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不確実な証言に振り回される巨人

私はCSで放送されていたアメリカのドキュメンタリー専門チャンネルで何度か「ハラブジャ事件」の映像を見ていました。

ハラブジャ事件というのは、クルド人が多く住むイラク東部のハラブジャでイラン・イラク戦争の末期に化学兵器が使用され、住民が虐殺された事件です。イランに協力したハラブジャ住民を粛正するためにイラクのフセイン政権がサリンやマスタードガスを使用したとされています。イランがイラクに濡れ衣を着せるために仕掛けたもので、使用された化学兵器は青酸ガスだったという説もありますが。

いずれにしても、約5000人の住民が根こそぎ化学兵器の餌食となり、中には乳児を抱いた母親がそのままの姿で死亡しているといった状況もカメラに収められ、その凄惨な映像が流されていたわけですね。日本では死体を写すのがタブーになっていますから、私にとっては非常に刺激が強く、しばらく夢に出てくるほどでした。

こうした映像が流されたのはイラク戦争開戦前のことでした。いまにして思えば、一種のプロパガンダだったと見るべきでしょう。イラクのフセイン政権は化学兵器を使用して一般市民を虐殺したという事件をクローズアップし、そうした大量破壊兵器を現在も隠し持っていると疑われたイラクに対する印象を操作するため、凄惨な映像を流し、イラクに対する憎悪を膨らませるように仕向けたのではないかというのが個人的な感想です。実際、私もこの映像を見て「開戦は止むなしか?」と思ってしまったくらいですから。

確かに、フセイン政権はUNSCOM(国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会)やIAEA(国際原子力機関)の調査にも非協力的で、報告書にも矛盾点が多数あったそうですから、疑惑は払拭できない状態でした。というより、フセイン政権は宿敵であるイランや国内の反体制勢力を牽制するためにもそうした疑惑を残しておきたかったという思惑があったようです。

イラク戦争開戦の直接的な理由は化学兵器を搭載できるミサイルの保有が明らかとなり、それが安保理決議に違反したという判断によるようです。が、この戦争の大義名分はイラクが大量破壊兵器を隠し持っているという疑惑が支配するもので、アメリカは当初かなりの自信を持っていたようです。病院の地下や橋の下に秘密の貯蔵庫があり、そこに化学兵器を隠し持っているといった証言を得ていたからです。

しかしながら、結果としてそのような事実は現在に至るも確認されておらず、不確実な証言に振り回された愚かな戦争であったというのが一般的な認識として固まったと見てよいでしょう。

先の米下院でトヨタが叩かれた公聴会は、こうしたイラク戦争との近似性を感じました。議員たちはトヨタの電子スロットルの欠陥が原因で暴走を招いたとする問題について、証人を立て公聴会の席で証言させました。しかし、その内容はとても現実的といえるようなものではありませんでした。

この件については、国内のメディアでも取り沙汰されており、専門家の意見も出ています。私もすぐに感じた疑問について非常によく纏まった記事に仕上がっている夕刊フジのそれを転載してみます。

「恥を知れトヨタ!」証言に疑問噴出 時速160キロで携帯って…

トヨタの大量リコール問題で、米下院の公聴会に出席した米国人女性の証言に疑問の声があがっている。女性が全世界に向けて「恥を知れ、トヨタ!」とののしったトヨタ車は事故後、修理せずに転売され、その後は一度もトラブルなく走り続けているというのだ。専門家らも、証言のような制御不能状態に陥ることはあり得ないと首をかしげている。

 23日の公聴会に出席したテネシー州在住の元社会福祉相談員、ロンダ・スミスさんは、2006年10月、自宅近くの高速道路で「レクサスES350セダン」を運転中にブレーキが利かなくなり、時速160キロにまで急加速した状況を次のように語った。

 (1)走行中のレクサスが加速開始(2)ギアを「ニュートラル」に入れても減速せず、「リバース」には入らない(3)サイドブレーキも機能せず時速145キロに(4)「ガードレールか木にぶつけて止めるしかない」と考えた(5)時速160キロに達し、夫に「最後の電話」をした(6)その後、特に新しいことをしないうちに徐々に減速(7)時速53キロに落ちたところで、中央分離帯に寄せてエンジンを切った。

 この証言内容について、「自動車用半導体の開発技術と展望」の著書がある鷲野翔一・前鳥取環境大教授は、「高速走行中のギアがリバースに入らないのは安全上の構造で、同じ理由でサイドブレーキも機能しない」と前置きし、こう語る。

 「ブレーキを踏み込めば、アクセルの電子制御スロットルが全開でも構造的にスピードは落ちる。万一、電子制御システムがブレーキを認識しないエラーを起こしたとしても、ギアをニュートラルに入れれば動力が伝わらず、やはりスピードは落ちる。ここでもエラーが起きたとしたら、それぞれ独立しているアクセル、ブレーキ、ギアのすべての系統で同時多発的にエラーが起きたことになる。これは天文学的な確率です」

 ここでいう電子制御スロットルはレクサスなど一般車に標準装備されているほか、現在は大型旅客機などにも搭載されているという。

 160キロまで加速したとの証言自体にも疑問はある。吉岡聡・京都コンピューター学院自動車制御学科主任講師は「コンピューターである以上、不具合の可能性はゼロではない」としつつも、「それを想定して自動車には二重三重のガードが組まれている。今回のようにアクセルを踏んでいないのに160キロまで急加速する異状が起きたら、エンジンが停止してしまうはず。電子制御システムは10年以上前から各自動車メーカーが採用していますが、こんな事例は聞いたことがありません」と話す。

 そもそも、そんなパニックの中でどうやって携帯電話をかけたのかもよく分からない。女性は問題のレクサスを3000マイル運転した後に転売したが、その後の持ち主は走行距離が2万7000マイルに達した今も大きなトラブルは起こしていないという。

(C)夕刊フジ 2010年2月26日


別の記事によりますと、スミス夫人は両足でブレーキを踏んでも加速を続けたと証言していますが、ブレーキが故障していない限りまずあり得ません。このように、彼女の証言には現実的に起こり得ないようなことがいくつも含まれています。それまで順調に走行していたクルマが突如として同時に複数のトラブルに見舞われ、修理もせずに全て正常に戻ってそれっきり異常は再発していないなどという状況はまず考えられないことです。

本当にこんなことが起こったと考えるより、彼女の証言に信憑性がないと考えるほうが妥当ではないかと思います。彼女自身は真実を述べているつもりでも、パニック状態に陥った人は記憶が合理的に整理されず、ときには自覚なく記憶が捏造されてしまうこともあります。もちろん、予断を許すことはできませんが、少なくとも彼女の証言は証拠能力として極めて脆弱であるのは間違いありません。

スミス夫人はこの問題をNHTSA(米高速道路交通安全局)にも申告して調査を依頼しています。記事にありますように、現在のオーナーは3,000マイル(約4,800km)ほどで購入し27,000マイル(約43,200km)に達した現在も大きなトラブルは生じていないという状況が確認されているのはNHTSAが追跡調査を行ったからで、同局の検査官は「フロアマットがアクセルペダルに引っかかったことが原因」と判断していました。

そうした結論にスミス夫人は納得しておらず、それゆえこの公聴会でトヨタと並んでNHTSAも名指しで「恥を知れ」と罵られたわけです。そのせいというわけでもないでしょうが、NHTSAは問題のレクサスES350を現在のオーナーから買い取り、調査を進めるとのことです。果たして、彼女の証言が事実であることを裏付ける手掛かりがつかめるでしょうか? それともイラク戦争のときと同じように徒労に終わるのでしょうか?

いずれにしても、徹底的な調査を行って少しでも真相に近づけることを望みます。もちろん、問題のレクサスES350が暴走したという証拠が見つからなくても疑惑が完全に晴れるというわけではないでしょう。が、調査して結果が得られなかったとしても、メディアはその旨をスミス夫人の証言と同じくらい大きく報じる義務があります。これを有耶無耶にしたら、メディアはジャーナリズムの原則に反する偏向報道を行ったということになります。

なお、スミス夫人に対しては「クルマが危ないと思ったのならば、何故売ったのか」「クルマを売った相手に議会で証言したのと同じことを言えるのか」といった批判も相次いでいるそうです。ま、正論ですね。

米下院がこのような疑問だらけの証言でトヨタを糾弾したのは、相応の証拠が揃っていないゆえでしょう。2月23日にラフード運輸長官が「監督当局は現時点でトヨタ車の電子系統に問題があることを示す証拠を持っていない」と述べているように、トヨタの電子スロットルの問題は証言にしかその根拠がないというのが現状です。

イラク戦争のとき不確実な証言を拠り所に突っ走った彼らは、トヨタに対しても同様に証言だけで迫ろうとするのでしょうか? もし、そうならトヨタ車の電子スロットルより、アメリカという国を走らせている原動機のスロットルのほうが深刻な問題を抱えているといえるかも知れません。

コメント

あの国は湾岸戦争の時も 政府と広告会社がクウェート外交官の娘を哀れな証人に仕立て上げて、偽証させてたぐらいですかねえ。 

  • 2010/03/04(木) 01:37:38 |
  • URL |
  • 俗物 #-
  • [ 編集]

俗物さん>

確かに、あの偽証も酷いものでした。外交官の娘だけでなく、医師も同様の偽証をしていましたから、仕込まれた狂言だったのは間違いないでしょうね。湾岸戦争開戦までの流れの中でアメリカがどの程度の支配力を持っていたか私には解りませんが、あの偽証がアメリカ国内の世論を一気に開戦へ向かわせたのは間違いないと思います。

ただ、今回の公聴会での証言は、湾岸戦争のときのような狂言とは違う気がします。といいますのも、全て仕込みならこれほどツッコミどころ満載の証言内容とはせず、もう少しリアリティのあるストーリーを練っていたと思うからです。また、スミス夫人が以前からトヨタディーラーやNHTSAに苦情を申し立てていたのも事実ですから、この公聴会のために仕立てられたというのではなく、そういう人がいるから起用したといったところでしょう。

議員たちが事前にスミス夫人の証言内容を聞かずに証人として立てたとは考えられませんが、その内容は本文で示しましたようにかなり信憑性の低いものです。トヨタには同種の苦情が多数寄せられているというのなら、もう少しマトモな証人になりそうな人もいそうなものですが、何故あのような証言をする人物が選ばれたのでしょう?

あくまでも個人的な感想ですが、彼女を証人に立てた議員たちは問題の真相に近づこうというよりトヨタを叩くことを目的としているのでしょう。そうでなければ彼女を証人として選ぶ前段で専門家の意見を聞き、その証言に信憑性があるかどうか確認しているハズです。

  • 2010/03/06(土) 22:28:32 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

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