めば、海外の主要メーカーはやはり日本を通り過ぎて中国へ赴く「ジャパンパッシング」が続くことになるかも知れません。

ま、私も東京モーターショーには不満だらけで、特に露出の多いコスチュームを着せられたコンパニオンやそれ目当てのカメラ小僧たちにはいつも辟易しています。最近は20年以上通い続けた惰性で足を運んでいたような状態でしたから、今年も期待はしていません。が、ここまで海外メーカーに見切られてしまった今年の東京モーターショーの雰囲気がどんなものか、逆に見ておきたいという気になっています。

いつも土曜日から始まる一般公開日は、昨年までその翌々日曜日まで2週間あまり続きました。が、今年は会期も短縮されて明日10月24日から11月4日まで、最終日が水曜日という異例なスケジュールになっています。11月3日の祝日が入るとはいえ、週末が一つ減った分だけ来場者数も減ってしまうものと見られます。私もスケジュールが合うかどうか微妙ですが、殆どの外車が消えてしまった東京モーターショーがどんな雰囲気なのか、それだけでも感じてこようと思っています。

大気中のCO2濃度を引き上げたのは本当に人類の仕業か?

先日、「産業革命以来、特に最近の急激なCO2濃度の上昇カーブを見ると、私は落ち着かない気持ちになります。」というコメントを頂きました。実際、単なる仮説に過ぎない人為的温暖化説を事実として扱い、読者や視聴者の不安を煽っているメディアもしばしばこの急激な右肩上がりのグラフを示してイメージを擦り込もうとしていますから、そのように感じるのは当然のことかも知れません。が、私はこのグラフを見る度に矛盾を感じ、人為説の底の浅さを見る思いです。

以前から何度となく述べてきましたが、いま全世界のCO2排出量削減目標となっている「2050年までに半分以下」というのは、IPCCが採用している炭素循環モデルにその根拠があります。同モデルでは、自然界が吸収できるCO2は1年間で炭素換算約31億トン(CO2換算では約113.6億トン)が限界だとしています。

京都議定書で(一部の国を除き)CO2の基準年となっている1990年当時、全世界の年間CO2排出量は約63億トンでした。なので、全世界の年間CO2排出量をこの半分以下とし、31億トンを下回るようにすれば、全て自然界が吸収してくれるようになるため、大気中のCO2濃度の上昇もストップし、温暖化の進行も食い止めることができるという筋書きです。

しかし、この理屈でいきますと、産業革命から現在まで人為的なCO2排出量が31億トン/年を超えた時点から大気中のCO2濃度が人為的に引き上げられるようになったということになります。それが産業革命の頃でないのは言うまでもありません。産業革命の頃の世界人口は僅か8億人強でした。たったこれだけの人口で1990年当時の半分くらいのCO2を排出していたとしたら、産業革命の頃は1人あたりのCO2排出量が現在の3.5倍以上にもなってしまいます。そんなことは絶対にあり得ません。

実際に人類が31億トン/年以上のCO2を排出するようになったのは1960年代中頃以降のことです。ですから、IPCCが採用しているこの理屈が正しければ、人為的に大気中のCO2の濃度が引き上げられるようになったのはそれ以降、人為的な地球温暖化が始まったのもそれ以降ということになってしまいます。

では、産業革命の頃から1960年代中頃まで誰が大気中のCO2の濃度を引き上げていったのでしょうか? また、人類が31億トン/年以上のCO2を排出するようになった1960年代中頃を前後して大気中のCO2濃度の上昇率に変化が見られないのは何故なんでしょうか? こうした疑問に納得のいく説明を私は聞いたことがありません。

大気中のCO2濃度と人為的なCO2排出量の変化
化石燃料からのCO2排出量と大気中のCO2濃度の変化
(出典:環境省資料、気象庁資料、エネルギー・経済統計要覧 2004年版)
元は人為的に排出されたCO2と大気中のCO2濃度の上昇が連動していると錯覚させるように作られたグラフですが、
これに私が補助線や矢印などを付け加えました。棒グラフにも折れ線グラフにも手を加えていません。


上図について補足しておきましょう。緑の横線はIPCCが自然界の吸収限界だとする炭素換算31億トン/年(CO2換算113.6億トン/年)を示したものです。つまり、人為的なCO2の排出量がこの線を超過しなければ自然界が全て吸収してくれるため、大気中のCO2濃度は上昇しないという筋書きになっています。しかし、ご覧の通り人為的なCO2排出量がこの線を越える遙か以前から大気中のCO2濃度は上昇を続けています。ついでにいえば、人為的なCO2の排出量がほぼゼロの段階で既に上昇カーブは始まっています。この段階でCO2濃度が上昇を始めたのは何が原因だったのでしょう?

一方、赤の矢印で示したところがIPCCのいう自然の吸収限界を人為的なCO2の排出量が超過した時点です。が、ご覧のようにその前後で大気中のCO2濃度の上昇率に何ら変化はありません。こうしたことからIPCCが採用した理屈と現実を示すグラフは全く整合していないことが明らかになってきます。こうした矛盾を解きつつ、IPCCの理屈に間違いはないという説明ができる方がいらしたら、是非、ご教示ください。

地球温暖化が人為的であるという仮説が事実であるということを証明するには、以下の二つの因果関係を証明しなければなりません。どちらか一方が欠けても人為的温暖化説が事実であると証明できたことにはなりません。

①産業革命以降に増加した大気中の温室効果ガスが地球の気温を間違いなく引き上げた
②産業革命以降に増加した大気中の温室効果ガスはその大部分が間違いなく人為的に排出されたものである

実際にはこの二つとも証明されていないわけですが、私がここで指摘したことだけでも②の因果関係に関するIPCCの説明は大いに疑わしくなってきます。

そもそも、IPCCが採用している炭素循環モデルも単なる推測に過ぎず、本当にちゃんとした精度が得られているのか否かは誰にも解りません。少なくとも、このモデルの元になるデータを提供している人たちが不完全であることを認めています。これも以前頂いたコメントのリプライに書いたことですが、読まれた方は殆どいないと思いますので、改めてご紹介しておきましょう(一部加筆しています)。

例えば、海洋における炭素リザーバーとしてはマリンスノーなども注目されており、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の深海研究部はこんなことを述べています。

マリンスノーは必ずしも高い密度で存在するわけではないのですが、海洋にまんべんなくあるので、全体としてその量は膨大です。また、マリンスノーの主成分が炭素なので、膨大なマリンスノーはやはり膨大な炭素を保有しているということができます。二酸化炭素の増加などによる地球の温暖化を考える上で、マリンスノーは重要な役割を担っていると考えられます。


しかし、こうした微小粒子は測定が非常に困難であるであることなどから、具体的にどれだけの炭素を蓄積し、どれだけを循環させているかといった研究はまだまだ極めて未熟な状態でマトモな評価ができるような段階ではありません。

国際研究協力として海洋炭素循環モデル相互比較研究(OCMIP)が行われ、北海道大学(北大はマリンスノーの名付け親である千葉卓夫氏らの時代から、その研究において世界をリードしてきたといいます)の研究チームを含む10チームによって集計された見積はIPCCの評価報告書に採用されています。が、その当事者である北大の山中康裕氏は彼の『海洋の雪(マリンスノー)と将来の気候』という講座の中で以下のように述べています。

残念ながら、これらのモデルではまだ海洋生態系を十分に正しく表現しているものではありませんので、現在、より適切な生態系を表現するモデルを開発し、新たな見積もりを行おうとしているところです。


こうしたIPCCの評価報告書を構成する基礎データの出典そのものが非常に不確定な要素を少なからず内包しているというわけです。

今回の主題として取り上げた矛盾はこうした基礎データの不確実性と直接関係のない、もっと政治的な都合といった匂いがしますが、懐疑派がここで示したような矛盾点の説明を求めても、マトモな回答が返ってくることは滅多にありません。もちろん、こうした指摘が人為的温暖化説を否定できるだけの決定的なものでないことは承知しています。しかし、IPCCの理屈が如何に強引で矛盾に満ちたものであるかはこの点を見ても明らかです。

こうした状態が放置されたまま、矛盾に満ちたIPCCの評価報告書は政治的に金科玉条として扱われ、今年の12月にもまたコペンハーゲンで国際的な取り決めが成されようとしているわけです。もっとも、各国の思惑が錯綜して上手く纏まることはないような気もしますが。

お陰様で100,000アクセス

このところ仕事が忙しかったのと体調が芳しくなかったのとで、当blog始まって以来の放置状態が続いていしまいました。特に13~14日にかけては酷い頭痛と微熱で必要最低限のタスクを何とか片付けたら他に何もする気力が起こらない程でした。15日の午後くらいからかなり回復してきたので、書きかけの1本を仕上げて何とか更新できましたが、それまで仕事のペースが落ちていた分を挽回するために執筆時間が取れず、週末も更新が滞ってしまいました。折角頂いたコメントへのリプライも遅れていますが、近日中に必ずお返事しますので、しばらくお待ち下さい。

こうして、先週は非常に不本意な1週間になってしまいましたが、おいで下さる方の数はあまり減ることもなく、お陰様でトータルのアクセス数が10万を超えました。当blogに設置しているアクセスカウンターはユニークアクセス(同じIPアドレスからのアクセスは1日1回しかカウントしないというもの)ですから、延べ何人の方がおいでになったかという目安になる数字です。ま、途中何度か不調がありましたので、あくまでも目安でしかありませんが、大変有り難いことです。

思えば、2008年の正月に暇を持て余して何となく始めたblogで、最初の1ヶ月は300アクセスくらいしかありませんでした。最近ではどこかにリンクを張られると1日で軽くそれをオーバーしますし、毎日コンスタントに250前後のアクセスがあり、200を切ることは殆どなくなりました。アクセス解析をみますと、5~6割くらいの方はキーワード検索などで単発的にいらした方のようですが、逆に見れば毎日100人くらいの方がわざわざ私の書いた記事を読みに来て下さっているわけで、これもまた大変有り難いことです。

環境問題や政治や経済といった堅いハナシから個人的な趣味まで、とりとめもなくゴチャ混ぜに思いつくまま書いていますが、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。

羽田を国際化するならその前に懺悔を

「羽田空港の国際化」というハナシは過去にも何度となく浮かんでは沈むという繰り返しでした。2000年の12月にも当時の運輸相だった扇千景氏が成田との「棲み分けを見直すべき」と発言して千葉県を大激怒させ、わずか4日後には「21世紀の国際空港のあり方として展望を述べた。現状は否定しない」と軌道修正しました。

個人的には羽田空港の国際化・ハブ化は経済的なメリットをはじめ、あらゆる観点からして将来的に進めていくべきことだと思います。が、成田空港を巡るあの凄惨な闘争の歴史を思い起こせば、軽率に語ってはいけない領域だとも思います。

八ッ場ダムの建設中止については民主党のマニフェストにもちゃんと謳われていたことですから、単なる思いつきで動き始めたことではありません。ま、当地の群馬県吾妻郡が属す群馬第5区に民主党は候補を立てず、地元の民意を反映させる機会を与えなかったという意味で少々セコイやり方だったとは思いますが。

一方、羽田空港の国際化は現実問題として八ッ場ダムの建設中止などと全く比べものにならないくらい多くの人が影響を受け、経済効果も桁が大きく違います。これだけ圧倒的な影響力を持つ政策なら、キッチリとマニフェストにも明記しておくべきでした。が、彼らのそれを紐解いても「空港」の「空」の字も出てきません(関係ありませんが、彼らのマニフェストで「空」の字が出てくるのは「空き教室などの活用で保育所を増やし、待機児童解消を目指します」という一文のみです。)

今回の騒動を引き起こした前原国交相は従来から羽田の国際化には積極的な立場だったそうですが、一人の意思で物事を進めてしまうのはやはり問題で、事前にそうしたイデオロギーをハッキリと示しておくべきでした。特に、地元の人たちにしてみれば、やり方次第では死活問題にも繋がりかねないハナシです。マニフェストに明記するなど選挙前にそうした意思を解りやすく示しておくべきで、それを怠ったのはやはり問題です。

千葉県には衆議院の小選挙区が13ありますが、民主党は自民党に対して11勝2敗という圧勝でした。地元の成田市が属す千葉10区も6期務めた自民党の林幹雄氏を民主党の谷田川元氏が破っていますが、成田市民の「裏切られた感」は如何ばかりだったでしょう。少なくとも、この重大な政策を選挙前に知らされていたら、地元の選挙民は全く違う反応を見せたに違いありません。

前原国交相は「説明が足りなかった」とし、「羽田空港のハブ化は成田空港の国際便を羽田空港へ持っていくことではない。(国内線は羽田、国際線は成田とする)内際分離の原則をなくし、ともに国際空港として発展させたい」「成田は成田で現在の(年間発着回数)20万回から最終的には30万回に増えるので、ひとつの大きな国際拠点空港としてより発展してもらう。(2010年10月に)羽田の第4滑走路(D滑走路)ができても成田が中心的な役割だ」と釈明するなど、扇元運輸相同様にかなりの軌道修正をしました。

もっとも、国交省は前政権時代からアジア諸国などの近距離国際線について羽田の増便を計画していました。将来像として近距離を羽田、長距離を成田とする棲み分け方もかなり前から言われていたことで、トーンダウンした前原氏の雰囲気からすると、その流れに従うだけになってしまうかも知れません。となれば、彼の唐突で舌っ足らずな発言はただ世間を騒がせただけということになるでしょう。

詳しくは後述しますが、成田空港を巡るそもそもの過ちは、何の説明もなく地元民をないがしろにプロジェクトをスタートさせたところにあります。ですから、前原氏の突然の発言は地元民にとって「またか」と思わせる非常にデリカシーの欠けたものだったといえます。地元民の感情を憂慮するなら、中央からいきなり「羽田の国際化」という発言は控えるべきでした。例えば、成田空港の今後の在り方について説明会なり公聴会なりを開き、成田の人たちの前で、その目を見ながら最初の一言を発するべきだったように思います。

羽田D滑走路完成予想図
羽田空港D滑走路完成予想図
当初、メガフロート(巨大人工浮島)での建設も検討されましたが、
最終的には従来の埋立と桟橋を組み合わせたハイブリッド構造となりました。
上図手前側にある人工島がD滑走路で、その左の方の白っぽい部分が
198基のジャケットで構成される桟橋です。
桟橋のジャケットの設置は今月13日現在で180基まで完了しており、
進捗状況は順調なようです。
ちなみに、このD滑走路の建設には亀井静香氏と石原慎太郎氏が結託し、
当時の運輸官僚を半ば脅して調査費をブン取ったといわれています。
要するに、この二人は現在の日本で最も羽田を国際化したいと考えている
政治家といって間違いないと思います。


ここで成田空港開港までの経緯をザッと振り返ってみましょうか。

首都圏の空路の要となる新空港の建設が千葉県に決まったのは佐藤栄作内閣時代ですが、地元千葉県出身で当時の自民党副総裁だった川島正次郎氏の圧倒的な影響力によるものと見て間違いないでしょう。当初は富里に予定されていた計画が地元の猛反発で頓挫し、皇室の御料牧場と県有林がある三里塚・芝山地区なら用地の確保が容易に進められると当て込んで計画が変更されました。

しかし、結果はご存じのように血みどろの徹底抗戦となってしまいました。特にいけなかったのは政府が説明責任を全く果たさなかったことです。三里塚・芝山地区を建設予定地として決定する以前に話し合いの機会を用意し、地元の合意を取り付けていれば何の問題もありませんでした。が、実際には話し合いどころか事前説明すらなく、代替地の準備すら怠って強制的に事を進めた政府の横暴があそこまで事態をこじれさせた全ての原因だったといって間違いないでしょう。

こうして事業計画はもつれにもつれ、成田の開港に向けて地元を説得するための苦肉の策として内際分離の原則を掲げたのもご存じの通りです。が、その原則を維持できなくなったということは、要するに事業計画の失敗を意味します。羽田を国際化するというのなら、政府はこの失敗を真摯に認めなければなりません。強引に計画を推し進め、流血の事態にまで至ったことを懺悔し、過去を精算しなければなりません。

もちろん、反対派にも多くの違法行為がありました。新左翼と呼ばれた反政府ゲリラが便乗するようになってからは反対活動が勢い暴力的・破壊的になり、一方的に政府だけが悪かったと責めるわけにもいきません。が、上述のように地元を無視した政府の横暴が原因だったのは間違いありません。

空港建設プロジェクトがスタートしたのは40年以上も前のことですから、キーパーソンの多くは他界しています。自民党政権時代の過ちを民主党政権が陳謝するのは筋違いという人もいるかも知れません。

しかし、亀井静香氏などは警察庁出身で公安畑を邁進してきた人物でした。彼の公式サイトのプロフィールにある「主な経歴及び足跡」の項に「警察庁警備局の極左事件に関する初代統括責任者となり、成田空港事件、連合赤軍あさま山荘事件、日本赤軍テルアビブ空港事件等を陣頭指揮。」と書かれているように、彼はまさに成田闘争の歴史で国家権力を振るった側の人間です。少なくとも亀井氏にとって成田の血塗られた歴史は他人事ではありません。

現政権にもこうした人物がいるうえ、鳩山総理以下主要閣僚の多くは元自民党員ですから、全く無関係だともいえないでしょう。成田問題は自民党政権時代の横暴だとして他人事のように振る舞うのではなく、ここはやはり政府としてケジメを付けるべきでしょう。

成田空港の建設という公共事業は日本政府が行ったそれの横暴と失敗の見本市みたいなものです。その非を認めずに羽田の国際化を進めるというのは、この一件で翻弄された人たちの心情を無視するのに等しく、横暴を重ねることになると私は思います。

この男が僅か10日間で何をしたというのか

ご存じのようにアメリカのオバマ大統領が今年のノーベル平和賞を受賞することになりました。「何の実績もない」ということで批判的な声も上がっています。私もいくら「期待票」だったとしても拙速すぎると思いました。

そもそも、ノーベル賞というのは有識者の推薦によって候補者がノミネートされ、いくつかの選考プロセスを経て絞り込みが行われ、様々な評価がなされて最終的に決定されます。つまり、それなりの時間をかけて選ばれるということですね。

オバマ氏が大統領に就任したのは今年の1月20日です。それから9ヶ月足らずでの決定ですから、これは極めて異常です。確かに、核廃絶へ向けた意欲を示す演説などポイントになりそうな言動もありましたが、それにしても時間がかかるハズの選考スケジュールに見合っていたのでしょうか?

大変気になったので、ノーベル賞の選考プロセスについて調べてみましたところ、ノーベル賞の公式サイトに「Process of Nomination and Selection」という頁を見つけました。まずは、下図をご覧下さい。

ノーベル賞の選考過程

ノーベル賞の選考プロセスとして最初のステップとなるのは、有識者へ推薦の依頼状が発送されるというものになります。これは上図の①ですが、前年の9月となっています。推薦の締切りは上図の②ですが、当年2月となっています。リンク先にはもっと詳しく、以下のように書かれています。

The Committee bases its assessment on nominations that must be postmarked no later than 1 February each year. Nominations postmarked and received after this date are included in the following year's discussions.


つまり、当年の有効票は2月1日までの消印があるもので、それを過ぎたものは翌年の選考対象になるということですね。

上述のように、オバマ氏が大統領に就任したのは今年の1月20日です。今年のノーベル賞の候補者としてノミネートされる締切りは2月1日です。彼が大統領に就任して僅か10日程の間にノーベル平和賞の候補者としてノミネートされるようなことを何かしたでしょうか? ちなみに、彼がチェコで核廃絶演説を行ったのは4月ですから、今年分のノミネートの締切りの2ヶ月も後のことです。

イリノイ州議会議員を経て彼が上院議員に就任したのは2005年の1月です。2007年後半くらいからは大統領選へ向けた準備にかかりきりでしたから、国政に本腰を入れられたのは正味2年半ほどです。この短い期間に彼が何か外交で実績を残したかと振り返ってみても、やはり皆無と言わざるを得ません。

そもそも、彼は大統領選を戦っているときから外交実績がないことがウィークポイントとされていました。その最中に身内のバイデン氏(現副大統領)から「半年以内に世界はバラク・オバマを試すだろう。ジョン・ケネディのときのように。」 と言われたほどで、この失言は共和党が制作したネガティブキャンペーンのCMにも盛り込まれ、繰り返し流されたと言います。つまり、彼が大統領になる前も実績など全くなかったということです。

ノーベル賞委員会は「世界に新しい機運をつくりだし、協調主義を国際政治の中心に据えた」と発表していますが、彼はそもそも協調主義などではありません。当blogでも以前ご紹介しましたように、彼は大統領選の演説で「NAFTA(北米自由貿易協定)は見直す。」「日本や韓国にハイブリッド車は作らせない。これからはアメリカで作る。」という保護主義的なことを述べていました。

大統領に就任した直後にもバイ・アメリカン条項が削除されなかった景気対策法案に躊躇なくサインしました。先月にも中国製の自動車用タイヤに緊急輸入制限措置(セーフガード)を発動し、摩擦の原因を作ったばかりです。彼が選択してきた政策の何処が協調主義だというのでしょう?

ま、これまでもノーベル平和賞は欺瞞を感じさせることが度々ありましたが、今年もまたそれが繰り返されたということですね。

絵に描いた餅 (その5)

先日頂いたコメントへのリプライにも書きましたが、電力の安定供給には少なくとも以下に示す二つの条件が満たされていなければなりません。

①安定した供給を継続できること
②供給量を需要に応じて調整できること

安定供給というと①しかイメージしない人が多いようですが、前回ご覧頂いたように1日の間でも電力需要は大きく変動しています。この大きな需要変動に対応した適切な供給量に調整できる②の機能を供給システム全体として担保できなければ、電力が安定供給できているとはいえません。

現在の日本では、発電設備単体で②の機能を有さない原子力や流込式水力、地熱などをベース供給力とし、発電設備単体で②の機能を持つ石油火力や天然ガス火力、貯水池式水力などを供給システム全体の調整代としています。が、それでも調整力が不足していることから揚水式水力発電というエネルギーストレージを加えてシステムを成立させています。

今後、原子力と風力と太陽光を増やし、CO2の排出量を削減するために火力を減らすとしたら、何らかの方法で新たな調整代を設けなければ、電力を安定的に供給するシステムは破綻してしまうことになります。しかし、民主党はダム建設と利水事業の拡大を否定していますから、あとはNAS電池などのケミカルバッテリーに頼るか、ほかの方法を模索するしかありません。

ほかの方法で既に実績のあるものとしては、圧搾空気でエネルギーを貯蔵するCAES(Compressed Air Energy Storage)などが知られています。ドイツのフントルフ(1978年より稼働)や、アメリカのマッキントッシュ(1991年より稼働)など商用プラントもいくつか存在しますが、いずれも地下の強固な岩盤層を掘って巨大なエアタンクを作り込んでやる格好です。

日本でも試験プラントで検討はなされているようですが、ご存じのように日本は地震国です。膨大なエネルギーを蓄えた圧搾空気のタンクを地下に埋めて、それが地震で破損し、エネルギーが一気に吐き出されることになったら、それは大変な規模の破壊に繋がるでしょう。こうした万一の事故を想定すると、日本には馴染まないという意見が支配的なのも頷けます。また、揚水式水力発電はエネルギー損失が30%程度であるのに対し、CAESは50%程度とエネルギー効率の面でも大きく劣っています。

さて、民主党は何をどうやってマニフェストで公約している「エネルギーの安定確保、新エネルギーの開発・普及、省エネルギー推進等に一元的に取り組む」ということを実現しようというのでしょうか?

少なくとも、火力を減らし、利水事業の拡大を否定し、原発や風力や太陽光の推進を打ち出しているからには、供給量を調整するために導入が欠かせない大規模なエネルギーストレージをどうするか明確にしておかなければならないでしょう。ケミカルバッテリーに頼るのか、日本には馴染みそうもないCAESを導入するのか、これらとは違う別の方法を模索するのか、そこまで明確なビジョンを示せないようではとても「具体策」とはいえません。

もっとも、イデオロギーを曲げ、ダム開発や利水事業の拡大を認めるとしても、風力発電や太陽光発電など不安定で出力調整ができない扱いづらい電源を補完するために揚水式水力発電を増やすなどナンセンスです。これも以前に述べたことの繰り返しになりますが、そんな莫迦げた二重投資をするくらいなら風力や太陽光など扱いづらい電源の拡大などやめてしまい、貯水池式水力発電に集約してしまったほうが遙かにエネルギーの利用効率が上がり、コストも低減できるでしょう。いずれも同じ自然エネルギーですし。

余談になりますが、民主党と連立政権を組んだ社民党のマニフェストには原発について以下のように書かれています。

脱原発をめざし、核燃料サイクル計画を凍結し、使用済燃料の再処理、プルサーマル計画を中止します。原子力発電からは段階的に撤退します。


原発を巡って民主と社民の両者は180度逆の方向を向いているわけですが、両者はほかにも相容れないイデオロギーがいくつもあります。そもそも福島党首は「自民と民主はカレーライスかライスカレー、福神漬けが付いてるか付いてないかの違い」と揶揄していたのは皆さんもよくご存じのことと思います。それでいながら、どの面を下げて民主党と連立を組むのかと思いましたが、彼女も自民党の政治家と同じくらいの厚顔でしたね。現在の社民党はさしずめ「オムライスのカレー煮込み」というべきでしょうか? もはや何を目指して調理されたものなのかサッパリ解らなくなってしまいました。

ハナシを戻しましょうか。環境対策とエネルギー政策は不可分なものです。民主党のマニフェストに「具体策」として記されているものは政策概要として見ても具体性を欠くものでありながら、矛盾だらけで実効性が疑われるものばかりという非常に情けないレベルに甘んじています。もっとも、自民党のマニフェストも民主党のそれほど大げさで夢のような目標が書かれていない分だけ矛盾が少なく済んでいるというだけで五十歩百歩といったところかも知れません。

要するに、こうした政策を考える人たちもそれを伝えるメディアも、イメージばかりを先行させ、実態についてはロクに勉強していないからこのような絵空事で満足できるのでしょう。こういっては身も蓋もないかも知れませんが、現実の厳しさを知らない人ほど物事を簡単に考えている分だけ夢も大きかったりするものです。

具体的なハナシが出来ないということは、その分だけ現実も知らないということです。次の総選挙までには各党とももう少し勉強して「究極の選択」を国民に求めることのないよう、もっと具体的なハナシが出来るようにしておいて欲しいところです。が、いまさらそんなことを期待するだけ無駄なのかもしれません。こんな状態では「絵に描いた餅」を悪知恵の働く人たちに食い荒らされるのがオチでしょう。

ところで、鳩山首相は2020年までに1990年比で25%削減すると宣言するに当たって、「すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意」を前提条件としました。こうした逃げ道を用意していたのは民主党の政策にしては良くできていると思いました。が、その合意のタイムリミットはいつなのでしょう?

今年12月のCOP15で「意欲的な目標の合意」に至らなかったら25%削減も撤回し、僅か半年も保たない理想論だったという展開になってしまうのでしょうか? それとも数年間の猶予を設けるつもりなのでしょうか? この辺は調べてみても解りませんでしたが、彼らのことですからそこまで深く考えていないのかも知れません。

もしかしたら、2020年まで民主党が政権を維持できないということを自覚した上での放言だったのかも知れませんが。

(おしまい)

絵に描いた餅 (その4)

民主党のマニフェストに謳われているCO2排出量削減のシナリオはオリジナリティもなければ実効性も疑われる上、「具体策」といいながら少しも具体的でないものばかりで、2020年までに1990年比25%削減という目標をクリアできるとはとても思えないようなレベルにとどまっています。

その一方で、肝心のエネルギー政策はどうなっているかと言いますと、全量買い取り方式の再生可能エネルギーに対する固定価格買取制度を導入するとか、燃料電池やバイオマスの研究を促進させるとか、またぞろ具体性のない概要が並ぶだけで、「エネルギーの安定供給体制を確立する」という非常に重要な項目の「具体策」も「エネルギーの安定確保、新エネルギーの開発・普及、省エネルギー推進等に一元的に取り組む」という極めて抽象的なことしか書かれていません。これでは何をどうするつもりなのか全く解りません。

唯一、「安全を第一として、国民の理解と信頼を得ながら、原子力利用について着実に取り組む」と掲げ、原発推進という姿勢をハッキリ打ち出しているのみです。しかし、これもまた大きな疑問が残ります。

電力の安定供給というのは、一定の電力を供給できればよいというものではありません。以前にも述べましたように、電力需要の変動に応じて供給量も調整しなければ周波数や電圧が乱れますし、供給不足は停電に直結し、様々なトラブルを引き起こしてしまいます。ですから、電力の安定供給というのは需要に応じて適切な供給量に調整しなければならないというところまでを含めて考える必要があるのです。

民主党が掲げる原発推進で疑問を感じるのはここです。原発は出力調整ができませんから、これだけを増やしても電力需要の変動には対応できません。現在のところは主に火力発電や貯水池式水力発電の出力調整で需要の変動分を吸収していますが、それでも調整力が不足しており、揚水式水力発電という大規模なエネルギーストレージを利用して余剰電力を蓄えておく方法が採用されています。

CO2を削減するには火力発電を減らさなければなりませんが、その上で出力調整の効かない原発を推進し、出力調整ができない上に不安定でもある風力発電と太陽光発電も推進していくというのですから、安定化や電力需要の変動に対応するために大規模なエネルギーストレージを先回りで整備していかなければシステムとして成り立たなくなってしまいます。

こうした大規模エネルギーストレージを考える場合、既に日本でも70年以上の歴史を重ねている実績からして、揚水式水力発電という選択がもっとも現実的といえるでしょう。火力を減らした上で原子力や風力、太陽光といった出力調整ができない電源を増やしていくなら、これの増強を抜きにはハナシが始まらないと考えるべきでしょう。

しかし、ご存じのように民主党はダム開発と利水事業の拡大を事実上完全否定しています。彼らがこれまでゴリ押ししてきたイデオロギーを大きく転換しない限り、この選択肢は完全に排除せざるを得ません。では、どうやって調整代を設ければ良いのでしょう?

電源の組み合わせ
電源の組み合わせ(出典:電気事業連合会)
同じグラフを何度も使い回して恐縮ですが、
日本の電力供給はこのような内訳で
1日の需要変動に合わせた供給量が調整されています。
ご覧のように需要が低下する時間帯については
石油火力、天然ガス火力、貯水池式水力の出力を絞り、
それでも補えない部分を揚水式水力で蓄えています。
出力調整ができない原子力はご覧のように一定ですし、
風力や太陽光も流込式水力や地熱と基本的に同列です。
(太陽光に関しては天候以外にも時間帯で大きく変動しますが。)
これら出力調整ができない電源を増やしながら、
調整代として非常に大きな割合を占めている火力を減らし、
さらに利水事業の拡大を否定してしまったら、
こうした供給量の調整機能は成り立たないでしょう。


確かに、NAS電池もコスト面だけで考えれば選択肢となる可能性はあります。揚水式水力発電のコストは立地条件によって大きく異なりますが、概ね2.5円/kWh以下とされているのに対し、NAS電池の2.8円/kWhが大きく劣る数字ともいえません。しかしながら、NAS電池は固体電解質であるβアルミナの生産において技術的な難しさもあります(日本ガイシがテレビCMでセラミック技術をPRしているのはここのところです)。それに加えて、この電池の特性上大規模なフルオートメーション工場で生産する必要があることから、参入障壁が極めて高いというネックもあります。

現在のところこのNAS電池の量産化・商品化に成功しているのは世界で唯一、日本ガイシだけです。それも東京電力の後ろ盾なくして事業化は不可能だったといって差し支えないでしょうから、他社がそうやすやすと参入できる分野ではありません。一社ではキャパシティにも限度があるでしょうし、何より独占状態は色々と問題を生みやすいものです。

(つづく)

絵に描いた餅 (その3)

民主党のマニフェストには「地球温暖化対策税の導入」や「国内排出量取引市場の創設」といった地球温暖化対策が掲げられています。私の感覚では、こうしたタイトルのようなレベルでは「政策概要」としても不充分で、これらをどのようにして実施していくかを含めて「具体策」というべきだと思うのですが、彼らの感覚は全く違うようです。その具体的な中身が全くカラッポの状態でも「具体策」というのですから、要するに彼らは具体的な政策を練る能力を根本的に欠いているのかも知れません。

いずれにしても、これらはやり方次第で新たな利権に繋がる可能性が否定できない政策ですから、どのような制度設計が成されていくか、注意深く監視しなければならないでしょう。もちろん、知恵のない民主党にそこまで悪知恵を働かせる能力がなかったとしても、こうした制度設計は様々な人間が関わることですから、民主党のように政策策定能力の低い人たちが良いように手玉に取られてしまうといった状況も充分に考え得ることです。

一方、「家電製品等の供給・販売に際して、CO2排出に関する情報を通知するなど『CO2の見える化』を推進する」という政策は家電メーカーなどにとって商品のPR材料になったり、エコカー減税のように海外のメーカーから保護主義的なニュアンスに受け取られてしまう可能性もあります。が、「見える化」したところで大した効果もないでしょうから、大した実害もないでしょう。効かない薬は毒にもならないものです。

これを実施しても大した効果が期待できないと思う理由は、消費者の良識に全てを委ねる政策だからです。CO2の排出量より製品の性能や価格を重視する消費者は沢山います。かく言う私も場合によっては省エネだけど能力の低いモノより、必要な能力を求めてより消費エネルギーが大きいモノを選ぶことがあります。そうしたケースでは「CO2の見える化」など殆ど意味を持ちません。

この「CO2の見える化」という発想自体は随分前からありました。例えば、2007年10月18日に行われた地球温暖化国内対策の7閣僚会合で鴨下環境相(当時)が「家庭での排出量が大幅に伸びていることから、家電製品などを対象にその製造過程でどれぐらいのCO2が排出され、製品を使うことでもどれぐらいが排出されるのかをわかりやすく表示する『CO2見える化』を推進して、省エネ製品への買い替えを促す」との旨を述べていたんですね。

自公連立政権時代から「CO2の見える化」は提唱されており、そのときから環境省で地球温暖化対策推進法の改正に盛り込む準備が進められています。民主党の政策はタイトルからしてそのまま同じところをなぞっただけで、全くオリジナリティがありません。こうした経緯を踏まえれば、この政策を法制化する際には前政権からの引き継ぎである旨はキチンと伝えておくべきでしょう。もし、あたかも民主党のオリジナルであるかのように触れ回るとしたら、それは非常に図々しいハナシです。

で、単に買い換えを促すだけならあの悪名高いトヨタの「エコ替え」と同じですが、鴨下元環境相が述べた構想でポイントになるのは、情報開示の対象に「製造過程」が含まれているところです。これを含めたトータルで評価し、買い替えたほうがより省エネになるのか否かが容易に確認できるような制度になるなら、これはやる価値があると思います。

トヨタの「エコ替え」やJR東海の「新幹線でECO出張」のように運用過程しか取り沙汰せず、製造過程やインフラの整備などにかかる環境負荷は無視するといった都合の良い比較では片手落ちも良いところです。こうしたLCA的な考え方ができていない状態では実効性のある制度づくりも全く期待できません。

そこで民主党のマニフェストをもう一度見直してみますと、開示させるのは「CO2排出に関する情報」としか述べられていないことに呆れます。自民党案では2年も前に製造過程を含めた情報開示の政策が示されていたにもかかわらず、民主党のそれは使用過程だけで良いのか、製造過程や廃棄・リサイクルにかかるそれも含めるのか、たかだか一行で触れられるようなことすら言及されていません。こうした点を見ても具体性を欠いた「具体策」と言わざるを得ないでしょう。

上述のように「CO2の見える化は」消費者の良識に委ねるだけの非常に消極的な政策で、これに比べれば省エネ法の「トップランナー制度」のほうが遙かに積極的な対策といえるでしょう。これは商品化されている製品の中で最も省エネ性能が優れているもの以上に省エネとなるような基準を設定する制度で、基準に達しない製品を正当な理由なく販売し続けた場合は、社名が公表されたり、罰金が科せられたりすることもあります。

より確実な効果を狙うなら、トップランナー制度の対象品目を拡大するなり、トップランナーからさらに10%省エネ性能を向上させなければならないといった感じで基準の引き上げを行うなり、トップランナー制度の強化を図るべきです。もちろん、こうした基準の強化は製品価格の上昇に繋がり、メーカーや消費者の負担も増えるでしょう。やり方次第では中小零細メーカーにとって死活問題に発展する可能性も否めません。が、民主党の掲げた1990年比25%削減という非常に高い目標を達成するにはこれでも不充分かも知れません。

このように、民主党のマニフェストで「具体策」として掲げられている4つの政策のうち、2020年までに1990年比25%削減という目標に直接関わる3つの政策に関してはどれも実効性が疑われるものばかりで、オリジナリティさえありません。特に家電の「CO2見える化」などは前政権で法制化に向けた実務が既に着手されている政策でありながら、それよりも切り込みが甘いという非常に中途半端なものです。

前述のように「地球温暖化対策税の導入」や「国内排出量取引市場の創設」もヨーロッパの猿マネに過ぎません。ま、マネをすること自体は別に悪いことだと思いませんけど。アチラでは何年も前から実施されていることを日本はこれから導入し、ヨーロッパの削減目標(2020年までに1990年比20%削減)をも上回る非常に高いハードルに挑もうというわけです。

仮にこれらの政策に実効性があるとしても、これから導入しようという日本は既に導入済みの国がいくつもあるヨーロッパに比べてかなりの周回遅れというべき状態にあります。民主党の人たちはこうしたヨーロッパと同じようなやり方をマネて、ずっと先行しているヨーロッパを抜き去ることができると本気で思っているのでしょうか?

(つづく)

絵に描いた餅 (その2)

「環境保護」を謳うとそれだけで何となく「善行」と見なされてしまうようなところがあります。トヨタの「エコ替え」などは露骨すぎて見透かされた感が否めませんが(トヨタの企業イメージからして解りやすかったのかも知れませんが)、これに乗じて裏で色々な思惑がうごめいていても気付きにくいことが多々あります。それだけに環境問題は悪知恵が働く人たちのターゲットになりやすいような気もします。政策に具体性がなく、中途半端であるほど悪知恵が付け入る隙も多いといえますから、そこのところは十二分に留意しておくべきでしょう。

そこでもう一度、民主党がマニフェストで掲げているCO2等の排出削減のための「具体策」を確認しておきましょうか。

○「ポスト京都」の温暖化ガス抑制の国際的枠組みに米国・中国・インドなど主要排出国の参加を促し、主導的な環境外交を展開する。

○キャップ&トレード方式による実効ある国内排出量取引市場を創設する。

○地球温暖化対策税の導入を検討する。その際、地方財政に配慮しつつ、特定の産業に過度の負担とならないように留意した制度設計を行う。

○家電製品等の供給・販売に際して、CO2排出に関する情報を通知するなど「CO2の見える化」を推進する。


この中でも「地球温暖化対策税の導入」と「国内排出量取引市場を創設」については制度設計や運用の方法次第では問題になりそうな要素を含んでいると見るべきでしょう。

「地球温暖化対策税の導入」はどのように課税してそのカネを何に使うかにもよると思います。が、やはり民主党のマニフェストらしく「特定の産業に過度の負担とならないように留意した制度設計を行う」と述べるにとどまり、具体的には何に対してどのように課税されるのかということすら言及されていません。要するに、具体的な中身は何も決まっていないと見て間違いないでしょう。やはり彼らは「具体策」という言葉の意味を履き違えていると言わざるを得ません。

ただ、このような政策を実行に移したらエネルギーコストの上昇を免れられないということは容易に想像が付きます。「特定の産業に過度の負担とならないように留意した制度設計を行う」といっても、そもそもが多くのエネルギー消費を必要とする電力会社や製造業や運輸業などにとって多大な負担となるのは間違いありません。前回も述べましたように、製造業にあってはCO2の排出源である工場を海外に移転させるだけで根本的な解決に繋がらないケースも多々あるでしょう。

常識的に考えますと、この「地球温暖化対策税」はEU諸国で導入が始まっている「炭素税」に類似するものと考えられます。が、EUの類例と同じく化石燃料に課税するのであればガソリン税や軽油取引税の暫定税率を廃止し、「特に、移動を車に依存することの多い地方の国民負担を軽減する」とした政策と大いに矛盾します。

この暫定税率の廃止を謳った項では「将来的には、ガソリン税、軽油引取税は「地球温暖化対策税(仮称)」として一本化」となっていますが、トータルで国民の負担が増えるのか否か、その税金はどのように使われるのかも一切書かれていません。要するに、これも全くの白紙ということでしょう。こんなことでは現状と変わるのか否かも判断できませんから、政策案として見ても何の意味も持ちません。これで「具体策」など笑止千万です。

自公連立政権時代にも毎年1兆円を超える温暖化対策予算が組まれ、原発関連事業に約3000億円、新幹線や地下高速鉄道の整備に約1000億円、「自動車交通流対策」と称する道路建設関連に100億円程度といったバラマキが毎年行われてきたましたが、こうした使途については野党だった民主党も社民党もメスを入れることはありませんでした。冒頭で述べたような「環境保護=善行」という先入観で監視の目が甘かったのかも知れませんが、こんな彼らが与党となって徴収した税金の使い道をキッチリと管理できるか怪しいところです。

一方の「国内排出量取引市場を創設」という政策も現実を見れば全く期待できません。というのも、ヨーロッパでは既に2005年1月からこうした制度をスタートさせていますが、その効果が現われているようには見えないからです。具体的にいいますと、EU-ETS(EU排出量取引制度)に参加している企業全体で、2005~2007年の3年間にCO2排出量が0.68%増加しています。

2008年は前年比3.06%減だったといいますが、同年前半は原油価格が記録的な高値を付け、後半は100年に1度の大不況に見舞われたのですから、どこまで正味の効果といえるか解ったものではありません。実際、CCX(シカゴ気候取引所)などローカルで民間主導のそれを除いて排出量取引制度が確立していないアメリカでも2008年は石油由来のCO2排出量が前年比6.0%減、全体でも3.6%減となっており、EU-ETS参加企業の全体より減少しているんですね。EIA(アメリカエネルギー情報局)はこうしたCO2排出量の減少はやはり原油高と景気後退によるものと分析しています。

こうしてみても、排出量取引がCO2の排出削減に実効性があるか否かはまだ確認できていないと考えるべきで、これを導入しても公約を守れる見込みとしては非常に不透明と言わざるを得ません。

また、こうした排出量取引制度は経済界の動きを見れば解るように新たな金融商品としてマネーゲームの道具となってしまう恐れも懸念されます。日本の商社や銀行なども既にそういうビジネスを本格的にスタートさせていますが、こうした金融商品化した排出量取引は様々な弊害をもたらす可能性が指摘されています。

私の個人的な見解としましては、「地球温暖化対策税の導入」にも賛成できませんが、「国内排出量取引市場を創設」という政策には大反対です。というのも、このマーケットが大きな規模に成長したら大変なリスクを背負う可能性があるからです。

「排出量取引市場」を創設することで最も懸念されるポイントは、このマーケットが成立していられるのが「CO2温暖化説という単なる仮説が事実に違いないと多くの人が信じている間だけ」だということです。

当blogの「エコロジスト?」のカテゴリーにある過去記事をご参照頂けばお解りになると思いますが、この仮説は沢山の矛盾を抱え、その根拠は不完全なコンピュータシミュレーションのみという、科学的に見て非常に頼りないものです。IPCCが採用した予測ではこの10年間で0.2℃以上上昇していることになっていましたが、実際には0.1℃以上下降しています。こうしたことからも根拠となっているコンピュータシミュレーションの信頼性が低いのは明らかです。

こんな泥船のような仮説に乗っかって(といいますか、乗っかっている人たちは仮説であるという認識すらないのかも知れませんが)巨大なマーケットが形成されてしまうと、この仮説が誤りだったと解った瞬間にマーケットそのものが崩壊し、大変な経済的ダメージを受けることになります。2007年現在で全世界のCO2排出量取引の市場規模は6兆円くらいと見られていますが、この規模は年々拡大しています。将来的には100兆円を超えるという試算もありますが、これが泡と消えたらどれだけ悲惨なことになるのか、考えただけでもゾッとします。

「地球温暖化対策税」もやり方次第だと思いますが、ここまで大きなリスクはないでしょう。しかし、「排出量取引市場」は命脈であるCO2温暖化説という仮説が間違いだと見なされた瞬間に大変な経済パニックに陥る可能性があります。例のリーマンショックが負債総額約64兆5000億円の大型倒産で全世界の株式市場に720兆円の損失をもたらしたといいますから、もし世界の排出量取引市場が100兆円規模に成長したところで崩壊したとなれば、リーマンショックを遙かに上回る損失をもたらすでしょう。もし、そんなことになったら、誰が責任を取るのでしょうか?

せっせと排出権を買い漁っている三菱商事などの当事者たちは、そんなリスクがあるということを全く想定していないのでしょうね。もちろん、民主党の人たちも。

(つづく)

絵に描いた餅 (その1)

先の訪米で鳩山首相は内外を問わず注目されましたが、殊に温室効果ガスの排出削減目標については注目度が高く、日本では保守系の読売新聞や産経新聞がこれに批判的な社説を載せていました。

私の個人的な見解としましては、有限である化石燃料の消費削減は必要なことと考えますから、民主党が掲げる政策を全く支持しないわけではありません。しかしながら、その目標を達成するための具体的な根拠が全く存在せず、25%という数字についても「ここから何%」「あそこから何%」といった積算が成された様子もなく、何の裏付けもないまま適当に決められたものにしか見えません。こうした荒唐無稽なものであるというところに全面支持できない部分が残されています。

それ以前に、私はCO2温暖化説などという極めて程度の低い仮説を信じていませんから、CO2の排出量を削減しても地球の気候変動に何ら影響はないと考えています。が、よしんば、CO2温暖化説が正しかったとして、日本が1990年比で25%(2007年比で約31%)のCO2を減らしても、それは全世界の1.5%にも満たず、殆ど精神的な満足であったり、メッセージ性しか持たないような政策だといわざるを得ません。

以前も述べましたように、CO2の排出削減が全世界共通の課題であるというのなら、国を越えて実効性のある対策を実施すべきです。日本のように先進国の中でも1人当たりのCO2排出量が少ない国でさらにそれを絞ろうとするより、アメリカやカナダのように1人当たりのCO2排出量が日本の2倍を超えるような削り代が非常に大きい、減らせる余地がたくさん残されているところから減らしたほうが遙かに高い実効性が見込めるハズです。

地球温暖化問題に関する共通認識として「CO2排出削減は全人類の問題」という部分で全くブレがありません。ですから、本当であれば国境にとらわれることなく最も効率の良いやり方を各国で協力し合って進めていくべきなのです。しかし、現実には協調するどころかCO2の削減義務を巡って国同士が自分たちに都合の良い条件を主張し合うばかりです。

先進国はまだ生活水準が低くエネルギー消費量が比較にならないくらい少ない途上国に対しても削減義務を課そうとし、途上国は先進国こそ大幅な削減をすべきで、削減義務を課すならそのための技術供与と資金提供をすべきだと主張しています。こうしたところに欺瞞が見え隠れしているように感じます。

そもそも、CO2の削減義務を巡っては常に「国別」という枠がはめられてきました。しかし、国別で削減義務を割り振ることの虚しさは先般ご紹介したデンマークのエネルギー政策のようなケースが如実に示しています。国内の火力発電による電力生産を抑え、CO2排出量を減らしたとしても、その帳尻合わせで諸外国のCO2排出量を増やしたのでは全く意味がありません。

もちろん、これはエネルギー部門だけのハナシではありません。例えば、民主党が掲げた厳しい削減目標を実施すれば企業の負担が増えるのは確実ですから、特に海外移転が可能な製造業などはCO2の排出削減義務やそれにかかる租税などが課せられない国へ工場を移してしまうことになるでしょう。そうなれば雇用の流出とともにCO2の排出源も海外へ移転させるだけで、世界全体で見た場合のCO2排出削減には寄与しないことになります。

こうした状況を想定すれば、全世界が足並みを揃えない限り国別で削減義務を策定しても抜け道がいくつも残されてしまうことになります。かといって、生活水準が低い途上国にも排出削減を迫ったところで、そんな不平等なことを受け容れてくれる訳がありません。全世界の足並みを揃えるには全世界の経済格差をなくすことから始めなければなりませんが、それこそ困難なハナシです。

何度も繰り返しになりますが、このような莫迦げた対立状態にあるのは「CO2の削減義務」という名を借りた「化石燃料の消費枠」を縛るためのパワーゲーム、即ちエネルギー資源を巡る国際的な争奪戦というのが裏の顔ではないかと私は疑っています。

先進国は途上国に追い越されることのない地位を守り続けるため、途上国は先進国の足枷を大きくして差を詰め、さらにはカネと技術も手に入れたいという各々に秘めた思惑があり、しかし、そうした本当の思惑は「暗黙の了解」とし、体の良い「環境保護」という美名の下にそれを隠して綱引きを繰り返しているといった印象です。(あくまでも個人的な感想です。)

経済格差をなくさなければ平等なCO2の削減義務(=化石燃料の消費枠)を定めることなど不可能ですが、そもそもが経済格差を維持したいと思っている人たちが途上国にも削減義務を負わせようとして(=自分たちを上回るエネルギーの消費枠を与えないようにするため)この問題を膨らませてきたのではないかと疑われる部分もありますから、現状で合意など得られるわけがないでしょう。

今年の12月にコペンハーゲンで開催される気候変動枠組条約のCOP15(第15回締約国会議)ではポスト京都議定書として現在よりもさらに厳しい削減義務を取り纏め、主要な排出国から合意を取り付けなければならないことになっています。しかし、こうした状況にあっては合意などまず無理なことですし、もし合意に至ったとしてもそれは非常に中途半端な内容にとどまるのは間違いないでしょう。

とはいえ、どちらにしても化石燃料の消費を減らそうということ自体は良いことだと思いますので、多少の痛みを伴うものであっても確実に効果が見込めることならやっていくべきです。問題は、これを道具にして利権を得ようとする不埒な輩が必ず現われるということです。既に民間レベルではトヨタの「エコ替え」に代表される便乗商法もすっかり根付いているくらいですから、民主党が掲げているような実効性が疑われる上に具体的な内容も全く決まっていない政策は、こういう人たちにとって格好の餌食になるということを充分に留意しておかなければなりません。

(つづく)

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まとめ

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