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同じ穴のムジナ

週刊新潮は今年の1月下旬から4号に渡って「朝日新聞阪神支局襲撃事件」の実行犯と名乗る人物の告白手記を連載していました。しかし、朝日新聞はこれを「虚報」と断じ、2月23日の朝刊で1頁全面を使って真っ向から反論していました。それから1ヶ月余り経ってまた朝日新聞は社説で週刊新潮に対する批判を繰り返しています。

朝日襲撃事件―「虚言」報じた新潮の責任

 未解決の殺人事件で、「真犯人」がメディアに名乗り出てきた。その証言を報道するにあたっては当然、真偽を詳しく吟味するのがメディアの責任だ。だが、週刊新潮にとってはそうではないらしい。

 87年5月3日、憲法記念日に記者2人が殺傷された朝日新聞阪神支局襲撃事件をめぐり、週刊新潮は実行犯を自称する島村征憲氏の手記を1月から4回にわたって掲載した。

(中略)

 ところが、元職員は新潮社に「手記はまったくの虚偽」と抗議し、訂正と謝罪を求めた。これに対し、新潮社は先月、現金を支払うことで和解した。金銭で解決を図ったのは、誤報を認めたと考えざるを得ない。

 だが、新潮社は和解内容を明らかにせず、取材の経緯も説明しようとしない。報道に携わる出版社の責任を意識しているとは言えない。

 そもそも週刊新潮が島村証言の裏付けをとろうとしたのかすら疑わしい。犯行声明を書いたと島村氏が名指しした右翼活動家の周辺など、関係者に取材をした形跡がほとんどないからだ。

 当然なすべき取材をしていれば、島村氏の主張が「虚言」であることはわかったはずだ。実際、朝日新聞社が島村証言の裏付け取材をしたところ、事実と異なる点が数多く含まれていた。

 捜査当局の努力にもかかわらず、一連の事件はすべて時効になった。だが朝日新聞社は、今も真相解明に努めている。それは同僚の記者が殺されたからというだけの理由ではない。言論を暴力で封じ込めようとする、成熟した民主主義社会には決してあってはならぬ犯罪への怒りからだ。

 「虚報」は事件の真相を追及しようとする努力をさまたげ、混乱させるものだ。伝統ある週刊誌の一つがこうした報道をし、過ちを一向に認めないのは残念というよりも悲しい。

 このところ、週刊誌の記事で名誉を傷つけられたと訴えた裁判で、週刊誌側に賠償を命じる判決が相次いでいる。いずれも取材が十分に尽くされていなかったことが指摘された。

 週刊誌報道が、不正の告発や重要な問題提起をした例は数多い。だからこそ、根拠の薄いうわさや危うい証言に頼らない、慎重な取材による事実の発掘という基本はゆるがせにできない。

 今回の週刊新潮の報道は、メディアの信用を著しく傷つけた。新潮社は、その責任を明確にすべきである。

(C)2008年4月1日


週刊新潮には個人的に好意も義理も一切ありません。実際、待合室などその辺に転がっているのを読んだことはありますが、自分で買ったことは一度もありませんし。ですから、彼らを擁護するつもりなど毛頭ありません。が、朝日新聞がそれを言うなら「NHK番組改編問題」を巡る報道はどうだったのか、人を批判する前に自分たちの過去を振り返ってみるべきだというのが私の率直な感想です。

朝日新聞はこの「NHK番組改編問題」を巡ってNHKに「虚偽報道」と批判され、読売新聞、日経新聞、毎日新聞、週刊新潮などからも「証拠不十分」の烙印を押されています。鍵を握る証言を収めた録音テープが本当に存在するのか否か私には解りませんが、仮に朝日新聞の報道が真実だったとしても、誰もが納得できるような根拠を伴わずに報じられたという事実は揺るぎません。状況としては今般の週刊新潮の一件と同類ということです。

(追記:週刊新潮はこの一件を誤報と認め、謝罪記事を掲載しました。これを受けて各紙の社説で批判が相次ぎました。詳しくはコチラ)

この他にも、日本共産党の幹部だった伊藤律氏の単独会見が担当記者による捏造記事だったということもありました。沖縄の珊瑚に「KY」というイニシャルが彫られていたことを伝えた記事も、実は同社のカメラマンによる捏造だったということもありました。新党日本の旗揚げの経緯についての記事でも亀井静香氏と田中康夫氏が長野県内で会談を行なったとしたのは虚構のメモを元に書かれた虚報だったということもありました。

朝日新聞の捏造記事
この記事にはこう書かれていました。
「八〇年代の日本人の記念碑になるに違いない。
百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷付けて恥じない、
精神の貧しさの、すさんだ心の。」
しかし、これは朝日新聞がネタを得るためには
百年単位で育ってきたものを瞬時に傷つけて恥じない
精神の貧しさの、すさんだ心の記念碑となりました。


週刊新潮に対する批判はともかくとして、「慎重な取材による事実の発掘という基本」を忘れ「メディアの信用を著しく傷つけた」行為を何度も繰り返している朝日新聞がジャーナリズムの有り様を得々と語るとは、この厚顔無恥には呆れるほかありません。この社説に書かれている主旨は、まず自分たちに向けて投げかけるべきものです。

・・・それとも、エイプリルフールのネタ?

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