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タタ・ナノは低速シティコミューター? (その1)

当blogでも過去に何度かインドの財閥系自動車メーカーのタタ・モーターズが発表した世界最安の乗用車ナノについて話題にしてきましたので、とりあえず近況をフォローしておこうと思います。当初の発売予定は昨秋とされていましたが、そのスケジュールは大幅に遅れており、ようやく今日(4月9日)から予約の受付が始まり、実際にデリバリーを開始するのは7月頃とのことです。

延期が度重なった最大の要因は、西ベンガル州に建設が予定されていた新工場の用地買収を巡って地元住民から猛反発を受けたせいでしょう。計画が丸ごとグジャラート州に移転されたため、その分だけ生産ラインの立ち上げも遅れ、当面は本社工場のみで対応することになってしまったそうです。発売が延び延びになってしまっただけでなく、数量確保も不充分なようで、初回ロットは抽選になるとのことです。

で、予約受付を前にしてプレスに対する試乗会がタタ・モーターズの自社テストコースで行われたようで、朝日新聞の電子版でもその様子がレポートされていました。

ナノ乗ってみた 広さにびっくり、ブレーキに冷や汗

 インドのタタ・モーターズが発表した世界最安の車ナノ。「オート3輪に毛の生えた程度」との当初の予想を上回り、披露されたのは立派な乗用車だった。だが、人も車も見た目ではわからないのが世の常。欧米市場も視野に入れるナノとは、どの程度のものか。同社のテストコースで試乗した。

 乗ったのは、装備の異なる三つのモデルのうち、最も安い約11万ルピー(約22万円)の車。丸みを帯びた小さな車体が愛嬌(あいきょう)を感じさせる。コスト削減のため、ドアミラーは運転席がある右側だけ。ワイパーも1本だ。

 運転席に足を踏み入れると、まずはその広さに驚く。外形は日本の軽自動車より小さいが、シートを一番後方まで動かすと足が伸びきってしまうほど。記者の身長は176センチ、体重80キロ。健康診断では「太り気味」と指摘されるが、助手席に人が座っても、窮屈さを感じない。

 「広さの秘密は、インドの乗用車としては初めてエンジンを自動車の後部に置いたこと」とタタのエンジニア。重さを支えるため、後輪は前輪よりも2センチほど太く、直径も若干、長い。

 座席は通常の乗用車より高く、SUV(スポーツ用多目的車)のような感覚。上から見下ろせる景観を重視したという。天井と頭の間には拳が二つ入るほど広く、圧迫感はない。座り心地はふんわりとしている。難点は、後部座席の狭さか。

 いざ、エンジンを始動。2気筒(日本の軽乗用車は3~4気筒)なので、エンジン音と振動を懸念していたが、走り出しても音は全く気にならず、振動も感じない。4速のギアチェンジも滑らか。10秒以内で時速60キロに達した。

 ただ、この先はアクセルを踏み続けてもなかなか加速しない。80キロまで上がったところで、直線で2キロのテストコースの行き止まりまで来てしまった。プロでも100キロに達するまでにはスタートから31~32秒かかるという。

 冷や汗をかいたのは、ブレーキだ。威力を増幅させるためのブースターがついていないため、日本車のように少し踏み入れただけでは減速しない。また、パワーステアリングがなく、ターンではハンドルさばきも重い。とはいえ、デリーなどでは高速道路でも法定の速度規制が80キロ。渋滞もひどく、このスピードやブレーキでもおそらく難はあるまい

 タタ会長は6年前、二輪車に3人も4人も乗せて雨の中を走る家族の姿を見て、「庶民でも手の届く車を」と心に決めたという。安全性や耐久性は未知数。日本車に乗り慣れた記者には欠点も目につくが、「この値段で、よくぞここまで開発した」というのが素直な感想だ。

(C)asahi.com 2009年4月4日


まず、この試乗レポートで残念だったのは、肝心の記者が同紙の経済部出身で現在はニューデリー支局の特派員という経歴のせいか、クルマに関して全くの素人で、この種の取材経験は皆無だと思われるところです。簡単に確認できる外寸こそ比較しているものの、「その広さに驚く」としている室内について日本の軽自動車などと比べてどうなのか全く評価されていません。それは彼が最近の日本のコンパクトカーや軽自動車に乗ったことがないからでしょう。

そのことを如実に物語っているのが「座席は通常の乗用車より高く、SUV(スポーツ用多目的車)のような感覚。」というくだりです。外観からしてSUVのように最低地上高が高いわけではなく、わずか3本のボルトで固定されるホイールは日本の軽自動車同様に径が小さく、SUVとは全く逆にフロアは低く抑えられています。これは単にシートの座面が高い位置に設定されているだけで、ドライバーのアイポイントが高くなっている理由はSUVと全く異るわけですね。

ナノのシート配置
タタ・ナノのシート配置
これはプロトタイプのカットモデルになると思いますが、
ご覧のようにフロアに対して座面が非常に高くなっています。


一般的なセダンのように座面が低いと足を前に投げ出して座る格好に近くなりますが、座面を高くして着座姿勢をアップライトにさせるほどフロアに足を置く位置がシートに近づき、バックレスト(背もたれ)の角度も立ち気味になります。要するに、前後方向のスペースを稼ぐために上下方向のスペースを利用するという考えかたです。こうした手法は3列シートを押し込み、シートピッチを詰めても狭く感じさせないという理由でミニバンなどには早くから採用されていました。

同様に室内長の制約が大きいコンパクトカーや軽自動車にも応用されるようになり、このクラスのクルマに高い座面はもはや常識となりました。実際、私の実家でセカンドカーとして乗っていたフィット(初代)も、私が社用で時々乗るパッソも、座面はかなり高めに設定されています。こうした近年のコンパクトカーや軽自動車では至極一般的なパッケージングを知らない記者に「その広さに驚く」といわれても全く参考になりません。

ワゴンRのパッケージング
スズキ・ワゴンRのパッケージング
日本で一番売れている乗用車は軽自動車を含めると
このワゴンRになりますが、その人気を支える大きな要素は
外寸に制限のある軽自動車にあって室内の広さを追求してきた
そのパッケージングにあるのだと思います。
1993年のデビュー当時から高い座面でアップライトな着座姿勢とし、
上下のスペースを有効に用いて前後のスペースに余裕を持たせる
今日の軽自動車やコンパクトカーの基本となるパッケージングを
採用してきました。


やや余談になりますが、こうした高い座面も善し悪しがありまして、確かに限られたスペースをより広く感じさせ、高い視点で見晴らしがよくなれば、閉塞感が抑えられるといったメリットもあります。が、逆に座面が高くなると従来のようなドライビングポジションに慣れた人間には大きな違和感を与える場合があります。私の場合、長時間のドライブなら適度に座面が低いほうが疲れにくく感じます。

それは座面が高くなるほどペダルを上から踏み下ろす格好に近くなるため、特に高速道路などの長距離ドライブでアクセルの踏み込み量を長時間一定に保つのが辛いポジションになりがちだからです。一般的なセダンのように低い座面であれば、足を前に伸ばしたところにアクセルペダルがありますから、それを奥に踏み込むアクセルワークが可能です。一定の踏み込み量を維持するのに足首の角度だけでなく膝の動きも使えるため、長時間の運転でも筋肉疲労を分散できるメリットがあります。

一方、座面が高く設定され、ペダルを上から踏み下ろすカタチになればなるほど、その踏み込み量を加減するのは足首の角度に依存する比率が高くなります。足首の角度をキープするのは、ふくらはぎなど下腿の筋肉になりますが、ここに疲労が集中する傾向が高まっていく訳ですね。

ついでに言えば、ブレーキなど必要に応じて強い踏力が求められる場合も高い座面は難があります。座面が低ければブレーキペダルを踏み込んだときの反作用をバックレストが受け止めてくれますから、足の力をあまり逃がすことなく踏み込めます。が、座面が高くペダルを上から踏み下ろすような格好になるほど力を込めにくくなり、強い力で踏み込んだときの反作用で身体が浮き上がろうとします。特に小柄で体重が軽い人は座面が高くなるほど大きな力でブレーキを踏みにくくなるでしょう。

いずれにしても、ナノも最近の日本のコンパクトカーや軽自動車も、室内寸法を如何に大きく取るか、限られたスペースで如何にゆとりがあるよう演出できるかというところに重きが置かれる傾向が強まっているようです。が、そのためのアップライトな着座姿勢は上述したようにスペース効率こそ高いものの、ペダルの操作性を考慮した場合、ドライビングポジションにやや難があるように思います。

このように「室内が広いほど良くできたコンパクトカー」と讃えられる風潮は、「画素数が多いほど高性能なデジカメ」と誤解されているそれに近似する短絡的で歪んだ価値観だと私は思います。が、デジカメのそれのようにシワ寄せとなっている部分が正当に評価されていないのは、メディアによるミスリードも少なからず影響しているからでしょう。

(つづく)

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