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人網汲汲密にしても漏らす (その2)

ヨーロッパのサイクルロードレースのプロ選手はチームから離れて行動するとき、必ず所在をチームに報告しなければなりません。それは24時間・365日、いつでも抜き打ちドーピング検査が行えるようにするためです。まるで執行猶予付きの有罪判決を受けた犯罪者のごとき厳しい監視下に置かれている選手達は、スポーツの「尊厳」を守るために人としての「尊厳」を奪われているようです。

昨年のツールで優勝が確定的といえる程のリードを築いていたミカエル・ラスムッセンは第16ステージを制した直後にチームから解雇され、レースのリタイヤを余儀なくされました。その直接の理由はドーピング検査で陽性反応が出たからではありません。チームに対して虚偽の所在報告をし、抜き打ちドーピング検査を忌避したことからドーピングの疑いがかけられたためです。いまの段階ではあくまでも疑惑であって、物的な証拠が確認されているわけではありません。

実際のところ、ラスムッセンがシロなのかクロなのか私には解りませんが、そういう疑惑の目で見られている選手を抱えたくないという意向が働いているのは間違いないでしょう。彼はいまも所属チームが見つからずに浪人生活を強いられています。

自分の居場所を常に知らせる義務を負い、いつドーピングの検査官がプライベートな時間に踏み込んで来るか解らない状況は選手にしてみれば精神的苦痛を伴うでしょう。私の目には人権侵害にも見えます。

もし、ラスムッセンが本当はシロだったとして、プライベートな時間を守りたいという気持ちから虚偽の所在報告をしたというのなら、同情の余地もあるでしょう。また、こうした異常ともいえる状況に嫌気がさして、他のスポーツへ転向してしまう有能な選手も出てくるのではないかという危機感も覚えます。

現在、ヨーロッパのサイクルロードレース界は基本的にUCI(国際自転車競技連合)とAIGCP(国際プロサイクリングチーム連盟)の2団体がドーピングを監視しています。このほかにも国によっては法律でドーピングが禁じられていることもありますから、警察が捜査を行い、検挙に乗り出す場合もあります。有名なスペインのオペラシオン・プエルトなどもその類です。

UCIとAIGCPは以前から協調関係にありますが、UCIと犬猿の仲ともいえるASO(ツール・ド・フランスの主催者団体)も、何故かアンチドーピングコントロールに関しては協調的です。「アンチドーピング」という合い言葉はUCIとASOのように非常に仲が悪く、利害が噛み合わない両者を結束させる魔力を持っているのかも知れません。

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ドーピングと戦う「Sacred Union(聖なる連合)」で同意する代表者達
左からツール総合ディレクターのクリスティアン・プリュドム、
UCIのパット・マッケイド、AIGCPのパトリック・ルフェーブルです。
2007年のツール・ド・フランスを前に同大会ではドーピング検査を
抜き打ちで行うことでドーピングと戦うことが3者の間で合意されました。
この写真は会議を終え、それをメディアにアピールする
といった目的で交わされた握手でしょう。
が、2007年のツールは史上屈指のドーピングスキャンダルに
翻弄された大会となったのはご存じの通りです。


「天網恢恢疎にして漏らさず」などといいますが、ドーピングを巡って人が張る網は、その目が粗くても細かくても問題です。日本のプロ野球界のように抽選で検査が行われ、被験者が全選手の2割に満たないというのは粗すぎると思います。一方、ヨーロッパのサイクルロードレース界のように人権を侵害するような管理体制も正常とは思えません。網の目はどの程度の粗さなら丁度良いのでしょうか?

週末の情報番組などで訳知り顔のコメンテーターがドーピング問題について語るとき、よく引き合いに出されるのがソウルオリンピックで金メダルを剥奪されたベン・ジョンソンです。ま、それくらいしか彼らが思い浮かぶ事例がないのでしょうけど、ドーピングの起源がベン・ジョンソンだったわけじゃないのは言うまでもありません。

ドーピング行為それ自体は何千年も前からあり、紀元前3世紀には古代ギリシャの医師ガレンが選手に興奮剤を処方したという記録が残っているそうです。

記録に残っている最初の死亡例は1886年、ボルドー~パリ600km自転車レースでイギリスのリントンという選手がやはり興奮剤の過剰摂取で亡くなったそうです。一方、オリンピックでの死亡例は1960年のローマ大会が最初でした。これまた自転車競技なのですが、デンマークのジャンセンという選手がトレーナーから興奮剤のアンフェタミンを投与され、競技中に亡くなったそうです。

この事故がきっかけとなって1962年のIOC(国際オリンピック委員会)の総会でアンチドーピングの議決が採択され、1964年の東京大会から検査が導入されました。しかし、当初は科学的な対応の遅れが目立ち、かなりのザル状態が続いたようです。

1976年のモントリオール大会にはステロイドの検査も実施されるようになりましたが、まだ蛋白同化ステロイドの一種であるスタノゾールの検出技術は確立されていませんでした。このスタノゾールが検出できるようになり、オリンピックで初めて検査が行われたのが1988年のソウル大会です。つまり、ベン・ジョンソンの金メダルが剥奪されたのはスタノゾールの検出技術が確立されたからともいえます。

それ以前の選手に同様のドーピングがなかった保証などどこにもなく、こうしたイタチゴッコに終止符が打たれる見込みも恐らくないでしょう。ここ20年ほどでドーピングが蔓延するようになったというよりは、むしろ検査の技術が向上してこれまで見過ごされてきたドーピングを摘発できるようになっただけと見るべきかも知れません。が、その一方でもっと巧妙なドーピングが行われているとする噂も絶えません。

こう言っては身も蓋もないかも知れませんが、ドーピングはスポーツ界の陰で何千年も前から脈々と受け継がれてきた行為であって、「ドーピングは撲滅できる」とする理想は「この世から犯罪を撲滅できる」という幻想と大して変わらないかも知れません。

善良な市民であっても犯罪者予備軍と見なされ、常に監視を受けるような社会に私は住みたくありませんが、ヨーロッパのサイクルロードレース界でプロ生活を送っている選手達はそれに近い状況に置かれています。ペタッキのように些細なミスに起因しただけと思われるような違反でも所属チームを解雇されるといった状態に私たち一般市民も置かれるようになってしまったら、この世は失業者だらけになってしまうかも知れません。

もちろん、効果的な対策を模索する努力は続けていくべきです。が、いたずらに罰則や監視を強化するだけでは限界があるということもきちんと見据えなければならないでしょう。

(おしまい)

テーマ:スポーツニュース - ジャンル:ニュース

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