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酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

鋭い楔

私は通勤に都営地下鉄を使うのですが、JRの「キオスク」に相当する駅売店「メルシー」の雑誌棚に『拠りどころを失った温暖化対策法案』という非常に気になる見出しを掲げている雑誌がありました。これは『WEDGE』というタイトルの月刊総合情報誌で、どうも一般の書店にはあまり並ばないらしく、駅売店などを中心とした販路になっているようです。そのせいか、私もこれまでその存在を知りませんでした。

WEDGE_2010年4月号

気になったので手に取ってみると、横浜国大の伊藤教授やアラスカ大学の赤祖父名誉教授といった人為的温暖化論やその脅威論などに対抗する論客によって書かれた記事でした。ということで買い求めることにしました。(さすがに駅売店で立ち読みはできませんし。)

伊藤氏の記事は『IPCC崩壊 それでも25%削減掲げ続けるのか』というタイトルで、例の「クライメート・ゲート事件」の後に話題となったヒマラヤの氷河消失に科学的根拠がなかった問題(以下、「グレーシャー・ゲート事件」と表記します)、これまで日本の主要なメディアがことごとくお茶を濁してきたこの不始末についてその経緯を伝えるほか、他にもIPCCの評価報告書が恣意的であったこれまでの流れについて要点を纏めています。

中でも興味深かったのが、グレーシャー・ゲート事件で明らかになったIPCCのレビュープロセスが全く機能していないという批判です。核心的な部分を引用してみます。

 WGⅠの報告書を担当した氷河の専門家G・ケイザーが語ったところによれば、彼は査読が終わったヒマラヤ氷河の原稿を見て、「専門家なら誰でも分かる馬鹿げた間違いだ」とIPCCに報告したが、彼の助言は容れられなかった。つまり、問題の箇所は専門家が書いたのでもないし、専門家が目を通してもいなかったのだ。しかも統括執筆責任者のラルは後日、「間違いに気付いていたが、その方がインパクトが強くなると思った」と語っている。

 ちなみに、当該章の査読編集者は西岡秀三氏(元国立環境研究所参与)である。西岡氏はWEDGE編集部の取材に対し、書面で「必要な指導を担当著者に行ったが、十分に反映されず遺憾」と回答したと聞くが、それで済むのだろうか。

※「WGⅠ」というのは、IPCCの報告書の中で自然科学分野を扱う「第1作業部会」のことです。

これを読んだ限り、氷河の専門家も日本の査読編集者も間違いに気付いて指摘したのに無視され、統括執筆責任者も間違いと解っていながら「インパクトが強くなる」という理由でスルーさせてしまったということになります。

こんなインチキが「科学」を標榜することは許されません。「インパクトが強くなる」などという意志がまかり通るような報告書を信頼するのは、よほどの思考停止状態か、インチキだと解っていながらそれを利用しようとしているか、どちらかになるでしょう。こんな出鱈目な報告書を金科玉条のごとく崇め奉るなど言語道断です。

また、同レポートの『作られた温暖化人為説』という中見出しの後には以下のように書かれています。

 このようにして、IPCCの中立性と権威は失われた。しかし、急に失われたのではない。第3次報告書の時点で既に危うかった。この報告書の目玉は、20世紀後半の気温上昇が異常であることを示した「ホッケースティック(HS)曲線」(下図B)だった。これは、事実上捏造に近かった。



IPCC崩壊それでも25%削減掲げ続けるのか-付図
IPCCの評価報告書に採用された古気候曲線と最近の知見
上からIPCCの第一次評価報告書に採用された古気候のグラフ、
「ホッケースティック」と俗称され、問題となった第三次評価報告書のグラフ、
最新の第四次評価報告書(フルレポート)に掲載されたものに準じたグラフ、
一番下は海底から採取されたコアから過去の海表面気温を推定した最近の研究で、
昨年8月に有力科学誌『Nature』に掲載されたものだそうです。


伊藤氏のレポートで「最近の知見」として紹介されたグラフは中世の温暖期が現在よりも高温で、小氷期の気温低下もかなり顕著に現れています。また、数十年単位の変動はともかく、全体的にはIPCCの第一次評価報告書に採用されたグラフと似たような動きを示しているのも皮肉な感じです。

もちろん、この「最新の知見」として紹介されているそれも真実を正確に反映しているか否かは解りません。が、こうした研究結果は世間一般に知られることなく、IPCCが編纂し、偏向したそれしか通用しないというのは科学的な知見を政治的に歪めていることになるでしょう。

一方、赤祖父氏も『CO2起因論はなぜ正説らしくなったのか』というレポートを寄せており、コンピュータモデルに依存しきった根拠の弱さを指摘しています。赤祖父氏の専門分野である北極圏の気温変動についてIPCCが採用したモデルの計算結果と実際の観測結果を突き合わせた資料も実に興味深いものがあります。

クライメート・ゲート事件以降、ここで指摘されているような出鱈目が次々に暴かれ、Newsweek誌においても「満身創痍」と評されているIPCCの評価報告書について、日本の主要なメディアもこうしたレベルで真摯に向き合うべきでした。夕刊でコッソリ扱うとか、社会面で欧米メディアの報道を掻い摘んで他人事のように伝えるなど、あまり深入りしたくない様子があからさまに感じられました。

スポンサーの商売を邪魔したくないのか、政府の方針に逆らってお叱りを受けたくないのか、メディア同士が阿吽の呼吸で空気をつくり、それに乗っているのか、その全てか、私にはどのような力が働いているのか想像に委ねるしかありません。が、ここまで偏った情報が幅を利かせているのは非常に不健全な状態であると思います。

驚くべきことに、件の『WEDGE』も東京電力や関西電力など、例によってCO2削減にかかるイメージ先行の似非エコチックな広告が複数掲載されています。こうした記事を載せることによってスポンサーとの軋轢が生じないものなのか心配されますが、余計なお世話かも知れません。

ま、ここで記事の全容をご紹介するわけにもいきませんが、伊藤氏のレポートはネットでも読むことができます。もっとも、たかだか400円の雑誌です。件の特集は両氏合わせて7ページではありますが、興味のある方は購入された上で赤祖父氏のレポートも併せて全文に目を通されることをお奨めします。他の特集記事『補助金どっぷり 農業ぽっくり』『トヨタ包囲網をこれから絞る米国の深謀』もなかなか読み応えがありますし。

この特集ですっかり同誌が気に入ってしまった私はバックナンバーについてもネットで読める記事を何本か読みましたが、先月号の『エコでエネルギーを語るな』なども当blogで再三書き綴ってきたことと同じ方角を向いており、私は同誌の編集方針にかなり波長が合うようです。

誌名の「WEDGE」とは「楔(くさび)」のことですが、その名の通り緩みきった世の中に楔を鋭く打ち込み、それを引き締める存在であり続けて欲しいと思います。
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