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スーパーコンピュータは打出の小槌じゃない

民主党政権による例の事業仕分けで下されたスーパーコンピュータの開発事業凍結という判断に保守系の2紙が噛み付きました。

読売新聞 社説「スパコン凍結 科学技術立国の屋台骨が傾く」(2009年11月22日付)
産経新聞 主張「次世代スパコン 戦略なき開発凍結に異議」(2009年11月17日付)

しかし、これらの言い分には誤解が多く、全般的な論点も定まっていないというところで共通しており、全く説得力がありません。特に酷いのは読売新聞の以下のくだりです。

 日本の次世代スパコンは、これを1桁(けた)上回ることが目標だ。1桁でも、例えば航空機開発なら、単純計算で開発期間が10分の1になるのだから恩恵は大きい。

 しかし、最先端で1桁性能を向上させるのは容易でない。基本部品である半導体の開発など幅広く手がける必要があり、民間だけでは挑めない。

 米国など各国も、政府発注により開発を進めており、日本も来年度予算の概算要求に約270億円を盛り込んでいる。

 事業仕分けでは「1位を目指す必要があるのか」「海外から買えばいい」などの声が出た。こんな現状認識は甘い。

 1位を目指すくらいでないと世界に伍(ご)せない。2002年に日本のスパコンが計算速度で世界1位になったが、2年半で抜かれ、今は31位だ。中国、韓国が保有するスパコンにも後れを取る。

 海外から買うにも最先端技術は各国が詳細を秘している。一般的な性能のものしか買えない。

 日本で最先端スパコンが使えないと、優秀な研究者が流出することにもなりかねない。スパコン凍結で日本の科学技術は衰退に向かう、との海外報道もある。


これを書いた論説委員は論点が絞り込めていないようです。スーパーコンピュータが科学技術の発展に不可欠という論点でいくなら、それが国産であろうとアメリカ製であろうと関係ありません。世界最速の国産スーパーコンピュータをつくること自体が目的なら、その凍結によって「日本の科学技術は衰退に向かう」というのは全くの筋違いです。

「日本で最先端スパコンが使えないと、優秀な研究者が流出することにもなりかねない」というのなら、むしろ海外の安いスーパーコンピュータの導入を進めるべきで、演算速度の単価で比較すれば国際相場の4倍になるともいわれる莫迦みたいな高コストの国産に固執するほうが「日本で最先端スパコンが使えない」という状況に繋がると考えるべきです。

「基本部品である半導体の開発など幅広く手がける必要があり、民間だけでは挑めない」というのも全くの誤解で、これを書いた論説委員は近年のトレンドを何一つ把握していないのでしょう。専用プロセッサを必要としないスカラ型でも専用プロセッサを必要とするベクトル型に劣らない速度での演算が可能になってからは、市販サーバなどに搭載されているプロセッサを用いるのがごく当たり前になっています。

例えば、2008年6月からの1年間にわたって世界最速の座にに君臨し、先日発表された最新ランキングでは1位を譲ったものの、現在でも世界第2位にランクされているIBM製の「Roadrunner」などはAMDのOpteronプロセッサ6,562個、4社(ソニー、ソニー・コンピュータエンタテインメント、IBM、東芝)の共同開発によるCellプロセッサ12,240個で構成されています。後者は家庭用ゲーム機「プレイステーション3」にも搭載されているそれを改良したもので、市販のブレードサーバ「QS22」のアーキテクチャをベースとしています。

IBM製スーパーコンピュータ「Roadrunner」
IBM製スーパーコンピュータ「Roadrunner」
スカラ型が全盛となった現在においては
家庭用ゲーム機のプロセッサを応用したマシンでも
世界のトップを獲れるという良い見本になりました。


また、読売新聞は「中国、韓国が保有するスパコンにも後れを取る」と述べていますが、現在5位にランクされている中国のNUDT(国防科学技術大学)のそれもプロセッサはインテルのXeonを用いています。KISTI(韓国科学技術情報研究院)が保有している韓国最速で世界14位の「スーパーコンピュータ4号機」に至ってはサンマイクロシステムズ製で海外から買ってきたものに過ぎません。

「1桁でも、例えば航空機開発なら、単純計算で開発期間が10分の1になるのだから恩恵は大きい」とも述べてますが、航空機の開発は機体の空力設計、強度設計、エンジンも自前でいくならその燃焼状態のシミュレーションなどに至るまで開発に必要な分野は多岐にわたります。速いマシンが1台あってもそれを各々の部門でシェアして使うことになるなら、速さは多少劣っても複数のマシンを導入すれば済むハナシです。それでマシンの導入コストが1/4に抑えられるなら、開発コストの低減に繋がると考えるのが常識的なビジネスというものです。

だいたい、このプロジェクトでは国産スーパーコンピュータの開発を推進しても、それを産業として育んでいこうという明確なビジョンが全く見えません。産経新聞の社説でも触れられているように、ベクトル型に拘ってきたNECと日立はこのプロジェクトから撤退しています。残った富士通はスカラ型でやってきたメーカーですから、ベクトル型とスカラ型の複合型で進められてきた設計を根本的に見直す必要に迫られるでしょう。

しかも、富士通はこれまで最高で110TFLOPSしか実績がありません。現在世界最速のさらに1桁上を目指すとなれば、富士通が経験した最速のさらに100倍のスピードを実現しなければなりません。わずか2年でそれほどのものを作れるのかも怪しい感じです。よしんば、それが可能であったとしても、スーパーコンピュータの国際市場で通用する価格競争力を持つ産業に発展できるとは考にくいところです。

実際、2002年から2年半にわたって世界最速に君臨した「地球シミュレータ」も実質的には単発の事業として終わっており、世界トップレベルのスーパーコンピュータ市場に踏みとどまって継続的な事業展開を進めることはできませんでした。しかも、上述のように「地球シミュレータ」を開発したNECは今回のプロジェクトから撤退を決めています。

10年に1度くらいのペースで単発的に世界最速のスーパーコンピュータをつくっただけではその先の展望など全く見込めません。こんなことのために莫大な国費を投入し、技術者をつなぎ止めておくなどナンセンスの極みです。産経新聞はタイトルを「戦略なき開発凍結に異議」としていますが、国産スーパーコンピュータを再び世界最速にしたその後には、どんな「戦略」があるというのでしょう?

日本が今後、世界で存在感を発揮するためにも継続して開発を続ける必要がある。

(中略)

金メダルを目指して必死に競争しなければ、違う色のメダルさえ獲得することはできない。世界一の競い合いに初めから脱落しているようでは、日本の将来について暗澹(あんたん)とした思いを抱かざるを得ない。


産経新聞のこうした発想は「国威発揚」という言葉を連想させます。このプロジェクトを「スパコンの戦艦大和」という人もいますが、まさにその通りかも知れません。

両紙ともこうしたスーパーコンピュータは気候変動予測にも用いられているとの旨を伝えていますが、その予測が全く的外れな結果になっているということは一昨日のエントリでご紹介した通りです。高性能なツールが科学の発展に必要だとする考え方は否定しませんが、高性能なツールを手に入れさえすれば科学が発展すると考えるのは間違いです。ましてや、それがどこの国でつくられたものかなどどうでも良いことです。

そもそも、スーパーコンピュータのハード開発を国家戦略とし、科学技術の発展に不可欠だとする考え方が間違っています。ヨーロッパの主要国は初めからハード面の開発に手を出しておらず、そのソフト開発など運用面に力を入れている状態です。それで彼らの科学技術は日本やアメリカなどと比べて劣っていったでしょうか?

例の事業仕分けのやり方などは色々問題もありますが、このスーパーコンピュータの開発事業を凍結した判断そのものは正しかったと思います。が、何を血迷ったのか、産経新聞が主張したように国家戦略担当の菅副首相がしゃしゃり出てきて日曜日に放送されたNHKの番組で復活させると発言しました。

世界最速のスーパーコンピュータを日本のメーカーにつくらせれば日本のスーパーコンピュータが世界を席巻し、日本の科学技術の発展が担保されるとでも思っているのでしょうか? 彼らはスーパーコンピュータを打てば何でも望みが叶う打出の小槌か何かと勘違いしているのかも知れません。

コメント

大手新聞のレベルが低い

新聞の社説欄等で意見を述べることの社会的影響を考えて欲しいですね。
知識も論理もない酒飲み話レベルの意見を言いたがる人が多過ぎます。
必要な知識を集め論理展開を整理して意見を言うならともかく、
論点整理すらできないくせに他人への影響力を行使したがる、
そんな傍迷惑な人物でも大手新聞の論説委員が務まるのでは、この国の将来が心配です。

  • 2010/01/29(金) 23:12:21 |
  • URL |
  • ryon #mQop/nM.
  • [ 編集]

ryonさん>

>酒飲み話レベルの意見

仰るとおりで、この件に関する読売新聞と産経新聞の社説はまさにそうした低レベルな内容でしたね。

各紙とも一般紙面や電子版などではなかなか見所のある記事を書いている記者もいるのですが、どういうわけか論説委員になるとこうしたレベルで知った風なことを小手先で書いてしまう人が多いように感じます。

ま、それを言ったら一般的な会社でも現場で良い仕事をする社員を擁しておきながら、上層部に行くとどうしようもない人間がのさばっているなんて珍しいことではありませんから、出世するための努力と良い仕事をするための努力は必ずしも一致しないのかも知れませんね。

  • 2010/01/31(日) 00:20:28 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

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