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酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

釈迦に説法 (その2)

私が所有しているのと同じ2008年製プリウスがカリフォルニア州の高速道路で暴走したという騒動は当該車両を調べても異常が見つからず、EDR(イベントデータレコーダ)にはアクセルとブレーキを繰り返し操作していた記録が残っており、暴走しているように見せかけていたのではないかという疑いが高まりました。当初、そのドライバーは訴訟を起こす旨を述べていたようですが、金銭に困った彼の狂言である可能性も指摘され、日本のメディアでも話題になりましたね。

2005年製プリウスがニューヨーク州で暴走した件もEDRにブレーキ操作が記録されておらず、自作自演であった可能性が高くなってきたようです。こうしたハナシが相次ぐと、プリウス以外にもトヨタ車が急加速したとする証言や、それによるとされる事故など、騒動に便乗した嘘の情報が混ざっているのではないかと疑わしくなってきます。

例の公聴会で証言を行ったスミス夫妻の所有していたレクサスもEDRの解析が進めば真相に近づけるかも知れません。あの信憑性に欠ける証言内容はキチンと精査しておく必要がありますが、実際に問題の車両をNHTSA(米高速道路交通安全局)が後の所有者から買い取って調査が進められることになっていますから、続報が待たれるところです。

アップルの創業者の一人であるスティーブ・ウォズニアック氏のプリウスも急加速したような報道がありましたが、これも本当にクルマの問題なのか微妙な感じです。AFPの『急加速の原因はソフトウエア?米アップル共同創業者がプリウスの急加速体験を語る』という記事には

米ABCテレビのインタビューで、トヨタ自動車(Toyota Motor)の大規模リコールにつながった急加速の原因はソフトウエアにあるのかもしれないと語った。

 これによると、数か月前にウォズニアック氏がトヨタのハイブリッド車「プリウス(Prius)」を運転していたところ、クルーズコントロール(自動的にアクセルを調整する装置)を使っていたにもかかわらず速度が急に上がったという。

 同氏は「足はペダルに全く触れていなかった。問題はアクセルペダルではなくソフトウエアにあるのかもしれない」と指摘した。

(中略)

同氏はABCの後に出演した米テレビ局CNNで、自分が体験した意図せざる加速は、車間距離をとるために自動的にスピードを落とすレーダーシステムと、ブレーキをかけたおかげで無事に収まったことを明らかにし、「わたしはこの車を愛している」と語った。


と書かれていますが、後に本人が補足した内容によれば、クルーズコントロールの速度設定を上げようとしてレバーを操作したもののすぐには速度が上がらず、何度かレバー操作を繰り返しているうちに急加速を始め、速度設定を下げるレバー操作をしたのにかなりの速度に達してしまったということのようです。こうしたドライバーの意思通りに動かなかったことを彼は「ソフトの問題」と考えているわけですね。

詳細な状況は解りませんが、例えば速度設定を上げようとしていたときに登り勾配だったら速度がすぐに上がらない場合もあります。また、勾配を登り切れば下りに転じるわけですが、勾配が急であれば下っているときに速度が落ちなくても何ら不思議ではありません。勾配が急でなくても強風が組み合わさるなどすれば似たような状況になり得るでしょう。

そもそも、クルーズコントロールはスロットルを制御します(もちろん、変速系も連動します)が、ブレーキ系統は制御されません。エンジンブレーキで減速できない領域になると加速を続けてしまうことになるわけですね。そうしたことは取扱説明書にも必ず明記されています。私のプリウスにもクルーズコントロールが付いていますが、取説にはその旨がちゃんと触れられており、急な下り坂ではクルーズコントロールを使用しないように書かれています。(追記をご参照ください)

ですから、このような知識がなく、常にクルマが設定速度を維持してくれるものだという認識で運転しているとしたら、クルマが勝手に加速していると思い込んでしまう状況も巡ってきます。こうした点を踏まえれば、ウォズニアック氏の体験として報じられた急加速もクルマ側の問題であると断定できるレベルにはないでしょう。

同じく、AFPの『S・ウォズニアック氏、あらためて「プリウス愛」を語る』という記事には

 また夕暮れ時の交通量が少ないハイウェーでプリウスのクルーズコントロールシステムを使って徐々にスピードを上げていくという「実験」を行ったときの体験を披露した。一定の速度を超えたところで車は加速を始め、速度が上がり続けたという。

 どこまでスピードが上がるのか見てみようと思ったが、どこまでも上がるようだったのでブレーキを踏んだ。


とあります。先の記事のような経験をしたので実験をした結果がこの記事なのか、元が同じハナシをメディアがねじ曲げて別のハナシにしてしまったのかは解りません(実際、以前『消防車は如何にして事故を起こしたか?』と題したエントリでご紹介しましたように同じ事故の報道でも朝日と産経で全く違う内容になっていました)。が、いずれにしてもこのような実験を公道でやるのはどうかと思います。

公道はテストコースと違って水平が保たれているかどうか解りませんし、路面の摩擦係数が一定であるとも限りません。カーブしていればコーナリングフォースが発生しますから、やはり摩擦は増えます。一口にカーブといってもクロソイドカーブと単純な円弧カーブとではコーナリングフォースの生じ方も違ってくるでしょう。ま、普通の高速道路なら路面との摩擦抵抗はあまり速度に影響しないと思いますが。

いずれにしても、外的な要因が変化すれば「徐々にスピードを上げていく」という操作に対して一定の反応を示すとは限りません。抵抗が大きい状態で設定速度を上げてもリニアに反応せず、抵抗が小さくなったところでそれまでより勢いよく加速してしまうということも状況によっては充分に起こり得ることです。

また、プリウスのクルーズコントロールの速度設定レバーは約1.5km/hステップで速度設定を微調整できるようになっています(2代目の日本仕様の場合)。つまり、レバーをスピードアップ側に10回押してやれば設定速度は約15km/h上がる仕組みになっているというわけですね。リニアに反応しないのでイライラして何回もカチカチとレバーを動かせば、その分だけ設定速度も上がってしまうというわけです。アメリカ仕様のクルーズコントロールの上限が時速何マイルに設定されているのかは解りませんが。

状況によってはリニアに反応しない場合があるということ、スイッチの仕様がどうなっているのか、減速はエンジンブレーキに依存している仕組み(追記をご参照ください)など、クルーズコントロールの基本となる知識が欠けていると、クルマが勝手に加速していると誤解されてしまうこともあるでしょう。

ま、それ以前に、アウトバーンのような速度制限のないところならばともかく、アメリカの高速道路も必ず速度制限があるのですから、そういうところで「どこまでスピードが上がるのか見てみよう」などという実験をやろうと考えること自体がそもそも非常識ですが。

こうした部分も踏まえれば、ウォズニアック氏の発想そのものが完全に素人レベルと言わざるを得ません。いくらIT業界の大物の発言であっても、詳しく内容を精査せずに「ソフトの問題」と受け取れる報道をするのは風説を流布する行為に等しいと私には感じられました。このようなレベルの低い情報で徒に疑惑を拡大されていく関係各位は気の毒に思いますし、ウォズニアック氏も自分がIT業界屈指の大物で、それなりの影響力を持っているという自覚が足りないように感じます。

(おしまい)


追記:

クルーズコントロールについて「減速はエンジンブレーキに依存している」と書きましたが、「アダプティブクルーズコンロール(ACC)の場合はブレーキも制御しているはずです」というご指摘を頂きました。確かにその通りで、ウォズニアック氏のプリウスもレーダークルーズコントロールが装着されているようですから、ブレーキの制御も行われているものと思われます。

2代目までのプリウスにはレーダークルーズコントロールの設定がなく、3代目から設定されていたことを失念して書いてしまったのですが、よくよく見返してみますとAFPの記事に「車間距離をとるために自動的にスピードを落とすレーダーシステム」とある部分も引用しておきながら気付かなかったのは我ながらかなり間抜けでした。面目次第もありません。

念のため調べてみましたが、プリウスに採用されているレーダークルーズコントロールでは車間距離維持の減速制御だけでなく、定速維持の際にブレーキも制御される仕様になっているのか否かまでは解りませんでした。

どちらにしても、この種のシステムはトヨタに限らずどのメーカーでも「ドライバーの補助」を目的としたものであって、例外なく「安全を保証するものではありません」といった旨を謳っています。プリウスのカタログでも「車間距離制御には限界があります。装置を過信せず、安全運転をお願いします。」「道路状況および天候状態等によっては、ご使用になれない場合があります。詳しくは取扱書をご覧ください。」と断っています。

そもそも、こうしたシステムはいかなる状況でも万全であることを期待するようなレベルにはありませんし、メーカー側も初めからその旨をキチンと明示しているわけですね。ですから、ドライバーが思ったような動きをしないことがあっても大袈裟に騒ぐべきではないでしょう。
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