酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

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やっぱりメディアは利用されてる?

トヨタのリコール問題でメディアは完全に祭り状態になっていますね。アクセルペダルとフロアマットの干渉というグレーゾーンにある自主回収の約500万台を含め、全世界でトヨタの改修対象車は800万台を超えたとか、それはトヨタの昨年の世界販売台数698万台を上回る規模になるとか、とにかくやたらと台数が強調されています。

単純に表面的な台数を取り沙汰しても無意味だということは以前にも述べたとおりです。が、仮に台数で論じることにも意義があるとしましょうか。ならば、先のエントリでご紹介した富士重工の事例を大きく扱わなかったのはやはり不公平です。

同社のクレーム隠しが発覚した1997年当時、全世界の自動車保有台数は7億台くらい、現在は9億5000万台以上、当時の富士重工の世界シェアは1%程度、現在のトヨタは13~14%くらいです。こうした違いを元に1997年当時の富士重工と現在のトヨタの規模を比較したら、その差は18倍以上になります。富士重工が問題の1997年に届け出たリコール対象車は259万台に及びました。これに規模の差を乗じて(つまり18倍して)現在のトヨタに換算すれば、単純計算で4662万台に相当します。

こうしてみれば今回のトヨタの800万台などカワイイものです。しかも、富士重工は部品に欠陥があることを解っていながら隠蔽したというさらに重大な問題があります。これが大した騒ぎにならず、今回のトヨタはご覧の有様です。こうしてみますと、裏に何らかの力が働いているのでは?と疑いたくもなります。と思っていたところにこんなニュースが流れてきましたね。

GM、トヨタからの乗り替え優遇キャンペーン実施

ニューヨーク(CNNMoney) 「トヨタからGMに乗り替えてくれれば1000ドルをキャッシュバック。ローン金利も優遇します」――。米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)が27日、こんなキャンペーンを発表した。トヨタが米国で大規模なリコールを発表したことを受け、GM車への買い替えを促す狙い。

キャンペーンは同日からスタートし、2月末までの期間限定で実施する。対象となるのはトヨタ車の2009年と10年モデルの所有者。GMに買い換える場合、1000ドル(約9万円)のキャッシュバックを受けるか、トヨタ車のローン残高のうち1000ドルまでを負担してもらえる。ほとんどの場合、ローンの金利もゼロになる。

GMは「トヨタの顧客から助けを求められたというディーラーからメールや電話が多数寄せられたことを受け、キャンペーン実施を決めた」としている。

トヨタは先週、米国で230万台のリコールを実施。27日には8車種の生産・販売中止を決め、さらに110万台の追加リコールを発表している。

(C)CNN.co.jp 2010年1月28日


同様のキャンペーンはフォードも既に実施しているようです。ま、これを以て国内メーカーが満身創痍となっているアメリカの国ぐるみの陰謀といったら乱暴すぎるかも知れませんが。

良識のある企業なら疑惑の目で見られないよう、こうしたえげつない便乗商法などやらないものです。ユーザーの要望に応えたとGMは説明しているそうですが、経営の立て直しにあれだけの莫大な税金が投入されていながら1000ドルのキャッシュバックやゼロ金利ローンなど明らかにやり過ぎです。向こうには「李下に冠を正さず」に相当する格言がないのでしょうか?

いずれにしても、富士重工の一件をあれだけアッサリと流しておきながら、今回のトヨタが騒がれているのは理不尽極まりないことです。この両者の扱いに関していえば、メディアは事を煽り立てる野次馬集団に過ぎず、公正なジャーナリズムとして機能していないと私は評価します。

念のため、検索エンジンなどでおいでになってこのエントリだけを読まれている方に誤解のないよう補足しておきますが、私はトヨタのリコール問題を軽視して良いと言っているわけではありません。メーカーの責任問題を問うような報道でありながら、その責任についてメディアが公平な評価を下していないというところに苦言を呈しているのです。過去の事例や普段からどのようなリコール案件があるのかロクに調べもせず、表面的な印象に流されてしまうと、悪知恵の働く人たちに利用されかねないということ懸念しているわけです。
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印象だけで論評するメディアの無責任 (その2)

中日新聞は過去にも少子化と若者のクルマ離れで日本国内の「保有台数の減少は金融危機が深刻化する以前からの現象だ」といった出鱈目な社説を載せており、当blogでも『日本の乗用車保有台数は減っていない』と題したエントリでこれを批判しました。今回の『トヨタ車回収 モノづくり神話揺らぐ』という社説も同じことの繰り返しですね。

アメリカでのリコールについては調べる術を知りませんが、国内については国土交通省が「自動車リコール等検索」というサイトを設けているので簡単です。現在(2010年1月26日以前)対応しているのは1993年4月15日から2009年10月29日までに届出のあった「リコール」およびそれに準ずる「改善対策」(以下、これらを纏めて「リコール等」と標記します)で、詳細を確認できるようになっているんですね。これを利用してリコール等の届出状況を集計したのが下のグラフです。

主要メーカーの国内リコール等届出件数推移
届出番号が同じ(つまり不具合の原因が同じ)でも車種が異なる案件は
車種毎にカウントしています。
三菱は例のクレーム隠し発覚で膨大な数のリコール等を届出ており、
全てを纏めるのは面倒なので、主要メーカーの傾向をつかめれば良いと判断し、
4社に絞って集計しました。


ご覧のように、主要な4メーカーではホンダを除いて2004年から異常に急上昇しています。それまでの11年間でこの4社が届出たリコール等は年平均15弱でしかありませんでしたが、2004年には平均60近くになり、ほぼ4倍に跳ね上がっています。その理由は三菱ふそうのクレーム隠しが発覚し、メディアが車両火災などの偏向報道(毎日平均20台程度が燃えていながら三菱車が燃えたときしか報じませんでした)を重ねながら同社を袋叩きにしたことと無関係ではないでしょう。

なお、ホンダが2001年から急増したのも、2000年に三菱自動車のクレーム隠しが発覚したことに反応したものと私は見ています。また、上図では取り上げていませんが、富士重工も過去にレガシィでクレーム隠しと闇改修を行っています。それまで同社のリコール等の届出は毎年1つあるかないかでしたが、発覚した1997年には18に跳ね上がっているんですね。他社がそれに反応しなかったのは、やはりメディアが騒がなかったからでしょう。

富士重工のクレーム隠しと闇改修がメディアにさほど騒がれなかったのは、死亡事故に繋がらなかったからだと思われます。実際には暴走事故を起してミニバイクに乗っていた女性が跳ねられ、足の骨を折る重傷を負っています。が、メディアが食い付くか否かは、やはり死者が出たか否かが大きな分岐点になっているのでしょう。

この富士重工の不具合もいま騒がれているトヨタのケースと原因は異なりますが、結果は全く同じ状況へ至るものでした。具体的には、オートクルーズ機構の部品に不具合があり、アクセルペダルを踏み込んだ際にケーブルが外れてエンジンが高回転のまま戻らなくなることがあるというものです。しかも、富士重工はこの不具合を隠蔽し、闇改修を行っていました。原因が車両の不具合にあったということを突き止めたのは事故の捜査本部を設置した滋賀県警によります。

この問題が発覚したのは上述のように1997年でしたが、同型のレガシィが発売された1993年の翌年には既にスロットルが戻らなくなることがあるという技術連絡書がメーカーに複数寄せられていました。同社のサービス部門は危険性が高いので国土交通省へ申告すべきと提言していたそうですが、当時の品質管理部長は「レガシィは社運をかけたクルマで、この時期のリコールはイメージダウンになるうえ、営業マンの販売意欲に水を差す」とし、ユーザーが申し出た際のみ対策を講じる「B対策」を選択、上層部への報告も行わなかったといいます。

スロットルに不具合があったレガシィの暴走事故で跳ねられたミニバイクの女性が骨折だけで済んだのは、単に運が良かっただけだったかも知れません。場合によっては死亡事故に繋がっていた可能性も否定できないでしょう。運の善し悪しや表面的な印象で問題の本質を見極めず、その報道に揺らぎが生じてしまうのは決して健全な状態とはいえません。

規格外のフロアマットを使用したことが原因で死亡事故に繋がったトヨタは、その後に直接関係のないリコールと一緒くたにされながら批判にさらされました。また、三菱ふそうのハブが割れた例の一件は、本当にハブの強度不足が主因だったのか、ホイールナットの過締めが原因ではないと断言できるのか、客観的な根拠を伴う確証は得られていないまま、日本の自動車業界では過去に例がない猛烈なバッシングを受けました。

一方、富士重工の一件は部品の欠陥によるものと断定できる上、それを隠蔽しました。こうした状況を鑑みれば、あのときの富士重工の対応はグレーな要素が残る三菱ふそう以上に悪質だったと判断すべきでしょう。しかし、この一件を知っている人は滅多にいません。メディアがこれを重大な問題だと判断せず、大きく扱わなかったのは、上のグラフに現われている「他社の反応」からしても明らかでしょう。このアンバランスさは全く以て理不尽としか言い様がありません。

上のグラフでもお解りのように、日本国内においてトヨタはリコール等の届出数が減少傾向にありました。2004年からの4年間の平均は66.5だったのに対し、最近2年間は19.5に激減しているのは少々異常な感じですが、いずれにしても減っているのは事実です。中日新聞は直近で起こった騒ぎをネタに印象だけで「相次ぐ改修、リコールにより、トヨタ車の安全性への信頼は大きく揺らぐ恐れがある」と書き立てながら、近年の傾向を具体的に確認していないというわけです。

国内の具体的な情報は先にリンクを張った国土交通省のサイトで簡単に得られます。今回は面倒なので対象を絞りましたが、こんな零細な個人の非営利blogで、趣味として片手間で書いている記事でもあのくらいのデータを扱えるのですから、発行部数が352万部(中日新聞東京本社が発行する東京新聞も社説は中日新聞と全く同じですので、これを併せた数字です)に達し、国内4番目を誇る大新聞が印象で書かれた社説を載せるのはお粗末というものです。ま、他紙も似たり寄ったりですけど。

中日新聞がトヨタに対して「安全な車づくりに向けて足元を見直すべき」と注文を付けること自体に異論はありません。が、その前に自分たちもキチンとした取材を行って印象に左右されない「健全な紙面づくりに向けて足元を見直すべき」です。

印象だけで論評するメディアの無責任 (その1)

先週、トヨタがアメリカで大規模なリコールを発表したのを受け、日本のメディアはいつものように煽っていましたね。中でもトヨタのお膝元でこの類のネタには食い付きやすい傾向がある中日新聞は社説でもこの問題を取り上げていましたが、相変わらず印象だけで騒いでいるようです。

トヨタ車回収 モノづくり神話揺らぐ

 トヨタ自動車が米国で大規模なリコール(無料の回収・修理)を実施することになった。構造上の問題が理由。リコールを速やかに進めるとともに、安全な車づくりに向けて足元を見直すべきだ。

 リコールの対象は、二〇〇五年から今年にかけて製造し、米国市場で販売した八車種、計二百三十万台にのぼる。米国でのトヨタの看板車種ともいえる「カローラ」や「カムリ」も含まれる。

 踏み込んだアクセルペダルが戻らなくなったり、戻るまでに時間がかかる場合があるという。トヨタは原因を「設計上の問題」と説明。つまりは「欠陥」だ。

 トヨタは昨年十一月から、フロアマットにアクセルペダルが引っ掛かり、戻らなくなる可能性があるとして「プリウス」「カムリ」など八車種、四百二十万台以上を対象にアクセルペダルやマットの無償交換を行っている。

 ただ、この措置をトヨタは「自主改修」と位置付けている。米国では厚手のマットを使うユーザーが多いが、トヨタとしては想定していないとして、車両の構造的な欠陥ではないと主張した。

 しかし、今回のリコールはフロアマット問題とは性質が異なっている。トヨタは、部品の材質と形状に問題があったとみている。部品の設計、材料の選択にミスがあったことになり、問題は重大と言わざるを得ない。

(中略)

 トヨタへの不信は高品質を売り物にしてきた日本のモノづくり神話の崩壊にもつながりかねない。トヨタには、まずはリコール対象車のユーザーに対し、販売店を通すなどしてリコールを周知徹底し、一台残らず部品を交換してほしい。同時に、徹底的な社内調査をした上で、安全を最優先にした車づくりを目指してもらいたい。

(C)中日新聞 2010年1月23日


トヨタ車のフロアマットがアクセルペダルに干渉するという騒動は、ご存じのように一件の死亡事故が発端となっています。その死亡事故を起こしたレクサスES350は、被害者のクルマの整備を行っていたディーラーが代車として貸与したものだったそうです。また、問題のフロアマットは同車に適合したものではなく、前後長が長い別のレクサス用のものが装着されていたといいます。

長さが合わない不適切なフロアマットを装着したのが被害者自身だったのか、ディーラーだったのか、客観的な確認はできていないようです。が、どちらにしてもメーカー側に落ち度があったかといえば、懸念なく「是」と言える状況ではないでしょう。

件のレクサスES350(もちろん北米仕様です)はフロアマットがずれるとアクセルペダルと干渉し、暴走の恐れがあるという理由で2007年にリコールを行っていたそうです(日本仕様は形状が異なるため、対象とはされていないそうです)。そのときアクセルペダルの長さなり形状なりを見直していればこの悲劇が避けられた可能性もありますが、フロアマットの交換という安上がりな対処法がアダになったかといえば、事故車に装着されていたフロアマットは規格外だったのですから、必ずしもそうとはいえないでしょう。

この事故からアメリカのメディアが騒ぎはじめたわけですが、多くのトヨタ車に波及したアクセルペダルとフロアマットが干渉する恐れがあるという問題は、何処までがトヨタの責任なのか解りづらいところもあります。もし、トヨタが説明しているように想定外のフロアマットをユーザーが勝手に装着しているのであれば、そこまでメーカーが責任を持つ必要はないでしょう。

いずれにしても、この事故で教訓とすべきなのは、フロアマットの装着状態も甘く考えてはいけないということです。もし、同様の事故を再発させてはいけないと本気で思っているなら、メディアはグレーゾーンにあるメーカーの責任を糾弾することよりもユーザーに注意を促すことを優先すべきで、特に社外品を使っている場合にはクリアランスが充分に保たれているか再確認を呼びかけるべきでした。ま、彼らにそこまで気を利かせろといっても無理なのでしょうけど。

実は、日本でも非常によく似たリコールが2009年5月27日付で出されていました。対象車は2008年の上半期に製造されたタウンエースです。運転者席のフロアマットの一部が薄くなっているため、アクセルペダルの全開操作を繰り返し行うと、その部分に穴があく恐れがあり、最悪の場合アクセルペダルが引っ掛かってエンジンが高回転のまま戻らなくなることがあるというものです。

こんな不具合があったとは私も今回調べてみて初めて知りましたが、アメリカで死亡事故に繋がった規格外のフロアマットを用いたケースとは違い、これは100%メーカーの責任です。メディアは死亡事故が起こればメーカーの責任範疇がグレーゾーンにあっても批判的な報道を展開し、似たような不具合でメーカー側にしか責任がなくても大きな事故に繋がらなければ看過してしまうというわけです。

フロアマットの一件のほとぼりも冷めないうちに、原因は異なるものの似たような部位で同じような事故に繋がりかねない不具合が重なったわけですが、それを以て「日本のモノづくり神話の崩壊にもつながりかねない」と騒ぐのは大袈裟すぎます。同様にスロットルが戻らずに事故を起こした事例を次回にご紹介しますが、同種の不具合による事故はトヨタ車だけでなく他でもあったことですし、リコール案件としてみてもさほど珍しいとはいえません。

また、リコール対象車の多さを問題視するようなコメントを出していた報道番組もあったようですが、それも近年の傾向を知らないゆえでしょう。部品の共用範囲が非常に広くなっている今日にあっては、ひとつの部品で不具合が生じただけでもリコールの対象が膨大な数になってしまうことがあります。近年、大規模なリコールが届出られるケースが増えている最大の理由はこうした部品の共用化傾向によるもので、対象車の数を徒に問題視するのは無意味です。

もちろん、不具合を出しても良いと言いたいわけではありませんし、それを批判するなと言いたいわけでもありません。が、個別のリコールで一々騒いでいたらキリがないのも事実です。ブレーキが利かなくなる恐れがあるとか、燃料漏れで火災に至る恐れがあるとか、想定される最悪の事態が死亡事故に繋がりかねない不具合などリコール案件では決して珍しいことではなく、単にメディアがそれを話題にしてこなかっただけです。

今回のトヨタのケースもそれほど特別とは言い難い不具合です。それを特別扱いして騒ぎ立てるセンセーショナリズムは些か見苦しく感じます。苦言を呈するにしても、もう少し冷静に総論を述べるべきで、これまでの経緯からまたま目立ってしまったせいで鬼の首を取ったように騒がれ、そうでないものは同程度の過失があっても看過されるというのでは、とてもフェアなジャーナリズムとはいえません。

自動車事故で亡くなる人は1990年代に年間1万人を超えたのをピークに年々減少し、現在では5000人程まで減っています(といっても、事故から24時間以内に亡くなった人しかカウントされてないのは相変わらずですが)。それでも毎日13~14人くらいが亡くなっているわけですから、それを全てニュースにしていたらキリがありません。

重大な過失が認められるケースや、危険運転致死傷罪が適用されるような「準故意」と見られる悪質な事例はメディアでも大きく扱われますが、そこまで至らないケースはたとえ死亡事故でも全国区のニュースとして扱われないのが普通です。常識的な観点からすれば、これがバランスのとれた報道といえるでしょう。

自動車のリコールも最悪の場合死亡事故に繋がりかねない案件は珍しくありませんが、その殆どは一般のメディアに取り上げられないか、取り上げられたとしても軽微な扱いになるのが殆どです。今回アメリカでトヨタが行ったリコールも本来であれば軽微な扱いにとどまるような内容だったハズです。

が、中日新聞の社説が「日本のモノづくり神話の崩壊にもつながりかねない」とまで書き立てて煽っていたのは、要するに流れに乗って印象だけで論評しているからに他なりません。普段からどのような不具合でリコールの届出が出されているか、その届出件数はどのように推移しているのか、そうした具体的な状況について何一つ把握していないのは間違いありません。中日新聞の論説委員はいつもの「小手先で社説を書く」というパターンにはまっているのでしょう。

(つづく)

オバマ政権が「change」しなければならないこと (その2)

オバマ政権は、その発足直後くらいに「グリーンニューディール」と称する政策で雇用を創出し、経済の立て直しと環境保護の両立を目指すなどとする理想論を吹聴していました。日本のメディアもこぞってこれを賞賛したわけですが、そもそも風力や太陽光といった自然エネルギーの利用は課題が山積しており、その課題の克服に向けて確固たる筋道が定まっているわけではありません。

当blogでは何度も述べてきましたように、こうした不安定なエネルギーは何らかの方法で安定化しなければなりません。火力や水力の出力調整で補えない部分は大規模なエネルギーストレージに頼らなければなりませんが、コスト面でも効率面でも決定打となるような技術が確立されていないのですから、こうした現実を考慮せず闇雲に事を進めるのは大きなリスクを伴います。

オバマ政権はこのような大風呂敷を広げたものの、実際には1年を経ても具体的な事業プランが全く見えておらず、早急な対応が望まれる雇用対策には全く寄与していません。こうした状況にあるのは、やはり山積している課題に対処する明確な決断ができていないからでしょう。ま、雰囲気に飲まれて盲目的に動き始め、後悔することになるよりはマシかも知れません。が、実行に移せるまでの具体的なビジョンがない方針を大々的に発表するのは無責任というものです。

ちなみに、ルーズベルト大統領はテネシー川流域開発などの公共事業をはじめとしたニューディール政策の法整備を就任から僅か3ヶ月あまりで完了させ、早期に雇用の創出を図りました。もっとも、こうした公共事業が景気回復にもたらした効果は限定的で、第2次世界大戦による特需がアメリカ経済の立て直しの大きな原動力となっていたとする評価が一般的なようですが。

ところで、日本のメディアでも伝えられているように、ケネディー一族のお膝元で民主党が強固な基盤を持っていたマサチューセッツ州の上院議員の補欠選挙で歴史的な敗北を喫し、民主党は安定多数の60議席を割りました。このことからオバマ氏の選挙公約であり、同政権最大の政策目標であった医療保険制度改革も挫折してしまう可能性が高まりました。もし、本当にこの制度改革が挫折することになったら、彼の指導力のなさを多くの人が認識することになるでしょう。

それにしても、件の補欠選挙を巡るオバマ大統領は無様でした。彼の応援演説も空しく敗れたのは仕方ないにしても、そのことについてABCテレビのインタビューで彼が語ったコメントは全く以て意味不明です。曰く、「これはマサチューセッツ州だけでなく、国全体を覆っている雰囲気だ。国民は怒り、苛立っている。この1、2年だけでなく、過去8年に起こったことも含めてだ。」

これでは「ブッシュ共和党政権時代に起こったことを含めて怒っている選挙民が共和党を支持した」ということになってしまいますから、支離滅裂としか評しようがありません。彼は演説が上手く人を惹き付けるスキルを持っていますが、結局はジョン・ファブロー氏ほか2名のスピーチライターが書いた原稿がなければマトモなことも言えないのでしょうか? それとも、ショックのあまり錯乱していたのでしょうか?

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Jon Favreau
オバマ政権お抱えの主任スピーチライターですが、
何と1981年生まれで現在28歳という若さです。
大統領就任演説を書いたのももちろん彼です。


彼が大統領選を勝ち抜いたのは演説が上手かっただけでなく、彼のブレインたちもメディアの操縦術に長けていたからだと思います。が、政権を担う人物やその取巻きに求められる最も重要な能力は聴衆やメディアを乗せることではなく、掲げた理想を実現に導く指導力です。この1年の彼の実績を見た限り、やはり指導力は並以下といった印象です(あくまでも個人的な感想です)。

オバマ政権は経済の立て直しに総額7872億ドル(約72兆円)にもおよぶ対策を実施し、その結果GDPは2.2%増となり、5四半期ぶりにプラスへ転じました。が、財政赤字を大幅に拡大するという弊害が顕著になっていながら、失業率は昨年10月以来10%以上という高い水準で推移しています。日本のバブル崩壊後の惨劇を教訓に金融機関の立て直しを優先させたという経緯もあるでしょうが、約72兆円も突っ込んでおきながらこの失業率の高さですから、国民の理解も得がたいでしょう。

彼は選挙戦のときから誠実さをアピールしながら大衆ウケする政策を掲げ、人気を博してきました。しかし、大衆ウケする政策が必ずしも良策とは限らず、場当たり的な対処にとどまってしまうことも少なくないでしょう。現状を打破するには多少の傷みを覚悟しながら、根本的な枠組みを見直すところまで踏み込んでいく必要があると思います。

が、彼にはそこまで骨太な政策を纏める能力やそれを実行させる指導力があるようには見えません。少なくとも、彼の支持基盤である労組保護が色濃く残ったGMやクライスラーの再建計画などを見ていると、彼が高らかに唱えた「change」のかけ声も非常に虚しく感じます。(関連記事『オバマ政権は米自動車産業を何処へ導くのか?』)

まだ彼の任期は3年ありますから、いまの段階で結論を下すのは拙速すぎるというのは承知しています。が、これまでの実績を見た限りでは、彼に多くを望むと大きな失望が待っているような気がしてなりません(あくまでも個人的な印象です)。多くの人がオバマ政権発足当初に期待していたような明るい未来へ導くには、すぐにでも優秀なブレインを見つけて政策立案体制とその執行能力を根本的に「change」しなければならないように思います。

もっとも、そんな風に政権体制を整える能力を持った優秀な人材がいるのなら、初めからその人物を大統領にしておけば良かったわけですが。

オバマ政権が「change」しなければならないこと (その1)

オバマ氏が大統領に就任してから1年が経過し、日本のメディアもこの1年を振り返る論評を展開していますね。

朝日新聞 『オバマ政権1年―指導力の揺らぎが心配だ』 (2010年1月21日付社説)
毎日新聞 『オバマ政権1年 初心に戻り「チェンジ」を』 (2010年1月21日付社説)
読売新聞 『オバマ就任1年 厳しさを増す変革路線の前途』 (2010年1月22日付社説)

いずれも当初に期待されたほどの実績は上げられなかったという論調になっているようです。就任前後はまるでブッシュ政権が荒廃させたアメリカ、ひいては世界を救うヒーローが現れたかのごとき持ち上げようでした。が、そのような浮き足だった状況から日本のメディアも少しは冷静になったと見て良いでしょう。ま、それでもまだ彼に対する期待感が損なわれたというところまでは至っていないようですが。

当blogでも彼の大統領就任前後に何度か懸念を綴ったエントリを設け、ノーベル平和賞の受賞が決まったときにもそのプロセスの胡散臭さを指摘しました。とりあえず過去の関連記事を列挙しておきましょうか。

オバマをルーズベルトに仕立てようとする人々
初めから解っていたこと
ルーズベルトにはなれないオバマ
この男が僅か10日間で何をしたというのか

詳しくは以上のエントリをご参照頂くとして、私は最初から彼のことを「演説が上手いだけで大した政策能力もなければ指導力もない」と見ていました。少なくとも、この1年を振り返ってみた限り、私の見立てはあながち間違っていなかったように思います。大統領に就任した直後にもバイアメリカン条項が含まれる景気対策法案に対して当初は苦言を呈しておきながら、上院でそれが可決すると拒否権を発動する素振りも見せず、アッサリと署名してしまいました。

そもそも、彼は大統領に就任する以前からイデオロギーをコロコロ変えてきましたので、アメリカの政治アナリストには彼を優柔不断だと評する人が少なくありません。優柔不断な人間は決断力がない分だけ指導力もないものです。それは日本の現首相も全く同じですね。こうしたところを上手く言い抜いた大変面白いコラムが日経ビジネスオンラインに載っていました。特に冒頭のエピソードは「なるほど」と感心しましたので、ここでご紹介しておきましょう。

もう鳩山首相をあきらめる?
「友愛」という名の優柔不断が日本を壊す


 テレビであるニュースを見ていた時のことだ。40年も昔、中学生の時に見たアメリカのSF映画「スタートレック」(1960年代にTV放映されたオリジナルシリーズ)の一場面が私の脳裏に浮かんだ。

「友愛」に満ちた優柔不断

 ある惑星で超常現象に遭遇し、カーク船長が2重人格になってしまう。精神的な2重人格だけでなく、物理的にも2人のカーク船長に分裂してしまった。片方のカークは優しさに満ちた善人である。他方のカークは闘争心に溢れた冷酷な人格だ。

 ところが、善人カーク船長は全く優柔不断で、指揮官としての決断力がない。一方、冷酷カークは戦略的な目的遂行のために部下の犠牲も厭わない決断をする。これを見た科学主任のスポックが例によって片方の眉をつり上げながら言う。「実に興味深い。人間の決断力は冷酷さという性格を連れ添っているようだね」。

 私にこんな昔のTVドラマを思い出させたニュースとは何か、もうお分かりだろう。普天間基地問題の先送りを弁明する鳩山首相の優柔不断だ。

(後略)

(C)日経ビジネスオンライン 2009年12月28日


利害が対立していなければ関係する人たちにとって納得できる方向へ自然とハナシは纏まっていくものです。そうした理想的な状態になっていない場合、必ず何らかの利害がぶつかっているハズです。それまで誰も気付くことのできなかった理想的な解決方法などそう簡単に見つかるものではありませんから、多くの場合は譲歩し合って痛み分けとする以外、なかなかキレイな決着はつかないものです。

こうしたとき、誰も傷つかないようにと右往左往しても、結局は苦痛を与える時間を長引かせるだけで、早く決断を下すよりも却って悪い結果に至ることだってあるでしょう。もちろん、基地問題に限ったことではなく、世の中の仕組み全般にいえることです。

人が何か行動を起すとき、殆どの場合は多かれ少なかれリスクを背負うことになります。家族とドライブに出掛けるにしても交通事故に遭う可能性はゼロといえません。ましてや国政を担い、多くの人の運命を左右するような重席にあっては慎重にならざるを得ない曲面が巡ってくるのも当然でしょう。が、そこで指導力を発揮できないようでは何のために選挙で選ばれたのか解りません。

恐らく、アメリカ国民の中には指導力のないオバマ政権によって苦しみの期間を引き延ばされていると感じている人は少なくないでしょう。少なくとも、失業者の多くはそう感じているのではないかと思います。

(つづく)

「UD」は永遠に?

日産ディーゼルは2月1日付で社名から「日産」の名称を外し、「UDトラックス」になる見込みだそうです。ただし、正式発表は1月26日の予定で、当の日産ディーゼルはメディアにリークされて慌てて釘を刺すプレスインフォメーションを出しましたが。

思えば、日産ディーゼルは大型商用車メーカー4社(日野、三菱ふそう、いすゞ、日産ディーゼル)の中でシェアが最も小さく、私が前職でその業界に深く関わっていたときは周囲にも「いつ潰れるか」などと陰口をたたく人が結構いました。

国内においては、普通トラック(車両総重量8トン以下クラスのいわゆる中型トラックとそれ以上の大型トラックを合わせたもの)の部門で日野と三菱ふそうがトップシェアを競い、小型トラック(最大積載量2~3トンクラス)はいすゞと三菱ふそうがリードしてきましたが(三菱ふそうはいずれも例のクレーム隠し問題でシェアをそれなりに落としたようですが)、日産ディーゼルは殆どの部門で最下位争いをしており、得意分野はごく限られていました。

現状において日産ディーゼルが強い分野といえば、随分前からライバルが淘汰されていたクレーンキャリア(大型クレーンを架装するベース車)とか、ついに三菱ふそうも撤退が決まって市場を独占することになった除雪専用の総輪駆動車といったニッチなマーケットくらいでしょうか。

日産ディーゼルの販社では小型トラックも扱っていますが、いすゞのエルフをOEMで供給しているだけですので、日産ディーゼル製ではありません。また、近年は中型トラック・バス用エンジンを日野から購入するといった状態です。ま、そのお陰で大型用エンジンの開発に資本を集約でき、「尿素SCR」という窒素酸化物の後処理技術を世界で初めて市販化したのですから、それなりの身の振りかたはできていたのでしょうけど。

元々、日産ディーゼルはエンジン屋でした。1935年に創業した当時の社名は日本デイゼル工業(株)で、当初はドイツのクルップ・ユンカース型上下対向ピストン式2サイクルディーゼルエンジンのパテントを取得し、そのライセンス生産を行っていました。その後、同社はトラックやバスを製造する大型商用車メーカーへと発展し、1953年から日産が資本参加、同時に国内販売拠点の拡充が行われました。「日産」を冠した日産ディーゼル工業(株)への社名変更は1960年のことでした。

それと前後してGMのパテントを取得し、ライセンス生産が行われたユニフロー掃気式2サイクルディーゼルエンジン「Uniflow scavenging Diesel engine」の略称として「UD」を用い、それを示すエンブレムを付すようになりました。つまり、当初「UD」はこの2サイクルディーゼルを搭載していること示すエンブレムだったわけです。が、それがいつの間にかブランド化していったんですね。1974年にUDエンジンの生産を終了した後もこれを使い続けてきたという経緯があります。

ユニフロー掃気式2サイクルディーゼル
ユニフロー掃気式2サイクルディーゼルエンジン
モーターサイクルなどに用いられる一般的な2サイクルエンジン(デイ式)は
ご存じのようにシリンダー側面の吸排気ポートをピストンの往復によって
閉塞/開放することで弁機構を省略した非常にシンプルな構造になります。
この図はGMのものですが、ご覧のようにシリンダヘッドに排気弁が配されています。
吸気はデイ式と同じくシリンダー側面に設けられたポートからになりますが、
弁機構が設けられた筒頂部のポートへ排気する格好になります。
「uni(単)flow(流)」という名の通り、給排気が一方行に流れることから
デイ式のように給排気がぶつかり合ったりその道筋が大きく湾曲して
排気の残留量が大きくなりがちなものよりも燃焼が安定し、効率を高められる
といったメリットがあります。
特にロングストロークで圧縮比が大きいディーゼルエンジンは
このメリットを得るためにこの方式を用いる価値があるといえます。


UDエンジンをやめても「Uniflow scavenging Diesel engine」を謳うのはおかしいということで、現在は「UD」を「Ultimate Dependability (究極の信頼)」の意としています。こうしたパターンは時々ありますね。

例えば、シマノのロード用最高級コンポ「DURA-ACE」も当初はジュラルミン製クランクのブランドとして命名され、最初の1年間の日本語表記は「ジュラエース」だったそうです。いまでも古参ユーザーの中には「ジュラ」と略す人がいるのはその名残でしょう。現在では「DURA」を「durability (耐久性)」の意としています。が、こうして由来を後付けすると、どうあがいても苦しい感じになってしまいますね。

さらに余談になりますが、2サイクルは爆発行程が4サイクルの2倍になりますから、同じ排気量で4サイクルの2倍くらいの出力が得られます。外寸や質量に対して高出力が求められる分野では有利になるわけですね。ですから、現在でもユニフロー掃気式2サイクルディーゼルは大型船舶用や特殊分野で用いられています。例えば、三菱重工の90式戦車に搭載されている10ZG32WT型エンジンもそのひとつで、V型10気筒、総排気量21,500cc、ターボチャージャーによる過給で1,500psという高出力を誇っています。

また、トヨタもかつてルーツブロワーで過給するユニフロー掃気式の2サイクルガソリンエンジンを試作していました。この試作エンジンは東京モーターショーにカットモデルが参考出品され、私も興味津々で見た記憶があります。

ハナシを戻しましょうか。1999年に日産とルノーが提携した折、ルノーも日産ディーゼルへ資本参加しました。ルノーも同様の大型商用車部門を持っていましたから、この提携で部品の共用化が進められるなど、両者は非常に密接な関係になっていくのではないかと周囲はもちろん、当の日産ディーゼルもそう思っていたでしょう。

ルノーが主導権を握って日産ディーゼルはバス車体の生産拠点を集約したり、中型用エンジンの自社開発をやめて日野からの供給に切り替えたり、販社を整理したり、大規模なリストラが敢行されました。カルロス・ゴーン氏の指揮下に収まった日産もそうでしたが、こうしたリストラで日産ディーゼルも経営状態を改善していったようです。

が、ルノーは2001年に自社の大型商用車部門をボルボへ売却、日産ディーゼルの経営再建プログラムが完了すると、その株式も売却を進めました。日産も程なく保有していた日産ディーゼルの株式をボルボへ売却し始め、2006年にはゼロとなりました。このとき半世紀以上続いた両者の資本関係が解消されたわけです(業務提携は現在も続いているようですが)。

その後ボルボはTOB(株式公開買い付け)で日産ディーゼルを完全子会社化する旨を発表、日産ディーゼル側もこれを受諾しました。そしてこの度、社名から完全に「日産」の名称を外すことになったというわけですね。

ま、「UD」はずっとブランドとして用いられてきましたので、社名から「日産」を外すとなればこれが起用されるのは自然な流れだと思います。とはいえ、まさかエンジンの略称として用いられた「UD」が55年後に社名になるとは、当時この略称の採用を決めた人も思わなかったでしょう。UDエンジンの生産をやめた1974年に「UD」の使用もやめていたら、今回の社名変更では全く違う名称が選ばれていたのは間違いないでしょう。運命の糸というのはどこに繋がっているのか解らないものです。



全然関係ありませんが、かつてはヨドバシカメラと新宿駅の東西で覇を競い合った老舗量販店のさくらやが今年2月末で全店閉店するそうですね。私は古くからヨドバシ派でしたが、ホビー館はヨドバシより早くから充実していましたから、ミニチャンプスのスケールモデルなど置き場が困るくらいここで買いあさったものです。非常に残念ですね。

なお、ポイントカードのポイントはJALのマイレージと違って保護されないそうで、親会社のベスト電器に引き継がれるわけではないとのことです。貯まっている方は早めに使い切ったほうが良さそうですね。私は100円くらいですからわざわざ使いに行くのも微妙ですが。

読売新聞はついに目覚めた?

当blogでは五大紙の社説をネタにすることが度々あります。中でも頓珍漢なことを書いていることが多い朝日新聞のそれを取り上げる機会が多い感じですが、ネット右翼にありがちな朝日新聞バッシングを展開することが目的ではありません。実際、ちゃんとしたことが書けているときはちゃんと褒めてもいますし。

要するに、私は基本的に「是々非々主義」で評価しています(少なくとも本人はそのつもりです)。世の中には「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とばかりに、気に入らないメディアに対しては何でもかんでも強引に曲解してでも批判する人がいますが、私のスタンスは全くその逆です。ついでにいえば、自動車メーカーでもトヨタなどはどちらかというと嫌いな部類で、昔はアンチトヨタを標榜して憚らなかった私ですが、個々の車種についてはその開発チームの努力を理解し、高く評価することがあります。私自身、二代目プリウスを所有していますし。

昨年11月に「スーパーコンピュータは打出の小槌じゃない」と題したエントリではこれを推進したがっている読売新聞や産経新聞を批判しましたが、これも根本的なところで大きな勘違いをしていたからです。個人的な好き嫌いでいえば、読売新聞など圧倒的な影響力を持っているグループ会長で主筆を務める彼の特異なキャラクターからして決して好きなメディアではありませんが、それとこれとは全くの別問題です。

保守的なこの二紙は以前から地球温暖化問題に関して科学的な理解はともかく、政策論に対しては案外冷静でした。リベラル系の朝日新聞や日本経済新聞が現実を無視して理想論や感情論に走りがちなのとは対照的に、少し落ち着いているという点でこの問題に対する彼らは日本のメディアの中でもマシなほうだというのが私の個人的な評価です。

例えば、京都議定書は日本だけが損をした不公平なものだということを随分前から主張していました。民主党が掲げている2020年までに1990年比で25%の温室効果ガス排出量削減という目標に対しても、経済への大きな悪影響が懸念される割に世界全体の1.5%にも満たない実効性の低さを指摘し、これを是とはしませんでした。当blogでも過去に「乗せられた者は乗せた者に勝てない」と題したエントリで産経新聞のこうした趣旨の主張を評価しています。

それでも産経新聞などは先のCOP15を受けた社説を読んだ限り、まだ人為的温暖化説に疑いを持つレベルには至っていないと見られます。が、先週ついに読売新聞は極めて画期的な社説を載せました。私は日本の大手メディアがこのような主張をするようになるとは夢にも思っていませんでしたので、いくつか引っかかるポイントもありますが、拍手を送りたいと思います。少々長くなりますが、彼らの社説に敬意を表して全文を転載することにします。

温暖化ガス削減 脱石油・石炭への礎を築け

 温室効果ガスの排出を削減する国際ルールの京都議定書は、“不平等条約”の典型である。

 それに続く2013年以降の新たな枠組みは、世界の排出量を確実に減らし、各国が公平に負担を分かち合うものにすることが大切だ。

 だが、この枠組み作りが、遅々として進んでいない。昨年末の国連気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(COP15)は、国益のぶつかり合いに終始した。

 前途は多難だが、今年こそは、すべての主要排出国が参加する枠組みを作り上げねばならない。

 ◆温室効果に懐疑論も◆

 地球温暖化のメカニズムについては、科学的に未解明な部分が多い。人為的に排出される二酸化炭素(CO2)が主因であることに懐疑的な科学者は少なくない。

 太陽活動の減退などにより、今後しばらくの間、地球はむしろ寒冷化するとの見方もある。

 昨年11月、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書作成にかかわった英国の大学のコンピューターから大量のメールなどがネット上に流出した。その中には、気温上昇のデータ操作が疑われるメールもあった。

 排出削減を巡る交渉は、世界の科学者の集まりであるIPCCの分析結果を基にしている。その信頼性が揺らいだだけに、「ウォーターゲート」事件になぞらえ「クライメート(気候)ゲート」として騒動が続いている。

 だが、温暖化の科学的論争の行方はどうであれ、各国が温室効果ガスの排出削減に努めていくべきであることに変わりはない。

 排出削減努力は、省エネルギーを促し、限りある資源である石油、石炭への依存からの脱却につながる。排出削減の重要な目的は脱化石燃料社会の構築である。

 COP15に出席した小沢環境相は、会議の内実を「先進国と新興国の対立」と総括した。京都議定書で削減義務を負っていない途上国グループの中で、中国、インドなど新興国が議論の進展を阻む要因になったことは間違いない。

 ◆新興国参加の枠組みに◆

 中国やインドは、次期枠組みの「ポスト京都議定書」で、削減義務を課されるのを拒んでいる。一方で、先進国に積極的な資金・技術支援を求めている。

 世界一の排出国となった中国や4位のインドが、先進国と同じ枠組みで排出削減に取り組まなくては、ポスト京都議定書の実効性は確保できない。日本は、新興国をも含めた新たなルールの必要性を訴え続けていくことが肝要だ。

 京都議定書を離脱した米国の動向も気がかりだ。オバマ大統領は排出削減に前向きだが、対策実施のカギとなる気候変動対策法案の審議の行方は、産業界の反対などで難航が必至とみられている。

 米国が、ポスト京都議定書の策定に主導的役割を果たすためには法案成立が欠かせまい。

 昨年11月の日米首脳会談で、両国は、50年までに温室効果ガスの排出量を80%削減するという長期目標に合意した。

 ガソリン車を減らし、太陽光や風力など再生可能エネルギーの比重を高めていく。原子力発電の重要性が、より増していくことは言うまでもない。長期目標達成のため、経済・社会構造を大きく変えていく取り組みが必要だ。

 問題なのは、鳩山政権が掲げた「20年までに1990年比で25%削減」という中期目標である。あと10年間での削減率としては、あまりに高い数値だ。

 鳩山首相は、地球温暖化対策税や排出量取引制度など、「あらゆる政策を総動員」して目標達成を目指すとしている。だが、急激な排出削減には、国民の負担増や経済への悪影響といった痛みが伴うことを忘れてはならない。

 日本の08年度の排出量は、前年度より6・2%減少した。景気の悪化に伴う企業のエネルギー需要の減少が主な要因だ。経済状況と排出量の間には、密接な関係があることを裏付けている。

 ◆「25%減」の再検討を◆

 政府は、環境分野での140万人の雇用創出などを柱とする新成長戦略を決めた。経済と環境対策を両立させるうえで必要な政策だが、大切なのは具体策だ。

 25%削減の内訳については、どの程度を真水(国内削減分)とするのかさえ固まっていない。削減の道筋を明確にする一方で、25%削減が本当に現実的な数値なのかも再検討すべきである。

 日本が25%削減を国際公約とする前提条件として、鳩山首相は「すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意」を挙げている。これは堅持する必要がある。

 不利な削減義務を負い、その達成のために巨額を投じて排出枠を海外から購入する。京都議定書がもたらした日本のこうした現状を繰り返すべきではない。

(C)読売新聞 2010年1月12日


従来、日本の主要なメディアは判で押したように「地球温暖化は人類が排出した温室効果ガスがもたらしたもので、科学的に疑う余地はない。論争の時は既に終わっており、後は如何にして対策を実行に移すかだ。」といった一方的な主張を頭から丸呑みした上で様々な論述を展開してきました。

しかし、この社説では「地球温暖化のメカニズムについては、科学的に未解明な部分が多い」「温暖化の科学的論争の行方はどうであれ」「省エネルギーを促し、限りある資源である石油、石炭への依存からの脱却につながる」努力をすべきだと訴えています。これは私が当blogで何度も主張してきたことに疑いの度合いこそ違いますが、かなり近い考え方だといえます。

これまでにも科学面や電子版などで懐疑論を取り上げた新聞もありましたが、メディアが自身の主観を述べる場である社説は一般紙面と別格です。これだけ真っ当に懐疑論を取り上げ、クライメートゲート事件についても言及したのですから、これまでバイアスをかけまくっていた日本のメディアのスタンスを考えれば見違えるほどの変化です。もしかしたら、彼らも以前からこれくらいのことは解っていたのに、そうした主張をすることすら許されないという空気に呑まれていただけかも知れません。

私だってこんな零細な個人blogですが、地球温暖化問題について懐疑的なことを書くのに最初のうちは勇気が要りました。初期のエントリの書きぶりをご覧頂けばお解りになると思いますが、この分野について最初の頃はあまり過激な表現にならないよう気を遣い、かなり抑え気味に書いていました。IPCCの第4次評価報告書が発行された2007年くらいから私の人為説に対する疑いの度合いは大して変わっていませんが、それを主張すれば批判にさらされたり中傷を受ける可能性も覚悟しなければなりません。私の中で変わったのは、その覚悟の度合いです。

読売新聞のこの社説について私も注文を付けたい部分がいくつかありますが、それはいずれ改めてすることにして、今回は彼らの勇気を讃えたいと思います。

APS-Cサイズも悪くない (その4)

この連載の初回でご紹介しましたように、キヤノンのAPS-Cサイズ専用の広角ズームレンズであるEF-S10-17mm F3.5-4.5 USMは性能も充分に満足のいくものでした。EOS 5D Mk2用に買ったEF17-40mm F4L USMはあまり明るくありませんから、背景のボケはさほど期待できません。そう考えますと、広角ズームはAPS-C用の1本あれば充分で、フルサイズ用を買う必要はなかったかも知れないと思ったほどです。

が、このEF17-40mmは意外に応用が利きました。銀塩時代に使っていた広角ズームは20-35mmとズーム比が小さく、APS-Cサイズに用いると32-56mm相当という非常に中途半端なレンジになってしまうということは先にも述べたとおりです。しかしながら、ワイド側もテレ側も伸ばされて17-40mmとなったこのレンズの場合、APS-Cサイズで27.2-64mm相当の標準ズームになります。

F4通しで明るくないという問題もありますが、銀塩時代にメインで使い込んでいたF2.8通しの28-70mmと画角が近く、少しワイド側に寄っただけで似たような感覚で使えるという点が気に入りました。上級ラインナップたる「L」シリーズゆえ、画質も優れていますし。見た目にはレンズのほうが勝っていてコンパクトなEOS kiss x3のボディには若干アンバランスに見えますが、鏡筒を持ってハンドリングする際にこの重量バランスは決して悪くありません。

kissx3+EF17-40.jpg
EOS kiss x3 + EF17-40mm F4L USM
この状態でも1100gくらいですから、EOS 5D Mk2に
EF24-105mm F4L IS USMを付けたときに比べて600g近く軽量です。
このレンズをAPS-C機で使うときはEF24mm F1.4L USMの
専用フードEW-83DⅡがピッタリという記事
を読み、
とりあえず真似してみることにしました。
記事にあったとおりフードの内径がホンの少しだけ小さく、
やはりヤスリなどで削って微調整する必要がありました。
が、ちゃんと処置をすれば確かにピッタリです。


EOS kiss x3もファインダーの視野率が上下左右とも約95%とやや低めだったり、フォーカシングスクリーンが固定式だったり、エントリーモデルにありがちなスペックの甘さも散見されます。普通は右肩上面に液晶パネルがあって、そこにシャッタースピードやF値などをはじめとした様々な情報が表示されるものです(銀塩時代のEOS kissもそうでした)が、そこにはモードダイヤルが鎮座しており、情報表示が背面の液晶モニタと兼用になっているのは特に違和感を感じました。

もっとも、その液晶モニタもEOS 5D Mk2と同じ3インチで約92万画素の高精細なものですし、全般的な性能についても中級機のEOS 50Dと比べて劣るところは非常に少ない印象です。バッファメモリの容量の関係か、連続撮影速度が劣っていたり(フルサイズで条件の悪いEOS 5D Mk2とは殆ど差がありませんが)、読み書きのスピードがCFカードほど速いものがラインナップされていないSDカードゆえスピード重視の人には若干見劣りする部分もあるでしょう。が、私の場合はそこまでスピードに拘る必要もありませんので、全く問題ありません。

さすがにISO3200くらいの超高感度になってきますと、EOS 5D Mk2に比べて受光面積が小さい分だけやはりノイズが目立つようになります。が、それはEOS 5D Mk2の性能が良いと評価すべきで、EOS kiss x3が悪いと評するのは酷でしょう。私の感覚としては一般的な使い方ならEOS kiss x3も高感度撮影に強く、エントリーモデルとは思えないほど高いポテンシャルを持っていると感じました。

ボディだけで比べてもEOS kiss x3とEOS 5D Mk2とでは4倍近い価格差があります。もちろん、用途にもよると思いますが、スペックだけでなく一般的に求められる実用上の性能や感覚的な部分にもそこまでの差はないでしょう。

デジタル一眼レフもかなり熟成が進んできたせいか、このEOS kiss x3も動画撮影機能など本流から外れたところに付加価値が与えられるようになってきました。数世代前だったら色々物足りないと感じた部分も多かったのでしょうけど、これだけの完成度なら細かい部分の好き嫌いは別にして十二分に満足できる内容です。ま、このクラスはデジカメ市場全般で見ても屈指の激戦区でしょうから、各社とも凄まじい努力を重ねているということなのでしょう。

ここまで完成度が高くて優等生なカメラですから、マニア視点では逆に面白くないと感じてしまう人もいるでしょう。といいますか、昔の私ならそんな風に言っていたと思います。もちろん、そういう方向を向いて作られたカメラではありませんから、そういう注文を付けるほうが間違いなのですが。マスプロメーカーにとってソツがない造りを面白くないと言うユーザーほどタチの悪いものはないのでしょう。

(おしまい)

APS-Cサイズも悪くない (その3)

私にとってカメラの重量が苦痛と感じるシチュエーションは様々ですが、中でも軽いほうが望ましいと思うのは東京モーターショーやサイクルモードなどの展示会で写真を撮るときです。昨年の東京モーターショーにはEOS 5D Mk2を持って行ったのですが、やはり重さが気になりました。メインで使用したのはEF17-40mm F4L USMという広角ズームで、標準のそれに比べれば公称値で195gも軽いのですが、それでももう少し軽くならないものかと思いました。

写真を撮ることが目的で、より良い結果を得るために多少の負担は厭わないと覚悟しているなら、この程度の重量は全く問題になりません。が、展示会では展示物などを見るのが目的で、写真を撮るのはそれを記録しておく作業に過ぎません。資料をもらったりメモを取ったりすることもありますから、それなりに身軽なほうが望ましいわけです。特に東京モーターショーでは凄い人ごみをかき分ける必要に迫られることが度々ありますから、大きくて重いフルサイズ機は私にとって過剰だと感じました。

それならコンパクトデジカメでも良いのでは?と思われるかも知れませんが、人や余計なものに遮られないよう被写体に近づきたいときとか、後ろに下がれないところで広い空間を1カットに納めたいといったケースなどは、ワイド側の制約が大きいコンパクトデジカメで対応できないことがあります。特にクルマを横から撮るときなどはよりワイドであるほうが便利です。銀塩時代はこうしたイベントのときに軽量なEOS kissⅢにEF20-35mmを付けて撮っていました。

こうした資料としての写真は整理や保管、利用を考えるとデジタルのほうが圧倒的に便利なため、銀塩に加えてデジタルも併用するようになりましたが、次第に後者の比率が大きくなっていった感じです。デジタル一眼レフを買うまでの繋ぎとしてチョイスした富士フイルムのFinePix S9000を買ってから展示会の記録用として銀塩カメラを使うことはなくなりました。

このS9000を買った当時のコンパクトデジカメはワイド端35mm相当から始まるズームレンズが一般的でした。なので、28mm相当のコレのほうが少しだけ有利でしたが、それでもモーターショーなどではもっとワイドが欲しいと感じることが少なくありませんでした。専用のワイドコンバージョンレンズも発売されていましたが、倍率は0.8でしたから22.4mm相当とやや物足りない上、重量も確か300gくらいありました。市場価格も2万円以上したと記憶していますので、このカメラにそこまで入れ込む気になれず、我慢して使っていたんですね。

昨年の東京モーターショーでEOS 5D Mk2を使ってみた印象からサイクルモードでは従来のS9000に戻そうかとも思いました。クルマに比べればずっと小さい自転車なら28mm相当でも苦になるシーンは多くありませんし。とはいえ、一眼レフの合焦速度に身体が馴染んでしまうと、あのトロいS9000にはなかなか戻る気になれません。また、富士フイルムは「ネオ一眼」などと称していましたが、電子ビューファインダーの解像度の低さも大いに不満でした。

かつて展示会記録用としても活躍し、こうした用途では私にとって黄金のコンビネーションだったEOS kissと広角ズームをデジタルで再びという思いが強くなったわけです。そこで、市場価格を調べてみますとEOS kiss x3の最安値は6万数千円というレベルに過ぎず(これは2009年11月当時の価格で、現在は56,000円くらいまで下がっているようです)、丁度5,000円のキャッシュバックキャンペーン中でしたから、差し引き57,000円弱の出費でボディを手に入れられるということを知りました。

当初は安さを求めてトキナーの広角ズームにしようかとも思いましたが、純正より125gも重いため、軽快さに拘って動き始めた計画の本筋を外すべきではないと考え直しました。この純正広角ズームとの合計で12万円オーバーとなりますが、それでも決して高くはないと思いましたので、購入を決意した次第です。

が、その前にEF-S18-55mm F3.5-5.6 ISとのレンズキットの価格を確認しておいたのは正解でした。このクラスではボディだけよりもレンズキットの方が圧倒的に需要が多いせいか、価格.comに登録されていた両者の最低価格の差はわずか500円だったんですね(現在の最安値では2000円ほど差があるようですが、それでもレンズ単体の市価を考えればキットで買ったほうが断然お得です)。

5D2_kissx3.jpg
EOS 5D Mk2(左)とEOS kiss x3(右)
いずれもレンズは純正広角ズームですが、実測で455gほど差があります。
クルマでも重量物が車体中心に近いほど旋回性能が高くなるように、
カメラもコンパクトであるほどハンドリングしやすくなります。
そうした部分も含め、kiss x3は実際の重量差よりさらに軽く感じます。
(多少プラセボ効果もあるかも知れませんが。)


EOS 5D Mk2にEF17-40mmを付けた場合1450gくらい(バッテリーやプロテクターフィルタ、ストラップなどを含む実測)になりますが、EOS kiss x3にEF-S10-22mmを付けた場合は1000gを切ります(付属品等同条件です)。早速、これをサイクルモードで使ってみましたが、ほぼ2/3くらいに軽くなっていますから苦になるどころか、丁度良いバランスで実に気持ちよく使えました。こんなことならフルサイズ機に拘らないでもっと早く買っておけば良かったと思ったほどです。

(つづく)

APS-Cサイズも悪くない (その2)

私のカメラ遍歴も実質的にはズームレンズからスタートしましたが、勉強のためにと思って買った50mmF1.4の単焦点レンズで被写界深度をコントロールする面白さと難しさを知りました。ズームレンズが普及する以前は一眼レフカメラを買うとき、殆どの人がまずこのクラスの単焦点レンズからスタートしていました。そういう意味では敷居が高かったかも知れませんが、そうして洗礼を受けた世代はいまでも作画に対する拘りが深い傾向にあるかも知れません。

また、比較的焦点距離の短いレンズを用い、絞り込んで無限遠まで被写界深度に収まるようにした「パンフォーカス」にしておき、いちいちピント合わせなどしない機動性重視で撮るというテクニックもあります。日本を代表する写真家である故土門拳氏などはこうした手法の使い手として非常に有名ですが、それを真似てスナップを撮る人は少なくありませんでした。私も時々やりますから、いまでもこうした手法で撮っている人はそれなりにいるでしょう。

パンフォーカスに設定するには被写界深度の深さが解らなければなりません。被写界深度を求める計算式もあるのですが、問題は「許容錯乱円」という不確定な要素が入ってきますので、なかなか一筋縄では語れない分野かと思います。ま、普通はレンズの距離目盛のところにある被写界深度目盛を参考にするくらいで厳密な計算などしないでしょうし、あまり深く語っているとキリがありませんので、ここでは概要だけ大雑把におさらいしておきましょうか。

被写体のある一点が結像面に点として像を結んでいるとき、その結像面の前後では点がぼやけた円形になっています。この円を「錯乱円」といいますが、結像面に近いほど錯乱円の直径は小さくなり、点との区別が付かなくなっていきます。「許容錯乱円」というのは、点と区別の付かない最大の錯乱円ということになります。

錯乱円が点に見える範囲ではピンボケを認識できませんが、それが点に見えなくなってくるとピンボケを認識できるようになります。許容錯乱円というのはピンボケになっていると認識できないそのギリギリのポイントを示す指標と理解して問題ないでしょう。

許容錯乱円はどの程度の大きさの画面をどれだけ離れて見るかということに深い関係がありますが、他にも様々な要素が関わりますので、一概にはいえません。銀塩時代には35mm判の許容錯乱円を設定する基準として、キャビネサイズのプリントを30cm程度の距離から見たときといった条件が設定されるケースが多かったようです。

フィルムやイメージセンサなど撮像面上での許容錯乱円の直径は対角線の1/1500前後に設定されるのが一般的なようです。例えば、35mm判の対角線は約43.267mmになりますから、許容錯乱円の直径は0.029mm前後(私が見たことのある資料で最も小さい値は0.025mm、最も大きい値は0.033mmとなっていましたから、0.029±0.004mmくらいでしょうか)に設定されることが多いようです。

一般に被写界深度の前端(近点)は「過焦点距離」の1/2くらいといわれていますので、パンフォーカスで撮影するときはこれを目安に合焦点とF値を設定します。「過焦点距離」というのは、被写界深度の後端(遠点)に無限遠が収まるときの合焦点のことです。

パンフォーカスにした場合の位置関係
パンフォーカスにした場合の位置関係

過焦点距離:H(mm)、レンズの焦点距離:f(mm)、F値:N、許容錯乱円の直径:c(mm)は以下のような関係になっています。

H=f2/N/c

例えば、焦点距離28mmのレンズでF8まで絞り、許容錯乱円の直径を0.029mmとした場合、過焦点距離は3.4mくらいになります。ですから、この条件では1.7mくらいから無限遠までピントが合った(ように見える)パンフォーカスになるというわけですね。

ちなみに、富士フイルムの「写ルンです」に代表されるレンズ付きフィルムの類もこれを応用しています。写ルンですのスタンダードタイプは焦点距離26mmでF11まで絞っていますから、1mくらいからパンフォーカスになっているようです。こうしたパンフォーカスを利用することでピント合わせを不要とするカラクリが携帯電話のカメラやトイカメラなども用いられているのは言うまでもありません。

ちゃんとしたコンパクトデジカメはレンズを駆動してピント合わせを行っていますが、イメージセンサが非常に小さい分だけやはりレンズの焦点距離も短く、被写界深度も全般的に深くなっています。例えば、私が仕事用として普段持ち歩いているパナソニックLUMIX DMC-FX35の場合、イメージセンサは一般的な1/2.33型で焦点距離を35mm判に換算するレートは5.7弱にもなります。

このカメラは35mm判に換算すると25~100mm相当になるズームレンズですが、実際の焦点距離は4.4~17.6mmしかありません。それで明るさがF2.8~5.6です。1/2.33型の撮像素子の対角線は7.7mmくらいですから、許容錯乱円の直径は0.005mmくらいでしょうか。過焦点距離にピントを合わせると、絞り開放でもテレ端で5.5mくらいからパンフォーカスになり、ワイド端では0.7mくらいからパンフォーカスになってしまうわけですね。

これではテレ端はともかく、ワイド端ではAF機構を働かせる意味が薄いような感じになってきます。が、見方を変えればコンパクトデジカメのワイド端でピント合わせを行うのは「被写体に合焦させる」ということより「過焦点距離より前にある被写体に合焦させたとき無限遠がアウトフォーカスになる」ということに意味が生じてくるように思えます。こうしたケースでは背景をぼかすためにAF機構を働かせていると言えるのかも知れません。

APS-Cサイズはこうしたコンパクトデジカメなどに比べればずっと被写界深度が浅くなりますし、単焦点の明るいレンズを駆使すればフルサイズに暗いズームレンズを付けているより浅い被写界深度を得ることも可能になってきます。

例えば、キヤノン場合、EF28mm F1.8 USMというレンズが人気があるようです。それはAPS-Cサイズで使えば35mm判換算で44.8mm相当という標準レンズになり、解放F値が1.8という明るさだからでしょう。このレンズを絞り開放として過焦点距離を計算しますと、24.2mくらいになります。

一方、35mm判フルサイズにF4通しの中口径ズームレンズを付け、絞り開放で焦点距離を同等の44.8mmとして過焦点距離を計算しますと、17.3mくらいになりますから、約7mも近づいてしまうんですね。それだけAPS-Cサイズに明るい単焦点レンズのほうが浅い被写界深度を活用できるというわけです。ちなみに、このケースではF2.8通しの大口径ズームでほぼ同じくらいの過焦点距離になります。フルサイズに大口径ズームとAPS-Cサイズに28mmの単焦点レンズ、各々の組み合わせでどれだけ機動性が違うかは試してみなくても容易に想像が付きます。

画角を変えられるという便利さを失うことになりますが、大きく重いフルサイズより高い機動性と浅い被写界深度が得られるという点では、こうした組み合わせも大いに意味があるでしょう。また、遠景を中心とした風景写真なら被写界深度の浅さに殊更拘る必要もないでしょうし、パンフォーカスで撮るなら被写界深度が深いほうが有利になります。要はレンズの選び方と使い方次第ということですね。

各社ともフルサイズ機は気合いを入れて撮るハイアマチュア向けと想定しているせいか、ボディがやたらに大きく重くなっています。もし、ペンタックスK-7くらいのスペックでフルサイズセンサを搭載したモデルがキヤノンから発売されたら、私は即行でEOS 5D Mk2を売り飛ばしてそれを買うでしょう。APS-CサイズのくせにEOS 5D Mk2より重いEOS 7Dなどは私にとって論外ですが、機動性や肉体的な負担を考慮すれば却って不利な場面も少なくないフルサイズ機に拘るより、軽快に扱えるAPS-Cサイズも良いのでは?と思い直すようになりました。

特に、いつでも速写できるパンフォーカスにしておいて、時にはノーファインダーで情景を撫で斬りにすることもある路上スナップなど、大きく重いボディのフルサイズ機は機動性が悪いだけでなく、個人的には気軽さという心理的な部分でも負担に感じることがあります。そんな風に考えるようになると、かつて旅行や出張の友として活躍してくれたEOS kissの存在が私の中で次第に大きくなっていったのでした。

(つづく)

APS-Cサイズも悪くない (その1)

以前にも述べましたが、私は「35mm判フルサイズフォーマットの価格がこなれるまでデジタル一眼は買わない」と早い段階で決心していました。というのも、私が愛用してきたキヤノンのEOSシリーズも例に漏れず普及価格帯はAPS-Cサイズゆえ、保有しているレンズ(特にズームレンズ)が非常に中途半端な画角になって使いづらくなってしまうと考えたからです。

例えば、標準ズームはF3.5から始まる28-105mmとかF2.8通しの28-70mmなどを常用していましたが、キヤノンのAPS-Cサイズをフルサイズに換算するレート1.6を乗じると28mmは44.8mm相当の標準レンズになってしまいます。標準~望遠域というレンジはズームレンズの黎明期にはよくあるパターンでしたが、今日ではまるで通用しません。広角ズームで20-35mmというのも持っていますが、フルサイズに換算すると32-56mmという準広角~標準域になってしまい、これまた如何ともしがたい中途半端さです。

フルサイズ用のレンズをAPS-Cサイズに用いる場合、望遠系はより望遠になるだけですから大きな問題はないでしょう。が、標準域以下の画角をカバーするズームレンズはやはり専用のそれに揃え直さなければ非常に中途半端で使い辛いことになってしまいます。ところが、当初はそのラインナップが脆弱だったことが大きな懸念材料でした。

APS-Cサイズの普及価格帯デジタル一眼が各社から出揃ったのは2000年前後でしたが、当時は専用交換レンズのラインナップが乏しく、特に広角ズームやF2.8通しの大口径ズームはしばらく発売されませんでした。大口径が必要な場合は単焦点レンズを使うという手もありますが、広角は高価な14mm(キヤノンの場合22.4mm相当)や魚眼などの特殊なものを除いて、単焦点レンズでも対応できませんでした。

キヤノンに関していえばEF-S10-22mm F3.5-4.5 USM(フルサイズ換算で16-35mm相当)が発売されてようやくこの状態が解消されたわけですが、それは2004年11月のことですから、普及価格帯のデジタル一眼が出てきて5年くらい空白状態が続いたわけです。これが発売されたのはアマチュア向けフルサイズ機の第一号といえるEOS 5Dが発売される約10ヶ月前のことです。

EF-S_10-22mm.jpg
EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM
鏡筒の質感やズームリングの操作感はEF20-35mm F3.5-4.5 USMにソックリで、
ズーミングしても全長が変化しない構造なのも全く同じです。
EF20-35mm F3.5-4.5 USMから乗り換えても全く同じ感覚で使えますが、
よりワイドな16mm相当から始まっている上、画質面も大幅に進歩しています。
3枚の非球面レンズが採用されたせいか、歪曲収差が非常に小さく抑えられ、
蛍石並の低分散を誇るスーパーUDガラスの恩恵か、色収差の補正も良好です。
全般的にシャープで、周辺部の解像度の高さは昔のものと全く比較にならず、
設計が新しい分だけ優れた画質が得られるといった印象です。


ちなみに、サードパーティからはシグマ12-24mm F4.5-5.6 EX DG ASPHERICAL HSMというレンズが2003年11月に発売されていましたが、これはフルサイズ用ですから、APS-Cには大きさや重さという点でややアンバランスですし、何よりPLフィルターが(普通のやり方では)使えないという欠点があります。

さらに、同じAPSーCサイズを謳っていてもメーカーによって微妙にサイズが異なっているのも気になるポイントでした。例えば、ニコンとキヤノンではニコンのほうが若干サイズが大きく、焦点距離をフルサイズに換算するレートもキヤノンの1.6に対してニコンは1.5と微妙に違います。もっと細かいことをいえば、同じメーカーでもモデルの新旧でイメージセンサのサイズがコンマ1~2mmくらい違うのはザラです。

また、キヤノンにはプロ用のEOS 1DにAPS-Hサイズ(最新のMarkIVの場合27.9×18.6mmでフルサイズ換算レートは約1.3)もあります。2003年にはオリンパスからE-1というフォーサーズシステム(4/3型=17.3×13mmで、フルサイズ換算レートは約2.0、アスペクト比が3:2ではなく、4:3になります)が発売され、フォーマットは統一されるどころか混沌としていく一方という印象でした。

こうした状況ではシグマタムロントキナーといったレンズメーカーなども辛いのではないかと思いました。彼らは同じレンズのマウントを変えて各社に対応することでマーケットの守備範囲を広げていますから、このようにフォーマットが不揃いであればそれが足枷となり、商品開発が進めにくいのではないかと思われました。

フルサイズに参入していたり、銀塩一眼レフカメラの生産も継続しているニコンやキヤノンなどもAPS-Cサイズ専用とフルサイズ用、異なるフォーマットで別々にレンズのラインナップを展開していくとなれば開発費も製造ラインも二重に投資しなければなりません。そんな非効率な状態がいつまでも続くのだろうか?という疑問もありました。

こうしたフォーマットの不揃い状態はイメージセンサのコストダウンが解決してくれるのではないかと私は見込んでいました。つまり、何年かして35mm判フルサイズのそれが普及価格帯に入ってくれば、あまり時を置かずにフルサイズがスタンダードに戻るのではないかと想像したわけですね。

そもそも、APSやフォーサーズなど小さなフォーマットはレンズの焦点距離も短くなります。焦点距離が短くなれば同じ明るさのレンズでも被写界深度が深くなり、主題を浮かび上がらせるために背景をぼかすといった表現の幅が小さくなります。凝った画づくりを求めようとするときに不利になるこれらのスモールフォーマットは安価なエントリーモデルなどに残されるくらいで、その専用レンズのラインナップは純正もサードパーティもそれほど拡充しないかも知れないと思ったわけです。

が、こうした予想は見事にハズレました。結局、EOS 5Dで先鞭を付けたキヤノンだけでなく、ニコンやソニー(旧ミノルタ)からもプロ用のハイエンド機に比べればリーズナブルといえるフルサイズ機が発売されましたが、それはハイアマチュア向けといった位置づけに収まっています。中級機以下は依然としてAPS-Cサイズで埋め尽くされ、オリンパスがフォーサーズで孤軍奮闘している状態なのはご存じの通りです。

レンズ開発の問題も、メーカーによっては従前からエントリーモデル、中級モデル、上級モデルと3つくらいのラインナップがありましたから、フルサイズ用を上級モデルとし、APS-Cサイズ専用とはグレードで棲み分ければ二重投資も回避できます。

実際、昨秋に刷新されたキヤノンのレンズラインナップではフルサイズ用で中級以下のズームレンズが僅か2本になってしまいました。春のカタログには5本ありましたから、3本も落とされてしまったわけで、棲み分けが進んできたという印象がより強くなりました。EOS 5DやEOS 1Dsなどのフルサイズ機を使う人は、「L」と称する上級ラインナップを買って下さいというわけですね。ま、そのほうがバランスが良いのは確かですが。

ペンタックスやオリンパスは現在に至るもフルサイズ機を発売していませんが、この2社は銀塩時代から既に一眼レフ市場ではジリ貧状態で、AF時代にはプロ用のハイエンド市場に参入しませんでした。彼らは今後一眼レフカメラ市場から撤退することはあってもフルサイズ機の市場に参入することはないのかも知れません。

銀塩時代は35mm判フィルムを使う必要から各社ともそれに合わせてフォーマット自体は統一されていましたが、カメラに固定されたイメージセンサで画像を写し取るデジタル時代にはフォーマットそのものの互換性はあまりシビアである必要がないということなのでしょう。レンズマウントなどは大昔から互換性など重視されませんでしたし。

こうしてフォーマットの不揃い状態が放置されたままフルサイズに収斂されることもなく、しかしメーカー間で多少のブレを残したAPS-Cサイズが一眼レフカメラの主流を成す状態が確固たるものとなりました。中級以下とそれ以上との棲み分けは今後も続いていくでしょうが、どうやら多くの人はフルサイズを必要としていないようです。

ま、現実問題としてフィルムに比べればAPS-Cサイズでも解像度など多くの面でそれを凌駕していますから、被写界深度の深さなど一部の表現手段が少々スポイルされるくらいは大きな問題ではないのかも知れません。これは単焦点レンズが当たり前だった時代からズームレンズ全盛時代へ移行したときと同じような道筋をなぞっているような気もします。ズームレンズの便利さと引替えに「明るさ=被写界深度の浅さ」が損なわれたという状況に似ているといえるかも知れません。

(つづく)

立場を知れば動きも読める

アクセス解析というサービスにはリンク元を辿ってどんなキーワード検索でアクセスしてきたか集計される機能がありまして、先月は例の「クライメートゲート事件」や同種のキーワードが圧倒的に多く、この一件に絡むアクセスはトータルで500を超えました。

どういう訳か昨年3月に成田空港で裏返ったMD-11に関するアクセスも多く、先月だけで50を超えました。Googleでキーワード検索してみますと、「MD-11」ではWikipediaの2件に次いで当blogが3番目にヒットし、Googleサジェストで出てくる関連キーワード「MD-11 欠陥」だと最初にヒットするといった状態(いずれも本稿執筆時)で、私のような門外漢の書いた記事がこれほど上位でヒットするというのはGoogleの重み付けも大したことがないのでは? などと思ってしまいます。

もう一つ、先月はあるキーワードでのアクセスが重なりました。それは気候変動枠組条約のCOP15(第15回締約国会議)の期間を前後して数が伸びたのですが、「バード・ヘーゲル決議」というキーワードです。このキーワードもGoogleでは現在7番目くらいに当blogがヒットします。それだけ日本のメディアを通じて広く知られていない、日本語で書かれる機会が非常に少ないキーワードなのでしょう。Googleでも約1430件しかヒットしませんし。

当blogで「バード・ヘーゲル決議」を取り上げたのは一昨年12月に開催されたCOP14のときで、「孤立しているのは日本のメディアのほう」と題したエントリになります。ブッシュ政権の主導でアメリカは京都議定書から離脱したと思い込んでいる日本のメディアの勘違いをここで指摘したわけですが、彼らは相変わらず勘違いしたままですから、先のCOP15に対する論評も酷いものでした。

ここでもう一度「バード・ヘーゲル決議」についておさらいしておきましょうか。この決議は1997年の12月に京都で議定書が策定されるCOP3を睨み、同年7月にアメリカ上院のロバート・バード議員(民主党)とチャック・ヘーゲル議員(共和党)から提出されました。その主な内容は以下の3項目のうち1つでも該当した場合、アメリカ上院は議定書の批准を認めないというものです。

●途上国に温室効果ガスの削減義務が課せられない場合
●議定書がアメリカに深刻な経済的打撃を与える場合
●議定書によって必要になる法令や規制措置のリストを政府が上院に提出しない場合

この決議は95対0で可決しました。アメリカも当然のことながら議会制民主主義の国ですから、議会の承認なくして法的な拘束力を持つ議定書の批准はあり得ません。当時のクリントン大統領とゴア副大統領は京都議定書が採択される際の当事者として外交面での成果を上げたように見えましたが、それは全くの政治的パフォーマンスに過ぎません。

途上国の削減義務が課せられなかった時点で自動的にアメリカは議定書の批准があり得なくなるわけですから、COP3でアメリカが議定書を採択する前提条件として初めから途上国に削減義務を課すということを明示しておかなければなりませんでした。結果として議定書には途上国の削減義務が謳われなかったのですから、その時点でアメリカは採択に加わってはいけなかったのです。

クリントン政権はCOP3で議定書を採択しておきながら、一度として上院にこの議定書の批准を諮問しませんでした。それはバード・ヘーゲル決議によって即刻却下となることが最初から解っていたからでしょう。本来であればこうしたクリントン政権の茶番こそ非難されるべきで、バード・ヘーゲル決議に従って粛々と京都議定書からの離脱宣言を行った後継のブッシュ政権を非難するのは全くのお門違いというものです。

このバード・ヘーゲル決議は現在でも効力を失っていませんから、アメリカは途上国と一蓮托生ということです。バード・ヘーゲル決議を廃止する議案がアメリカ上院で可決されるか、途上国に削減義務が課せられない限り、アメリカも議定書を批准することはあり得ません。それは大統領が誰になっても同じことです。

こうしたバックグラウンドを理解した上で各紙がCOP15について論評した社説を読み返してみますと、如何に頓珍漢なことが書かれていたか解ります。例えば、朝日新聞の12月20日付の社説にはこうあります。

合意づくりへオバマ大統領は積極的に動いたが、温暖化防止の国内法成立が遅れており、先進国のリーダーとして中国の説得にあたるには足場が弱すぎた。


日本経済新聞の12月20日付の社説はもっと酷い書きぶりです。

米国も柔軟性を欠いていた。オバマ政権は米議会での温暖化対策法案の審議に気をつかい、中国に妥協的とみられるのを嫌ったからだ。


バード・ヘーゲル決議が生きている限り、アメリカが議定書を批准するには途上国にも削減義務を課さなければなりません。審議中の法案はアメリカ国内での排出削減に絡むものであっても国として課せられる削減義務とは関係ありません。国際的な枠組みの中でアメリカの削減義務を縛るのは相変わらずバード・ヘーゲル決議ですから、アメリカが議定書を批准するには途上国への削減義務というところで妥協などできないのです。この社説を書いた論説委員はバード・ヘーゲル決議の存在を知らないのでしょう。

COP15の前後に「バード・ヘーゲル決議」というキーワードで当blogにアクセスして来られた方は述べ30人程になるようですが、日本を代表する大手メディアですら見落とし、根本的なところで勘違いしている部分を確認されたわけですから、これは「お目が高い」と讃えるべきでしょう。各紙の論説委員のご老体は小手先で適当な社説を書く前に彼らの爪の垢でも煎じて飲むべきです。

ところで、COP15に対する論評の中で個人的に注目したのは産経新聞の12月20日付の主張で、こう書かれていた部分です。

 ハードルを下げていたにもかかわらず、期待された成果は挙げられず、会議は紛糾の連続だった。混乱の最大の理由は、責任と義務をめぐって、途上国と先進国が鋭く衝突したことにある。

 とくに今回は、先進国同士でも足並みが乱れ、途上国間では中国などの新興国と最貧国の間で南南問題ともいえる内部対立が起きた。しかし、今は足踏みをしている場合ではないはずだ。二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出は年ごとに増えている。

 にもかかわらず、今回の会議を見ている限り、多くの国がこの火急の事態を放置しているとしか思えない。きわめて不可解だ。

 だが、「金儲(もう)け」という視点で見詰めると、混乱の背景が焦点を結んで見えてくる。温暖化防止の「手段」であるべき資金の獲得が「目的」に転じてしまった国が少なくないのではないか。


私は初めから人為的な地球温暖化などという科学的合理性が乏しい仮説がパワーゲームのツールとして既成事実化されてきたのではないかと疑っています。なので、産経新聞がいうように「手段」と「目的」が逆転してしまったのではなく、それが本来の姿なのだと理解しています。

産経新聞も人為的温暖化説など科学的に充分な確証はないというところへ最初のボタンを掛け替えれば最初からもっとスッキリと状況を認識できたでしょう。そうすれば、この問題を巡って「多くの国がこの火急の事態を放置しているとしか思えない。きわめて不可解だ。」という言葉も出て来なかったでしょうし、「手段」と「目的」が逆転したという発想にも至らなかったに違いありません。

私は昨年の10月に「絵に描いた餅」と題したエントリでこう書きました。

今年の12月にコペンハーゲンで開催されるCOP15ではポスト京都議定書として現在よりもさらに厳しい削減義務を取り纏め、主要な排出国から合意を取り付けなければならないことになっています。しかし、こうした状況にあっては合意などまず無理なことですし、もし合意に至ったとしてもそれは非常に中途半端な内容にとどまるのは間違いないでしょう。


この予想が大当たりというべき結果に至ったのは、各国の置かれている立場とその思惑に対する洞察が間違っていなかったからかも知れません。

遅ればせながら謹賀新年

昨年末から1週間近く放置していまさらですが、明けましておめでとうございます。

一昨年の正月に暇を持て余して何となく始めたblogですが、お陰様で丸2年を経てアクセス数が12万を超えました。昨年の元日に書いたエントリを見ますと、最初の1年間で約3万だったようですから、昨年の1年間は約9万ということになり、3倍増になっていたんですね。あくまでも個人的なblogですし、いずれのエントリも長文ですし、マニアックな内容も多いですし、何より勝手な私見を書き連ねているケースが少なくありませんから、ここまで多くの方にご愛顧頂くようになるとは思いませんでした。

私が勤めている会社は12月26日から1月4日まで10日間お休みで、特にこれといった予定もなかったのですが、なまじ休みが長いと「明日やればいいや」みたいな感じでついついダラダラと過ごしてしまうものですね。

特に昨年の後半には以前ご紹介したオリンパスOMシリーズの2台の他にもデジカメを2台買ってしまい(前半に買ったEOS5D Mk2を加えると1年間で5台のカメラを買ってしまったわけですが、過去には8ヶ月連続で毎月1台という実績もあります)、自室に戻るとついついそれらを弄りたくなってしまうんですね。そうした誘惑から筆が進まなくなってしまうというパターンにはまってしまいました。

よく、作家が締め切りまでホテルに缶詰になるとか、漫画家が喫茶店やファミレスでネーム作業(映画やドラマの絵コンテに似た作業)をやるといったハナシを聞きます。確かに私の場合も一番筆が進むのは喫茶店にいるときで、pomeraのあの変換能力が低いATOKでも気が散る要素が身の回りにない分だけ集中して一気に書けるのでしょう。

また、昔に比べると私自身の集中力も低下しているようです。かつては自室を暗室にして写真を焼いていたらいつの間にか朝になっていたとか、休みの日に朝から絵を描き始めて気付いたら深夜になっていて、食事をするのも忘れていたとか、10代20代の頃はそれくらい集中できたんですね。歳をとるにつれて気疲れするのが早くなっているようで、最近ではなかなか持続できなくなっているようです。

例えば、私は2002年の年賀状にBMW2002ターボのイラストを描いて以来、毎年クルマのイラストを素材にしています。多分、受け取った人の殆どは気付いていないと思いますが、西暦の年数に因んだ数字(といっても2003年以降は下2桁ですが)の付いているクルマのイラストを年賀状の素材にしています。今年は'10年ということで史上初めてル・マン24時間をディーゼルエンジンで制したアウディR10を描いたのですが、これもタラタラと30分くらい描いては1時間くらい休憩するといったペースでしたから、何だかんだ4日もかかってしまいました。昔なら丸1日あれば充分だったでしょう。

Audi_R10tdi.jpg
Audi R10 TDI
最近は時間に迫られて最後はいつもやっつけ仕事になっている感じで、
あまり満足のいく出来ではないのですが、これが現在の私の実力でしょう。
ちなみに、2003年はマツダ・サバンナRX-3、2004年はポルシェ911カレラ4、
2005年はルノー5ターボ、2006年はティレル006、2007年はケーターハム7、
2008年はベントレーEXPスピード8、2009年はウイリアムズFW09でした。
2005年と2006年は透明水彩で描いてみましたが、他は全て鉛筆画です。


ハナシは変わりますが、今年は正月早々サブで使っているPCがトラブってその復旧に骨を折りました。アンチウイルスソフト(カスペルスキーの2009年版)のファイルが破損して次第に動作がおかしくなり、仕舞いにはスタートボタンをクリックするとマウスカーソルが動く以外何も受け付けなくなり、タスクマネージャーも立ち上げられず、シャットダウンすらできない状態になってしまったんですね。

強制的に電源を落として再起動させても症状は変わらず、問題のソフトをアンインストールしようにも付属のアンインストーラーやコントロールパネルを開くとフリーズしてしまい、セーフモードで試しても同じ結果でした。メインで使用しているPCを使ってカスペの公式サイトから削除ツールをダウンロードし、実行しても途中でフリーズしてしまうため、いい加減ぶん投げようかと思いました。が、セーフモードで削除ツールを実行してみたら何故かアンインストールできました。

その後はトラブル前と全く同じように動くようになり、カスペを再インストールしても何ら問題なく動いています。ま、8年近くも前のオンボロPCで(といっても、当時のノートPCとしてはハイエンドに近いモデルですから、これだけ長い年月を経ても何とか現役でいられたわけですが)レジストリやら何やらがもうグチャグチャなのでしょう。レジストリのクリーンアップツールやシステムファイルも最適化できるデフラグツールを使うと少しはマシになりますが、しばらくすると元の木阿弥で、最近は起動するのに15分くらいかかります。そろそろ替え時かもしれませんね。

メインで使用しているほうもWindows Vistaのうっとうしい動作とXP以前のソフトとの互換性の低さにしょっちゅう舌打ちしている状況です(Windows7でXPモードというものが設けられたのも私のように不満を持っている人が少なくないからでしょう)。テキストエディタやブラウザを使う分には大きな不満もありませんが、最近はデジタル一眼で撮ったRAWファイルを弄ることも多くなり、もっとパワーのあるPCが欲しいと考えていましたので、今年一番の獲物は新年早々に決定しました。

ということで、新年の一回目から他愛のない話題ばかりで恐縮ですが、本年もよろしくお願い申し上げます。

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まとめ

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