酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

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ニュースの視点は空気が決める

3月23日、成田空港でフェデックスの貨物機が着陸に失敗し、2名の乗務員が死亡した事故から1年が経過しました。成田空港では初めての死亡事故だったせいか、その追悼行事が行われ、いくつかのメディアがそれを取り上げました。

産経新聞『フェデックス事故から1年 関係者ら献花
毎日新聞『成田空港の米貨物機炎上:事故から1年 成田空港で追悼
読売新聞『米貨物機事故1年 成田で追悼行事
東京新聞『航空安全へ思い新たに 米貨物機炎上事故から1年 成田空港で追悼式

NHKのニュースなどでも取り上げられましたが、相変わらず気流だけに原因を求めるような報じかたがなされていました。国土交通省もいまのところ「調査中」として明確な発言は控えているようです。が、私は『MD-11はやはり欠陥機か?』と題したエントリで述べましたように、機体の問題が少なからず関係していたのではないかと疑っています。(もちろん、確証はありませんが。)

MD-11は度重なるアクシデントで旅客機として運用することを敬遠されるようになり、次々に売却されて貨物機に改装されてきたという曰く付きの機体です。JALもMD-11の先代であるDC-10は20年くらい使っていましたが、MD-11は平均8年8ヶ月という異例の早期退役となり、UPSの貨物機になりました。貨物機として生産されたMD-11は50機余りですが、現在は多くが貨物機となっており、旅客機として運行されている機体は数えるほどしかありません。

詳しくは『MD-11はやはり欠陥機か?』をご参照頂きたいと思いますが、この機体は一度乱れた姿勢を立て直すのが難しいとされ、「玉乗り」と評すパイロットもいるほどです。1997年に起こったJAL706便の事故も後にパイロットの操縦ミスが問われる刑事裁判に発展しましたが、「操縦システムの不具合が原因」とされ、パイロットは無罪となりました。しかし、そうした経緯が大衆メディアで報じられているのを私は見たことがありません。

この事故で重体となった客室乗務員が1年8ヶ月後に昏睡状態から回復することなく死亡したことも殆どの人は知らないでしょう。もちろん、機体の特性について詳しく語る大衆メディアなど皆無で、こうした問題はことごとく無視されてきました。というより、見過ごされただけかも知れませんが、JAL706便の事故も直後に「乱気流によるもの」と報じられたきりで、その先を掘り下げようとする流れにはなりませんでした。

また、昨年の11月28日には上海の浦東空港でジンバブエのアヴィエント・アヴィエーションが保有するMD-11の貨物機が離陸に失敗し、7名の乗務員のうち3名が死亡する事故が起こっています。これも原因は調査中で詳細は明らかになっていませんが、曰く付きの機体であることを問題視したのか、中国民用航空総局は国内の航空会社に対して同型機の運航停止を命じました。この一件も日本のメディアでは極めて小さな扱いにとどまり、私の周囲でこの事故を知っている人は一人もいませんでした。

上海で離陸に失敗したMD-11
上海で離陸に失敗して炎上したMD-11
この事故機は1991年に大韓航空へ納入されたものですが、
2005年にブラジルのヴァリグ・ロジスティカへ転売され、
昨年ジンバブエのアヴィエント・アヴィエーションに引き渡され、
わずか8日後にご覧の有様となりました。


成田空港で初の全損事故となり、初の死亡事故となったMD-11は浦東空港でも初の全損事故と死亡事故になるという不名誉な記録を残しました。しかも、わずか8ヶ月しか間を置かずにです。もちろん、いずれの事故も調査中ゆえ原因が機体の問題だったのか否か結論が出ているわけではありません。が、同型機が立て続けに死者を出す重大な事故を起こしたのですから、関連を疑うのは当然のことです。わずか200機しか生産されなかったのに全損事故はこれで7機目という異常に高い全損事故率も考え合わせれば尚更でしょう。

しかし、冒頭でご紹介した記事をはじめとして、私が見聞きした範囲では「成田空港初の死亡事故から1年」を伝えたニュースの中でわずか4ヶ月前に同型機で繰り返された死亡事故に触れたものは一つもありませんでした。浦東空港の事故の扱いがあまりにも小さかったゆえ記者が知らなかったのか、成田空港の事故原因は気流の問題であると認識し、MD-11の全損事故率が並外れて高という実態を知らないのか、ま、そんなところでしょう。

MD-11はやはり欠陥機か?』でも述べましたが、MD-11は燃費優先で犠牲となった空力的安定性を補うため、バイワイヤでコントロールされるシステムに電子制御が介在して補正を行い、そのために生じるタイムラグがパイロットのオーバーコントロールを招きやすいといわれています。この自動補正を解除しても、元々が安定性の低い機体ですから、やはり一度乱れた姿勢を立て直すのは容易ではないようです。

今日の旅客機は多かれ少なかれ似たような考え方が導入されているようですが、水平尾翼を小さく設計してしまったMD-11ほどピッチングを抑えるのが難しい機体はそうそうないでしょう。私は成田空港の事故に見られた「ポーポイズ」と呼ばれる縦方向の振動現象もピッチングを御しにくいMD-11の機体特性と深い関係があるのではないかと疑っていますが、大衆メディアの多くは「ウインドシア」と呼ばれる気流の問題にしか目が行っていないようです。

気流によって姿勢が乱れることはあるでしょう。私はそれほど飛行機を利用しませんが、それでも何度か気流の影響による大きな振動を味わっています。ある程度の確率で姿勢を乱すことはあるでしょうが、それを立て直すのが容易な機体なら事故に至りにくいといえますし、MD-11はそうした性能が他の機体より劣っていると考えられます。他の機体なら立て直せるような姿勢の乱れでもMD-11はそれが間に合わずに墜落してしまったなら、その事故の主因は機体の問題といえます。日本の殆どのメディアにはそうした視点が欠けているように感じます。

思えば、トヨタ車の急加速問題では制御プログラムに欠陥があるのではないかという具体的な根拠がない噂レベルであそこまで大騒ぎしておきながら、このMD-11の事故については機体の特性を問う報道が極めて少ないのですから、その偏り方は目に余ります。こうした視点の違いは、ひとえに「空気がどちらへなびいたか」で決まってしまったのでしょう。真実を見極めようとする強い意志がないと、こうした風見鶏のような報道に終始するというわけです。
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やっぱりちゃんと確認しておきましょう (自戒を込めて)

何年か前からプリウスのタクシーを見かけるようになりました。私の行動範囲でいえば特に丸の内あたりがかなりの頻度で、付け待ちの列に数台のプリウスがいるケースも決して珍しい光景ではなくなりました。私はタクシーがあまり好きではないので滅多に利用しませんから、プリウスのそれに乗ったことは一度もありませんが。

日本のタクシーはMKタクシーのような例外を除き、運転席から操作して後部左側のドアを開閉するのが当たり前になっています。私が子供の頃から至って普通のサービスでしたから、かなり昔から行われていたのでしょうが、世界的に見ると極めて珍しいサービスであるのは有名なハナシですね。今回調べてみて初めて知りましたが、こうした機構は殆どがトーシンテックというメーカーのもので、全国シェア90%を占めるそうです。

昔は運転席の脇にあるレバーをドライバーが操作し、人力で開閉する機構が一般的でしたから、「自動ドア」とはいえませんでした。が、現在ではインパネ周りにあるスイッチを操作するだけで人力を用いないものが普及していますから、このタイプは自動ドアといっても差し支えないでしょう。

で、プリウスのタクシーですが、これは例外なく昔ながらの手動レバーによるドア開閉が行われているんですね。クルマ自体はかなりのハイテクで動いていますが、タクシーにアレンジするとドアの開閉機構がローテクになってしまいます。それはプリウスが停車しているときかなりの確率でエンジンを停止させているからなんですね。

近年のタクシーでは広く普及してきた真空式自動ドアはエンジンが空気を吸い込むその負圧を利用しています。インテークマニホールド内に生じるその力を利用してドアを開閉していますから、エンジンが停止している状態では当然のことながらその動力源となる吸気負圧が生じていません。停車時にはアイドリングストップしていることが多いプリウスには使えないというわけです。

今日の日本のガソリンエンジン車ではタクシーの真空式自動ドア機構と同じく吸気負圧を利用した真空倍力装置付きのブレーキが当たり前の装備になっています。昔のクルマにはこうした装置がないものも多く、ブレーキを踏むのにもそれなりに体力が必要でした。いまでもインドの激安大衆車タタ・ナノの廉価モデルでは省かれています。日本車と同じ感覚で乗って面食らっている記事があったことは以前ご紹介しましたね。

走行中でもエンジンが停止することがあるプリウスは、やはりこの真空倍力装置が馴染みません。ですから、例のリコール騒動のときトヨタの説明を聞いてビックリした人もいたわけです。

「マボロシ」であって欲しい「プリウス」の真空倍力装置

 「えっ、本当にあるのか…」。ちょっと信じられないのだが、トヨタの「プリウス」には真空倍力装置があるのだという。2月9日の会見のときには、言い間違いの揚げ足を取るようなことはしたくないので、反応しなかった。ところが17日の会見で改めてその話が出た。どうも本気らしい。

 真空倍力装置とは、エンジンが吸う空気の通り道をスロットル弁で絞り、圧力が低くなった「真空」を使ってブレーキを動かす仕組みだ。ものすごく簡単な構造であるため、ガソリンエンジンを積んだクルマでは重宝がられている。当然ながら、エンジンが回っていないと力が出ない。一方、ハイブリッド車は頻繁にエンジンを止める。だからハイブリッド車と真空倍力装置は相性が悪い。「信じられない」というのはそういう意味だ。

(後略)

(C)日経Automotive Technology 2010年2月23日


追加情報として“その後の調査で、「プリウス」には真空倍力装置がないことを確認しました。” と付記されたとおり、これを記者発表したトヨタの担当者の認識が間違っていただけでした。しかし、この勘違いは不具合の根幹に関わる仕組みを理解していないことになるので、あってはならない勘違いでした。

プリウスのブレーキに備わっている倍力装置は電動の油圧ポンプになります。構造が簡単で安価な真空倍力装置はエンジンが頻繁に停止するハイブリッド車に馴染まないため電動油圧ポンプにせざるを得ないようで、それがハイブリッド車のコストを押し上げる要因の一つにもなっているわけですね。これはホンダのインサイトなどにも共通します。

また、こうしたシステムはブレーキの油圧ラインが複雑になりますから、フルードの交換なども手間がかかるといいます。恐らく、工数も多くなっているハズですから、工賃も高く付くでしょう。もっとも、ブレーキフルードの交換はエンジンオイルなどに比べて頻度が高いものではありませんし、ハイブリッド車は回生ブレーキを併用しますから、ブレーキパッドの摩耗がかなり遅くなります。なので、ブレーキ周りにかかるユーザーのコスト負担はそれほど大きくなっていないと思います。

2代目プリウスではこのポンプやソレノイドからのノイズがペダルに微振動として伝わる問題のほか、ABSの作動時に回生ブレーキから摩擦ブレーキに切り替わる際、不足しがちな油圧を足すためにポンプがフル稼働し、その音が耳障りになるといった問題があったそうです。そこで3代目プリウスではペダルの踏み応えを再現する油圧ラインと摩擦ブレーキを動かす油圧ラインの遮蔽弁を開き、摩擦ブレーキ側のラインに足し油をして油圧ポンプの稼働レベルを下げるように仕様が改められました。

その考え方は間違いではないと思いますが、遮蔽弁の制御が少々雑だったようで、ABSが作動する切り替え時に摩擦ブレーキの油圧が一時的に少し下がってしまい、ドライバーはそれをブレーキが抜けて空走しているように感じるといった新たな問題が生じてしまったというわけです。

件のリコール問題はあたかも「ブレーキが一時的に利かなくなる」と受け取れるような報じかたもされましたが、実際には「制動力が瞬間的に少し弱まる」といったレベルで、ABSが過剰に作動してしまうといった過去にいくつも類例がある不具合と大差なく、あそこまで大騒ぎするような問題ではなかったと思います。(個人的な感想です。)

もちろん、油圧ラインはちゃんと繋がっていますから、ちゃんとペダルを踏み込めばちゃんと止まる構造になっています。が、その空走感を問題視するユーザーからクレームが多数寄せられ、トヨタも宜しくない現象だと判断したため、今年の1月出荷分から遮蔽弁の開き方を制御する部分を修正したプログラムに書き換え、リコールでもそれに改めたというわけですね。

記者発表の際には現象を伝えるなどしていたわけですが、真空倍力装置なんて言葉が出てきたのは如何にもお粗末でした。ま、でも、人間が勘違いするときなんてこんなものかも知れません。恐らく、専門の技術スタッフが説明していたらこうした勘違いなどあり得なかったでしょうけれど、品質管理を統括する取締役クラスでないと箔が付かないと考え、肩書きは立派でも詳細は熟知していない人に説明させてしまったのでしょう。その辺も次元の低い判断ミスだったといえるでしょう。

私も先のエントリでアップルの創設者の一人であるスティーブ・ウォズニアック氏のコメントを批判したとき、2代目まで定速維持のクルーズコントロールしか選べなかったという頭で書き進めてしまい、レーダーコントロールが装備されていることが書かれている記事を引用しておきながらご指摘を頂くまで気付かなかったという間抜けなミスを犯してしまいました(詳しくは同エントリの追記をご参照下さい)。情報の精査が不充分だとこういうつまらないところで恥をかいてしまうということで、私も反省しています。

プリウスのリコール問題も時間を経てこうした詳細な状況が明らかになってきたわけですが、専門メディアを除いて多くはそれを伝えませんでした。ブレーキに不具合があったこととそれに対してどのような動きで対応したかのほうが大事で、不具合の具体的な内容が大騒ぎするようなものだったのか否か振り返る必要などないというわけですね。

ウォールストリート・ジャーナルの電子版に掲載されたインタビュー記事『【エキスパートに聞く】トヨタリコール問題で問われる日本企業の危機管理能力』も、詳細が明らかになる以前のものならともかく、いま段階(掲載されたのは3月23日)にあってはかなりいい加減な認識であると言わざるを得ません。

 今年2月、豊田社長が(ハイブリッド車)「プリウス」に対する最初の記者会見をした時、ブレーキを「しっかり踏めば止まります」というような発言をしました。これは主張型です。これが受け入れ型のメッセージだったら、「うちのセールスマンが行くまで乗らないでください」となります。

 「ブレーキを強く踏めば止まるんですよ」というのはまだメーカー側の視点です。100%安全かどうか分からないのですから、「今セールスマンが必死にリコールをやっていますから、なるべく乗らないでください」というのが相手の視点に立ったメッセージです。


プリウスのブレーキは完全にバイワイヤ化されているわけではありませんから、ブレーキが故障していない限り「強く踏めば止まる」構造になっており、トヨタの説明は事実を述べたものです。が、この「エキスパート」の方はこうした事実関係を確認せず、「100%安全かどうか分からない」と勝手な思い込みで決めつけ、トヨタの説明を「メーカー側の視点」として宜しくないことだと取れる極めて無責任な主張をしました。

実際に「乗らないでください」なんてことを公言してしまったら「代車をよこせ」と言ってくるユーザーは必ず出てきますし、全国的に見ればその数はかなりのレベルに達してしまうでしょう。「乗らないでください」と公言したらこうした要求に対応しなければならなくなるのは必至で、そこでまた代車の確保など現場での調整が大変なことになり、「対応が後手に回っている」などとメディアから余計な批判を受けることになっていたでしょう。

趣味の道具がリコールされる場合と違って、毎日これで通勤しているとか、営業車としてこれで仕事をしているといった人たちに対して「乗らないでください」と言ってしまったら、必ず開いた穴を埋める必要に迫られます。本当にそういうレベルで対応しなければならない場合もあるでしょうが、今回のケースはとてもそこまで大きな問題だったとはいえないでしょう。

この件に関しては「乗らないでください」などとアナウンスしたら無意味にユーザーの不安を煽るだけで、それこそ間違った対応の仕方になると私は考えます。実際、ユーザーは冷静だったという報道もあり、騒いでいたのは外野のほうが中心だったようですし。

もちろん、このエキスパートさんの言うことにも一理あると思う部分もありますから、このインタビュー記事を全否定するつもりなど毛頭ありません。が、「ちゃんと確認していない部分は真っ当なアドバイスになっていない」ということも示してしまったと思います。

うっかり見落としてしまったり、頭から勘違いしていたり、専門外で掘り下げが甘かったりといったことはある程度仕方ないと思います。が、ちゃんと確認しないと余計な恥をかいてしまうということを常に留意しておかなければなりませんね。私も気をつけたいと思います。

そうそう、Wikipediaにある「タクシー」の項には、自動ドアについて「完全な手動であり、人力で開閉されている」と書かれていますが、実際には上述のように吸気負圧を利用した自動ドアが増えています。これを書いた人も確認が不充分だったということですね。

釈迦に説法 (その2)

私が所有しているのと同じ2008年製プリウスがカリフォルニア州の高速道路で暴走したという騒動は当該車両を調べても異常が見つからず、EDR(イベントデータレコーダ)にはアクセルとブレーキを繰り返し操作していた記録が残っており、暴走しているように見せかけていたのではないかという疑いが高まりました。当初、そのドライバーは訴訟を起こす旨を述べていたようですが、金銭に困った彼の狂言である可能性も指摘され、日本のメディアでも話題になりましたね。

2005年製プリウスがニューヨーク州で暴走した件もEDRにブレーキ操作が記録されておらず、自作自演であった可能性が高くなってきたようです。こうしたハナシが相次ぐと、プリウス以外にもトヨタ車が急加速したとする証言や、それによるとされる事故など、騒動に便乗した嘘の情報が混ざっているのではないかと疑わしくなってきます。

例の公聴会で証言を行ったスミス夫妻の所有していたレクサスもEDRの解析が進めば真相に近づけるかも知れません。あの信憑性に欠ける証言内容はキチンと精査しておく必要がありますが、実際に問題の車両をNHTSA(米高速道路交通安全局)が後の所有者から買い取って調査が進められることになっていますから、続報が待たれるところです。

アップルの創業者の一人であるスティーブ・ウォズニアック氏のプリウスも急加速したような報道がありましたが、これも本当にクルマの問題なのか微妙な感じです。AFPの『急加速の原因はソフトウエア?米アップル共同創業者がプリウスの急加速体験を語る』という記事には

米ABCテレビのインタビューで、トヨタ自動車(Toyota Motor)の大規模リコールにつながった急加速の原因はソフトウエアにあるのかもしれないと語った。

 これによると、数か月前にウォズニアック氏がトヨタのハイブリッド車「プリウス(Prius)」を運転していたところ、クルーズコントロール(自動的にアクセルを調整する装置)を使っていたにもかかわらず速度が急に上がったという。

 同氏は「足はペダルに全く触れていなかった。問題はアクセルペダルではなくソフトウエアにあるのかもしれない」と指摘した。

(中略)

同氏はABCの後に出演した米テレビ局CNNで、自分が体験した意図せざる加速は、車間距離をとるために自動的にスピードを落とすレーダーシステムと、ブレーキをかけたおかげで無事に収まったことを明らかにし、「わたしはこの車を愛している」と語った。


と書かれていますが、後に本人が補足した内容によれば、クルーズコントロールの速度設定を上げようとしてレバーを操作したもののすぐには速度が上がらず、何度かレバー操作を繰り返しているうちに急加速を始め、速度設定を下げるレバー操作をしたのにかなりの速度に達してしまったということのようです。こうしたドライバーの意思通りに動かなかったことを彼は「ソフトの問題」と考えているわけですね。

詳細な状況は解りませんが、例えば速度設定を上げようとしていたときに登り勾配だったら速度がすぐに上がらない場合もあります。また、勾配を登り切れば下りに転じるわけですが、勾配が急であれば下っているときに速度が落ちなくても何ら不思議ではありません。勾配が急でなくても強風が組み合わさるなどすれば似たような状況になり得るでしょう。

そもそも、クルーズコントロールはスロットルを制御します(もちろん、変速系も連動します)が、ブレーキ系統は制御されません。エンジンブレーキで減速できない領域になると加速を続けてしまうことになるわけですね。そうしたことは取扱説明書にも必ず明記されています。私のプリウスにもクルーズコントロールが付いていますが、取説にはその旨がちゃんと触れられており、急な下り坂ではクルーズコントロールを使用しないように書かれています。(追記をご参照ください)

ですから、このような知識がなく、常にクルマが設定速度を維持してくれるものだという認識で運転しているとしたら、クルマが勝手に加速していると思い込んでしまう状況も巡ってきます。こうした点を踏まえれば、ウォズニアック氏の体験として報じられた急加速もクルマ側の問題であると断定できるレベルにはないでしょう。

同じく、AFPの『S・ウォズニアック氏、あらためて「プリウス愛」を語る』という記事には

 また夕暮れ時の交通量が少ないハイウェーでプリウスのクルーズコントロールシステムを使って徐々にスピードを上げていくという「実験」を行ったときの体験を披露した。一定の速度を超えたところで車は加速を始め、速度が上がり続けたという。

 どこまでスピードが上がるのか見てみようと思ったが、どこまでも上がるようだったのでブレーキを踏んだ。


とあります。先の記事のような経験をしたので実験をした結果がこの記事なのか、元が同じハナシをメディアがねじ曲げて別のハナシにしてしまったのかは解りません(実際、以前『消防車は如何にして事故を起こしたか?』と題したエントリでご紹介しましたように同じ事故の報道でも朝日と産経で全く違う内容になっていました)。が、いずれにしてもこのような実験を公道でやるのはどうかと思います。

公道はテストコースと違って水平が保たれているかどうか解りませんし、路面の摩擦係数が一定であるとも限りません。カーブしていればコーナリングフォースが発生しますから、やはり摩擦は増えます。一口にカーブといってもクロソイドカーブと単純な円弧カーブとではコーナリングフォースの生じ方も違ってくるでしょう。ま、普通の高速道路なら路面との摩擦抵抗はあまり速度に影響しないと思いますが。

いずれにしても、外的な要因が変化すれば「徐々にスピードを上げていく」という操作に対して一定の反応を示すとは限りません。抵抗が大きい状態で設定速度を上げてもリニアに反応せず、抵抗が小さくなったところでそれまでより勢いよく加速してしまうということも状況によっては充分に起こり得ることです。

また、プリウスのクルーズコントロールの速度設定レバーは約1.5km/hステップで速度設定を微調整できるようになっています(2代目の日本仕様の場合)。つまり、レバーをスピードアップ側に10回押してやれば設定速度は約15km/h上がる仕組みになっているというわけですね。リニアに反応しないのでイライラして何回もカチカチとレバーを動かせば、その分だけ設定速度も上がってしまうというわけです。アメリカ仕様のクルーズコントロールの上限が時速何マイルに設定されているのかは解りませんが。

状況によってはリニアに反応しない場合があるということ、スイッチの仕様がどうなっているのか、減速はエンジンブレーキに依存している仕組み(追記をご参照ください)など、クルーズコントロールの基本となる知識が欠けていると、クルマが勝手に加速していると誤解されてしまうこともあるでしょう。

ま、それ以前に、アウトバーンのような速度制限のないところならばともかく、アメリカの高速道路も必ず速度制限があるのですから、そういうところで「どこまでスピードが上がるのか見てみよう」などという実験をやろうと考えること自体がそもそも非常識ですが。

こうした部分も踏まえれば、ウォズニアック氏の発想そのものが完全に素人レベルと言わざるを得ません。いくらIT業界の大物の発言であっても、詳しく内容を精査せずに「ソフトの問題」と受け取れる報道をするのは風説を流布する行為に等しいと私には感じられました。このようなレベルの低い情報で徒に疑惑を拡大されていく関係各位は気の毒に思いますし、ウォズニアック氏も自分がIT業界屈指の大物で、それなりの影響力を持っているという自覚が足りないように感じます。

(おしまい)


追記:

クルーズコントロールについて「減速はエンジンブレーキに依存している」と書きましたが、「アダプティブクルーズコンロール(ACC)の場合はブレーキも制御しているはずです」というご指摘を頂きました。確かにその通りで、ウォズニアック氏のプリウスもレーダークルーズコントロールが装着されているようですから、ブレーキの制御も行われているものと思われます。

2代目までのプリウスにはレーダークルーズコントロールの設定がなく、3代目から設定されていたことを失念して書いてしまったのですが、よくよく見返してみますとAFPの記事に「車間距離をとるために自動的にスピードを落とすレーダーシステム」とある部分も引用しておきながら気付かなかったのは我ながらかなり間抜けでした。面目次第もありません。

念のため調べてみましたが、プリウスに採用されているレーダークルーズコントロールでは車間距離維持の減速制御だけでなく、定速維持の際にブレーキも制御される仕様になっているのか否かまでは解りませんでした。

どちらにしても、この種のシステムはトヨタに限らずどのメーカーでも「ドライバーの補助」を目的としたものであって、例外なく「安全を保証するものではありません」といった旨を謳っています。プリウスのカタログでも「車間距離制御には限界があります。装置を過信せず、安全運転をお願いします。」「道路状況および天候状態等によっては、ご使用になれない場合があります。詳しくは取扱書をご覧ください。」と断っています。

そもそも、こうしたシステムはいかなる状況でも万全であることを期待するようなレベルにはありませんし、メーカー側も初めからその旨をキチンと明示しているわけですね。ですから、ドライバーが思ったような動きをしないことがあっても大袈裟に騒ぐべきではないでしょう。

釈迦に説法 (その1)

今回のトヨタバッシングに対してアップルの創業者の一人であるスティーブ・ウォズニアック氏はトヨタを擁護する発言を重ねていました。彼はこれまで9台のプリウスを購入し、「私はプリウスを愛している」と公言して憚らない人物です。が、その一方で「トヨタは機械技術は素晴らしいが、ソフト技術は別物。IT業界の人間は問題を理解している」とも述べています。これはいくら何でも言葉が過ぎるでしょう。

自動車に電子制御が取り入れられるようになったのは決して最近のことではありません。真空管は振動や衝撃に弱く、当初のゲルマニウムトランジスタは熱に弱いといったネックがありましたが、この時代から自動車の制御に使えないかという試行錯誤が重ねられてきました。

デンソーの元技術者である河合寿氏がこの業界に入った頃はまだゲルマニウムトランジスタの現役時代で、熱に弱いこれを基板に半田付けする際に何個か壊してしまい、「さすがに、これでは自動車に使用できないなぁ…。そう嘆いていたところに、登場したのがシリコン半導体です。これなら半田付けで壊れる心配をしなくて済みますし、何より自動車に使える! と喜んだ記憶があります。」と語っています。

集積回路が登場する以前からトランジスタなどを用いたアナログ回路による電子制御は既に行われていました。有名なボッシュのDジェトロニックは世界初の電子制御式燃料噴射装置で、これが登場したのは1967年のことです。Dジェトロニックの「D」は、ドイツ語で「圧力」を意味する「Druck」のイニシャルになります。

Dジェトロニックはその名の通り、インテークマニホールド内に設けられた圧力センサによって空気量を検出し、ディストリビューターと同軸のトリガーコンタクトによってエンジン回転数を検出し、他にもスロットルバルブの開度や水温などの情報も拾っていましたが、噴射量を制御したのはやはりアナログ回路で、後のデジタル式に比べるとかなり大雑把なものでした。燃料噴射も各筒個別ではなく、4気筒の場合は2気筒ずつのグループ噴射でした。

大きな転機となったのは1970年代でしょう。1970年12月にアメリカで改正された大気汚染防止の法律、通称「マスキー法」によって自動車の排出ガスに厳しい規制が設けられ、エンジンの制御をきめ細かくしていかなければならない方向へ導かれました。また、この頃からマイクロプロセッサが発展したことで状況が大きく変わっていきました。

1976年にはインテル製の4ビットマイクロプロセッサを使用したイグニッションの制御装置がGMから発表されたのを皮切りに、燃料噴射や点火などをデジタルで制御する技術開発が進められ、日米欧の主要メーカーはこぞってこの分野へ注力していきました。トヨタグループのデンソーも1960年代にはIC研究室を開設しており、自動車のデジタル制御技術を開発する準備を進めていました。

世界で初めてエンジンを総合的にデジタル制御する乗用車が市販されたのは1979年のことで、日産の430系セドリック/グロリアにECCS(Electronic Conetrated engine Control System:エックス)と称するシステムが採用されました。このシステムの生産を担当したのは日立オートモティブシステムズになります。

日産セドリック-セダン280Eブロアム
日産セドリック(430系)セダン280Eブロアム
1979年6月に発売されたセドリック/グロリアのL28E型エンジンは
世界で始めてマイクロプロセッサによる集中制御システムが導入されました。
同年10月に追加されたL20ET型エンジンは乗用車として日本初のターボ過給で、
私の父が乗っていた初代レパードのエンジンも全く同じものでした。


今回の騒動で「エンジンの電子制御技術が導入されたのは10年くらい前から」というような報じかたをしているメディアが多かったのには驚きましたが、アナログ電子制御は40年以上の歴史があり、マイクロプロセッサによるデジタル制御も30年以上の歴史があります。私が小学生のとき、父が買った初代の日産レパード(F30系)も直列6気筒のL20ET型エンジンをターボで過給し、ECCSで燃料噴射や点火を制御するといったことを既にやっていました。

一方、ウォズニアック氏がスティーブ・ジョブズ氏らとアップルコンピュータを法人化したのは1977年のことです。彼がローカルなコンピュータクラブで知り合った仲間と安価なパソコンの開発を始めるより早い段階から、自動車業界では社内に専門的な部門を設けたり、グループ内外の電装メーカーと共同で電子制御システムの開発を進めていたのです。こうした経緯も踏まえず、自分たちのほうが専門的だと思い込んでいるのは少々滑稽です。

もちろん、IT業界の革命児たちの底力も侮れません。風通しが良いとはいえない自動車業界の中だけでやってきた人たちと全く違うアプローチになる革新的なシステムを創り上げることができるかも知れません。

が、「IT業界の人間は問題を理解している」というような偉そうなことは、実際にシステムを試作し、実際にクルマを動かして見せ、自分たちの技術のほうが優れているということを具体的に示してから言うべきです。ウォズニアック氏はまるで「自動車メーカーはITの素人」とでも言わんばかりですが、それは自動車業界を見くびり、関係者を侮辱するものです。彼は素人ゆえ自動車の電子制御技術を簡単に考えすぎているのかも知れません。

今日の自動車はマイクロプロセッサを数十~百個以上搭載しています。パワーウィンドウやドアミラーなどにもその動きを制御するサブシステムが設けられ、個々に専用のプロセッサを備えており、それらをCAN(車載LAN)で統べる仕組みになっています。簡易なサブシステムはOSといえるレベルの複雑なものになっていません(その必要もないでしょう)が、エンジンやトランスミッションなどにはリアルタイムOSが採用されるようになっており、近年はその標準化に向けた作業が進められています。

車載制御基盤ソフトの標準化に向けていち早く動き始めたのはヨーロッパで、OSEK/VDXやMISRA、HISといったコンソーシアムがあり、これらはAUTOSAR(the Automotive Open System Architecture:オートザー)に踏襲されています。

日本でも経産省が音頭をとって多くの自動車メーカーや電装メーカーなどが参画するJasPar(Japan Automotive Software Platform and Architecture:ジャスパー)という社団法人が立ち上げられました。AUTOSARとJasPerは対立関係にあるわけではなく、JasPerは「海外の標準化団体に対する日本企業のワンボイス化」を目的のひとつとしていますので、基本的に両者は協調関係にあります。

AUTOSARにはコアパートナーとしてトヨタが、プレミアムメンバーとしてホンダ、マツダ、デンソー、日立、富士通、NECエレクトロニクスなど日本企業も数多く名を連ね、その殆どがJasPerの参画企業でもあります。先月行われたJasParの成果発表会で披露された試作車もAUTOSARをベースとしたJasPar仕様というべきシステムを搭載したものでした。

JasPar成果発表会の様子
JasPerの開発成果発表会の様子
2010年2月4日に東京・台場にある日本科学未来館で
自動車向け共通基盤ソフトウェア開発事業成果発表会が開催されました。
写真左からステアリング系制御にこれを適用した日産フーガ、
ITS(高度道路情報システム)系制御に適用したホンダ・レジェンド、
安全制御に適用したレクサスLS460になります。
いずれもAUTOSARをベースとし、個々の制御系ソフトウエアに最適化した
JasPar仕様の車載制御共通基盤ソフトを搭載しているといいます。


ウォズニアック氏のようなIT屋が自動車業界にアドバイスしたいというのなら、まずはこうした総合的なシステム面からアプローチすべきでしょう。いきなりエンジンの制御系など専門的な分野に口出しするのは適切ではないといいますか、身の程を弁えていないように感じます。

また、彼は「自動車もコンピューターが入ったほかの製品と同じように、トラブルが起きそうなときは一度シャットダウンしてシステムを再起動させるのがいいと助言した」とも報じられていますが、AUTOSARはエラー処理においてスタートアップ/シャットダウンシーケンスに対応しています。 ウォズニアック氏も口を挿むならもう少し勉強してからにしたほうが余計な恥をかかなくて済んだと思います。

メディアがこうした素人の発言をそのまま垂れ流してしまうのは何故なのか、それは考えるまでもありませんね。

(つづく)

京都市は「平準化」という言葉を知れ

京都市はコンビニの深夜営業を規制する条例の制定を模索していましたが、それを断念することになりました。しかし、彼らは依然として根本的な部分で考え方を間違えていると思います。

コンビニ深夜営業規制、京都市が断念

 地球温暖化対策のため、コンビニエンスストアの深夜営業規制を検討していた京都市の門川大作市長は25日、条例などでの規制を断念するとの考えを明らかにした。


 検討を進めていた市民会議(座長=藤岡一郎・京都産業大法科大学院教授)が「深夜営業を規制しても二酸化炭素の削減効果は限定的」などとして、提言骨子に規制を盛り込まなかったためという。

 市は、国別の温室効果ガスの削減目標を定めた京都議定書誕生の地として、夜型の生活を昼型に変えようと、08年8月に、市民や大学教授ら24人からなる市民会議を設置したが、大手コンビニチェーンでつくる「日本フランチャイズチェーン協会」は参加しなかった。

 門川市長は「一方的な規制は行わないが、今後もコンビニ業界に働きかけたい」と話した。

(C)読売新聞 2010年2月25日


コンビニが消費する電力などたかが知れていますから、その深夜営業をやめさせたところで電力需要全体から見れば無視できるレベルです。発電所が出力を下げない限り、使う側が消費を抑えても意味がありません。また、CO2を削減することを狙っているのなら、火力発電所に出力を下げさせなければなりませんが、コンビニの深夜営業をやめさせるといったレベルでは無理な相談というものです。

当blogでは何度も触れてきましたが、出力調整が容易な石油火力や天然ガス火力は夜間の出力を下げ、出力調整が容易ではない他の発電方法で余った電力を揚水発電というエネルギーストレージに貯えています。つまり、深夜は電力が余っており、その消費を抑えたところでエネルギーの有効活用やCO2の削減には殆ど繋がらないと考えるべきなのです。

減らすのに意味があるのはピーク時の需要であって、オフピークの需要を減らしても大した効果はなく、ましてやコンビニの深夜営業を規制しても「二酸化炭素の削減効果は限定的」というのも大袈裟で、実効性など全く見込めないと考えるべきです。

そもそも、電力や道路など多くのインフラは利用が集中しないよう如何にして「平準化」させていくかが大きな課題となっています。ピーク時の利用が拡大していくのに合わせてインフラの規模を拡大するのは極めて効率が悪いため、利用が集中しないよう分散を促したほうが良いというわけです。

高速道路や有料道路なども深夜料金を半額にしたり無料にするなどして、トラック輸送などの利用を夜間へシフトするように誘導し、昼間の混雑を緩和させようとしています。私も深夜から早朝にかけてクルマで長距離を移動することがありますが、深夜にトラックが頻繁に行き交っているのをよく見かけます。これが昼間に集中してしまったら混雑はさらに増し、酷い渋滞が頻発するだろうということは容易に想像が付きます。

また、一般道においてはコンビニがトラック運転手たちにとってのオアシスになっているケースが多々あります。近年は「道の駅」も増えていますが、高速道路のパーキングエリアなどに比べるとまだまだ数が少ない状態ですから、幹線道路沿いにあって大型車が駐車できるコンビニは彼らにとって重要な休憩場所になっているわけですね。その営業を規制するのは彼らの利便を損なうことに繋がりますから、CO2の削減という意味でも正しい判断とはいえないように思います。

もちろん、深夜トラックだけでなく、夜間に仕事をするという業種は他にもあるでしょう。静かな深夜から早朝にかけて仕事をしたほうがはかどるという人もいるかも知れません。そういう人たちにとって「夜型の生活を昼型に変えよう」などという京都市の考え方は余計なお世話というものです。

昼間に集中している人や物やエネルギーの流れの一部を夜間にシフトして分散させたほうが、インフラの利用効率を向上させることに繋がります。深夜の電力が安いのも、「ディマンドサイド・マネジメント」といって平準化に繋げるための方策です。こうしたハナシは以前にも『発電所は急に止まれない』と題したエントリで取り上げたとおりですが、「夜型の生活を昼型に変えよう」という考え方は、多くの場合「平準化」に逆行しますから、CO2を減らしたいという意図にも反することになるでしょう。

もちろん、昼夜の区別がなくなるのも様々な問題を引き起こす可能性があります。夜間も人の活動が増えると安眠を妨害されるなど健康面に与える影響も大きくなっていくでしょう。実際、深夜トラックの騒音や振動が問題になっている地域もあります。もちろん、生態系など自然界への悪影響も考慮する必要があると思います。単純に効率を求めて夜間へのシフトを進めれば良いというものでないのも確かです。

ですから、如何にして分散利用を進めながらそれによる弊害を小さく抑えるかといった理想的な「平準化」の在り方について模索していくべきなんですね。京都市は単に「夜型はダメ」と短絡し、昼間に集中させようとしている時点で問題の本質を見誤っていると私には感じられます。精神論やイメージが先行すると勘違いを引き起こしやすいものですが、京都市もまさにそうしたパターンにはまっているように見えます。

いまごろ気付いたのでは遅すぎる

トヨタのリコール問題で国内メディアも大袈裟に騒ぎ始めた2月初旬、当blogでは『騒ぐ前に少しは自分で調べなさい (その2)』でフォードやGMにも大規模リコールがあったことを指摘しました。これを棚に上げてトヨタだけを問題視するのは不公平で、全体の状況を把握せずに三菱車の火災のみを伝えたあの偏向報道の繰り返しだと批判しました。それから遅れること1ヶ月余り、ようやくそうした実態に気付き始めたようです。

09年米リコール フォード452万台、GM223万台

 【ワシントン=寺西和男】米国で2009年に自動車メーカーがリコールした車の台数は、トヨタ自動車が487万台で最多だったが、フォード・モーターもほぼ同規模の452万台に達したことが分かった。米国ではリコールへの対応の遅れでトヨタに批判が集中したが、リコール台数の増加に米議会では「リコールは業界全体の問題」との声が強まり、業界の安全強化に向けた検討が本格化しそうだ。

■議会「産業全体の問題」

 与党・民主党の実力者、ダニエル・イノウエ上院議員の事務所が、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)の情報をもとに作成した資料を朝日新聞が入手した。00年~09年の米国でのリコール台数が主要メーカー別に記載されている。

 それによると、09年は米国全体でリコールしたのは1640万台。うち、トヨタは487万台(全体の29.7%)と、過去10年間で米国でのリコール台数で初めて首位になった。一方、フォードが452万台(同27.6%)、GMが223万台(同13.7%)など、トヨタ以外のメーカーもリコールの多さが目立つ。

 詳細なデータがない00年を除き、01~09年の主要各社の累計リコール台数を比べると、フォードが3650万台(全体の23.7%)、GMが3580万台(同23.3%)を占めた。これに対し、トヨタは1068万台(同6.9%)だった。

 一方、米国全体のリコール台数は04年の3082万台から08年に1053万台に減ったものの、09年には再び600万台増えるなど、一進一退が続いている。

 2日の上院の商業科学運輸委員会での公聴会で、イノウエ議員はこの資料を根拠に「リコールはトヨタだけの問題ではなく業界の問題だ」と指摘。委員会の調査もトヨタだけを集中的に調べるのではなく、業界全体の取り組みに広げる必要性を訴えた。

 下院の監督・政府改革委員会のアイサ筆頭理事も3日、車の急加速問題についてトヨタ以外のメーカーに調査対象を広げるべきだとの考えを表明。米議会にはアクセルよりブレーキを優先する装置の義務づけに向けて法制化を目指す動きもあり、トヨタ以外のメーカーに対しても安全への取り組みを求める姿勢が強まっている。

(C)朝日新聞 2010年3月5日


当blogでは把握が困難な総数には触れませんでしたが、100万台を超える大規模リコールについて取り上げました。特にフォードのクルーズコントロールのスイッチから発火の恐れがあるリコールはそれだけで450万台規模でしたから、トヨタだけが突出したものではないという実態を明らかにしていました。

私は特別なことをしたわけではありませんし、特別な情報源を持っているわけでもありません。ただ、Googleで「GM リコール」「フォード リコール」といったキーワードで(しかも日本語で)検索しただけです。たったそれだけのことでGMやフォードの大規模リコールについて、あっという間に具体例を把握できました。

が、多くの日本のメディアはこうした極めて初歩的なこともすっ飛ばし、アメリカから押し寄せてきた波にアッサリと呑み込まれてしまいました。徒に騒ぎを拡大し、偽善めいた安っぽい正義を振りかざし、トヨタのその売り上げを低下させる片棒を担いでしまったというわけです。これでは「魔女狩り」と何ら変わりません。

トヨタも大規模リコールやその対応の遅れの理由として「事業の急拡大が原因の一つ」というストーリーに便乗しました。彼らにとっても解りやすい理由を示しておいたほうが都合がよいと判断したからでしょう。しかし、トヨタのクレーム情報に対するスタンスは以前から大差なく、彼らの体質が昔から変わっていないことを私は知っています。

トヨタはリコールに該当するクレーム情報を8年間も放置し、そのことを咎められて4年前に国土交通省から「欠陥車関連業務に係る業務改善指示」(←リンク先はPDFです)を受けています。近年になってトヨタの取り組み方に問題が生じ始めたのではありません。それは少なくとも十数年前から始まっていたことで、海外マーケットにとどまるハナシではないこともこの業務改善指示を受けたという事実が物語っています。

同様に、他社でも似たようなクレーム情報の放置や隠蔽がありました。他にも試作車を公道でテストする際に正規の手続を踏まず、5社が違法行為を犯していたなど、企業倫理を問われる不祥事が多くのメーカーでありました。こうしたことも私は以前から知っていましたから、トヨタだけの問題でなく、業界全体に似たような弛みがあることに気付いていました。

また、2004年に三菱ふそうがサンドバッグ状態になった一件を受け、国内各社は大慌てでリコール等の届出を連発し、前年までの4倍くらいにその件数が膨れ上がったという事実を『印象だけで論評するメディアの無責任 (その2)』でお伝えしましたが、それと同じことが今回も起こっています。

アメリカでトヨタ叩きが本格化した頃からヨーロッパの主要メーカーも大慌てでリコールの届出を連発しているんですね。トヨタのように「対応が遅い」と叩かれる前にきわどい案件はとりあえずリコールしておいたほうが無難だという判断によるのでしょう。たまたまトヨタのように騒がれなかっただけで、多かれ少なかれ似たような案件を抱えていたと見るべきでしょう。

先月、前原国交相が日本国内におけるトヨタ車の急加速や急発進について国交省に寄せられた情報として2009年までの3年間に38件あったことを示しました。そのとき、全体では134件あり、トヨタの38件は同社の保有シェアにほぼ一致する割合で、「トヨタが特に他社よりも多いわけではない」とコメントしていました。珍しくマトモな情報開示だったと思いますが、こうした対応は出来て当たり前のことであって、トヨタだけが徒に問題視されてきたほうがおかしいのです。

こうした問題は突然急激な変化が起こったというケースより、単にそれまで知られていないだけだったり、一部がクローズアップされて全体を見渡していなかったり、データの取り方そのものが間違っているといったケースのほうが多いように感じます。

そうした状態になっているのか否かを見極めるためにもまずは過去に遡って類例がないかを調べる必要があります。そんな当たり前のことをやらなかったメディアは、全くの素人である私より1ヶ月以上も遅れてようやくこの問題も「木を見て森を見ず」というべき愚かな状態になっていたことに気付いたというわけです。「リコールはトヨタだけの問題ではなく業界の問題だ」というのはまさにその通りですが、その事実に気付くのがあまりにも遅すぎました。

ごく一部分の情報を元に世論を誘導しようと企てる人はこれからも絶えないでしょう。環境問題やそれに乗じた原発推進、自然エネルギーの利用拡大などもそうですが、断片的な情報に乗せられ、都合良く利用されてしまうのは恥ずべきことです。事が進んでしまってから乗せられていたことに気付いても、後の祭りというべき状態へ至っている場合も少なくないと考えたほうが良いでしょう。

そうならないためにも、メディアには今一度「騒ぐ前に少しは自分で調べなさい」と声を大にして言いたいところです。ここで取り上げた朝日新聞の記事も結局のところ同紙の記者が自分で調べたものではなく、米上院議員のダニエル・イノウエ氏の事務所が調べたそれを用いただけですから、単なる受け売りに過ぎません。ジャーナリズムとしてそれでは不充分だということを認識すべきです。ま、ずっと気付かずに放置しているよりはマシですけど。

『マッド・シティ』・・・メディアバイアスを痛烈に批判する良作

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この『マッド・シティ』という映画は13年前に製作された少し古い作品ですが、個人的になかなかの良作だと思っています。ところが、AmazonのカスタマーレビューもDMMのそれもかなり低めの評価になっているんですね。これをサスペンスタッチのシリアスな社会派映画として見ることができず、単にエンタテイメント性を求めてしまうとかなり評価が下がってしまうのだと思います。

そもそも、監督のコスタ・ガヴラス氏は政治的・社会的な問題をテーマとし、サスペンスタッチで描き出す作風だといいます。なので、それを知らずに高いエンタテイメント性を求めるほうが間違いと見るべきでしょう。もっとも、私もこの作品を見るまでは同監督の作風など知りませんでしたから、あまり偉そうなことを言える立場ではないのですけど。

凄いのはWikipediaにある「マッド・シティ」の項で、そこには「サスペンス・コメディ」と書かれています。この作品をどういう角度から見れば「コメディ」に見えてしまうのか私の感覚では全くの謎です。もしかしたら、ジョン・トラボルタが演じる役が少々子供っぽい間抜けなキャラで、滑稽な振る舞いをすることがあるからでしょうか? それにしても、「サスペンス・コメディ」としたセンスは尋常じゃありません。

さて、この『マッド・シティ』(原題も『MAD CITY』)ですが、まるでB級バイオレンス映画のようなタイトルですから、これだけ見た時点では全く興味をそそられませんでした。私がこのDVDを買ったポイントとなったのは中心となる二人が好きな役者であるということと、パッケージの内容紹介にある「メディアの真実に迫る、衝撃の問題作。」という部分が「誇大広告では?」と疑いつつも引っ掛かったという点でしょうか。ここでその内容紹介を引用してみましょうか。

そのTVスクープは、残酷な事件へのプロローグ。

ダスティン・ホフマン、ジョン・トラボルタ競演。
メディアの真実に迫る、衝撃の問題作。


地方局で取材記者を務めるマックス・ブラケットは、キー局への返り咲きを狙ってた。ある日、アシスタントを連れて自然博物館へ取材に出向き、そこで人質事件に巻き込まれる。犯人は、博物館の元警備員サム・ベイリー。経費削減のために解雇された彼は、再就職を頼みに館長に会いに来たのだが、つい興奮して発砲してしまったのだ…。ニュース記者と銃撃犯の運命的な出会いは、やがて全米が注目する取り返しのつかない事件へと発展していく。『セブン』のアーノルド&アン・コペルソン製作。現代社会の狂気を描いた衝撃作。


ダスティン・ホフマンが演じるマックス・ブラケットというレポーターはかなりの切れ者ですが、反骨的で先走りやすい傾向があります。それゆえ組織の中では和を乱しやすく、キー局に在籍していたときには看板アンカーマンと激しく衝突してしまいました。しかも、それは生中継の最中でしたから、その様子が全国ネットで放送され、それが原因で彼は地方局へ飛ばされたという経緯があります。

一方、ジョン・トラボルタが演じるサム・ベイリーという博物館の元警備員は、典型的な落ちこぼれタイプです。思慮が浅く、感情の起伏が激しく、口下手で不器用で上述のように子供っぽく、しかし誠実で友人には「からかいやすい」と評されるように純朴な性格の持ち主です。それゆえ、感化されやすく、思慮の浅さと感情の激しさとが重なり、人生の階段から足を踏み外してしまいました。

再雇用を望んでいただけのサムですが、未熟さと不運から事態は彼の思惑と全く異なった方向へ進み、出口の見えない状況へ追い込まれてゆきます。そのときたまたま博物館の取材で居合わせたマックスと、見学に訪れていた小学生たちを巻き込むことになり、彼は状況に流されるまま人質籠城事件の犯人になってしまいました。

マックスはまたとない大スクープの好機と捉え、サムにアドバイスを与えながらも警察に対して緊迫感を与えてしまいます。サムの信頼を得たマックスは間もなく彼の行動に大きな影響を与えることができるポジションを得ます。最初は些細なトラブルに不運が重なり、やがてメディアの過剰な報道によって世論は煽動され、全米で注目される大事件へとエスカレートしていきます。

この映画の見所は何といってもサムを巡ってメディアがどのような犯人像に描き上げていくか、それによって世論がどのように導かれ、事件がどのように評価されていくか、という描写に尽きます。マックスはサムの境遇を理解し、彼の心優しい性格を強調しつつ、世論の同情を集めようとする方向でレポートを進めていきます。もちろん、その裏には視聴者の興味を引き、自分の存在感を誇示しようという思惑も秘めていますが。

一方、マックスとのトラブルで顔に泥を塗られた因縁がある看板アンカーマン、アラン・アルダが演じるケビン・ホランダーは現地へ乗り込むと、サムの信頼を得ているゆえ事件を仕切っているマックスから主導権を奪おうとします。しかし、局内での優位な立場を利用するケビンに対抗してマックスは再び彼の顔に泥を塗ってしまいます。ケビンはその報復としてマックスが描き上げてきたサムの良いイメージを覆すべく、逆の印象を与えるようなレポートを展開します。

多くの人は時と場合によって印象が変わります。殊にサムのように感情の起伏が激しい場合は尚更でしょう。ですから、マックスの描く善人サムが本物なのか、ケビンが描く悪人サムが本物なのか、メディアを通じてこれを見ている人にはなかなか判断が付きません。そうして世論はメディアに大きく揺さぶられ、サムはますます苦しい立場に追い詰められていくことになります。

マックスもサムの良い人間性を強調するために彼の身近な人たちのインタビュー素材から印象の良い部分だけを切り抜いて用いようとします。ケビンはその逆のことをします。他局も関係のない人物をサムの友人としてインタビューするなどいい加減な報道を展開してゆきます。現実の世界でもメディアは事件や社会問題などをどのように扱うか、予めストーリーを組み立て、それに沿った取材が行われることは頻繁にありますが、それを再現して見せているわけですね。

当blogでは昨年の電気自動車ブームの折、楽観論に否定的な意見は封殺されるというバイアスがかかり、メディアは自身が用意した筋書に沿った取材をしているという実例を『この電気自動車ブームはメディアが創作している』と題したエントリでお伝えしました。他にも様々なメディアバイアスを批判してきましたが、こうしたパターンは現実の世界でも日常茶飯事といって良いでしょう。

マックスらが所属しているテレビ局はもちろん架空ですが、ニューヨークタイムズ紙などの実名が出てきただけでなく、CNNの主力番組である『ラリー・キング・ライブ』(先の米下院の公聴会の後、豊田社長も出演したアノ番組です)がそのまま本昨の中でも再現され、ラリー・キング本人が出てきたときには「メディア批判が主題となる作品でよくそこまでできたものだ」と感心しました。

ハリウッドものにありがちな派手さやハイテンポで濃密な展開をこの映画に期待すると肩すかしを食ってしまうかも知れません。あえて結末には触れませんが、そこへ至る大きな盛り上がりもありませんから、いわゆる「ジェットコースタームービー」を見慣れた目で見ると全般的に地味な印象を受けてしまうと思います。が、そうした目では本作の本当の価値に気付くことはできないでしょう。

もしかしたら、本作の価値に気付くことができない人は本作を絵空事のように思っているのかも知れません。この映画の中で描かれているほど現実のメディアは酷くないと思い込んでいるとしたら、本作が伝えようとしている重大なメッセージを理解できなくても仕方ありません。実際には環境問題や自動車のリコールを巡る騒動などにも非常によく似たことが起こっているのですが、多くの人がそれに気付いていませんし。

本作を低く評価している人が多いのは、もしかしたら現実の世界でも頻繁にあるメディアバイアスに気付くことができない人の多さを反映しているのかも知れません。

不確実な証言に振り回される巨人

私はCSで放送されていたアメリカのドキュメンタリー専門チャンネルで何度か「ハラブジャ事件」の映像を見ていました。

ハラブジャ事件というのは、クルド人が多く住むイラク東部のハラブジャでイラン・イラク戦争の末期に化学兵器が使用され、住民が虐殺された事件です。イランに協力したハラブジャ住民を粛正するためにイラクのフセイン政権がサリンやマスタードガスを使用したとされています。イランがイラクに濡れ衣を着せるために仕掛けたもので、使用された化学兵器は青酸ガスだったという説もありますが。

いずれにしても、約5000人の住民が根こそぎ化学兵器の餌食となり、中には乳児を抱いた母親がそのままの姿で死亡しているといった状況もカメラに収められ、その凄惨な映像が流されていたわけですね。日本では死体を写すのがタブーになっていますから、私にとっては非常に刺激が強く、しばらく夢に出てくるほどでした。

こうした映像が流されたのはイラク戦争開戦前のことでした。いまにして思えば、一種のプロパガンダだったと見るべきでしょう。イラクのフセイン政権は化学兵器を使用して一般市民を虐殺したという事件をクローズアップし、そうした大量破壊兵器を現在も隠し持っていると疑われたイラクに対する印象を操作するため、凄惨な映像を流し、イラクに対する憎悪を膨らませるように仕向けたのではないかというのが個人的な感想です。実際、私もこの映像を見て「開戦は止むなしか?」と思ってしまったくらいですから。

確かに、フセイン政権はUNSCOM(国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会)やIAEA(国際原子力機関)の調査にも非協力的で、報告書にも矛盾点が多数あったそうですから、疑惑は払拭できない状態でした。というより、フセイン政権は宿敵であるイランや国内の反体制勢力を牽制するためにもそうした疑惑を残しておきたかったという思惑があったようです。

イラク戦争開戦の直接的な理由は化学兵器を搭載できるミサイルの保有が明らかとなり、それが安保理決議に違反したという判断によるようです。が、この戦争の大義名分はイラクが大量破壊兵器を隠し持っているという疑惑が支配するもので、アメリカは当初かなりの自信を持っていたようです。病院の地下や橋の下に秘密の貯蔵庫があり、そこに化学兵器を隠し持っているといった証言を得ていたからです。

しかしながら、結果としてそのような事実は現在に至るも確認されておらず、不確実な証言に振り回された愚かな戦争であったというのが一般的な認識として固まったと見てよいでしょう。

先の米下院でトヨタが叩かれた公聴会は、こうしたイラク戦争との近似性を感じました。議員たちはトヨタの電子スロットルの欠陥が原因で暴走を招いたとする問題について、証人を立て公聴会の席で証言させました。しかし、その内容はとても現実的といえるようなものではありませんでした。

この件については、国内のメディアでも取り沙汰されており、専門家の意見も出ています。私もすぐに感じた疑問について非常によく纏まった記事に仕上がっている夕刊フジのそれを転載してみます。

「恥を知れトヨタ!」証言に疑問噴出 時速160キロで携帯って…

トヨタの大量リコール問題で、米下院の公聴会に出席した米国人女性の証言に疑問の声があがっている。女性が全世界に向けて「恥を知れ、トヨタ!」とののしったトヨタ車は事故後、修理せずに転売され、その後は一度もトラブルなく走り続けているというのだ。専門家らも、証言のような制御不能状態に陥ることはあり得ないと首をかしげている。

 23日の公聴会に出席したテネシー州在住の元社会福祉相談員、ロンダ・スミスさんは、2006年10月、自宅近くの高速道路で「レクサスES350セダン」を運転中にブレーキが利かなくなり、時速160キロにまで急加速した状況を次のように語った。

 (1)走行中のレクサスが加速開始(2)ギアを「ニュートラル」に入れても減速せず、「リバース」には入らない(3)サイドブレーキも機能せず時速145キロに(4)「ガードレールか木にぶつけて止めるしかない」と考えた(5)時速160キロに達し、夫に「最後の電話」をした(6)その後、特に新しいことをしないうちに徐々に減速(7)時速53キロに落ちたところで、中央分離帯に寄せてエンジンを切った。

 この証言内容について、「自動車用半導体の開発技術と展望」の著書がある鷲野翔一・前鳥取環境大教授は、「高速走行中のギアがリバースに入らないのは安全上の構造で、同じ理由でサイドブレーキも機能しない」と前置きし、こう語る。

 「ブレーキを踏み込めば、アクセルの電子制御スロットルが全開でも構造的にスピードは落ちる。万一、電子制御システムがブレーキを認識しないエラーを起こしたとしても、ギアをニュートラルに入れれば動力が伝わらず、やはりスピードは落ちる。ここでもエラーが起きたとしたら、それぞれ独立しているアクセル、ブレーキ、ギアのすべての系統で同時多発的にエラーが起きたことになる。これは天文学的な確率です」

 ここでいう電子制御スロットルはレクサスなど一般車に標準装備されているほか、現在は大型旅客機などにも搭載されているという。

 160キロまで加速したとの証言自体にも疑問はある。吉岡聡・京都コンピューター学院自動車制御学科主任講師は「コンピューターである以上、不具合の可能性はゼロではない」としつつも、「それを想定して自動車には二重三重のガードが組まれている。今回のようにアクセルを踏んでいないのに160キロまで急加速する異状が起きたら、エンジンが停止してしまうはず。電子制御システムは10年以上前から各自動車メーカーが採用していますが、こんな事例は聞いたことがありません」と話す。

 そもそも、そんなパニックの中でどうやって携帯電話をかけたのかもよく分からない。女性は問題のレクサスを3000マイル運転した後に転売したが、その後の持ち主は走行距離が2万7000マイルに達した今も大きなトラブルは起こしていないという。

(C)夕刊フジ 2010年2月26日


別の記事によりますと、スミス夫人は両足でブレーキを踏んでも加速を続けたと証言していますが、ブレーキが故障していない限りまずあり得ません。このように、彼女の証言には現実的に起こり得ないようなことがいくつも含まれています。それまで順調に走行していたクルマが突如として同時に複数のトラブルに見舞われ、修理もせずに全て正常に戻ってそれっきり異常は再発していないなどという状況はまず考えられないことです。

本当にこんなことが起こったと考えるより、彼女の証言に信憑性がないと考えるほうが妥当ではないかと思います。彼女自身は真実を述べているつもりでも、パニック状態に陥った人は記憶が合理的に整理されず、ときには自覚なく記憶が捏造されてしまうこともあります。もちろん、予断を許すことはできませんが、少なくとも彼女の証言は証拠能力として極めて脆弱であるのは間違いありません。

スミス夫人はこの問題をNHTSA(米高速道路交通安全局)にも申告して調査を依頼しています。記事にありますように、現在のオーナーは3,000マイル(約4,800km)ほどで購入し27,000マイル(約43,200km)に達した現在も大きなトラブルは生じていないという状況が確認されているのはNHTSAが追跡調査を行ったからで、同局の検査官は「フロアマットがアクセルペダルに引っかかったことが原因」と判断していました。

そうした結論にスミス夫人は納得しておらず、それゆえこの公聴会でトヨタと並んでNHTSAも名指しで「恥を知れ」と罵られたわけです。そのせいというわけでもないでしょうが、NHTSAは問題のレクサスES350を現在のオーナーから買い取り、調査を進めるとのことです。果たして、彼女の証言が事実であることを裏付ける手掛かりがつかめるでしょうか? それともイラク戦争のときと同じように徒労に終わるのでしょうか?

いずれにしても、徹底的な調査を行って少しでも真相に近づけることを望みます。もちろん、問題のレクサスES350が暴走したという証拠が見つからなくても疑惑が完全に晴れるというわけではないでしょう。が、調査して結果が得られなかったとしても、メディアはその旨をスミス夫人の証言と同じくらい大きく報じる義務があります。これを有耶無耶にしたら、メディアはジャーナリズムの原則に反する偏向報道を行ったということになります。

なお、スミス夫人に対しては「クルマが危ないと思ったのならば、何故売ったのか」「クルマを売った相手に議会で証言したのと同じことを言えるのか」といった批判も相次いでいるそうです。ま、正論ですね。

米下院がこのような疑問だらけの証言でトヨタを糾弾したのは、相応の証拠が揃っていないゆえでしょう。2月23日にラフード運輸長官が「監督当局は現時点でトヨタ車の電子系統に問題があることを示す証拠を持っていない」と述べているように、トヨタの電子スロットルの問題は証言にしかその根拠がないというのが現状です。

イラク戦争のとき不確実な証言を拠り所に突っ走った彼らは、トヨタに対しても同様に証言だけで迫ろうとするのでしょうか? もし、そうならトヨタ車の電子スロットルより、アメリカという国を走らせている原動機のスロットルのほうが深刻な問題を抱えているといえるかも知れません。

環境相にはもう少し専門知識のある人間を (その3)

当blogでは何度か不安定電源である風力や太陽光発電、出力調整のできない原子力発電は闇雲に増やせないという現実をご紹介してきました。需要に見合った供給量に調整できなければそれは「電力の安定供給」という電力会社に課せられた絶対的な義務を果たすことはできません。(関連記事:『絵に描いた餅 (その4)』)

しかし、小沢環境相はこうした風力や太陽光発電、原子力発電のように自己完結できない電源を増やそうというわけです。ならば、それを補完するシステムを具体的に示しておかなければなりません。

CO2排出量を削減するからには、出力の調整代として大きな役割を担っている火力発電を減らさなければなりません。利水事業の拡大を否定している民主党政権下は揚水発電を拡大することも許されません。残るは実績の乏しいNAS電池か、効率が悪く地震国である日本には馴染みそうもないCAES(圧搾空気でエネルギーを貯蔵するシステム)くらいしか私には思い当たりませんが、そうした根幹に関わる部分には触れられていません。

少なくとも、風力や太陽光発電、原子力発電を拡大するというのであれば、需要との調整代となるエネルギーストレージの整備は先回りで済ませておかなければ「電力の安定供給」を維持するシステムが破綻してしまいます。リードタイムは僅か10年なのですから、いまの段階でこの辺が具体的になっていなければ全くハナシになりません。

また、くどいようですが、風力発電や太陽光発電の安定化のために揚水発電を導入するくらいなら、初めから同じ自然エネルギーである貯水池式水力発電に集約すべきです。揚水発電には上池と下池、二つの貯水池を確保しなければなりません。深夜の余剰電力で下池から上池へ水を汲み上げ、電力需要のピーク時に上池から下池へ水を流し、それを利して発電を行います。ならば、純粋な貯水池式水力発電として活用したほう遙かに効率的で、莫迦げた二重投資を回避できます。

こうしたロードマップを見ていますと、「電力の安定供給」という重要な問題を真剣に考えているように思えません。推進派の楽観論ばかりに耳を傾け、実際に現場で調整に苦慮している人たちの言葉は完全に無視されています。というより、そういう課題の存在自体をマトモに理解していないようにすら感じられます。

今年1月、朝日新聞に北海道電力の元職員の方が書かれた記事が載っていました。一部を抜粋してみます。

エコ発電 「低品質」のつけは国民に

 風力発電や太陽光発電は地球温暖化を防ぐ救世主のように言われている。だが、一般に「光」の側面だけが強調される一方、「陰」の側面の品質とコストに関する問題点がほとんど無視されている。長く各種の発電方法による電力の購入にかかわってきた立場から一言したい。

 「良品」と「不良品」あるいはそれにもあたらない「くず」の区別ははっきりしている。例えば清掃工場建設に使用する鉄骨はトン何十万円、ごみとして出された金属くずはキロ何円といったように、値段は品質によって大きく違う。だが、「電気」という商品になると区別がぼやける。

 極端に言えば、風力発電などから出てくる電気は、廃棄される金属くずの類といってもいい。そのままでは電気として流通しない。いつでも安定的に使用できる良質な電気ではないからだ。この点を、風力発電を例に説明しよう。

 日本の風力発電の年間利用率は25%。風任せなのでフル発電でも1日6時間しか発電できない。太陽光発電も夜や曇りの時に機能しない。普通の製造業でこんなに働きの悪い機械を使うだろうか。

(中略)

民主党政権はこれら自然エネルギーを電力会社に強制的に買い取らせようとしているが、つけは一般の国民に回ってくる。

 国が自然エネルギーを推進するなら、模範とされるドイツ、デンマーク、米国の料金体系と会社間の料金格差、電力会社がその導入で電力系統内に起きる負荷(需要)の変動をどう吸収しているのかを調査し、投資が国家利益にかなうことを国民に説明する義務があると考える。

(後略)

(C)朝日新聞 2010年1月13日


当blogでも『デンマークは似非エコ先進国?』と題したエントリで彼らの自立できないシステムとそれに対してFEDが「デンマークは恒常的な電力供給を保証できない風力発電を補完するため、近隣諸国で二酸化炭素の排出を増やしただけだ」と酷評していることをご紹介しました。この記事は私の予想以上に反響がありまして、アチコチにリンクが張られているようです。

私はこの分野に関して全くの素人で、全ては独学によります。が、それでも風力、太陽光、原子力を拡大した上で電力の安定供給を維持するのが難しいという高く厚い壁の存在に気付くまであまり時間はかかりませんでした。

北海道といえば日本における風力発電の中心地ですが、そこでその電力を買い付けに関わってきたというプロ中のプロの方とほぼ同じ見識に達していたのは誇らしく思います。が、逆にいえば私のような素人でもすぐに気付けることすら、国策を検討する段階で等閑になっているようでは全くハナシにならないでしょう。

そういう意味でも、もう少し専門的な知識があり、広い視野で物事を考えられる人間にロードマップを組ませるべきです。いえ、そういう人物なら目標設定そのものに無理があると看破するでしょうから、その時点で25%削減などというロードマップが組めなくなるかも知れません。先に荒唐無稽な結論があって、それに無理矢理合わせ込もうとするから過程が出鱈目になってしまうと見るべきかも知れません。

そもそも、「25%」という数字は何処から出てきたものなのでしょうか? その辺についてもキチンとした説明を聞いたことがありませんが、彼らのことですから「ヨーロッパが20%ならそれを上回る25%にしよう」といった極めて安直な発想で決められたものなのだと思います。もしそうだとしたら、最初のステップで勘違いを炸裂させ、国民を巻き込もうとしているわけですから、言語道断です。

小沢環境相の掲げたロードマップはまだ試案だそうですが、それにしても実現可能性の低いものばかりが列挙されているのですから、ほとんど意味を持ちません。少なくとも、風力発電や太陽光発電の推進、原発の増設というエネルギー政策を掲げるなら、それで成り立つ電力供給網全般のロードマップも明確に示さなければなりません。

元北海道電力の職員の方が指摘されているように、ロードマップを実行に移した場合のあらゆる状況について具体的な調査を行い、報告する義務があります。仮に、全て実現できたとしても、LCAで検討して本当に25%削減を達成できるのか大いに怪しいところですから、そうした点も明確にしておかなければなりません。それを怠ってただイメージだけで推進していくなどということは許されません。

現在明らかになっている内容を見た限り、このロードマップは採算予測の甘い箱モノ公共事業のそれにも劣るレベルとしか言いようがありません。こんな低レベルなロードマップを臆面もなく発表できるような人物を環境相にしている段階で期待などできません。夢を語るだけなら幼稚園児でもできることです。

ま、それを言ったら環境省そのものや国立環境研やNEDOなども都合の良い理屈やデータしか取り上げず、逆に都合の悪いハナシは適当に受け流す似非科学のようなことをやっている人たちの集まりですから、一度解体して組織を作り直すべきかも知れません。

(おしまい)

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まとめ

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