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タタ・ナノは低速シティコミューター? (その3)

asahi.comによるタタ・ナノの試乗レポートはクルマに関して素人の記者によって書かれていますので、私にとって参考になる部分はあまり多くありませんでした。が、ブレーキがノンサーボ(倍力装置なし)で非常に効きが悪いという点はさすがにこの記者でも見出しに盛り込むほど強く印象づけられたようですね。

重量が軽いモーターサイクルやフィーリング重視のマニアックなスポーツカーならいざ知らず、ごく普通の乗用車でいまどきノンサーボというのはもはや非常識というべきでしょう。私も海外のチープカー事情は詳しくありませんが、日本国内で最安となるスズキ・アルトやダイハツ・ミラは最廉価の商用モデルでもブレーキサーボなど当然のように標準装備となっています。

前々回にも述べたとおり、低い座面ならペダルを奥に踏み込む格好になりますから、その反作用をバックレスト(背もたれ)が受け止めてくれます。強い力でペダルを踏み込んでも力が逃げにくい訳ですね。しかし、ナノのようにシートの座面が高くペダルを上から踏み下ろすような格好に近くなると、その反作用をシートが受け止めにくくなり、強く踏み込もうとすると身体が浮き上がろうして、力を込めにくくなりがちです。

昔の一般的なクルマは前後方向のスペースを上下方向のスペースで稼ごうという発想などなく、今日のように高い座面ではなかったでしょうから、ノンサーボでも何とかなっていたように思います。ナノはパッケージングだけ現代的なコンパクトカーのそれに倣って座面を高くしておきながら、ブレーキはノンサーボという前時代的な状態ですから、このアンバランスさはちょっと危なそうな気もします。

最近はパニックブレーキ(持てる最大限の力でブレーキをかけること)をシッカリかけられない人が増えているそうで、それゆえブレーキペダルを踏み込む速度を検知して、それと判断したら自動的により強い力で効かせる「ブレーキアシスト」を装備する日本車が増えています。アルトやミラなど低価格な軽自動車でもオプション装着できるようになっているようで、こうした面を見ても次元の違いを感じます。

また、ナノは恐らくエンジンの回転が中速以上から伸びにくいのだと思われますが、プロでも31~32秒かかるとされる0-100km/h加速も前時代的といわざるを得ません。アルト・ワークスの10秒弱は別格としても、日本の軽自動車でここまで加速が鈍いものはないでしょう。テストコースの直線2kmを費やしても80km/hまでしか加速できなかったというこのクルマで日本の高速道路に乗り入れたら「走る障害物」となるのは必至だと思います。

例えば、首都高は一般道の上に高架で設けられている区間が大部分で、入口からそれなりに傾斜のあるスロープを上り、いきなり追い越し車線側にアプローチする上、その加速レーンも冗談かと思うほど短い強引な構造が少なくありません。そんなところへ2kmも走って80km/hにしかならないようなクルマで行くのは迷惑なハナシですし、状況によってはかなり危険かも知れません。

首都高の速度規制
首都高速道路速度規制図
首都高の制限速度は60km/h(上図では濃いブルー)の区間が多いのですが、
湾岸線や川口線、三郷線、川崎線、大宮線など80km/h(上図では濃いピンク)の区間もありますし、
全般的に加速レーンは短く、普通の小型車でも状況によってはフルスロットルで加速していかないと
タイミング良く本線に合流できないケースが多々あります。
特に川口線は入口からスロープを上って追い越し車線へ合流する上、制限速度が80km/hであっても
実際には100km/h以上で飛ばしているクルマなどザラですから、中速以上の加速が鈍いタタ・ナノでは
かなりアブナイかも知れません。


衝突安全性などは全くの未知数ですが、これも欧米の基準は満たしていないと伝えられており、現代的なレベルにないのは間違いないでしょう。もっとも、これは日本の軽自動車も総排気量が現行の660ccに拡大される以前の規格では軽視されてきた部分です。

さらにいえば、かつて日本のメーカーはヨーロッパのように古くから衝突安全基準が厳しい仕向地に対してはドアビームを追加するなどして対処し、国内向けにはそれを省いてコストダウンするなどといった非常にセコイことをやっていました。かつての日本を棚に上げて途上国のメーカーが安全性にコストを裂かないことを責めるのはフェアじゃないかも知れません。

総じて、ナノの機械的な構成や装備などは極めて前時代的で、その性能は現代のクルマとしてみればチープに過ぎると言わざるを得ません。やはり、ラタン・タタ会長のいうようなモーターサイクルのユーザーに雨天でも不自由ない移動手段を提供するといった趣旨を汲み、インドなど新興国のモータリゼーションを担うクルマなのでしょう。日本はそれを40年くらい前に済ませたわけですが、ナノの機械的な構成や装備は確かにあの頃の日本の大衆車と大差ない印象です。

発表当初10万ルピーとされたタタ・ナノの最廉価モデルは、結局11万2735ルピー(円高が進んだ現在のレートでは約22.5万円、発表時のレートだったら31.5万円くらい)となりました。この最安のナノにはこれまでも述べてきましたように、パワーステアリングやブレーキサーボもなく、ラジオもなく、助手席の前後調整機構も付かず、助手席側のドアミラーさえも省略され、要するに「ないない尽くし」で、クルマとしては最低限のものしかありません(日本の公道を走るにはミラーなど最低限のものも不足していますが)。

一方、日本国内最廉価となるスズキ・アルトやダイハツ・ミラの商用モデルは63.5万円(消費税抜き)ですから、ナノのそれに比べて現在のレートでも3倍弱です。が、パワーステアリングやブレーキサーボはもちろん、エアコン、AM/FMラジオ、リモコンキー、SRSエアバッグ(運転席だけでなく助手席も)なども標準装備されているんですね。

ナノも上位のデラックスモデルになればエアバッグやリモコンキーなどを除いてこれらは装備されるようですが、価格差は1.5倍くらいまで縮まります。しかも、これは現在の円高ルピー安でのハナシですから、レートがナノの発表当時くらいまで戻れば、その差は殆どなくなります。とはいえ、こうした装備の原価は車両本体に比べれば大したものではありませんから、最廉価でこの価格差はやはりかなりの努力を要したと認め、讃えるべきでしょう。

さて、ここからは余談になりますが、以前当blogで産経新聞の電子版にあったコラム「【早坂礼子の言わせてもらえば】激安価格のクルマを作れ」で書かれている内容は全くのお門違いだと批判しました。その蒸し返しで恐縮ですが、彼女の主張に対して別の切り口で考えてみることを思いつきました。

いきなりですが、ここで問題です。日本では新聞の定期購読料が1ヶ月朝刊のみ消費税込みで3000円前後(産経新聞の場合は2950円)ですが、インドの新聞の定期購読料は1ヶ月いくらになるでしょうか?

正解は90ルピー(約180円)です。

産経新聞がインドの新聞よりどれだけハイレベルなのかは全く以て解りませんが、その購読料は消費税抜きで比べてもインドの新聞の16倍を超えますから、クルマの価格差とはまるで次元が違います。首都ニューデリー市民の平均月収は5000~6000ルピーほどだといいます(地方へ行けばもっと低くなるようです)から、産経新聞の購読料はその1/4~1/3くらいにもなる超絶なハイプライスというわけです。

産経新聞は日本の自動車メーカーに対してインド並みに「激安価格のクルマを作れ」といっていましたが、その前に新聞の購読料をインド並みに安くしてみせるべきです。

コメント

日本の軽自動車はなぜ輸出しなかったのか???

日本では日本オリジナルの軽自動車という規格があって税制面や保険の面でとても有利な良いクルマがありますがどうして外国へ輸出されていないのでしょうか?インドでポピュラーなクルマはスズキカルタス(インドの現地工場製)ですが660ccではありません。なぜインドのようにクルマに飢えてる人々たちに安い軽自動車を販売してなかったのか不思議です。もしかしたらインドの官僚が人々にクルマを普及させないようにわざと軽自動車の販売を認めなかったのでは?と思います。

  • 2009/04/14(火) 21:39:28 |
  • URL |
  • 林 宏 #rHat8f7E
  • [ 編集]

林 宏さん>

私も最近になって色々調べてみるまで知らなかったのですが、インド政府はクルマを普及させるために大変な努力を重ねてきたようなんですね。根強い階級社会で貧富の差が大きいインドでは、クルマといえば特権階級のものという側面があり、インド国産のそれも古い技術で作られた大型車しかなかったといいます。

そこで、インド政府は1970年代に現代的で実用的な小型車を生産し、普及させる「国民車構想」を立ち上げているんですね。そのパートナーとして参画したのがスズキで、インド政府と合弁でマルチ・ウドヨグ(マルチというのはインド神話に登場する風神の子の名、ウドヨグというのは「工業」を意味するそうです)が設立されました。3年前にインド政府の保有株式がすべて売却され、完全民営化された現在はマルチ・スズキ・インディアという社名になっています。

このプロジェクトは決して平坦な道ではなかったようで、実際に販売台数が伸び始めたのは最近10年くらいになるようです。それ以前はかなりのリスクを伴う状況だったようで、もしインド政府との合弁でなければスズキのインド進出もなかったでしょうし、インド政府が1980年代に手を引いていたなら、スズキは本体ごと経営危機に直面していた可能性もあったようです。3年前にマルチ・ウドヨグが完全民営化されたのは、政府のサポートが必要ないところまでマーケットが成長したと判断されたからかも知れません。

日本のメーカーがインドに軽自動車を輸出しなかったのは、兎にも角にも国民の所得水準が極めて低く、マーケット規模が絶望的に小さく、商売になる見込みが立たなかったからだと思います。わずか11万ルピー少々のタタ・ナノですが、それでも首都ニューデリー市民の平均所得の2年分に相当します。このナノがまだデリバリーされていない現在の最安はマルチ・スズキ800ですが、これは20万ルピーですから、ニューデリー市民の平均所得の4年分にもなり、新車では庶民の手に届くことのない高嶺の花です。

東京都民の平均年収は500万円弱くらいですから、我々日本人の感覚に置き換えればマルチ・スズキ800は2000万円近く、タタ・ナノでさえ1000万円近い買い物になります。フェラーリやポルシェ並みというわけですね。近年はIT関連企業などに従事する富裕層が増えており、インドでもようやく乗用車市場が拡大してきたわけですが、かつてはこうした購買層が現在のような規模にありませんでした。そこへ日本円で何十万もする軽自動車を持って行ったところで、そう簡単には売れなかったでしょう。

マルチ・ウドヨグの設立時から生産されてきた中心車種は2代目アルトをベースとしたマルチ800でした。全般的には日本の軽自動車規格のアルトと大差ありませんでしたが、エンジンはその名の通り800ccで、現在のマルチ・スズキ800も同様です。これが発売された当時の日本の軽自動車は550ccでしたが、現実問題としてシリンダの数が同じなら、550ccでも800ccでも原材料費にわずかな差が生じる程度で、加工や組み立てを含むトータルの原価はさほど変わらないでしょう(売価は排気量の差を付加価値として高めに設定される傾向にありますが、原価はこれに比例するものではありません)。

あまり排気量が小さいとトルクがなく、乗りにくい上に回転数を上げがちになり、却って燃費が悪くなる場合もあります。コストに大した差がないのなら、日本固有の特殊な規格に縛られたエンジンをそのまま持ち込む必然性もないということでしょう。日本人の所得を基準に見れば安いクルマでも、インド人から見れば大変な高額商品ですから、動力性能に劣る鈍くさい走りで安っぽい印象を与えてしまうと、売りにくくもなるでしょう。

また、自動車はただ現地に持ち込めば売れるというものでもないんですね。販売拠点とサービス網の確保は非常に重要で、インドにおけるマルチ・スズキは日本におけるトヨタのように他を圧倒する充実したディーラー網を持っているそうです。これも30年かけてインド政府と共に築き上げてきたもので、新規展開の障壁は決して薄いものではないでしょう。タタが激安のナノを開発したのは、マルチ・スズキとの真っ向勝負を避け、新たなマーケットを開拓するという側面もあるような気がします。

1960年代前半くらいまでの日本では自家用車など殆ど普及していませんでした。それは政府の陰謀などではなく、まだ国民の所得水準が低かったからです。インドは日本から40年くらい遅れてようやくここまで来たということでしょう。

  • 2009/04/15(水) 22:21:42 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

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