酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

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誰かを悪者にするだけでは好転などあり得ない

「民主圧勝」「300議席以上獲得」という状況は選挙前から多くのメディアが予測していた通りで、この結果に驚いた人はいないと思います。とはいえ、ここまで一方的な選挙になってしまったのは「付和雷同」という国民性もあるでしょう。空気を読み、流れに乗った人たちが圧倒的に多かったというのが個人的な感想です。

圧勝した民主党のマニフェストを見ても根拠を逸した理想論だったり、CO2排出削減と高速道路の無料化のように相容れない政策が並んでいたり、マトモな理解力がある人間が見ればこんないい加減で出鱈目な政策を掲げるような程度の低い政党を勝たせようとは思わないでしょう。

が、自公連立政権もまたそれに劣らぬ出鱈目ぶりで国政を担ってきましたから、むかし流行った「カレー味のうんこか、うんこ味のカレーか」みたいな究極の選択を迫られた選挙だったといえるでしょう。そこで長年ぬるま湯に浸かってきた彼らにお灸を据えてやろうという空気になったようにも見えます。

中には民主党に期待する人もいるようですが、あの出鱈目なマニフェストを見る限り、それが裏切られるのはほぼ間違いないと思います。特に彼らは官僚たちのコントロールを簡単に考え過ぎています。私も業務で役人とはさんざんやり合ってきましたが、彼らが考えるほど役所は簡単に動きませんし、役人の考え方を変えさせることも容易ではありません。

小泉氏が郵政大臣を務めたときには相当なフラストレーションを蓄積させたと思います。彼はその膨大なフラストレーションをエネルギーとして上手く転換させたのでしょう。彼は元より郵政民営化論者でしたが、それに個人的な恨みも加わり、同省の民営化を成功させました。が、あれはかなり例外的なパターンだったといって良いでしょう。

田中眞紀子氏が外務省から、小池百合子氏が防衛省からイビリ出されたように、「役人あしらい」のスキルが乏しい人たちは彼らとマトモにやり会うことすら覚束ないものです。その辺を簡単に考えている民主党の連中は何故日本が「官僚国家」と言われているか、これから嫌というほど思い知ることになるでしょう。

アメリカに目を転じれば、あれだけ世界中から期待されて就任したオバマ大統領は支持率を下げ続け、いまでは50%を切るところまで落ちてきています。もはや大統領としての評価は「並」というべきレベルに堕したといって良いでしょう。日本のメディアはあれだけ無用に持ち上げた手前、悪いハナシは伝えたくないのかも知れません。が、彼が政策の柱として掲げた皆保険制度を軸とした医療制度改革も延期が決まり、雇用情勢も一向に改善されず、「期待外れ」という評価は日増しに強まっています。

オバマ大統領の支持率

ま、彼も非核化政策など日本人にもウケるトピックを提供したり色々やっていますから、日本での評価はそれほど下がってはいないようです。が、遠い未来に向けた理想論では格好の良いことを言っても、いま直面している諸問題に有効な手立てが打てなければ当の国民からは「何をやっているんだ」と叱咤されます。理想論は立派でも現実の政策は彼も「並」の大統領でしかなく、期待が大きかっただけに失望も大きいといったところでしょうか。

今回の総選挙で民主党の勝ち方を見ていると、アメリカの新政権に対する期待感ほど積極的な意志が働いていたようには感じませんでした。が、メディアは街頭インタビューなどで民主党政権に期待する声を故意に多く拾っている印象で、そうした空気を選挙前から創り、アメリカのそれに準えようとしていたようにも見えました。しかし、これもまた「山高ければ谷深し」で、無用に大きな期待を抱き過ぎると失望を大きくするだけです。

多くの日本国民が望んでいるように拮抗する二つの大きな勢力が競い合うようになれば、少しはマシな方向へ進む可能性もあるでしょう。また、そうしていつでも政権が交代できる状況がつくられれば幾らか民意も反映しやすくなるかも知れません。そういう意味では今回の選挙結果も注目すべき点はあるといえます。

しかしながら、有能な政治家がもっともっとたくさん生まれてこなければ今回のような「究極の選択」的な状況が続くことになるでしょう。こうした状況を打開するにはもっと能力のある人間が政治家になりやすい、そういう世の中に根本的な仕組みを変えていく必要があります。

だいたい、私の経験からして悪い状況へ陥ったとき、「原因をつくったのはアイツだ」とか、「アイツが悪い」とか、そういうことをギャーギャー喚き立てる人間に限って状況を改善するようなリーダーシップを発揮できたためしがありません。

既に起こってしまった現実を冷静に受け止め、「誰がやったか」ではなく「どうしてそうなってしまったか」を徹底的に分析し、そこから立ち直るためにはどうしたら良いかを考え、それを実行していくことに全精力を傾けられる人が事態を収拾させるリーダーシップを発揮したという例なら身近に何度か見てきていますが。

こうした有能な人間を政治家として生み育てていくにはどのような社会にしていけば良いのかという根本的な部分を深く考えず議論もせず、二大政党制にすれば良くなるだろうと期待するだけでは何も好転しないでしょう。無能な人間が無能な政党に属して無能な候補となり、選挙で「究極の選択」を国民に求めるだけのループにはまり、いつ現れるとも知れない有能な政治家に夢を託すというのでは虚し過ぎます。

そもそも、政治が良くならないのは政治家だけのせいではありません。その政治家に投票した選挙民の責任でもありますし、もっと根元を辿れば有能な政治家を生み育てることのできない社会全体の責任と考えるべきなんですね。政治家に全ての責任を被せて「オマエが悪い」などと糾弾して何かを成し遂げた気になっている国民から有能な政治家が生まれることはないでしょう。

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