メディアをはじめとして、世間一般に取り沙汰される環境問題やその対策をめぐる話題、風力や太陽光などの自然エネルギー、環境対応車と呼ばれるクルマなど、この分野は一方的な情報ばかり大きく扱われ、実態を無視したイメージばかり徒に流布されるのが常です。専門知識のない記者が思い込みで記事を書き、それが垂れ流されるなど日常茶飯事で、突っ込みを入れるネタに事欠きません。
ロイターなども一昨年に「
気候変動でホッキョクグマが共食い始める 」などというニュースを伝え、「ホッキョクグマのオスの成体は元々子グマを襲う習性があり、地球温暖化の影響とはいえない」といった指摘がなされた前科があります。
先週、何となくロイターのサイトを見ていて自動車に関連するものだけでも突っ込まずにはいられない記事を立て続けに2つ発見できました。まず気になったのは、日産リーフの販売台数が発売から26日間でたったの60台だったというニュースです。(ロイターのサイトはリンク切れになってしまいましたので、見出しのリンク先はGoogleのキャッシュです)
電気自動車リーフ登録まだ60台 日産自動車が昨年12月20日に発売した電気自動車(EV)「リーフ」の国内新車登録台数が、14日時点で計約60台にとどまったことが17日、分かった。3月末までに国内で販売予定の6千台はすべて予約が入っており、消費者の手応えは好調だが、品質に気を付けながら、慎重に生産しているためとみられる。EVを対象にした政府の購入補助金受領の手続きに時間がかかる点も、一因とみられる。 (C)ロイター 2011年1月17日
私はこの記事を見た瞬間、日産はまだリーフを普通のクルマのように本気で売る気がないということを確信しました。というのも、普通の乗用車は新型が発売されたその直後から全国のディーラーが相応の台数を「試乗車」として自社登録するからです。年末年始が入って実際の稼働日数が目減りしているとはいえ、発売から正味で3週間程度経過していながら公道を走れるリーフが日本国内に僅か60台しか存在していなかったわけですから、普通の乗用車ならまずあり得ない状況です。
実際のところ、日産は「
the new action TOUR 」という全国を回るツアーを企画し、このイベントの目玉としてリーフの試乗会を催しています。が、これまで開催されたのはたったの5回です。昨年7月に地元の神奈川、8月に埼玉、10月に福岡、12月に再び神奈川、今年1月に宮崎といった具合です。いずれも数日間の極めて散発的なものだったうえ、公道の走行は不可、駐車場などを用いた特設コースに限られた試乗会だったといいます。
つまり、この企画は普通の人が普通にクルマを買うときにする試乗と全く次元の異なるもので、単純に電気自動車を体験してもらうというのが趣旨と考えるべきでしょう。来月にも第6弾として京都で2日間開催されますが、本気で普通のクルマのように売るつもりならこんなイベントではなく、普通にディーラーで試乗できるようにする必要があります。
それはともかく、この記事を書いた記者の勉強不足が明らかとなるポイントは「EVを対象にした政府の購入補助金受領の手続きに時間がかかる点も、一因とみられる」という思い込みで書かれているところです。というのも、ネットでの予約受付が始まったのは2009年の7月末、正式な予約受付が始まったのは2010年4月1日だったからです。
日産の公式発表では正式予約の受付から最初の3週間で3700台を受注したということになっていました。いくら申請手続に時間がかかるといっても、約9ヶ月という長いリードタイムがあったわけですね。注文した個人や企業や自治体などが揃いも揃って補助金の申請手続を発売ギリギリまで放ったらかしにしていたとは常識的に考えられません。
申請手続もネットなどで調べれば容易に解ることですが、添付する書類は押印のある見積書か注文書か契約書いずれかのコピーと、免許証など本人確認ができる証書類のコピーくらいです。つまり、ディーラーから正式な見積をもらった段階でも申請可能で、あとは所定の用紙に必要事項を記入すれば良く、さほど手間を要するものではありません。
また、今年度分の公募は5回に分かれており、例えば昨年10月1日~11月30日の第4回公募の段階で申請していれば12月中旬には交付決定の通知が出ていたハズで、何ヶ月も待たされるようなものではありません。この申請をする前に電気自動車を購入しても補助金は交付されませんが、交付決定通知を受けた後なら所定の手続にミスがない限り補助金は交付されます。
恐らく、11月下旬に申請した場合でも、件の60台が登録された時期には充分に間に合っていたでしょう。あれだけ長いリードタイムがありながら60台しか登録されなかったということは、要するに補助金の申請手続にかかる時間など全くの無関係で、単純に日産の供給台数に縛られたと考えて間違いないでしょう。
しかし、リーフの生産開始は10月22日で、1月中旬には3000台くらいラインオフしていたという情報もあります。2万台もの予約を受けたというアメリカへの供給を優先したのか、何らかの不具合があってラインオフ後の改修が必要だったのか、実際のところは解りませんが、この大きな数字のギャップが何を意味しているのかということのほうが私にとっては詳しく知りたい部分です。メディアもこうした点を突っ込んで取材すべきだったと思いますが、視野の狭い彼らはそこまで目が向かないのでしょう。
なお、政府の補助金は実際に電気自動車を購入してナンバーの取得を済ませ、「実績報告書」に車検証の写しを添えて提出しないと交付されません。つまり、リーフの場合はユーザー負担額が299万円になりますが、現金一括で購入するなら全額の376万円(と登録諸費用)を用意してから購入し、その後に然るべき手続を行うことで補助金が振り込まれるという順番になります。しかも、それは早くて半年後、遅ければ1年後になるといいます。この記事を書いた記者は恐らくこうした流れや全般的な状況を何も把握していなかったのでしょう。
ついでですから、三菱自動車のi-MiEVの近況についても触れておきましょうか。以前にもご紹介しましたように、政府から交付される補助金の申請を受け付けるのは、一般社団法人・次世代自動車振興センターになりますが、そのサイトには「
平成22年度の補助金申請状況 」という頁があります。これによりますと、昨年4月~11月に申請を受け付けた軽自動車枠の電気自動車(その殆どはi-MiEVになるでしょう)は合計で1660台でした。
同社は1年目の目標を国内年販4000台としていましたが、この8ヶ月間に補助金の交付が決定した軽自動車枠の電気自動車は月平均200台強というペースでした。この全てがi-MiEVだと見ても、年販2500台に届きません。つまり、決して大きいとはいえない初年度4000台という目標に対して4割近く不足しているわけですね。これがフェラーリのような特別な人のためのクルマならともかく、大衆車として見ればとても楽観視などできない低調なペースといわざるを得ないでしょう。第2回公募(6~7月)をピークに減少を続けているようですし。
さて、もう一つの酷い記事はコチラです。
東京のすす濃度、3分の1に激減 東京大先端科学技術研究センターは17日、ディーゼル車の排ガスに含まれ、ぜんそくなどの原因とされるブラックカーボン(すす)の東京都心における2010年の濃度が、03年から7年で3分の1以下に減ったとする調査結果を報告した。首都圏の4都県が03年から取り組んでいる(1)基準を満たさない車両の走行規制(2)排ガス浄化装置の普及(3)硫黄分の少ない軽油の普及―などの効果としている。 (C)ロイター 2011年1月17日
これなどはロイターの記事というよりも、こうした調査結果を発表した東大のほうが大きな問題を抱えていると言うべきでしょう。ま、どちらにしても物事がキチンと解っている人ならこの調査結果とそれに対する所見が如何に稚拙なものかすぐに見抜けるハズです。もし、メディア側に分別があるとしたら、この記事を書くに当たって読者をミスリードするような情報を垂れ流しにせず、様々な状況を勘案した注釈を加えるべきでした。
(つづく)
(追記) 日産リーフの補助金申請に関する内容について誤りであるとのコメントを頂きました。実際のところ、日産は昨年12月3日より前に正式な見積書などを発行しておらず、補助金の申請手続もそれ以降にならざるを得なかったとのことです。 推測でこのような誤った記事を書いてしまったわけですが、私がこのような誤った推測をしてしまったのは何故かといえば、日産が常識ではあり得ない対応をしていたからです。そうした点について『環境問題を語る人たちは何でこんなに視野が狭いの? (その1)の訂正と補足 』というエントリを設けましたので、必ずコチラの記事もお読みください。
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1月12日に発売された
Newsweek(日本版)2011年1月19日号(通巻1234号) の特集記事『だから日本の新聞はつまらない』は日本のメディアが「マスゴミ」などと批判されているのは何故なのか、その核心部分に迫っています。
ま、私にしてみれば当blogで何度となく述べてきたことと重なる部分も多く、特に大きな発見があったともいえません。が、ここまで彼らの無能さを日本語で指摘する記事はあまり多くないと思いますので、一読の価値はあるのではないかと思います。
Newsweek誌はこれまでにも何度か日本の「記者クラブ」という閉鎖的なシステムを
“情報カルテル” だと批判してきました。ネット上にもその種の批判は無数にありますが、私はこの問題についてあまり強い批判はしませんでした。それは記者クラブというシステムがもたらす害悪など全体から見ればホンの一側面に過ぎず、根源的な病因というよりも数多ある合併症の一つに過ぎないと感じていたからです。
今回のNewsweek誌の記事も
“記者クラブ問題は、横並びで批判精神に欠けるこういった記事が生まれてくる原因のごく一部にすぎない” とし、
“本当の問題は「シンブンキシャ」という人種の多くが思考停止していることにある” と書かれています。これは私の感じてきたことと全く一致した見解で、まさに核心といえるでしょう。
とりわけ、この記事で彼らの思考停止状態を如実に描き出しているのは以下の部分かと思います。
CNN北京支局のスティーブ・チアン記者は、数年前の6ヶ国協議の取材での光景が忘れられない。会場だった北京市中心部の釣魚迎賓館には各国のメディアが集まったが、なかでも圧倒的な数の記者やスタッフを擁していたのがNHKや日本の新聞だった。 彼らは迎賓館周辺にくまなく記者を配置し、各国代表の動きを逐一追っていた。経営難に喘ぐ欧米の新聞には到底まねできない芸当だ。「代表たちの動きを知りたければNHKを追い掛ければいい、と当時われわれの間で話題になっていた」と、チアンは笑う。 問題は、そこで思考が止まっていることにある。行き過ぎた現場至上主義で「現場に行って取材すればそれで終わり」と満足し、記者はニュースについて深く考える機会を自ら放棄している。 日本の北朝鮮報道を見てもそれは明らかだ。07年、北朝鮮の核問題をめぐる6ヶ国協議で当時アメリカの主席代表クリストファー・ヒル国務次官補の主導によって北朝鮮との合意が実現した。 実際には抜け穴だらけの合意だったのだが、日頃からヒルの一挙一動を追い掛け回すことに熱心になるあまり、ヒルの巧みなメディアコントロールの術中にはまった日本の新聞記者らはそろって「成果」と持ち上げた。日本の新聞がその間違いに気付いたのは、しばらく後だった。
“実際には抜け穴だらけの合意” という部分ですが、それは合意文書の曖昧な表現が後の交渉で骨抜きにされる原因となったというところを指しているのだと思います。
この合意では北朝鮮が寧辺(ニョンビョン)にある核関連施設の停止および封印を行い、IAEA(国際原子力機関)の査察を受け容れることになっていました。しかしながら、現場査察の事前通告にどのくらいのリードタイムを設けるといったことや機材の持ち込みになどついて「6ヶ国が全会一致で合意する他の措置」と定義され、具体性を欠いていました。
結局、現場査察に関する意見は纏まらず、この合意文書は殆ど意味を失ってしまったわけです。この合意で北朝鮮は重油100万トンの援助を得たものの、核施設の封印は反故にされ、その後も北朝鮮の核開発がとどまることはありませんでした。挙句、この2年後には2度目の核実験を許してしまうという、殆ど北朝鮮の思うツボとなってしまったわけです。
が、この2007年の合意がなされた当初、日本のメディアは合意内容を詳しく精査することもなく、北朝鮮の核開発に一定の歯止めができる筋道がつくられたものと理解し、ヒル氏の功績としてそれなりに評価していたのはNewsweek誌の指摘している通りです。
“日本の新聞がその間違いに気付いたのは、しばらく後だった” というのは、同年6月にヒル氏が北朝鮮を訪問し、譲歩を重ねる消極姿勢を見せるようになったあたりを指しているのでしょう。
ま、当時の首相だった安倍氏もあれだけ拉致問題に熱心だったクセに、その点では何の進歩もなかったこの合意について「北朝鮮が核廃棄に向け具体的な一歩を踏み出したと理解する」と高く評価していましたので、読みが甘かったのはメディアだけのハナシではありませんけどね。
いずれにしても、日本のメディアにとってこの種の「表面だけさらって中身については全く検討しない」というパターンは日常茶飯事で、最近では当blogで何度も話題にしてきた電気自動車の普及に関する楽観報道も全く同じです。彼らは子供騙しの情報に翻弄され続け、少し真面目に検討すれば気付くような事実を見逃し続けているというわけです。本気で見逃しているのか、何らかの意図が働いて作為的に排除しているのかは解りませんが(多分、半々だと思います)。
こうした思考停止状態の一因として、件の記事では以下のように書かれています。
多くの記者が思考停止に陥るのは、新聞社の硬直化した教育制度にも原因がある。記者は入社後、最初の5~10年を地方局で過ごす。記者になったその日から、警察官への「夜討ち朝駆け」取材こそが権力に肉薄し、真実に迫る最短の道だと教え込まれる。いわゆる「サツ回り」だ。 (中略) 「多くの日本の記者たちは夜討ち朝駆けの繰り返しで本を読む暇も、物事を考える時間もない」と花岡(毎日新聞エルサレム支局長)は言う。「取材相手と渡り合うための知見などない」 その姿はまるで、軍隊で何も考えずにひたすら上官の命令に従うようにたたき込まれる新兵だ。新聞社で記者が今も「兵隊」と呼ばれるのは偶然ではない。そして、思考停止した記者の多くが権力との一体化という罠に陥る。
私はこうした兵隊となるための訓練がもっと早い段階から始まっているのではないかと考えています。
例えば、学校で使う教科書にも間違いや説明不足は山ほどありますが、そこに書かれている情報を如何にして的確に答案用紙へ反映させるかということが日本の場合は概ね大学受験まで繰り返されます。中には疑問を感じつつも適当に調子を合わせ、自分なりに調べたり考えたりしている人もいるとは思います。が、そんな人は圧倒的に少数派でしょう。
人から聞いたことを受け売りしたり、マニュアルを鵜呑みにする人はほぼ例外なく騙されやすい人になると思います。自分で調べ、自分の頭で考え、自分で判断することを繰り返し、常に冷静さを保つことができる人はそう簡単に騙されないものです。が、残念なことに現在の日本では教科書に書いてあることと違うことを答案用紙に書いても、採点する先生がよほどの賢人でない限り点はもらえないのが普通です。
そういう意味で兵隊になるための訓練は子供の頃から既に始まっていると見るべきかも知れません。大手新聞社やテレビの報道局で記者をやっている人たちはほぼ例外なく超一流大学を卒業した高学歴の人たちですが、だからといって自分で考えたり判断したりする能力に長けているとは限りません。
というより、むしろ試験で良い成績を収めることに注力している受験エリートほど効率を優先し、教科書に書かれていることに対して一々疑問を挟む非効率なことなどせず、鵜呑みにする訓練が行き届いているといえるかも知れません。化学兵器の密造までやったあの宗教団体で幹部をやっていた人にも高学歴は多数いましたが、教科書通りで満足な人たちの洗脳は却って楽だったのかも知れません。
今回のNewsweek誌の記事で特に注視すべきところは以下の点でしょう。
ただ新聞が自ら変わろうとする姿勢だけでは限界があるだろう。「日本の記者の取材力が、(事実だけを断片的に伝える)通信社的な方向ではなく個性的な記事に向けば、日本のジャーナリズムは大きく飛躍する」と、かつて政治部記者で、日米のメディア事情に詳しい北海道大学大学院の渡辺将人准教授は言う。「しかしそれを判断するのは、記者や新聞社ではなく、実は読者とそのニーズかもしれない。変化のカギは新聞社や記者だけでなく、今までの硬直化したメディア環境を当たり前のものとしてきた読者側にもある」
以前、私は「そもそも、政治が良くならないのは政治家だけのせいではありません。その政治家に投票した選挙民の責任でもありますし、もっと根元を辿れば有能な政治家を生み育てることのできない社会全体の責任と考えるべきなんですね。」ということを書いたことがあります。メディアのレベルが低いという問題も、根は全く同じところに繋がっているのでしょう。
私もメディアに対する批判をかなり頻繁にしていますが、彼らが現在このような無様な状態にあることを許している世の中全体の在り方も失念してはいけないということですね。