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インフラは後から付いてくる場合とそうでない場合がある (その3)

8輪駆動の電気自動車「エリーカ」を開発した慶應大学の清水教授は「インフラなんて後から着いてきます」と言い張ります。その例として携帯電話を挙げ、わずか2年ほどで全国展開したなどと述べていましたが、これは全くの事実誤認です。実際には日本でそのサービスが始まった1979年からインフラの整備は15年程要し、その間は全くといって良いほど個人ユーザーを獲得できませんでした。現在でもインフラが整っていない過疎地などではあまり普及率が上がっていないのが実情です。

NTTパーソナルやアステルのようにインフラの整備が遅れたPHS事業は失敗に終わりましたが、逆にPHS事業者で唯一生き残ったウィルコム(旧DDIポケット)は他の2社に比べてインフラの整備が早く進み、その点が明暗を分けたと見られています。こうした実例からして、インフラがなければ使えない製品はインフラの整備が先行しなければ本格的な普及や定着は見込めないと考えるべきなんですね。要するに、「インフラが整ってから普及した技術なんて無い」という清水教授の認識は根本的に間違っているということです。

また、清水教授はデジカメのプリントサービスという例も挙げていますが、その認識も全くの的外れです。確かにこうしたサービスは後から付いてきたインフラです。が、こうした後追いのインフラは存在しなくてもマーケットの成立に支障ありません。少なくとも、私はプライベートでも仕事でもこうしたサービスを利用していませんが、何の不足もありません。同様にこうしたサービスを一度も利用したことがないデジカメユーザーは沢山いるでしょう。

イマドキの家庭用プリンタはPCレスのダイレクトプリントが可能というものが主流となっていますし、それに特化した製品も数多く発売されています。そうしたものを利用すればPCを持っていなくてもショップへ行かなくても、デジカメで撮った写真を手軽にプリントすることが可能です。しかしながら、そういう機械モノが苦手な人もいますし、それほど利用頻度が高くないからわざわざプリンタを買う必要もないという人もいますから、ショップのプリントサービスにも市場性があるわけです。

そもそも、こうしたサービスはフィルムの現像やプリントを生業としてきたいわゆるDPEショップが生き残る手段として発展させたものと見るべきでしょう。現在最大手のパレットプラザと55ステーションを運営するプラザクリエイトイメージングのフランチャイズが全国で約1,100店舗、業界全体では4,000店舗程度のDPEショップが現存しているようですが、それでも毎年確実に店舗数を減らしています。

もちろん、フィルムカメラ全盛時代にはもっと沢山あったハズで、こうしたサービスを手掛けてこなければもっと早い段階でこの業界は崩壊していたでしょう。彼らは生き残りをかけてちゃんと利益を出せるビジネスモデルを成立させたわけですね。ユーザーも特に高い料金を取られるわけではないため、人によってはプリンタを購入するといったイニシャルコストがかからない分だけ高い利用価値があります。

例えば、私の母などは生まれてこのかたPCに触ったことがなく、一度はエプソンのダイレクトプリンタを買いました。が、プリントするのは旅行などに行ったときの写真くらいですから、利用頻度はせいぜい何ヶ月かに1度といったレベルで、半年以上使わないこともあるそうです。インクジェット式ではこれくらい放置しておくとノズルのインクが乾燥して目詰まりし、その交換で高く付いてしまい、次第にこれを使うのをやめてしまいました。

昇華型プリンタならそういうことがありませんから、それに買い替えてみたらどうかと提案してみましたが、買い物のついでにショップへ寄ればいいので、そんな必要はないと却下されました。ま、私のように機械モノが好きで、しかもフィルムでも現像を自分でやらなければ気が済まない(カラーリバーサルは除く)といった性分ではこうした結論には至りませんが、私の母くらいの使用頻度でしかないデジカメユーザーならむしろこれが普通の判断なのでしょう。

いずれにしても、こうしたショップでのサービスが始まったことでデジカメユーザーの裾野をさらに拡大させたのは確かだと思いますが、こうしたサービスがなくてもデジカメは既に大規模なマーケットを成立させていました。それは家庭用のカラープリンタでもキレイな写真が得られるようになっていたからです。

逆に、こうしたプリントサービスもマトモな家庭用カラープリンタも存在せず、撮った写真はテレビに映して観賞するといった使い方くらいしかなかった時代、1980年代に登場した電子スチルカメラ(当時はまだデジタルではなくアナログのFM信号を専用のフロッピーディスクなどに記録するといった方式でしたから、「デジカメ」とはいえません)は全く普及せず、今日に至っては完全に忘れ去られた存在といって良いでしょう。

このジャンルはソニーのマビカが元祖だったと思いますが、キヤノンのキューピックは家庭用レベルまで価格が抑えられ、テレビCMを流すなどしてかなり大々的に売り込んでいた記憶があります。家庭用ビデオプリンタも発売されて画像のハードコピーも可能でしたが、非常に高価だったにもかかわらず、画質はフィルムのそれと比較できるようなレベルにはありませんでした。

canon_q-pic_rc-250.jpg
Canon Q-PIC RC-250
これ以前の電子スチルカメラは専用プリンタや電送機など
併売の周辺機器とシステムを構成する報道関係者向けのカメラとして
本体だけでも40万~60万円という業務用らしいハイプライスでした。
これを初めて10万円未満の家庭用としたのがこのRC-250でした。


初の家庭用電子スチルカメラというべきキューピックは定価でほぼ10万円ですから、一眼レフのような本格的なカメラではないという点を差し引けば決して安くはありませんでした。この後追いになるような一般消費者向け製品が他社から発売された記憶もありません。

その画像をハードコピーするためのビデオプリンタはさらに高価で、家庭用として初の昇華型ビデオプリンタは1986年に日立製作所から発売されましたが、25万円というハイプライスでした。翌年に価格を抑えた2世代目が発売されましたが、それでも定価は17万円近く、プリントできる用紙は手札サイズ(80×120mm)と小さく、最高画質モードだとプリントアウトまで1分20秒もかかりました。

それでいて、解像度は480×512画素(24万6000画素弱)という現在のトイデジカメの足元にも及ばないレベルですから、普通の人はビデオ出力をテレビの外部入力に繋いで再生するという使い方がデフォルトだったんですね。もちろん、こんな使い方では一部のマニアなどを除いて訴求力は殆どなかったといって良いでしょう。結局、アナログ時代の電子スチルカメラは全く普及しませんでした。このハナシをしても「ああ、そんなカメラあったね」と反応してくれる人は私の身近に数えるほどしかいません。清水教授もこうした歴史は全くご存じないのでしょう。

一応製品は作ったけれどもそれを活用するために必要なインフラや周辺機器などが脆弱だと、マスマーケットには全く相手にされないという現実をこの家庭用電子スチルカメラは示しているといって良いでしょう。そしてデジカメの場合、それが普及した背景には自宅でのプリントが可能な高性能プリンタの存在が極めて大きく、DPEショップなどでのプリントサービスは普及に必須の条件ではなかったということです。

アナログ電子スチルカメラの時代には現在のような高性能で安価なプリンタもなければプリントサービスも普通のDPFショップで対応しておらず、しかも画質はフィルムカメラと全く比較にならなかったのですから、全く普及しなかったのは当然のことです。電気自動車も家庭用電源で充電するには半日もかかり、充電スタンドも殆ど整備されておらず、しかも航続距離はガソリンエンジン車と全く比較にならないという状況ですから、失敗に終わったアナログ電子スチルカメラと状況は大差ありません。

現在のデジカメは驚くほどの性能向上と、安価で高性能なプリンタの普及など、明らかなブレイクスルーがあったからこそ、ここまで普及させることができ、フィルムカメラと世代交代を果たすことができたわけです。電気自動車にそのようなブレイクスルーなど起こっていませんから、今日のデジカメと見比べるのは全くのナンセンスです。こうした過去の歴史や現在の状況を清水教授は全く理解できていないからこそ、あのような頓珍漢な発言が飛び出してくるのでしょう。

(つづく)

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