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インフラは後から付いてくる場合とそうでない場合がある (その4)

慶應大学の清水教授は電気自動車のプロジェクトリーダーとして海外でも知られる存在ですが、物事の考え方からして技術屋さんの領域を越えない人物のようです。もちろん、世の中には技術屋さんでもビジネスの感覚に秀でた人はいますが、彼の場合は電気自動車ビジネスの要となる充電インフラについて「後で付いてくる」と高をくくっていますから、そうした能力はないと見るべきでしょう。彼に電気自動車を巡るビジネスを問うても正しい解を得られることはないと思います。

彼は携帯電話も後からインフラが付いてきたと誤解しています。が、携帯電話は基地局がなければ通信端末として何の役にも立ちませんから、必ずインフラの整備が先行していなければなりません。逆に、後から付いてくるインフラというのは「あったほうがより便利だけれど、なければそれでも大きな不都合はない」というものだけで、その製品を成立させるための必須条件ではないものに限られます。

一般道が整備されているならそこを走ればよいわけですから、高速道路も自動車の普及に必須のインフラとはいえませんし、デジカメのプリントサービスもまた然りです。こうした「後から付いてくるインフラ」というのは「最初からなくても良いインフラ」ですから、携帯電話の基地局のように最初から必要不可欠なインフラと同列に扱うこと自体がナンセンスです。

清水教授は「インフラが整ってから普及した技術なんて無い」などという頓珍漢なことを述べていますが、それはインフラの整備と製品の普及について実例を正しく理解していない(というより、とんでもない曲解をしている)からです。そのインフラは製品の普及に必須条件か否か、先行させておかなければならないものか否か、そうした極めて根本的なところの判断で彼は誤った答えを選んでいます。

アナログ電子スチルカメラの時代は高価な周辺機器を揃えられる報道関係はともかく、個人消費者向けのそれは従来のカメラ代わりとして使えるレベルには程遠かったこともあり、失敗に終わりました。これがデジタルになって撮影した画像をPCで扱えるようになると保存も楽になりましたし、アナログ時代に用いられていた電送機などなくてもメールに添付して送信できるようになり、その点ではファックスなどより遥かに高い利便性が得られました。

しかし、それとてプリンタの性能が向上する以前はフィルムカメラの代用になりませんでしたから、本格的な需要も生まれず、かなりマニアックな需要に支えられるのみでした。報道関係のプロユースは別ですが、個人レベルではまだまだニッチなマーケットだったといっても過言ではないでしょう。

背面に小型の液晶モニタを備え、しかも価格をかなり抑え、現在のデジカメへ至る方向付けを決定的にしたカシオのQV-10が発売されたときも、まだ普通の人が普通に使うカメラというより、その種の目新しい電子機器を好む層に支持されたガジェットという色合いが強かった印象です。実際、QV-10の当初月産台数はわずか3,000台でしかありませんでしたし(現在のカシオの一般的なモデルなら当初月産台数15万~20万台が普通ですから、桁が2つも違います)。

casio_qv-10.jpg
CASIO QV-10
1995年に発売されたこのQV-10は税抜きで65,000円という
当時としては破格の低価格だったこともさることながら、
世界で初めて背面にカラー液晶画面(1.8インチTFT液晶)を備え、
撮影したその場で画像を確認できるという画期的な機能を盛り込み
現在へ至るデジカメの基本スタイルを確立しました。
しかし、CCDの総画素数は25万画素と低く、
PCに取り込んで扱えるファイルの解像度はこの写真と同じ
QVGA(320×240ドット)に過ぎませんでした。
それだけに写真を撮るというより画像メモを取るといった
現在の携帯電話のカメラにも満たない用途に甘んずるものでした。


カメラなら庶民レベルの経済力でもフィルムとデジタルの両方を所有し、用途に応じて使い分けることが充分に可能です。実際、初期のデジカメを手にした人の多くはデジカメとプリンタの性能が次第に向上していくのをフィルムカメラと併用しながら待っていたと思います。私のように趣味でしぶとくフィルムカメラを使い続けるような人間でなくても、デジタル一眼レフが普及価格帯に入ってくる以前はデジカメで全てを満たせなかったという人は沢山いたと思います。

しかし、普通のガソリンエンジン車と電気自動車の両方を所有して用途で使い分けるなど、それなりの高所得者ならともかく、庶民レベルではかなり厳しいことで(少なくとも、私の場合はそんなことができるほど経済的な余裕がありません)、その分だけハードルは高くなります。ついでに言えば、そんな風に複数のクルマを同時に所有するなど、走行時以外にかかる環境負荷を考慮すればちっともエコではありません。

航続距離が非常に短い電気自動車はその利用範囲をガソリンエンジン車などと同レベルに拡大するためには充電スタンドの普及が必要不可欠です。電気自動車のこうした性能的な限界と充電にかなりの時間がかかることなどを考慮すれば、ガソリンスタンド以上に沢山のインフラを整える必要があるかも知れません。

こうしたインフラが整備されていない段階では、自宅で充電して往復できる片道何十kmといった狭いエリアでしか安心して利用することができません。そんな状態ではガソリンエンジン車などに置き換わる次世代の主役には絶対になれないと断言できます。

現状での電気自動車は安価で高画質なプリンタが普及する以前のデジカメ同様に、ごく限られた用途でしか使えないガジェットに過ぎず、既存の製品に置き換わるような段階には程遠いと言わざるを得ません。しかも、デジカメのように安価なものではなく、租税公課や保険料、賃貸駐車場を保管場所としている人はその料金など、かなりの維持費がかかりますから、さらに厳しい条件が重なっています。

デジカメの場合はデジカメそのものの性能向上も目覚ましいものがありましたが、プリンタの高性能化・低価格化と、それを動かすためのPCが同じくらいのタイミングで普及するという幸運にも恵まれました。もし、PCも高性能なプリンタも普及していなかったら、デジカメもまた現在のようなレベルまで発達し、普及していたかどうか、そのプリントサービスというビジネスも生まれていたかどうか、かなり微妙だったと思います。

デジカメはそれを支える周辺技術もほぼ同時に花開くというタイミングの良さが一気にブレイクしたポイントになっていたのは間違いないないでしょう。それが伴わなかった家庭用アナログ電子スチルカメラが失敗に終わった例を見てもそれは明らかだと思います。しかし、電気自動車にそのような明るい兆しは全く見えていません。それどころか、電気自動車そのものも充電スタンドも、政府などから補助金が支給されなければすぐにでもコケてしまうような状態です。

デジカメのように従来の製品とオーバーラップして一人のユーザーが複数所有可能なものならマーケットの開拓もそれほどシビアではないでしょう。携帯電話が普及し始めた時のように殆どの人が初めてこれを手にするといった状態からスタートする新規マーケットも、その段階では他に代わるものがありませんから、少々コストがかかっても時々使えない状況が巡ってきてもある程度は許容されるでしょう。

しかし、電気自動車が置かれている現状はそんなに甘くありません。日本ではガソリンやディーゼルエンジンで走るクルマが既に飽和状態まで普及しており、それと併せて所有できる人は高所得者など一部の人たちに限られます。電気自動車がガソリンエンジン車などに替わって主流となるには、性能もインフラも普通の人が普通に買い替えたいと思えるレベルに到達していなければなりません。

デジカメがそうだったように従来の製品より利便性が高く、コストも安く済むといった明らかなメリットがなければわざわざ買い替えてくれる人はそれほど多く見込めないと考えなければならないんですね。例えば、携帯電話が現在よりさらに高速化し、高解像度の動画もストレスなく扱える使えるような次世代サービスがスタートするとして、ここでもあそこでもまだまだ全然繋がらないというような状態だったら、やはり誰もそれに買い替えてくれないでしょう。実際、NTTドコモが第3世代のFOMAをスタートさせたときがそうでしたし。

このように成熟したマーケットに挑戦するとき「インフラは後で付いてくる」などと寝言のようなことを言っていたら全く相手にされません。そんなユーザーを舐め切った姿勢でビジネスを始めたら分厚い壁にあっけなく弾き返されるのがオチです。電気自動車が突き崩していかなければならない障壁は、デジカメや携帯電話とは比べものにならないくらいハードなものだということを覚悟しておくべきなのです。

(つづく)

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