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京都市は「平準化」という言葉を知れ

京都市はコンビニの深夜営業を規制する条例の制定を模索していましたが、それを断念することになりました。しかし、彼らは依然として根本的な部分で考え方を間違えていると思います。

コンビニ深夜営業規制、京都市が断念

 地球温暖化対策のため、コンビニエンスストアの深夜営業規制を検討していた京都市の門川大作市長は25日、条例などでの規制を断念するとの考えを明らかにした。


 検討を進めていた市民会議(座長=藤岡一郎・京都産業大法科大学院教授)が「深夜営業を規制しても二酸化炭素の削減効果は限定的」などとして、提言骨子に規制を盛り込まなかったためという。

 市は、国別の温室効果ガスの削減目標を定めた京都議定書誕生の地として、夜型の生活を昼型に変えようと、08年8月に、市民や大学教授ら24人からなる市民会議を設置したが、大手コンビニチェーンでつくる「日本フランチャイズチェーン協会」は参加しなかった。

 門川市長は「一方的な規制は行わないが、今後もコンビニ業界に働きかけたい」と話した。

(C)読売新聞 2010年2月25日


コンビニが消費する電力などたかが知れていますから、その深夜営業をやめさせたところで電力需要全体から見れば無視できるレベルです。発電所が出力を下げない限り、使う側が消費を抑えても意味がありません。また、CO2を削減することを狙っているのなら、火力発電所に出力を下げさせなければなりませんが、コンビニの深夜営業をやめさせるといったレベルでは無理な相談というものです。

当blogでは何度も触れてきましたが、出力調整が容易な石油火力や天然ガス火力は夜間の出力を下げ、出力調整が容易ではない他の発電方法で余った電力を揚水発電というエネルギーストレージに貯えています。つまり、深夜は電力が余っており、その消費を抑えたところでエネルギーの有効活用やCO2の削減には殆ど繋がらないと考えるべきなのです。

減らすのに意味があるのはピーク時の需要であって、オフピークの需要を減らしても大した効果はなく、ましてやコンビニの深夜営業を規制しても「二酸化炭素の削減効果は限定的」というのも大袈裟で、実効性など全く見込めないと考えるべきです。

そもそも、電力や道路など多くのインフラは利用が集中しないよう如何にして「平準化」させていくかが大きな課題となっています。ピーク時の利用が拡大していくのに合わせてインフラの規模を拡大するのは極めて効率が悪いため、利用が集中しないよう分散を促したほうが良いというわけです。

高速道路や有料道路なども深夜料金を半額にしたり無料にするなどして、トラック輸送などの利用を夜間へシフトするように誘導し、昼間の混雑を緩和させようとしています。私も深夜から早朝にかけてクルマで長距離を移動することがありますが、深夜にトラックが頻繁に行き交っているのをよく見かけます。これが昼間に集中してしまったら混雑はさらに増し、酷い渋滞が頻発するだろうということは容易に想像が付きます。

また、一般道においてはコンビニがトラック運転手たちにとってのオアシスになっているケースが多々あります。近年は「道の駅」も増えていますが、高速道路のパーキングエリアなどに比べるとまだまだ数が少ない状態ですから、幹線道路沿いにあって大型車が駐車できるコンビニは彼らにとって重要な休憩場所になっているわけですね。その営業を規制するのは彼らの利便を損なうことに繋がりますから、CO2の削減という意味でも正しい判断とはいえないように思います。

もちろん、深夜トラックだけでなく、夜間に仕事をするという業種は他にもあるでしょう。静かな深夜から早朝にかけて仕事をしたほうがはかどるという人もいるかも知れません。そういう人たちにとって「夜型の生活を昼型に変えよう」などという京都市の考え方は余計なお世話というものです。

昼間に集中している人や物やエネルギーの流れの一部を夜間にシフトして分散させたほうが、インフラの利用効率を向上させることに繋がります。深夜の電力が安いのも、「ディマンドサイド・マネジメント」といって平準化に繋げるための方策です。こうしたハナシは以前にも『発電所は急に止まれない』と題したエントリで取り上げたとおりですが、「夜型の生活を昼型に変えよう」という考え方は、多くの場合「平準化」に逆行しますから、CO2を減らしたいという意図にも反することになるでしょう。

もちろん、昼夜の区別がなくなるのも様々な問題を引き起こす可能性があります。夜間も人の活動が増えると安眠を妨害されるなど健康面に与える影響も大きくなっていくでしょう。実際、深夜トラックの騒音や振動が問題になっている地域もあります。もちろん、生態系など自然界への悪影響も考慮する必要があると思います。単純に効率を求めて夜間へのシフトを進めれば良いというものでないのも確かです。

ですから、如何にして分散利用を進めながらそれによる弊害を小さく抑えるかといった理想的な「平準化」の在り方について模索していくべきなんですね。京都市は単に「夜型はダメ」と短絡し、昼間に集中させようとしている時点で問題の本質を見誤っていると私には感じられます。精神論やイメージが先行すると勘違いを引き起こしやすいものですが、京都市もまさにそうしたパターンにはまっているように見えます。
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