NHKのニュースなどを見ていても、自動車メーカーのアッセンブリーラインから外された派遣工を追いかけ回しては悲惨な生活状況を大きく伝えています。その一方で熟練工を育てるために様々な工夫をして人材を確保したままこの荒波を乗り越えようとしている中小企業を熱心に取材しては対比しています。派遣切りを敢行した大企業は悪であり、人材育成に力を抜かない中小企業は善であるとでも言いたげな構成は稚拙に過ぎる劇場型報道と感じます。
こうしたメディアや世論の感情論に乗せられてしまった舛添厚労相は製造業に関して派遣の禁止も口にするようになってしまいました。
厚労相、派遣法改正案の修正検討 製造業派遣の禁止も
舛添厚生労働相は5日の閣議後の記者会見で、すでに国会に提出している労働者派遣法改正案の修正に前向きな考えを明らかにした。さらに「個人的には」と断ったうえで、「製造業まで派遣労働を適用するのはいかがなものか。そのことも含めて検討しないといけない」と述べ、製造業派遣を禁止したい意向も明らかにした。
政府は昨秋の臨時国会に日雇い派遣の原則禁止を柱とした労働者派遣法の改正案を提出し、継続審議となっている。しかし、派遣労働者の約7割を占める登録型派遣の規制を見送ったことで労働者側から「不十分」との批判が相次いでいた。「派遣切り」が社会問題化し、さらなる規制強化に踏み込まざるをえなくなった形だ。
(後略)
(C)asahi.com 2009年1月5日
マスマーケットでビジネスを展開している製造業にとって、売れる商品を売れるタイミングで市場へ投入するというマネジメントはいまや常識です。そのためのフレキシブルな生産調整も極めて重要な課題になっているのはいまさら言うまでもないでしょう。しかし、原材料や部品の調達を管理するだけで効率的な生産調整はできません。
やはり人件費は大きな負担となりますから、人員に余剰があればそれも速やかに調整したいと考えるのは企業として当然のことです。厳しいコスト管理を重ねても大きなコスト負担となる人件費の調整が柔軟に行えないというのでは、企業にとってリスクとなり、工場を構える条件として一つの大きな足かせになり得るわけですね。
日本は部品調達にかかる環境がよいとか、人種や言語や宗教や文化の違いなどによる管理の難しさが殆どないとか、政情が安定しているとか、生産拠点の近くに巨大なマーケットがあるとか、物流環境が極めて良好であるといったメリットもあります。
が、その一方で土地や人件費やエネルギーコストなどの高さは世界屈指というデメリットもあります。それ加えて柔軟な労働力調整ができないとなれば、マイナスの要素は一層大きくなり、日本国内に生産拠点を維持する必然性が失われていくでしょう。
例えば、ホンダはフィットの生産ラインを三重県の鈴鹿工場に置いていますが、その派生セダンであるフィットアリアはタイのアユタヤ工場で生産し、日本へ輸入しています。ま、タイの場合は昨今の政情不安で日本企業の期待を裏切るような状況になっていますが、それはそれとして、もはや自動車も途上国での生産に大きな懸念はありません。
いま、大手メーカーなどから職を解かれ困窮している人たちは、労働者派遣法(以下、労派法)などによって労働力の需給関係が柔軟な状態になっていたからこそ、これまで職に就くことができていたという側面もあったと思います。しかし、大衆メディアはそうした側面を一切無視して「切られた」という部分ばかりを執拗に報じている印象です。
もし、こうしたメディアや世論の批判の的となることに嫌気がさし、舛添氏の言うような規制が安直に実施されれば、もっと柔軟な労働力調整が可能な海外へ工場を移転され、日本の国内産業は空洞化を一気に加速させかねません。派遣労働者たちが派遣されてきた職場そのものが日本国内から消失してゆき、現在よりもっと厳しい状況へ陥る可能性も否定できないでしょう。
もちろん、現状のままで良いとは思いません。契約期間を前倒しして解雇するのであれば、事前通告から一定期間(例えば3ヶ月以上とか)の就業を保証させたり、当初の契約期間満了まで支払われるはずだった賃金の何割かは補償されるようにしたり、寮を提供している場合はその在留についても一定期間保証させるなど、人道に反する一方的な切り捨てが横行しないよう、ある程度の規制強化は必要だと思います。
しかしながら、様々な情勢を熟慮せず、拙速に労派法改正を押し進め、単純な規制強化で製造業への派遣禁止などという結論に至ることは避けるべきだと私は思います。