酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ノーベル賞に縋る権威主義者たち

当blog初回のエントリスタート1ヶ月のエントリでも触れましたが、私はいまから6~7年前に当blogと同名のメールマガジンを友人・知人相手に細々と配信していました。2001年12月は繁忙期で休刊中だったのですが、ノーベル賞創設100年の節目と野依良治氏が化学賞を受賞したことに触れるため、特別増刊号というかたちで配信しました。

このとき、私は近いうちにノーベル賞を受賞しそうな日本人科学者を15人くらい列挙したのですが、「物質の最小単位"クオーク"が6種類あると予言した」という理由で今年受賞した小林誠氏と益川敏英氏の両名も挙げていました。実験によって6種類のクォークの存在が全て確認されたのは2002年ですから、その前年の予想になります。ま、科学に少しでも興味のある人なら誰でもできた予想でしょうけど。

今後受賞できそうな日本人は誰かという予想はここではあえてしませんが、傾向としてはどんどん高齢化が進んでいくのは間違いないと思います。というのも、ノーベル賞が現在の授与規準を変えない限り「1部門につき1年に3人以内」「生前受賞」が原則だからです。

日本政府はよく死んでから国民栄誉賞などを与えたりしますが、ノーベル賞は生きている間に与えるんですね。つまり、死ぬまでにもらえなかったら、どんなに凄い功績を残したとしてもアウトということです。また、近年の科学の進歩はもの凄い勢いですから、このペースで授与していたのでは、それに値する人をさばききれず、順番待ちの間に亡くなってしまう人が増えていくかも知れません。

今年、化学賞を受賞した下村脩氏は87歳ですが、これは歴代1位タイ(1966年のペイトン・ラウス氏、1973年のカール・フォン・フリッシュ氏に並ぶ記録)になります。下村氏は「緑色蛍光タンパク質の発見」という功績が評価されたわけですが、このタンパク質の応用が確立されてきたのが比較的最近ということもあり、40年以上待たされたわけですね。こう言っては大変な無礼になりますが、もし下村氏が日本人男性の平均寿命で亡くなっていたら、受賞を逃していたわけです。

私が件のメールマガジンで書いたことなど、完全に忘れ去っていましたが、こんなことを得々と述べていたんですねぇ。一部抜粋してみます。

(前略)

昨年の白川英樹の化学賞受賞で調子に乗った彼らは、平成13年度から5年間の「科学技術基本計画」で「日本人のノーベル賞受賞者を向こう50年間で30人に」と謳った。この計画は与党3党の「21世紀型研究開発に関するプロジェクトチーム」で了承され、研究援助資金として投じられる国費はこれまでの約40%増と決まった。

いわゆる族議員たちの票集めの道具となっている高速道路やトンネルや橋など、下らない社会資本に消えていく国家予算を考えれば、ずっと有意義といえる。しかし、金をばらまけば良いだろうという発想がまた相変わらずだ。これまでも価値判断能力を欠いた公共投資で何度となく失敗を喫している日本政府だが、また同じ過ちを繰り返すのは目に見えている。

(中略)

「日本人のノーベル賞受賞者を向こう50年間で30人に」とは、「日本は学術研究の評価をスウェーデン王立科学アカデミーやカロリンスカ研究所に委任します」と宣言しているに等しい。確かに、ノーベル賞も様々な問題を抱えてはいるが、「世界で最も権威ある賞」という認識は国際的に揺らいでいない。しかし、権威あるものの尻馬に乗って満足してしまうとは、あまりにも情けないではないか。

いま、日本が本当に取り組まなければならないことは、ノーベル賞受賞者を増やすことではない。ノーベル賞に勝るとも劣らぬ評価システムをつくり、的確な価値判断が出来る人材、いわば「目利き」を育成することである。そして、こうした高度な評価能力を末端の教育現場まで啓蒙し浸透させることこそ、望むべき政策である。これを果たし、無駄な公共事業に浪費されていく国家予算を研究機関等へ正当に分配することが出来るようになった暁には、黙っていてもノーベル賞受賞者は増えていくに違いない。

『酒と蘊蓄の日々』(メールマガジン版・特別増刊号) 2001年12月 一部加筆訂正


7年前の私が書いたものですが、実に偉そうですね。え?いまと大して変わらない?

ま、それはともかく、このときに述べたことは大筋で間違っていなかったと思います。また、ノーベル賞は全ての学問を網羅するものではありませんから、ノーベル賞が対象としている分野とそうでない分野を政府が差別するようなことがあってはなりません。「日本人のノーベル賞受賞者を向こう50年間で30人に」などという日本政府の科学技術基本計画は、そういう意味でも不適切な政策と言わざるを得ません。

ですから、先の記者会見で益川氏が述べていた言葉は、私にとって非常に感慨深いものがありました。

益川敏英

「最もうれしかったのは2002年に理論の正しさが実験で証明された時で、それに比べればノーベル賞は世俗的なこと。
「我々は科学をやっているのであって、ノーベル賞を目標にやってきたのではない。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ishizumi01.blog28.fc2.com/tb.php/253-ef03c160
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

まとめ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。