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酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

読売新聞はついに目覚めた?

当blogでは五大紙の社説をネタにすることが度々あります。中でも頓珍漢なことを書いていることが多い朝日新聞のそれを取り上げる機会が多い感じですが、ネット右翼にありがちな朝日新聞バッシングを展開することが目的ではありません。実際、ちゃんとしたことが書けているときはちゃんと褒めてもいますし。

要するに、私は基本的に「是々非々主義」で評価しています(少なくとも本人はそのつもりです)。世の中には「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とばかりに、気に入らないメディアに対しては何でもかんでも強引に曲解してでも批判する人がいますが、私のスタンスは全くその逆です。ついでにいえば、自動車メーカーでもトヨタなどはどちらかというと嫌いな部類で、昔はアンチトヨタを標榜して憚らなかった私ですが、個々の車種についてはその開発チームの努力を理解し、高く評価することがあります。私自身、二代目プリウスを所有していますし。

昨年11月に「スーパーコンピュータは打出の小槌じゃない」と題したエントリではこれを推進したがっている読売新聞や産経新聞を批判しましたが、これも根本的なところで大きな勘違いをしていたからです。個人的な好き嫌いでいえば、読売新聞など圧倒的な影響力を持っているグループ会長で主筆を務める彼の特異なキャラクターからして決して好きなメディアではありませんが、それとこれとは全くの別問題です。

保守的なこの二紙は以前から地球温暖化問題に関して科学的な理解はともかく、政策論に対しては案外冷静でした。リベラル系の朝日新聞や日本経済新聞が現実を無視して理想論や感情論に走りがちなのとは対照的に、少し落ち着いているという点でこの問題に対する彼らは日本のメディアの中でもマシなほうだというのが私の個人的な評価です。

例えば、京都議定書は日本だけが損をした不公平なものだということを随分前から主張していました。民主党が掲げている2020年までに1990年比で25%の温室効果ガス排出量削減という目標に対しても、経済への大きな悪影響が懸念される割に世界全体の1.5%にも満たない実効性の低さを指摘し、これを是とはしませんでした。当blogでも過去に「乗せられた者は乗せた者に勝てない」と題したエントリで産経新聞のこうした趣旨の主張を評価しています。

それでも産経新聞などは先のCOP15を受けた社説を読んだ限り、まだ人為的温暖化説に疑いを持つレベルには至っていないと見られます。が、先週ついに読売新聞は極めて画期的な社説を載せました。私は日本の大手メディアがこのような主張をするようになるとは夢にも思っていませんでしたので、いくつか引っかかるポイントもありますが、拍手を送りたいと思います。少々長くなりますが、彼らの社説に敬意を表して全文を転載することにします。

温暖化ガス削減 脱石油・石炭への礎を築け

 温室効果ガスの排出を削減する国際ルールの京都議定書は、“不平等条約”の典型である。

 それに続く2013年以降の新たな枠組みは、世界の排出量を確実に減らし、各国が公平に負担を分かち合うものにすることが大切だ。

 だが、この枠組み作りが、遅々として進んでいない。昨年末の国連気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(COP15)は、国益のぶつかり合いに終始した。

 前途は多難だが、今年こそは、すべての主要排出国が参加する枠組みを作り上げねばならない。

 ◆温室効果に懐疑論も◆

 地球温暖化のメカニズムについては、科学的に未解明な部分が多い。人為的に排出される二酸化炭素(CO2)が主因であることに懐疑的な科学者は少なくない。

 太陽活動の減退などにより、今後しばらくの間、地球はむしろ寒冷化するとの見方もある。

 昨年11月、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書作成にかかわった英国の大学のコンピューターから大量のメールなどがネット上に流出した。その中には、気温上昇のデータ操作が疑われるメールもあった。

 排出削減を巡る交渉は、世界の科学者の集まりであるIPCCの分析結果を基にしている。その信頼性が揺らいだだけに、「ウォーターゲート」事件になぞらえ「クライメート(気候)ゲート」として騒動が続いている。

 だが、温暖化の科学的論争の行方はどうであれ、各国が温室効果ガスの排出削減に努めていくべきであることに変わりはない。

 排出削減努力は、省エネルギーを促し、限りある資源である石油、石炭への依存からの脱却につながる。排出削減の重要な目的は脱化石燃料社会の構築である。

 COP15に出席した小沢環境相は、会議の内実を「先進国と新興国の対立」と総括した。京都議定書で削減義務を負っていない途上国グループの中で、中国、インドなど新興国が議論の進展を阻む要因になったことは間違いない。

 ◆新興国参加の枠組みに◆

 中国やインドは、次期枠組みの「ポスト京都議定書」で、削減義務を課されるのを拒んでいる。一方で、先進国に積極的な資金・技術支援を求めている。

 世界一の排出国となった中国や4位のインドが、先進国と同じ枠組みで排出削減に取り組まなくては、ポスト京都議定書の実効性は確保できない。日本は、新興国をも含めた新たなルールの必要性を訴え続けていくことが肝要だ。

 京都議定書を離脱した米国の動向も気がかりだ。オバマ大統領は排出削減に前向きだが、対策実施のカギとなる気候変動対策法案の審議の行方は、産業界の反対などで難航が必至とみられている。

 米国が、ポスト京都議定書の策定に主導的役割を果たすためには法案成立が欠かせまい。

 昨年11月の日米首脳会談で、両国は、50年までに温室効果ガスの排出量を80%削減するという長期目標に合意した。

 ガソリン車を減らし、太陽光や風力など再生可能エネルギーの比重を高めていく。原子力発電の重要性が、より増していくことは言うまでもない。長期目標達成のため、経済・社会構造を大きく変えていく取り組みが必要だ。

 問題なのは、鳩山政権が掲げた「20年までに1990年比で25%削減」という中期目標である。あと10年間での削減率としては、あまりに高い数値だ。

 鳩山首相は、地球温暖化対策税や排出量取引制度など、「あらゆる政策を総動員」して目標達成を目指すとしている。だが、急激な排出削減には、国民の負担増や経済への悪影響といった痛みが伴うことを忘れてはならない。

 日本の08年度の排出量は、前年度より6・2%減少した。景気の悪化に伴う企業のエネルギー需要の減少が主な要因だ。経済状況と排出量の間には、密接な関係があることを裏付けている。

 ◆「25%減」の再検討を◆

 政府は、環境分野での140万人の雇用創出などを柱とする新成長戦略を決めた。経済と環境対策を両立させるうえで必要な政策だが、大切なのは具体策だ。

 25%削減の内訳については、どの程度を真水(国内削減分)とするのかさえ固まっていない。削減の道筋を明確にする一方で、25%削減が本当に現実的な数値なのかも再検討すべきである。

 日本が25%削減を国際公約とする前提条件として、鳩山首相は「すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意」を挙げている。これは堅持する必要がある。

 不利な削減義務を負い、その達成のために巨額を投じて排出枠を海外から購入する。京都議定書がもたらした日本のこうした現状を繰り返すべきではない。

(C)読売新聞 2010年1月12日


従来、日本の主要なメディアは判で押したように「地球温暖化は人類が排出した温室効果ガスがもたらしたもので、科学的に疑う余地はない。論争の時は既に終わっており、後は如何にして対策を実行に移すかだ。」といった一方的な主張を頭から丸呑みした上で様々な論述を展開してきました。

しかし、この社説では「地球温暖化のメカニズムについては、科学的に未解明な部分が多い」「温暖化の科学的論争の行方はどうであれ」「省エネルギーを促し、限りある資源である石油、石炭への依存からの脱却につながる」努力をすべきだと訴えています。これは私が当blogで何度も主張してきたことに疑いの度合いこそ違いますが、かなり近い考え方だといえます。

これまでにも科学面や電子版などで懐疑論を取り上げた新聞もありましたが、メディアが自身の主観を述べる場である社説は一般紙面と別格です。これだけ真っ当に懐疑論を取り上げ、クライメートゲート事件についても言及したのですから、これまでバイアスをかけまくっていた日本のメディアのスタンスを考えれば見違えるほどの変化です。もしかしたら、彼らも以前からこれくらいのことは解っていたのに、そうした主張をすることすら許されないという空気に呑まれていただけかも知れません。

私だってこんな零細な個人blogですが、地球温暖化問題について懐疑的なことを書くのに最初のうちは勇気が要りました。初期のエントリの書きぶりをご覧頂けばお解りになると思いますが、この分野について最初の頃はあまり過激な表現にならないよう気を遣い、かなり抑え気味に書いていました。IPCCの第4次評価報告書が発行された2007年くらいから私の人為説に対する疑いの度合いは大して変わっていませんが、それを主張すれば批判にさらされたり中傷を受ける可能性も覚悟しなければなりません。私の中で変わったのは、その覚悟の度合いです。

読売新聞のこの社説について私も注文を付けたい部分がいくつかありますが、それはいずれ改めてすることにして、今回は彼らの勇気を讃えたいと思います。
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