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先達のほうがスゴイ

昨日のインディ・ジャパンで女性ドライバーのダニカ・パトリックが優勝し、一般紙などでもそれなりに扱われましたね。

インディ・ジャパンで女性初優勝 パトリック選手

 栃木・ツインリンクもてぎで20日に行われた自動車レースのインディ・ジャパン300マイル(約480キロ)で、ダニカ・パトリック選手(26=米国)が女性ドライバーとして同シリーズ史上初勝利を挙げた。男女が同じ土俵で戦うモータースポーツで、サーキットを使った主要レースで女性が優勝したのは初めて。

 インディカー・シリーズは時速300キロを超す高速レースで、米国以外では日本のみで開催。77年に女性が初参戦し、昨年5月の伝統レース「インディアナポリス500マイル(インディ500)」には出場33人中、史上最多の3人の女性が参加。女性の初優勝が注目されていた。悪路などを走るラリーでは、80年代初めの世界選手権でフランスの女性が優勝したことがある。

 参戦4季目のパトリック選手は最も優勝に近いと見られていただけに「勝てたとわかった時、涙が出た。女性の優勝第1号になるのは自分だと信じてやってきた」と通算50戦目での初勝利に感激していた。

(C)朝日新聞 2008年4月20日


でも、やはりパトリックはモータースポーツ史上最高の女性ドライバーといえるレベルには、まだ至っていません。朝日新聞の記者もモータースポーツに関してはかなり疎いようですから、「悪路などを走るラリーでは、80年代初めの世界選手権でフランスの女性が優勝したことがある。 」などと極めて簡単に書いていますが、彼女は「優勝したことがある」というレベルではありませんでした。

そのフランスの女性、ミシェル・ムートンこそ、モータースポーツ史上最高の女性ドライバーだと私は断言しますし、これに異論のある人はいないでしょう。



彼女は4WDラリーカーの先駆けとなったアウディ・クワトロを駆り、1981年のサンレモでWRC(世界ラリー選手権)に初優勝しました。が、これはほんの序章に過ぎませんでした。翌1982年にはポルトガル、アクロポリス、ブラジルで優勝、最終戦のアイボリーコーストまでドライバーズチャンピオンシップの首位にいました。彼女はワールドチャンピオンのタイトル争いをリードしていたのです。

アイボリーコーストに入る直前、ムートンは父親を病気で亡くしました。その父の最後の願いだったワールドチャンピオンに向けて彼女は自らを奮い立たせ、戦いに挑みました。既にマニュファクチャラータイトルを獲得していたアウディワークスも全てを彼女の勝利に向けて一丸となっていました。

アフリカの過酷なグラベルロードでしたが、ムートンは鬼気迫る走りでトップを守っていました。しかし、最終レグでエンジントラブル、間もなくトランスミッションも壊れ、リタイヤを余儀なくされました。結果、タイトルはオペル・アスコナを駆るウォルター・ロールの手に渡ってしまいました。

最終戦の最終レグまで、ミシェル・ムートンは世界のトップを快走していました。もし、あのときマシントラブルさえなければ、彼女はワールドチャンピオンを獲得していた可能性が極めて高かったと思います。WRCでの優勝は4回、表彰台9回、ステージトップタイム160回、生涯獲得ポイント229。こんな女性ドライバーは今後二度と現れることはないと私は思います。

テーマ:モータースポーツ - ジャンル:車・バイク

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