酒と蘊蓄の日々

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温暖化対策は魂の問題

環境対策は徹底的に感情論を排除し、単なる思い込みや偏った推論ではなく、常に科学的な根拠に立脚していなければなりません。科学的な根拠が軽視あるいは無視された環境対策は一般市民の努力や税金などが無駄になるばかりでなく、場合によっては環境保護の観点からも逆効果になることさえあり得るからです。

既成事実化された環境問題が科学的に誤りであると判明し、それまでに注がれてきた努力や税金が全くの無駄だったという事実を誰もが認識した場合、その既成事実化を進めたキャンペーンの規模が大きければ大きいほど深刻な疑心暗鬼を引き起こしてしまいます。下手をすれば意義のある環境対策も含めた全ての信用が失われ、人々のモチベーションを崩壊させてしまうこともあり得るでしょう。

残念なことに、現実には「環境対策」とされていながら科学的根拠を逸した「イメージキャンペーン」でしかないケースも非常に多く、またそうした事例が蔓延していることから「正しい環境対策はどうあるべきか」といった概念そのものが存在していないのではないかと思わされることがよくあります。そういう意味では今日の日経の社説もまさにこうした概念が存在せず、極めて精神的な主張になっています。

国の理念と志が問われる排出削減目標

 地球温暖化防止のポスト京都の枠組み交渉で日本が示す温暖化ガスの排出削減の中期目標について、政府は4分類6案を軸に検討することを決めた。中期目標は国際交渉での日本の発言力を左右する。日本の低炭素社会の方向も決める。説得力と志のある目標を求めたい。

 6案は2020年に1990年比で7%増から25%減まで幅がある。選択肢として様々な案があるのはよいが、削減でなく排出増の案まであるのは驚くしかない。場合によっては国際社会に背を向けるつもりというメッセージなのか。世界が削減を議論するなかで排出増の選択肢を残した感覚は疑わざるを得ない。

 素案は首相直轄の懇談会の下部にある検討会で議論してきた。そこで多様な意見がかわされるのはいいが、数値の議論に終始しているのは極めて残念である。日本は地球の温度上昇を何度以下で抑えるつもりなのか。その原点を明確にしなければ中期目標に魂がこもるまい。

(中略)

 欧米では景気対策として温暖化防止に絡めた「グリーン・ニューディール」政策に力を入れている。太陽電池や風力など新エネルギーの投資で雇用を創出し、低炭素社会への移行を早める決意は固い。

(後略)

(C)日本経済新聞 2009年2月13日


以前にも述べましたが、ヨーロッパが掲げている排出削減目標には全く根拠がありません。どのような技術やシステムがいつ頃までにどの程度の規模で導入されていくといった具体的な内容が積算されているわけではなく、耳触りの良い政治スローガンでしかないんですね。

例示されている「グリーン・ニューディール」などもその典型で、風力や太陽光など高価なエネルギーの開発を推進していくことが本当に景気対策たり得るのか甚だ疑問です。また、これら不安定電源の変動損失を技術的にどう克服するのか具体的な検討がなされているようにも見えません。

どれだけ崇高な理想を掲げていても、実現可能な裏付けがないのなら「絵に描いた餅」でしかないということにこの社説を書いた論説委員は全く気づいておらず、これはもう「哀れ」としか言いようがありません。また、「魂がこもる」などという精神論の下で環境問題を議論するなど論外中の論外です。

仮に、実現可能なスケジュールを具体的に検討し、結果的に7%増という選択肢を採用しなければならないとしても、根拠のない夢のような目標を掲げるよりはマシというものです。いい加減な約束をして守れないくらいなら、守れる範囲の約束をするというのは古今東西を問わぬ社会常識です。こうした常識のない人間に社説を書かせるべきではありません。

もっとも、これは日経に限ったことではなく、殆どの大衆メディアにつていえることですけどね。この問題の根深さはこうした部分にもあると見るべきでしょう。

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