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科学と似非科学の違い

あれからもう1年半くらい経ちますが、関西テレビが制作していた『発掘!あるある大事典2』の捏造問題を受けて、各メディアの反応は批判と自戒が相半ばしていたような印象でした。週刊誌業界と違って、新聞やテレビの報道局などは仲間意識が強いのか、同業者の不祥事には比較的冷静に対処しているように見えます。

時期的に近かった不二家に対する批判報道と見比べると、関西テレビに対するそれは遙かに手ぬるいものでした。「明日は我が身」と思い、自分たちのときにあまり手厳しく叩かれないようにとの思いが交錯していたのかも知れません。が、実際のところはどうなのでしょう?

ま、それはともかく、件の捏造問題を受けて、朝日新聞は科学欄に「科学と科学のフリをした似非科学をどう見極めるか」といった主題のインタビュー記事を載せていました。この取材に応じたのは科学哲学者の伊勢田哲治氏(名古屋大学情報科学研究科准教授)という人物です。

反証あってこそ科学

というこの記事の見出しに全てが集約されていると思います。全文を引用すると長くなりますので、ポイントだけ抜粋します。


(前略)

――科学とは何かを突き詰めて考えるのが「科学哲学」ですね。その立場から、「あるある」事件をどう見ますか。

「表面的に科学的に見えるパーツを集めているけれど、科学の方法論は全く採用していませんでしたね」

――科学の方法論とは?

「一番オーソドックスなのは、反証主義です。仮説に合うデータではなく、むしろ矛盾するデータ、つまり反証を集めようとする。反証が出そうな実験をし、それでも仮説が生き延びたら一応認めてあげようというのが科学です」

(中略)

「実際の科学は単純な反証主義で動いているわけではありません。科学と科学でないものの間には大きなグレーゾーンがあって、線を引こうとしても明確な線引きはできない。ただ『典型的な科学』は存在するし、反対に『典型的に科学でないもの』もあります」

――二つを分けるものは何でしょう。

「仮説の内容というよりは、仮説に対する態度が大きなファクターです。大した根拠のない仮説から研究を始める科学者はいます。科学者であれば単なる仮説として扱いますが、疑似科学をやっている人は、根拠がなくても確立しているかのように言い、不利な証拠が出てきても無視します」

(後略)

(C)朝日新聞 2007年4月6日


私も伊勢田氏の科学哲学については諸手を挙げて賛同します。仮説に不都合な証拠を突きつけられても適当な言い逃れで真摯に対峙しようとしなかったり、初めから無視したりする一方、都合の良いデータばかりを並べ立てるだけでは科学とはいえません。

そういう意味で、地球温暖化人為説は似非科学に属する条件をほぼパーフェクトに満たしているといえるでしょう。


Climate Change 2007
The Physical Science Basis

IPCCの評価報告書は「Science」を標榜していますが、
再現能力の未熟なコンピュータシミュレーションによる予測と
人為説に都合の良いデータがばかりを羅列している状態で、
「反証」という概念は全く存在しません。
そして、「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の
上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によって
もたらされた可能性がかなり高い。」と結論づけています。
(「可能性がかなり高い」とは確率90%以上と定義されています。)

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