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アサヒっていた週刊新潮

以前、当blogでも取り上げた週刊新潮の一件ですが、ご存じのように誤報だったことが明らかになりました。これを受けて各紙の社説で批判が相次いでいます。

朝日新聞「週刊新潮―「騙された」ではすまぬ
読売新聞「週刊新潮「誤報」 第三者調査で徹底検証せよ
産経新聞「週刊新潮 まず誤報の責任を明確に
中日新聞「「週刊新潮」誤報 雑誌報道の自殺行為だ

5大紙では日本経済新聞と4月14日付の社説「朝日襲撃事件 新潮は納得いく説明を」で取り上げたばかりの毎日新聞は今日(4月17日)までのところ社説で論じていませんが、各紙とも関心の高さが伺えます。内容的には大同小異で、裏付け取材を怠った杜撰さと、新潮自身が被害者といわんばかりの態度と、本件に対する新潮サイドへの取材は個別対応のみで記者会見を行わず、説明責任を果たしていないとする批判といったところでしょうか。

個人的に気になったのはやはり朝日新聞の社説で、当事者であるとはいえ、報道の姿勢を問うこの問題に当たって合理性を欠いているのはどうかと思います。新潮サイドが説明責任を果たしていないのは確かだと思いますが、「言論機関の責任者としてなぜ記者会見で疑問に答えようとしないのか」という注文はあまり合理的とも思えません。

こうした不祥事が起こると、記者会見の席で経営陣がズラリと並び説明が行われるパターンがすっかり定着していますが、実際にクローズアップされるのは「報道カメラの前で懺悔する」そのシーンで、こうした謝罪会見が求められる風潮は決して感情的な部分と切り離せるものではないでしょう。当blogで以前取り上げたPR会社などでは、こうした謝罪会見の席で反感を買うことなく、上手くその場を収められるよう事前に応対の練習しておくプログラムも用意されています。

質疑応答が個別であっても、必要な情報が明らかになれば記者会見というスタイルに固執する必要もありませんし、逆に記者会見を行ったところで充分な説明が成されるとも限りません。要するに、朝日新聞が求めているのはこうした「儀式」であって、新潮社の経営陣がさらし者になることを望んでいるのでしょう(あくまでも個人的な憶測です)。

こうした謝罪会見という「儀式」をやっているのは日本くらいだといいます。日本以外の国でこうした「儀式」が求められていないのは、謝罪と説明をキチンと行えば、報道カメラの前でさらし者にする必要はないと考えているからかも知れません。あるいは、訴訟に発展する場合を想定し、法廷で不利な証拠とならないよう、安易に非を認めないという防衛意識もあるのかも知れません。そういう意味では、日本はまだ法的に物事を整理するより、態度で示すことが求められ、感情的な部分で収拾をつけようとする傾向が強いと言えるのかも知れません。

ところで、このエントリのタイトルに「アサヒっていた」という俗語を用いましたが、ご存じない方のために説明しておきましょうか。これは「ググる」と同様に動詞として用いられる「アサヒる」という言葉の活用形ですが、Wikipediaにはその意味がこう記されています。

捏造する。でっちあげる。執拗にいじめる。自らの論調に相容れない者を執拗に攻撃する。


この言葉が生まれたのは安倍氏が首相を辞職した折になります。朝日新聞の記事に石原壮一郎というコラムニストの談話として「『アタシ、もうアベしちゃおうかな』という言葉があちこちで聞こえる。仕事も責任も放り投げてしまいたい心情の吐露だ。そんな大人げない流行語を首相が作ってしまったのがカナシイ」と書かれていたところに端を発しています。

「アベする」という言葉が「あちこちで聞こえる」「流行語」などになっていなかった事実から、逆にネット上などで上記のようにハナシを捏造することなどを指して「アサヒる」という言葉が用いられるようになったといいます。ちなみに、『2ちゃんねる』の管理人である西村博之氏が取締役を務める未来検索ブラジルでは「ネット流行語大賞」というものを選出しているそうですが、「アサヒる」は2007年の大賞に選ばれたといいます。

政界をすっぱ抜く記事が週刊誌に多いのはそれだけ新聞が政界に手懐けられているということを示しているのでしょう。そういう意味では週刊誌の存在も軽視できません。が、その一方で倫理感に欠ける報道が過去に何度もありましたし、根拠の弱いいわゆる「飛ばし記事」が多いのも確かでしょう。ま、こうしたことは読者の多くも承知して、それなりの捉え方がされているように思いますが。

5大紙もこうしたレベルの低い報道は過去に何度もやっていますし、朝日新聞などはその筆頭ともいえるだけに「アサヒる」などという俗語が生まれるわけですね。今日の社説にも彼らがそのように評価されているという自覚は微塵も感じることができませんでした。

自動車メーカーでも家電メーカーでも一般消費者を相手にしている企業はマーケットにどのような印象を持たれているのか、そうした自社のブランドイメージを調査し、その情報を分析するケースは決して珍しくありません。しかし、情報を扱うプロ中のプロであるべきメディアは自分たちが世間からどのように見られているのか全く把握できていないというわけですね。

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