この連載の初回で日産のリーフについて「あれだけ長いリードタイムがありながら60台しか登録されなかったということは、要するに補助金の申請手続にかかる時間など全くの無関係で、単純に日産の供給台数に縛られたと考えて間違いないでしょう」と書きましたが、実際にリーフを購入された方からこの推測が誤りであるとのご指摘を頂きました。
この方からの情報によりますと、日産はリーフのパブリシティを行った昨年12月3日より前には正式な見積書の発行をしていなかったとのことです。当然、その段階では注文書や契約書の類も交わせないでしょう。つまり、補助金の交付申請に必要な添付書類が揃えられたのも12月3日以降という状況だったようです。
こうした状況を確認せずに思い込みで書いてしまったという点では私も反省する必要があると思います。が、補助金の公募スケジュールを把握している人間からしてみれば、日産がここまで出鱈目な販売スケジュールを組んでいたとは、常識に照らして想像すらできなかったでしょう。まずは補助金の交付手続を処理している一般社団法人・次世代自動車振興センターの「
平成22年度 公募のスケジュール」をご覧下さい。
この連載初回でも触れましたように、国から電気自動車に交付される補助金の今年度公募期間は5回に分かれています。リーフの発売日である昨年12月20日に合わせて補助金の交付決定通知を得ておくなら、第3回ないし第4回の段階で申請しておく必要がありました。ちなみに、交付決定通知にも有効期限があり、第2回分は10月末に切れてしまいますから、それ以前の申請でもタイミングは合いません。
なので、昨年8月1日から11月30日までに手続を済ませておく必要があったわけです(第3回で交付決定通知を受けても12月末に期限が切れてしまいますし、陸運局も土日や23日の天皇誕生日、29日以降は休みですから、登録可能な期間は非常にタイトになりますが)。11月末の締め切りを過ぎてしまったら、その次は第5回になりますから、予定通りであれば交付決定が下りるのは今年2月中旬頃になってしまうわけです。
ただし、「交付決定通知書」が出る前であっても「交付申請書受理通知書」が届いた時点で登録できることになっています。が、この段階では審査に合格しているわけではありませんから、補助金が確実に交付されるという保証もありません。審査にハネられた後で条件を整え直し、再申請を行いたいと思っても、登録してからの申請は認められません。
つまり、交付決定通知を受ける前の登録は相応のリスクを覚悟しておく必要があるわけで、普通の人ならそんなギャンブルに78万円もの大金を賭けようとは思わないでしょう。こうしたユーザーへの便宜を考慮しないような殿様商売など、日本の自動車業界の常識ではあり得ないことです。
言うまでもありませんが、こうした公募スケジュールは今年度に入る前から公表されており、関係者なら申請にかかる規約と共に知っていて当然のことです。リーフの発売日に合わせて一般ユーザーにも無難に納車できるようにするつもりだったら、第4回の締め切りに間に合わせる必要がありました。そのためには正式な見積書などを遅くとも11月下旬までに発行していなければならなかったわけで、それも最初から解りきっていたことです。
電気自動車を求める一般ユーザーにとって補助金の申請は当然の手続ですし、現実問題としてメーカーも補助金抜きに電気自動車の市販は考えられないでしょう。リーフの価格も補助金の交付を受けて300万円を切るという格好で設定されたのでしょうし。ですから、日産の関係者が揃いも揃って補助金の申請規約や公募スケジュールを確認していなかったなどということは絶対にあり得ないでしょう。
逆に、それを知りつつ発売後2ヶ月近く待たなければ安心して登録できないようなタイミングまで必要書類の発行を遅らせるといったことも常識的にはあり得ないでしょう。また、とっくの昔に販売価格を発表し、大々的にそれをアピールし続けておきながら、肝心なときに見積を出すことが出来なかったという点も全く理解のしようがありません。
が、実際にリーフを購入された方の情報によりますと、日産はそうしたあり得ない出鱈目な対応をしていたわけで、さすがに私もここまで支離滅裂な状況は想像できませんでした。常識に照らしてあり得ないような状況をも想定し、確認作業ができるという人はかなり奇特だと思います。残念ながら、私は日産がこれほど間抜けな(もしくは不誠実な)企業だったというところまでは見抜けませんでした。
そもそも、リーフの発売時期や価格は発売の1年以上も前からアナウンスされていました(価格の正式発表は2010年の3月30日でしたが、それ以前に告知されていたものと変わりませんでした)。あまつさえ、ゴーン社長はフジテレビの取材に対して「政府や街にどのようにインフラを構築すべきか、
消費を促す補助金システムがつくれるか、EVに興味を持っている世界の街に
指標を提供することができます」などと豪語していました。
リーフに関して「先走り過ぎでは?」と思うような行動を重ねていたうえ、電気自動車の補助金システムの指標を世界に提供できるとまで言い張っていた彼らが、発売日から2ヶ月近くも経たなければ補助金の交付決定が下りないようなタイミングまで必要書類の発行を遅らせてしまったのは何故なのか、この矛盾を彼らはどのように説明するのでしょう?
いずれにしても、補助金の公募スケジュールは初めから決まっていたことですから、それに合わせられなかった日産側の問題であることに違いはありません。ロイターの記事は「購入補助金受領の手続きに時間がかかる」としてあたかも次世代自動車振興センターのお役所仕事にも原因の一端があると読み取れるような書きぶりでしたが、これは実情を歪めた印象に繋がる恐れがあり(日産はあえてそこを狙ったのかも知れませんが)、やはり程度の低い報道と見なさざるを得ないでしょう。
といいますか、「今は日産にセンターから連絡が入って、どんどん先に登録しろみたいなことに変わったらしい」とのことですから、次世代自動車振興センターは本来のあり方を返上し、かなり柔軟に対応しているという状況になっているのかも知れません。こうした状況なら日産のスケジュールの組み方が悪かったせいで遅くなっていたものを同センターの計らいで早められているということになり、ロイターの記事から受ける印象と真逆の状況といっても過言ではないでしょう。
あくまでも仮定のハナシですが、製造上の問題など何らかの支障があって日産はリーフの本格的なデリバリーを開始するまで少し時間稼ぎをする必要に迫られていたとします。その問題をぼやかすため故意にタイミングを外し、「補助金交付申請の手続上の問題でもある」といった方向へハナシをすり替えようとしていたなら、次世代自動車振興センターはスケープゴートにされたことになります。
一方、こうした状況に同センターが置かれたとしたら「そんな謂われのない批判にさらされるなどゴメンだし、予算もタップリ余っている(※)し、多少の不備なら目をつぶって交付を認めるからとっとと登録しろ」と言いたくなるかも知れません。(※今年度分123億7000万円の予算に対して第4回までの交付決定で19億7000万円強しか消化していません。ということは、104億円近く余っているわけで、これはリーフなら1万3000台分を超えます。)
ま、これは私の勝手な妄想に過ぎず、レベルの低い邪推なのかも知れません。が、もし、万が一、このような状況が事実だったなら、補助金が私たちの血税を財源にしているということが軽視されている憂うべき状況といえます。また、「エコ」という魔法のキーワードを使えば何でも大目に見られるとしたら、そこにつけ込む悪い人間は山ほどいるでしょうから、いつかきっと後悔する日が来るでしょう。
個人的なことで恐縮ですが、私にとって日産はホンダと並んで好きな自動車メーカーの筆頭でした。今般の電気自動車をめぐる彼らの出鱈目な発言や行動を見ていると、私の中にあった日産の良いイメージがガラガラと音を立てて崩れていくばかりで、心底残念に思います。
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環境問題に限らず、物事の実態を知るためのデータを集めるときには須く共通することですが、ごく一部の例外的な要素が全体の傾向として影響しないよう、相応の配慮が必要になります。そうした配慮が出来ていないデータは偏向している可能性を踏まえ、情報の価値として低いものだという認識を欠かすべきではありません。
例えば、私がまだ学生だった頃、とある民放の情報番組で非常に莫迦げた調査結果が報じられていました。当時は携帯電話が普及する前で、ポケットベルが携帯メッセージツールとして活躍していました。低価格化によってビジネスマンだけでなく、学生など若者の間でも普及するようになり、こうした新しいコミュニケーション手段をテーマにしたテレビドラマ『ポケベルが鳴らなくて』が日本テレビ系列で放送され、同名の主題歌もヒットしたという時代です。
で、そのお莫迦な情報番組では渋谷のセンター街で遊んでいる女子高生に片っ端から声をかけてはポケットベルを持っているかどうかを聞いていました。47都道府県を均等に調査したわけではなく、ただ渋谷のセンター街だけで声をかけて調査したのみです。結果、その番組が出した結論は「女子高生のポケベル普及率80%」というものでした。
渋谷のセンター街で遊んでいる女子高生といえば、当時もいまもその種のアイテムにはかなり敏感なハズで、特に普及し始めたばかりの時期においては全国平均とかなりのギャップがあるだろうということを予期している必要があります。が、その番組のコメンテーター諸氏は「イマドキの女子高生はみんなポケベルを持っているんですねぇ」などと驚いていました。
私は「“イマドキの女子高生”じゃなくて、“渋谷のセンター街で遊んでいる女子高生”だろ!」とブラウン管に向かって突っ込みを入れ、この莫迦な番組とそれに出演しているコメンテーター(世間一般には有識者とされているような人たちばかりでした)を嘲笑し、こんな下らない番組に付き合ってしまったことを悔いたものです。
そうした点では、かつてフジテレビ系列で放送されていた『トリビアの泉』という番組にあった「トリビアの種」というコーナーはなかなかのものでした。統計学の専門家にどのようなサンプリングを行えば信頼できる調査結果が得られるかといった助言を求め、47都道府県に跨って偏りが生じにくいような調査を行っていました。調査するネタそのものは他愛のないものばかりでしたが、それをあれだけの規模で真面目に調査するというところが逆に面白く、バラエティ番組として成功していたと思います。
一昨年に起こったクライメートゲート事件で明らかになったデータ開示拒否の問題(イーストアングリア大学のフィル・ジョーンズ氏らが作成した気候変動のグラフについて、どの観測ポイントのデータをどのように集計したのかという情報開示請求を事実上拒み、「渡すくらいなら消去する」と仲間に語ったメールが流出しました)も、まさにこうしたデータの偏りがあったのではないかと疑われました。開示を拒否したのは持説に都合の良い数字ばかりを寄せ集めたからではないかということ強く匂わせるもので、欧米ではメディアにも大きく取り上げられ、大いに批判されたわけです。
東大の駒場キャンパス内だけで測定された浮遊粒子状物質のデータを「東京都心」のスタンダードであると誤解させるような扱い方をするのも全く同様の非常識なもので、メディアもこんな莫迦げた情報を垂れ流せば、却って読者をミスリードすることになってしまうでしょう。マトモなジャーナリズムなら、その情報の価値が明確に伝わるよう、調査の前提条件なども省略せず、受け手が公正に判断できるような材料は一通り整えておくべきです。
私はそこからさらに踏み込んで、東京と大阪の浮遊粒子状物質の大気濃度がどのように変化しているか調べ、グラフに纏めてみました。いずれも東京都や大阪府の公式サイト内に散らばっていた情報を集めたもので、自動車排ガス測定局(自排局)と一般大気測定局(一般局)の年平均の推移になります。
なお、測定局の数は年度によっても測定する成分の種類によっても増減しますし、測定を行っていても既定条件に満たない測定局はノーカウントになる場合もあります。平成20年度に浮遊粒子状物質を測定した東京の自排局は34、一般局は46、大阪の自排局は36、一般局は65でした。ちなみに、同年の全国では403の自排局と1422の一般局で浮遊粒子状物質が測定されていました。こういう専門的な調査は東大のアレのようにたった1箇所のデータで結論を出すような出鱈目なことはしないということです。ま、これが常識というものですが。
国の規制は車両総重量で区分を設け、2年跨ぎで強化されることもあり、
平成10-11年規制は車両総重量12t以下が平成10年に、
12t超が平成11年に規制強化が実施されました。
内容は同等ですので、ここでは平成10年のみ表示しています。
首都圏の自治体による規制は平成15年に初めて実施された段階では七都県市、
平成18年にその基準値が30%引き上げられた段階では八都県市でしたが、
面倒なのでここでは全て現在の「九都県市」と標記しています。
平成8年以前の大阪のデータがないのは、単純に見つけられなかった
というだけで、測定はちゃんとなされていたハズです。グラフを見ますと、大阪の減り方が東京に比べると若干緩やかな印象もありますが、東京も九都県市の規制がかかる前後を比べて減少率に違いは全くといってよいほど見出せません。九都県市が7年超の使用過程車に独自の粒子状物質排出基準を設けたことが、その削減に効果のあるものだったといえるのか、このデータを見る限り判断は不可能でしょう。
なお、大阪府は九都県市のような粒子状物質減少装置の装着を義務化していませんが、国のNOx・PM法による車種規制に準じ、その流入に制限をかける条例を設けています。といっても、国の平成10-11年規制適合車以降は対象外になりますので、現時点で10~11年以上前(猶予期間を含みます)に新規登録された古い車両のみが対象です。その絶対数はそれほど多くもないでしょうから、その効果も大したレベルではないと思います。
いずれにしても、東大が発表したような「7年で3分の1以下に減った」という状況には程遠く、東京全体でせいぜい2/3程度にしかなっていません。この2倍以上の差は東大が行った測定場所固有の環境要因が大きかったと考えるのが妥当でしょう。また、九都県市のように粒子状物質減少装置の装着を義務化していない大阪でも減少傾向に大きな差は見られませんから、その減少が自治体による取り組みの効果とした所見も妥当といえるのか大いに疑問です。
(つづく)
ロイターの記事でも「首都圏の4都県が03年から取り組んでいる」と紹介されているように、首都圏の自治体は国の規制とは別にディーゼル車の排ガス規制を行っています。しかしながら、一般の方でその具体的な内容を詳しく知っているという方は滅多にいないでしょう。こうしたニュースを扱うメディアも殆どが無知で、国の規制と自治体の規制について「ちゃんと勉強しているな」と感じさせる一般紙の記事も、テレビのニュース番組も、私は一度たりとも見たことがありません。
当blogでは主に東京都のディーゼル車規制について何度か書いてきましたが、首都圏4都県などの自治体が参画している規制は言い出しっぺである東京都のそれと共通しています。折角ですので、その概要についてザッとおさらいしておきましょうか。
東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の4都県と、横浜市、川崎市、相模原市、千葉市、さいたま市の5市による「九都県市首脳会議」で制定されているディーゼル車の排ガス規制(※)で対象となっているのは、いずれも初度登録から7年を超える使用過程車に限られ、それも排ガスに含まれる大気汚染物質の中でススなどの「粒子状物質」の排出量に限られています。つまり、国の規制のごく一部にほんのりと産毛を生やしたような内容でしかありません。(※この規制が策定された当初はさいたま市と相模原市が加入する前の「七都県市」でした。)
しかも、これらの自治体が設けた規制に従って粒子状物質減少装置を装着した場合、その費用を償却するために代替サイクルを延ばされてしまうという問題が事情通の間では度々指摘されてきました。最近のコストはよく解りませんが、私が前職で関わっていた当時は車両総重量20tクラスの大型トラックの場合、部品代だけで100万円を超え、取付工賃や出張費ないし回送費などを含めると、さらに数十万円のコストがかかりました。
これでは毎年の償却を20万円と設定しても6~7年かかりますから、ユーザーは新車から7年を過ぎる時点でこの装置を取付け、さらに6~7年あるいはそれ以上使い続けるといったパターンになってしまうことが往々にしてあるわけですね。「新車から10年で代替」というひとつの目安が崩れ、13~14年あるいはそれ以上に延ばされてしまうケースも決して珍しくないでしょう。
関東や中部や関西の大都市圏では国のNOx・PM法の総量規制にかかりますから、古い車両は使用の本拠の位置を対策地域内に置けなくなります。が、何ヶ所か車庫を持っていて対策地域外に持って行けるユーザーや、初めから使用の本拠が対策地域内にないユーザー(こうしたユーザーでも九都県市に乗り入れるには条例に適合した対策が必要です)でこの装置を取付けた場合、代替を延期するということはむしろ当たり前といっても過言ではないでしょう。
国の最新の排ガス規制をクリアした最新の車両と、古い車両に粒子状物質減少装置を取付けただけの場合とでは、全く比較になりません。窒素酸化物など他の大気汚染物質の排出量で後者が大きく劣っているのは言うまでもありませんが、粒子状物質についても国の最新の規制値に対してこれらの自治体の規制値は25倍以上も緩く、やはり比較になりません。
例えば、車両総重量8tクラスの中型トラックの場合、10年前の2001年に新規登録した車両は平成10年規制(いわゆる「長期規制」で、識別記号は「KK-」)適合車になります。この規制がこのクラスの車両に認めている粒子状物質の排出量は0.25g/kWh以下です(エンジン出力(kW)当たり1時間に0.25g以下という意味です)。
初度登録から7年経過した2008年には九都県市が指定する粒子状物質減少装置を装着し、その排出量を0.18g/kWh以下にしなければ、九都県市への乗り入れが認められません(違反すると50万円以下の罰金が科せられます)。一方、この車両を10年使用し、今年の9月以降に代替するとしたら、いわゆる「ポスト新長期規制」の適合車でなければなりません。このクラスの場合、ポスト新長期規制が認めている粒子状物質の排出量は0.007g/kWh以下です。
このケースでは、新車から何もせず粒子状物質の排出量が0.25g/kWhのまま10年間使用し、その後0.007g/kWhのポスト新長期規制適合車に代替する場合と、九都県市の規制で7年を過ぎたところから0.18g/kWhに抑える装置を装着してトータルで13年間使う場合とでは、同じ13年間で後者のほうが12%以上も多く粒子状物質を排出している計算になります。(あくまでも単純計算ですし、規制がかかるタイミングと車両購入のタイミングによっては結果も異なります。)
ついでにいえば、九都県市が規制しているのは粒子状物質だけですから、窒素酸化物などについてはこうした細かい計算をするまでもなく、代替サイクルを延ばされたらその分だけ丸々状況は悪化します。
この九都県市の規制によって余計な出費を強いられ、その影響で環境性能の良い新車への代替を延期されてしまうと、大気汚染問題については却って逆効果になる可能性も十二分に考え得るわけです。こうした自治体の規制にどこまでの効果があったといえるのか、あるいは逆効果だったのか、科学的な分析など成されていないでしょう。ま、この種のイメージ先行型環境対策は結果の確認などしないのが世の常というものですが。
国の規制はNOx・PM法に見られる特定地域の総量規制と、個々の車両に対する排出量規制がありますが、後者は新車に対して行われてきました。くどいようですが、これは自治体の条例ように粒子状物質だけでなく、窒素酸化物など大気汚染の原因となる物質を総合的に制限するものです。
以前にもご説明しましたように、燃焼温度が低いと燃料は完全燃焼しにくくなりますから、ススなどの粒子状物質を減らすには高温で燃焼するほうが有利です。が、燃焼温度が高くなるほど大気中の窒素と酸素が反応して窒素酸化物は生成されやすくなります。つまり、粒子状物質と窒素酸化物は二律背反のような関係で、同時に両方を減らすのは簡単なことではありません。
こうした問題もあって、一気に規制値を厳しくするのは無理がありますから、国の規制はメーカーの技術的な達成レベルに合わせて何度にも小分けされ、段階的に規制が強化されてきたわけです。粒子状物質に対する国の規制は東京都などの取り組みより9年も早く、1994年から実施され、その後も4回に渡って規制値が引き上げられてきました。窒素酸化物に至っては1974年から実施され、その後9回も規制強化が繰り返されてきました。
が、世間一般にそうした経緯は殆ど知られていないでしょう。メディアも石原都知事ら自治体の取り組みにしか触れず、その条例の内容や市場の実情など全くといって良いほど確認しないまま徒に美化し続けてきました。国の取り組みは複雑に入り組んでいるため、一般の方には解りにくいかも知れません。が、ジャーナリズムにはそれを正しく理解し、正しく伝える義務があります。それが出来ないようなメディアは、ジャーナリズムとして欠格しています。
ところで、自動車による大気汚染といっても、その状況は自動車の性能だけで決まるわけではありません。交通量や渋滞の発生頻度にも深く関わるもので、道路整備が進んで渋滞が減ったとか、原油高で燃料代が上がったり景気が悪くなったりして交通量が減ったというような要素とも密接に関係しています。その点についても適切に考慮する必要があるのは言うまでもないでしょう。
これを踏まえますと、件の調査結果が示している「東京中心」という部分が私は大変気になりました。「東京中心」というのはいったい何処のことなのか?と。東京23区内も道路整備は重ねられていますから、条件が7年前に比べて同じとは限りません。東大が発表したこのデータは具体的に何処でどのように測定されたものなのか、どの程度の規模で何箇所くらいのデータを集計したものなのか、といった前提が非常に重要になってくるわけです。
そこで内容をもっと詳しく調べてみましたら、驚くべき事実が明らかになりました。「東京都心における2010年の濃度が、03年から7年で3分の1以下に減ったとする調査結果」は東大の駒場キャンパス内で行われた測定結果にのみ基づくものでした。たった1箇所の測定結果だけで「東京中心における」「調査結果」というのですから笑止千万です。
この種のデータを収集する際には測定場所固有の環境変化など特定の要因による偏りを極力排除できるよう、可能な限り多くの場所で測定した結果を元に分析するのが常識です。たった1箇所で測定した結果を以て「7年で3分の1以下に減った」などと結論づけ、それは4都県の取り組みの成果だというのですから、これはもう小学生の自由研究以下と評さざるを得ません。
念のため、東京の地理に詳しくない方のために補足しておきますと、東大の駒場キャンパスの立地は以下のようになっています。
大きな地図で見るここは、北に国道20号線(甲州街道)と首都高4号線(新宿線)、南に国道246号線(玉川通り)と首都高3号線(渋谷線)、東に都道317号線(山手通り)、西に都道318号線(環七通り)があり、都内でも屈指の交通量となる道路に囲まれています。一番近い山手通りとは500mほど、一番遠い環七とも2km弱しか離れていません。
こうした立地にあって無視できない要素になると思われるのは、山手通りの地下に建設された「山手トンネル」が開通し、首都高中央環状線が延長されたことです。殊に、昨年3月28日に新宿~大橋JCTが開通して渋谷線まで繋がりましたから、山手通りや環七通りにも相応の影響はあったと考えられます。実際、首都高は
新宿~大橋JCT間の山手トンネル開通で山手通りの渋滞が緩和されたというデータ(←リンク先はPDFです)を発表しています。

山手通り(大坂橋から初台まで)の昼間(7~19時)の旅行速度東大駒場キャンパスの名称もちゃんと上図に入っているのですが、
縮小する前から読みづらかったので、東大のスクールカラーである
ライトブルーの矢印で示しました。東大の駒場キャンパスに近い区間は特に渋滞になりやすいようでしたが、首都高の資料によれば山手トンネルの開通で相応に緩和されていることが解ります。もちろん、このデータもどこまで客観的に有用なものといえるのか解りません(普通は自分たちの取り組みがより良く見えるよう、良い数字ばかり集めて纏めるものです)。いずれにしても、科学的に大気汚染のレベルを検討するのであれば、こうした影響があっても公正な判断が出来るような調査の仕方をする必要があります。
その基本は最低でも計測ポイントを複数設け、各々の測定結果の比較を行わなければなりません。1箇所の測定結果だけでは変化がその地点だけに見られる固有の環境変化によるものか、全体的に起こっているものなのかという客観的な判断も困難でしょう。こうした常識的な調査が出来ていない時点で、この調査結果は「子供騙し」といわざるを得ません。
なお、山手トンネルが開通する以前は東名高速から中央道や関越道などへ向かう場合、首都高の都心環状線を経由するケースも多かったでしょう。山手トンネルの開通に伴ってこの地域を通過する車両の数はかなり増えているものと思われます。が、山手トンネルには排ガスの浄化装置が設けられており、粒子状物質に関しては電気集塵機によって80%以上除去されているそうです。なので、山手トンネルを走行する車両がこの地域の大気にどの程度影響を及ぼしているかは即断できないでしょう。
山手通りの通行量や渋滞状況の変化、山手トンネルの通行量や排ガス浄化装置の効果、他の幹線道路の状況、景気や燃料コストの影響による全般的な交通量の推移など、様々な条件を踏まえて多角的な検討が成されていないようでは、有用な研究と見なすことなどできません。また、こうした指摘もせず、ただ情報を垂れ流すようでは、ジャーナリズムの役割を果たす有用な報道とはいえません。
(つづく)