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酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

矛盾だらけのエアカー (その4)

インドのタタ・モーターズがMDIに投資した額は32億円程だそうです。自動車の開発予算として見た場合、これでは全くハナシになりません。大手自動車メーカーが既存のコンポーネンツを組み合わせてニューモデルを1台でっち上げる程度でもこんな予算では全然足りません。

トヨタなどはハイブリッドや燃料電池をはじめとした将来的な技術投資、環境技術開発などに年間9000億円以上の予算を組んでいます。そこまでの規模ではないトラックメーカーなどでも、年々厳しくなるディーゼル車の排出ガス基準に対応するため、毎年100億円を超える投資を行っているのが実情です。

既存の技術を改良するだけでもタタがMDIに投資した額の何倍にも及ぶ予算が毎年組まれているのが現代の自動車メーカーなんですね。だからこそ、資本を集中したり開発した技術を共有したりするメリットを見込んで買収や合併、提携などの業界再編が進められてきたわけです。

特に、厳しい排出ガス基準の対応に追われているトラック業界では、エンジンの開発を行っていく範囲を絞り込んで(例えば中型用の開発はやめ、大型用に集中するなど)、自社開発をやめたエンジンについては他社から買うというパターンも既に珍しいことではなくなっています。実際、日産ディーゼルは中型トラック・バス用のエンジンを日野自動車から買っていますし。

ところで、MDIは何年も前から来年には市販できると豪語し続けてきましたが、そのスケジュールもまた具体性がありません。タタの自社工場ないしフランチャイズでの生産が見込まれているような報道もありますが、これも何だか怪しげです。

日本の自動車メーカーはかつて新車開発に30ヶ月程度かかっていました。現在ではこれを20ヶ月前後に短縮しているようですが、いずれにしても量産となれば製造ラインの構築に大変な時間がかかります。大手自動車メーカーのように既に工場があってそのラインにのせる段取りだけでもかつては20ヶ月くらいかかっていました。

MDIのエアカーはまだエンジニアリグ試作も道半ばといった印象で、量産試作(実際の製造ラインないしそれに相当する施設で実際の量産体制と同じ段取りで行われる試作)などまだまだ遙か先のようにしか見えないんですけどねぇ。普通ならどんなに遅くとも発売1年くらい前に量産試作をはじめ、いかに効率よく安定した品質管理の下で生産ができるかという、製造ラインの最適化に向けた調整を始めていなければとても間に合いません。

公道を含めたテストなどはとっくの昔に終わっていて、最終的な仕様の大部分が決まっていなければ1年後の量産・発売には間に合うわけがありません。ま、MDIとタタによるエアカーが普通の乗用車と同じように普通の人が普通に買うような商品ではなく、単なる実験として実用性など度外視した上で酔狂な人が買ってくれることを狙っているというのならハナシは別かも知れませんが。

MDIの試作車の一部にはナンバープレートが付いているものもあり、公道を走っている映像もいくつか見ました。が、問題なのはやはり実用性で、ごく短時間のデモンストレーションなのか、本当に実用レベルの航続距離を持っているのか、その点が確認できなければ意味がありません。

NHKで放送された例の番組もその点では全く無意味で、MDIの敷地内をチョロチョロ走っただけに過ぎませんでした。「とりあえず走る」ということだけは示されていましたが、実用化に必要な性能を確認するには何の参考にもなりませんでした。その一部がYouTubeにアップされていましたのでご参照下さい。



こうしてみるとクルマそのものは見た目もちゃんとしていますし、まともに動いていますから、何となく信じても良さそうな雰囲気はあります。が、この番組でも他でも、航続距離や最高速度など具体的な性能をカメラの前で示すということをやらないのは、やはり引っかかります。

もちろん、そうしたことをやらないだけで出鱈目と烙印を押すつもりはありません。が、来年には市販できるというのなら、せめてテストコースで100kmくらいは走ってみせるべきでしょう。110km/h出せるなら、1時間足らずでそのデモンストレーションも終わるのですから。逆に、そんなこともできない状態で来年には量産だ市販だと吹聴するのは、まともな会社のやることとは思えません。

例えば、武蔵工大は水素を燃料とする水素自動車の草分けですが、1974年に日産サニー(B210)の後期型クーペをベースに日本初の水素自動車「武蔵1号」を製作しました。このクルマはあちこちでデモ走行が行われましたが、アメリカのUCLA主催による燃費ラリーにも出場してその実力をアピールしました。結局、この水素自動車プロジェクトは34年を経た現在も市販につながっていませんが、彼らはこのように公明正大に性能を示したわけです。

musashi1.jpg
武蔵工大の水素自動車
この写真をネットで探し回りましたが、全く見つからず、
小学生の頃に買った図鑑からスキャナで取り込みました。
私の「捨てられない」性癖に対して「いずれゴミ屋敷になる」
などと揶揄されますが、こういう貴重な資料が眠っているので
やはり捨てられないのです。


いま、大手自動車メーカーは燃料電池車の開発に血道を上げ、一部ではリースも始められています。が、これとて本当に有力なエコカーとなり得るのか現時点では結論づけられませんし、いつになったら市販レベルまでコストダウンできるのかも解らない状態です。それでも、ちゃんと実用的な性能は持っていることは様々な形で示されているわけですね。

来年には量産だ市販だと何年も言い続けていながら、こうした性能の公開を行わない非常識なベンチャー企業を私は信用することができません。また、出先で圧搾空気がなくなった場合に300気圧ものそれを現実的なスピードでチャージするためのインフラ整備を無視し、来年には市販すると豪語している点も自動車ビジネスとしてみれば滅茶苦茶です。

超絶に高価なカーボンコンポジットのエアタンクを搭載しているのに信じられないような低価格を示すなど、彼らの吹聴する仕様には明らかな嘘が多すぎます。何故メディアはこんな稚拙な嘘が見抜けないのか、こんな会社の言うことが何故これほど多くの人に信じられてしまうのか、私には謎としか言いようがありません。

(おしまい)

テーマ:自動車全般 - ジャンル:車・バイク

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