酒と蘊蓄の日々

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似非エコロジーを公共事業に利用する東京都 (その2)

世間一般に森林はCO2を吸収すると信じられています。東京都もこうした考え方を基に緑化事業を推進し、「カーボン・マイナス・オリンピック」と称する欺瞞に満ちた宣伝文句をぶち上げています。しかし、森林がCO2を吸収するのは実質的に成長・拡大過程のみで、成熟してしまうとその効果は期待できません。

こうしたことが理解できていない人は、中学の理科の教科書を引っ張り出して「食物連鎖」というものをもう一度学習し直すことをお奨めします。食物連鎖には「生産者」「消費者」「分解者」という三者が出てきますが、このうちの「生産者」である植物の働きしか見ず、「分解者」である微生物などがどのような役目を担っているか理解できていないと、「森林はCO2を減らす」という短絡思考に疑問を感じることもないでしょう。

植物はその成長過程で炭素を蓄えていきますが、寿命が尽きれば微生物によって分解され、その炭素は再びCO2やCH4(メタン)などの温室効果ガスとなって大気に戻ります。もし植物が吸収したCO2が完全に地球の炭素循環から切り離され、恒久的に大気へ戻らないとしたら、それは分解されずに泥炭や石炭などのような状態で地中にとどまらなければなりません(泥炭の状態では何かの拍子に分解が進むこともありますが)。しかし、こうした状態に至るケースは極めて稀ですから、成長・拡大が止まった森林、即ち「成熟林」はCO2の吸収源になっていないと考えられているわけです。

食物連鎖の例
食物連鎖の例
ここには落ち葉しか書かれていませんが、
寿命を迎えた樹木の殆どは微生物よって分解されます。
もちろん、それは土壌の養分になるだけではありません。
大気中のCO2を取り込んで植物のからだを構成していた炭素は
微生物に分解されるとCO2やCH4などの温室効果ガスとなって
再び大気に戻り、恒久的に固定されることは滅多にありません。


都市の緑化事業は樹木を増やすことになりますから、増えた樹木の分だけ炭素を蓄えられると考えることもできるでしょう。が、こうした事業には必ず継続的なエネルギー投入が不可欠ですから、その収支のバランスを考慮しなければCO2の吸収源たり得ているのか判断できません。

まずは木を植える土壌を開発するところから始まり、苗木を産地から運搬したり植え付けたりする際にも化石燃料の投入が不可欠です。また、植えてしまえばそれで終わりというわけにもいかず、保守管理が必要になります。

剪定作業にもエネルギー投入が不可欠ですが、特に東京のように交通量が多い道路に植えられた街路樹の剪定作業で車線を塞いでしまうと、たちまち渋滞を引き起こしてしまいます。私もこうした作業による渋滞で何度イライラさせられたか解りませんが、その分だけエネルギーを浪費させ、余計なCO2を排出することになるわけですね。

落葉樹の場合は秋になれば大量に葉を落としますから、道路に落ちたそれを除去するために路面清掃が必要になることもあります。それが側溝を塞いで排水不良を引き起こしてしまうこともありますので、側溝清掃が必要になる場合もあるでしょう。また、こうした街路樹や植栽帯に関する苦情で最も多いのは雑草の発生だそうで、その除草作業にもエネルギー投入は不可欠です。

街路樹などを植えることによってCO2の収支がどのようになるのか、その具体的なデータを見つけることはできませんでした。が、これは植える木の種類によっても、植える土地の条件によっても少なからぬ差が生じるでしょうから、一概には言い難いでしょう。緑化事業によってCO2を吸収できると信じている人たちの多くは、こうした現実を見落としていたり、故意に無視していたりするのだと思います。

さらに微妙なのは東京湾の埋立地88ヘクタール程に植林を施す「海の森」という計画です。これは元々ゴミの最終処分場だったところですが、ここに木を植えることで果たして東京都の言うような「CO2を吸収して、地球温暖化を防ぎます。」という状態になるのでしょうか?

海の森予定地

ここは元々海だったわけですから、かつては少なからぬ量の植物プランクトンが生息していたハズで、そこを埋め立てて木を植えても結局は「往って来い」になっているだけかも知れません。海に漂っている植物プランクトンなど特に管理されているわけでもないでしょうから、エネルギーが投入されることもなかったでしょう。が、ここに作られようとしている人工林を維持するためには継続的なエネルギー投入が避けられないでしょう。

実際のところは厳密なアセスメントをしてみなければ解らないでしょうが、東京都の「海の森」プロジェクトについての説明を読んでみますと、何もない埋め立て地に森をつくることで新たなCO2の吸収源を創出するという風に読めてしまいます。ここでもイメージばかり先行しているという感が否めません。

この他にも、東京都はオリンピックを開催するに当たって、選手や大会関係者の移動にハイブリッド車や燃料電池車などの導入を計画しているといいます。が、これらは製造過程にかかる環境負荷が普通の車両より大きい傾向にあります。当blogでも以前、2代目プリウスについては生涯走行距離が短いほどアンチエコカーになる可能性が高いことを示しましたが、東京都はその点に関しても全く考慮していないでしょう。

オリンピック開催期間やその前後を含めた実質的な運用期間はごく僅かですし、半径8kmに主要な競技施設が集中する「世界一コンパクトなオリンピック」を謳い文句の一つにしているくらいですから、走行距離そのものもあまり伸びないのではないかと思われます。

こうした条件で製造過程などを含めたトータルの環境負荷を通常の車両より抑えることはかなり難しいのではないかと想像されます。もちろん、これもLCA的な手法で評価しなければ、ハイブリッド車や燃料電池車などの導入が好ましいことか否か判断できないでしょう。が、そんな検討など(カネも時間もかかりますから)東京都は行っていないと思います。

自然エネルギー導入計画なども全く同様で、投入した分のエネルギーが回収できる期間(EPT:エネルギーペイバックタイム)をキチンと考慮しているわけではないでしょう。風力発電にしても太陽光発電にしても、推進派にとってかなり都合の良さそうなEPTを見ても数年はかかるのですから、わずか3週間足らずのオリンピック開催期間でエネルギー収支を黒字にできるわけがありません。

東京都はオリンピックの招致に当たってこうした事業の推進を盛んにアピールしていますが、オリンピックに直接かかる独立した事業の中では消化しきれるものではありません。ハイブリッド車や燃料電池車の導入、自然エネルギー開発事業といったものはオリンピックが終わった後もオリンピックとは無関係に継続的な運用を続けなければメリットは見込めないでしょう。(継続運用しても本当にメリットが見込めるのか、私はかなり疑っていますけど。)

少なくとも、オリンピックが終わってから直接関係のないことで出入りするCO2もオリンピックのそれに算入させて「カーボン・マイナス・オリンピック」と称するのは世間を欺く行為です。例えば、企業がある事業の設備投資のために借金をして、その事業が行われていた期間では黒字に転換できず、別の事業でその設備を継続運用し、何年後かにようやく黒字を計上できたとしましょう。当初の事業では終始赤字だったにも拘わらず、その事業報告書では黒字決算としていたならば、それは普通「粉飾決算」といわれます。

これは「環境保護」という美名の下が無法地帯となっていることを示す好例といえるかも知れません。東京都がオリンピックを招致するために利用しているエコキャンペーンも、ありがちなイメージ先行の似非エコロジーの領域から一歩も抜け出せていないわけですね。

(おしまい)

コメント

私は東京オリンピック賛成です

エコロジーだの芝生だの何だのこじつけの理由付けはあるのでしょう。私は東京オリンピックに賛成です。
そりゃ準備期間中は都内は渋滞が起こるし警備もあるでしょうし地方税も上がるかもだから不便も強いられるかとは思いますが東京にオリンピックが来てくれたら、また経済効果もインフラもメリットがあると思います。
日本はいま不況なんですよ。仕事がなくて苦しい人々がたくさんいます。そんな人々のためにも経済効果はあるはずです。私は東京オリンピックに賛成します。2005年愛知万博の時も開催前は賛成反対ごたごたがあったと思いますが少なくとも愛知県にとってみたら大きな経済的メリットがあったはずです。リニアモーター地下鉄も稼働してますし。私は賛成です。

  • 2009/04/22(水) 21:06:30 |
  • URL |
  • 林 宏 #GHYvW2h6
  • [ 編集]

実は僕は賛成とも反対とも言えないです

もの凄い中途半端なスタンスなのですが、東京オリンピックに関しては、僕は反対とも賛成とも言えないのです。

個人的には、東京でオリンピックが開催されれば、面白いだろうし、普段スポーツをテレビでさえ見ない僕も夢中になって観るでしょうし、にわかナショナリストとなり、熱く応援するでしょう。

反面、仕事の面で見ると……
僕の仕事はいわゆる道路工事関連の仕事で、千代田区エリアをメインに受け持っています。今回のIOCの視察に関しても、都や警視庁からとても強い「工事自粛要請」(あくまでも表向きは要請)を受けたばかりですから、実際オリンピックが開催されるとなると、かなり強い自粛要請が出される事は明白です。おそらく開催期間だけでなく、その前から規制(おっと、要請でした)がかかる事でしょう。
一般的な工事と違い、毎月出来高を発注者に請求するシステムの僕の担当する工事は、オリンピックが開催されるその月の出来高はほぼ、ゼロ円になってしまう事でしょう。そうなると、頭の痛い問題です……

なので、私的には「嬉しい」、公的には「困る」といった、どっちつかずになって、とっても複雑です……

  • 2009/04/22(水) 21:29:54 |
  • URL |
  • Ocha #-
  • [ 編集]

林 宏さん>

>経済効果もインフラもメリットがあると思います。

今回のオリンピックの招致計画は1964年の東京オリンピックのときに建設した施設をできるだけ再活用し、新規開発は最低限にとどめるというのが売り文句の一つです。つまり、公共事業投資はあまり大規模にしないというのが公約みたいなものです。とはいえ、これまでも計画内容をコロコロ変えてきましたから、それが最後まで守られるのか微妙な気もします。それだけに、どの程度の効果があるのか正確なところは誰にも解らないでしょう。

勝谷誠彦氏はこう語っています。「長野に何が残りましたか。僕は長野県民として長野オリンピックを迎えましたが何一つ残っていない。負担と借金だけが残った。経済効果というのは、瞬間的に落ちる金だけであって嘘と誤魔化し。長期的に見てプラスはこれだけマイナスはこれだけあると出さないといけない。」

東京の場合も経済効果の試算は長野と同レベルのことしかやっていないでしょう。本文のほうでも述べましたが、彼らの事業予測が全くアテにならないのは新銀行東京の失敗を見ても明らかですし。


>日本はいま不況なんですよ。仕事がなくて苦しい人々がたくさんいます。

オリンピックが本格的な経済効果をもたらすようになるのは開催の数年前くらいからになると思います。2016年はいまから7年も先です。もし、オリンピックの開催がそれなりに雇用を創出するとしても、いま助けを必要としている人たちにとって、いまの段階では絵に描いた餅でしかありません。職にあぶれて苦しんでいる人を可及的速やかに救済しようと考えるのなら、オリンピックとは関係なく直接的な支援策として投資する方が良いように思います。

池田信夫氏はこう語っています。「都税がそんなに余っているのなら、それこそフリーターやニートを救済する職業訓練施設をつくるとか、勤労女性のための保育所を建てるとか、もっと生産的な使い道はいくらでもある。」

上述の勝谷氏の意見にもありますが、オリンピックによる経済効果の多くは瞬間的なものです。また、その経済効果でどれだけの雇用が創出されるかも全く不確定です。いま現実の厳しさに直面している人たちに対して、何年も先の瞬間的な不確定要素に期待しろというのはかなり酷なハナシだと思います。もっと根本的な部分に直接手を入れ、池田氏の言うような実効性が見込める政策を展開したほうが長期にわたって多くの人を救えるに違いないでしょう。

ただ、テリー伊藤氏はこう語っています。「経済効果はともかく、大切なのは東京オリンピックを見たということ。子どもたちが感動したり、夢を持ったり、将来、スポーツ選手になったりとか。僕なんかも最初の東京オリンピックのことを語って行く。つぎの東京オリンピックを見て平成の子どもたちが語り部になれることが一番大きなポイント」

こうした意見は私も無下にできないと思っています。文化活動が経済的な利益を生まないケースは珍しくもありませんし、環境破壊を伴うこともあります。が、だからといってそれらをことごとく否定していたのでは豊かな心を育むこともできなくなってしまう恐れがあります。オリンピックという歴史と伝統のある文化は多少のマイナス要素があっても守っていくべきものだと思いますし、そこにはお金に代えられない価値があることも重々承知しているつもりです。

先にも述べましたが、私が東京でのオリンピック開催に反対している積極的な理由はあくまでも日常生活に支障をきたす恐れがあるという、非常に個人的な都合によるものです。東京でオリンピックを開催したいという意向そのものを全面的に否定するつもりはありませんし、そのようなことを述べたつもりもありません。

私がここで厳しく批判しているのは、経済効果や環境保護といったハナシを引き合いに出し、計画を徒に美化し、都民を欺こうとする石原都政のやり方についてです。環境対策など着手しなければならないことはオリンピックと無関係に進めていけば良いわけですが、彼はそれを訳の分からないこじつけでオリンピック招致のためのイメージアップに利用しています。私が同調したくないと思うのは、彼らの計画がバカバカしい屁理屈にまみれているからです。

石原都政は「初めに開催ありき」で様々な理由をこじ付けてゴリ押ししています。その中には嘘や誤魔化しが山のようにあり、人を欺こうとしているわけですね。私が許せないのはそこのところで、オリンピックの開催そのものについて許せないというわけではありません。

  • 2009/04/23(木) 23:24:52 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

Ochaさん>

私の場合も仕事で空港の深部へ出入りすることがありますので、警備の強化が不可欠なオリンピックの開催は業務上望ましくないんですね。前にも海外の要人が来日したときなどに何度か羽田でイライラさせられたことがありましたから、オリンピックのように3週間近く、その前後も含めればさらに長い期間に及ぶとなると、考えただけでウンザリします。

地元の空港警察の職員なら解りそうなことでも、こういうときに動員されるのは地方からの応援だったりしますから、空港内の仕組みやそこへ出入りしている私たちのような業者について一々説明しないといけない警官が山のように来るんですね。巡回などはともかく、検問で行き先を確認するような役にも空港内を熟知していない警官を配置するのはやめてくれと心底思います。

10年くらい前にクリントン大統領が来日したときは一日中羽田の中を行ったり来たりしなければならなかったのですが、その度に同じ検問で同じ質問をされたのには辟易しました。3度目のときは向こうもコチラの顔を覚えていたのですが、それにも関わらず杓子定規に同じチェックを繰り返されたのには呆れました。

その一方で、オリンピックにはグランツールなどでもお馴染みの豪華メンバーが出場しますから、じっくり見たいと思っている私もいます。北京のときもロードレースは結局動く映像を見ずじまいでした。日本のメディアは同じ自転車競技でも何故かトラックレースはちゃんと取り上げるのにロードレースは殆ど無視するんですよね。もし、東京でオリンピックが開催されるとして、スケジュールが合うなら、沿道まで観戦に行きたいとさえ思っています。

2016年までに都知事選は2回あります。次の2011年までに新銀行東京は間違いなく破綻しているでしょう。その責任問題で石原氏が再選を逃し、彼主導ではないカタチで東京オリンピックが開催されるのなら、私は宗旨替えしてしまうかも知れません。

  • 2009/04/23(木) 23:35:40 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

勉強になりました。

内容的にも、また、これほど抑制された文体でこれほど説得的な批判が書けるものだというお手本としてもひじょうに勉強になりましたので感謝します。

  • 2009/04/26(日) 22:11:24 |
  • URL |
  • nobio #aYiJ/QLY
  • [ 編集]

nobioさん>

ご丁寧に有り難うございます。

>これほど抑制された文体でこれほど説得的な批判が書ける

私も実生活の上では時々感情的になることもありますが、何か口論になった際に感情的な言葉を連発しても殆ど無駄だということは子供の頃から気付いていました。こういうときは大きな声で威勢良くぶつかってきた者が優勢になりがちで、暴力とあまり変わらないんですね。

私は喉があまり強くないせいか、大きな声を出すのが苦手で、子供の頃から論理的に相手の主張を打ち負かすことを考えてきました。そこで悟ったのは、感情的な言葉はできるだけ抑え、核心を見抜いてそこを突くに限るということです。

ま、世の中には「理屈などクソ喰らえ」という人もいますので、何を言っても無駄なことは多々ありますけどね。

  • 2009/04/27(月) 00:38:49 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

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