前々回も触れましたが、かつてコンタックスTシリーズあたりが先鞭を付けた高級コンパクトカメラは、単焦点レンズという割り切りで画質に拘るところから始まりました。ま、その後TVSというズームレンズ付を出すなど割り切れないユーザー層も取り込むマーケティングがなされましたけどね。
しかしながら、やはり主流は単焦点レンズで、コンパクトなボディながら一眼レフカメラ並み、あるいはズームレンズを付けた一眼レフカメラを凌ぐレベルの画質が人気を博し、他社も次々に高級コンパクトという市場に参入してきたのは先に述べたとおりです。私がコンタックスT2を買ったのはまだそれ以外の高級コンパクトが殆ど存在しなかった段階でしたが、やはり写りの良さに惹かれました。
あの頃は、安価なコンパクトもプロ向けの一眼レフも35mm判フィルムを使うのが普通でした。一部のマニアックなもの(私もミノックスというキワモノに手を出していますが)や、下馬評ほど普及しなかったAPSなどを除いて、フィルムに関しては初心者向けのコンパクトカメラもプロユースの一眼レフカメラも、35mm判という同じフォーマットが主流でした。
もちろん、フィルムによって画質や全体的な雰囲気なども大きく違ってきますし、それを現像する段階でもかなりの差が出てきます(特にモノクロは印画紙によって質感に大きな差が出ます)。が、それはユーザーのチョイスに委ねられる部分ですから、カメラ側で画質を左右する要素はレンズにかなりの部分が集約されていたといっても過言ではないでしょう。
そうした中で単焦点に割り切れば、下手なズームレンズ付一眼レフカメラを凌駕する高画質をコンパクトカメラで実現できたわけです。コンタックスT2は後に現われたミノルタTC-1やリコーGR1などに比べると大柄ですが、それでもEOS Kissなど最小クラスの一眼レフカメラのボディより遙かに小さく、鞄にしのばせておくのに苦になるようなカメラではありませんでした。
コンタックスT2の外装はチタン、フィルム圧板はファインセラミック、シャッターボタンは人造ルビー、ファインダーはサファイアガラスという贅沢な素材を奢り、カールツァイスレンズにポルシェデザインというブランドを纏っていましたから、定価12万円、当初の市場価格で9万円前後でも欲しがる人は少なくなかったというわけですね。
一方、デジカメはイメージセンサのサイズがコストに直結します。コンパクトカメラにAPSサイズを採用しようとするメーカーが現われなかったのはそれゆえと説明されてきました。が、一眼レフもエントリークラスならモデル末期の市場価格がレンズ付で6万円前後まで下がってしまうのですから、それより構造が簡単なコンパクトでAPSサイズを採用しても、T2などのような贅沢な素材を諦めれば10万円以下に収まる商品を開発できないわけがありません。
最近は性能的にも普及率でもコンパクトデジカメ市場は飽和状態に近づいてきた感が否めません。が、以前のように無難に売れていたときはコストアップに直結するイメージセンサのサイズアップでマーケットに波風を立てる必要はないと考えられてきたのかも知れません。イメージセンサのサイズを変えなくとも画素数は増やせますし、画素数を増やしてもサイズが同じなら原材料費は変わりませんから、「画質=画素数」という売り手の喧伝は、そういう意味でも消費者を都合良く乗せることができたわけですね。
昨年、オリンパスPENやパナソニックLUMIX GF1などマイクロフォーサーズのコンパクトなレンズ交換式デジカメがリリースされました。ソニーも今月に入ってAPS-Cサイズのセンサを搭載したα-NEXを発売し、このムーブメントに続きました。ここに来てようやく爪先センサにはない付加価値をアピールしながら比較的コンパクトなサイズの高性能デジカメが出てきたわけですね。それも従来のコンパクトや一眼レフでは限界を感じたゆえでしょう。
もっとも、上記3モデルはいずれもレンズ交換式で、その交換レンズ(特にズームレンズ)はボディに対してやや大きく、最も薄いパンケーキのそれでも普通のコンパクトデジカメほど携行性は良くありません。中でもボディが小さく薄いNEXは相対的にかなりのレンズデッカチになっており、見た目にもアンバランスな印象が否めません。(あくまでも個人的な感想です。)
私がかつての高級コンパクトカメラに感じていた魅力というのは、とにかく単焦点レンズという割り切りがあって、それを交換するといった拡張性も捨て、そのボディの中にやりたいことを押し込めたという「凝縮感」です。
そうした凝縮感を持ったコンパクトデジカメという点でリコーのGRシリーズは銀塩時代のそれを引き継ぐもので、なかなか良い線を行っていると思いますが、所詮は小さな小さな爪先センサです。大きなイメージセンサを持ち、一眼レフカメラとも比較し得る内容でありながらちゃんとコンパクトの範疇に収まっているデジカメといったら、やはりシグマDPシリーズしかないでしょう。
薄型のコンパクトデジカメでも光学3倍ズームが当たり前になって久しい今日にあってDPシリーズのような単焦点レンズは非常に売りにくいと思います。PENやGF1やNEXなど大手メーカーの製品が揃いも揃ってレンズ交換式にしているのは、交換レンズやアクセサリ類を幅広く展開することでカバーできるユーザー層を広げておくためだったり、そうした発展性に引き込んで客単価を上げようと考えているのかも知れません。
つまり、レンズ交換式にしておけば普通の人はズームレンズで取り込めるでしょうし、よりコンパクトに纏めながら画質や明るさも拘りたいというマニアックな人は単焦点のパンケーキが喜ばれるだろうといった具合に、マーケティングがなされているのではないかと想像されるわけですね。APSやフォーサーズといった大きなフォーマットを採用したデジカメは、今後もレンズ交換式が主流を成していくのではないかと思います。
DPシリーズにも外付けストロボやビューファインダー、フィルター枠に取付ける専用のクローズアップレンズなどのアクセサリが用意されていますが、交換レンズほどの発展性もなく、基本的には本体でほぼ完結してしまうようなコンパクトデジカメです。大手メーカーはまだこうした割り切りにリスクを感じ、旨みのないマーケットだと感じているのかも知れませんね。
ところで、PENもGF1もNEXも、みんな「一眼」という言葉を用いていますし、「ミラーレス一眼」という呼称も一般名称のように用いられるようになりましたが、私はどうしてもこれに馴染めません。といいますか、反感に近い感情すら抱いています。それは他との違いを適切に表現できる呼称ではないからです。
「一眼レフ」というのは、レフレックスカメラ(レンズから入ってくる光をミラーで反射し、フォーカススクリーンに結像させるファインダーを持ったカメラ)でファインダー系と撮影系のレンズが一本化されていることからこうした名称を持つようになりました。同じレフレックスカメラでもファインダー系と撮影系に各々専用のレンズを備え、2系統のレンズを持っている「二眼レフ」と区別する意味もあったわけですね。
PENやGF1やNEXはレンズ交換可能でフォーカルプレーンシャッターを備えている以外、機械的な構成は普通のコンパクトデジカメと殆ど変わりません。以前はコンパクトデジカメも光学ファインダーを備えるのが普通でしたが、今日では一部の機種を除いて普通のコンパクトデジカメもレンズが1系統しかありません。構造を反映した形式名称として捉えるなら、普通のコンパクトデジカメも「一眼」に括られることになるわけです。
また、昔はレンジファインダーカメラどころかファインダーそのものが外付けになっているカメラでもレンズ交換式など珍しくありませんでしたし、マミヤなどはレンズ交換可能な二眼レフを作っていました。レンズを交換できることが一眼レフにのみ許された特徴というわけではないんですね。なので、「レンズ交換式=一眼」と定義するのも出鱈目な解釈になります。
さらにハナシをややこしくしているのは、レンズ交換式でないカメラにも「一眼」という呼称が用いられていることです。私が以前愛用していた富士フイルムのFinePix S9000などは28-300mm相当のズームレンズが固定されていましたが、富士フイルムはこれを「ネオ一眼」と称していました。
要するに、「一眼レフ」とは異なる「一眼」というカメラの呼称には一貫した定義が存在せず、支離滅裂な状態です。ならば、PENやGF1やNEXなどは各々に共通する特徴である「レンズ交換式」というところを素直に表わすべきでしょう。一番無難な呼び方は「レンズ交換式コンパクト」になると思いますが、少々長い上に略しにくいですね。
私はタイトルや名前を考えるのが非常に苦手で、何か良い呼称はないものかと色々考えましたが、この流れで考えると「替玉コンパクト」くらいしか思い浮かびませんでした。「替玉」という言葉はラーメンやうどんのそれをイメージさせてしまいそうですが、「替玉受験」のような不正をイメージする人も多いでしょうし、何となく莫迦にしたような印象も拭えません。
かつて「バカチョンカメラ」などという現在では信じられないような蔑称がごく普通に使われていた時代を思えば遙かにマシだと思いますので、俗称としては悪くないかも知れません。が、メーカーサイドとしては付加価値の高さを売りにしているわけですから、もっとカッコイイ呼称でなければ嫌がるでしょうねぇ。
(つづく)