
Flying Feather
1954年(昭和29年)に日産系の車体メーカーだった住江製作所が製作した軽自動車です。19インチのスポークホイールはまさにモーターサイクル用のそれで、自社製のV型2気筒350ccエンジンは12.5psでした。フライングフェザーというその名の通り、徹底的に軽く作ることで非力なエンジンでも何とか自動車として成立させようとしています。
しかし、こうしたチープカーも商品であるからにはマーケットに受け容れられなければ商業ベースに乗りません。2座でフロントブレーキも省略され、特にモーターサイクル用のホイールからくる貧相な印象は、やはり理解されませんでした。フライングフェザーの総生産台数は200台弱、販売台数はわずか54台にとどまりました。ま、早々の生産中止は同社の経営悪化も要因の一つではありましたが、このクルマがそれなりに売れていれば同社の救世主となっていたに違いないでしょう。
タタ・モーターズが主要な購買層としてモーターサイクルのユーザーをターゲットにした超低価格車を企画したのは、こう考えたからかも知れません。
普通に低価格車を作っただけでは、インドでそのクラスの圧倒的なシェアを握っているスズキと勝負にならない
モーターサイクルはエアコンもラジオも、自動車に装備されているあらゆるものがありません。モーターサイクルからの乗り換えならば、「ないない尽くしのチープカー」でも売れる公算があります。4人乗れるとか、悪天候の日でも苦にならないといった点だけでも、こうしたマーケットには訴求力があるでしょう。だからこそ、構造を思いっきりシンプルに、最低限のもの以外は大胆に切り捨て、大人が4人乗れる実用的な超低価格車を開発したのだと思います。
しかし、難関は沢山あります。中古車と競合するのもそうですが、やはり昨今の原油高の影響はインドとて免れるものではありません。
これまではインド政府の補助でガソリンの値上げが抑えられてきたそうです。が、それでもこの原油高に抗うことは難しいようで、今月5日にインド国営石油会社3社が大幅に値上げを行っています。となれば、如何にシンプルで軽量なナノでもモーターサイクルレベルの燃費など望むべくもありませんから、ランニングコストの面で訴求力が大きく削がれることになります。
実際、タタ・モーターズのラビ・カント社長も「燃料の値上がりがナノの需要に水を差す恐れがある」とコメントしています。この秋に予定通り発売されれば世界一安い乗用車となるナノも、結局はランニングコストが大きな障壁になる懸念が高まっている状況なんですね。
ところで、私は現在の日本の自動車マーケットで問題になっている「若者のクルマ離れ」の傾向には趣味嗜好の変化が大きく関わっていると見ています。私が幼児の頃には、カー、クーラー、カラーテレビは俗に「3C」とか「新三種の神器」などと呼ばれ、一定の生活水準にある庶民にとっても生活必需品とみなされ、持っていないと恥ずかしいと思われるような風潮すらありました。
しかし、今日にあっては、デジカメ、DVDレコーダー、薄型テレビをメーカーや広告代理店やメディアなどが「デジタル三種の神器」などとはやし立てても、マーケットの反応はかなり冷ややかです(私もデジカメは3台持っていますが、テレビ番組の録画はパソコンを使っていますので、DVDレコーダーは持っていません)。
しかも、昨今は環境意識の高まりから(その大半はイメージ先行のエセエコですが)、特に都市部にあってはクルマを利用しないほうが良いとする風潮も年々強まっています。その一方で趣味も多様化していますから、「クルマ以外にお金をかけたい」「自分のライフスタイルにマイカーは必要ない」と考える人も増えているように思います。また、それに応えるようにレンタカー会社などがカーシェアリングのプランを提案し始めています。
クルマが「買えない」のではなく、それ以外の趣味がクルマの魅力に勝っているから「買わない」人達に安いだけのクルマを提案するのは却って逆効果です。場合によってはチープカーの存在がクルマ文化全般のイメージを低下させかねません。
もし、「クルマ離れ」の問題を経済的な理由だけで考えるのであれば、その最大の要因はクルマ本体の価格によるものより諸経費、とりわけ維持費の高さにあると見るべきでしょう。
自動車税、自動車取得税、自動車重量税、消費税及び地方消費税、揮発油税及び地方道路税(いわゆるガソリン税)もしくは軽油引取税、自動車損害賠償責任保険料、自動車リサイクル料等々、一つの商品にこれだけたくさんの租税公課がかかるなど他に殆ど例がないでしょう。取得税と消費税、リサイクル料はイニシャルでかかるのみですが(燃料にかかる消費税は除きます)、他は自動車を維持する間、ずっとかかり続けることになります。
多くの人に自動車を保有させたいというのなら、まずはこれらを整理して減額することを望むべきでしょう。また、都市部にあってはアホほど高い駐車場料金が安くなるような方策を考えることのほうが、車両本体の価格を抑えることを望むより遥かに重要です。
(つづく)