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宗教的な環境志向はダブルスタンダードも厭わない (その2)

かつては保守系新聞でさえ原発に対して慎重な意見を述べていた時期もありました。特にスリーマイル島やチェルノブイリなどの重大事故を経験してしばらくはそうした傾向が強かったように思います。が、地球温暖化問題という突破口を得てからは朝日新聞や日本経済新聞といったリベラル系までもが原発推進へ舵を切り直し、次第にそのトーンを強めるようになりました。

こうした中で莫迦の一つ覚えのように繰り返されているフレーズが「原発は運転中に二酸化炭素を出さない」というもので、日経の6月27日付の社説にもこの常套句が当たり前のように振りかざされていました。

しかし、そんな一部分を見て意志を固めてしまうのは些か乱暴ではないかと思われます。原発も発電設備の建設や維持、核燃料の精製や放射性廃棄物の処理などを含めたライフサイクル全体ではやはりCO2を排出していますし、他にも様々な環境負荷があるのですから、LCAを無視すべきではありません。

なお、再三述べていますように、私はCO2温暖化説などという程度の低い仮説にはかなり懐疑的な立場ですから、CO2の排出そのものが環境負荷になるとは考えていません。が、それを語り始めるとハナシが進まなくなりますので、ここでは問わないことにします。

財団法人電力中央研究所は『ライフサイクルCO2排出量による原子力発電技術の評価』という報告書を発行しています。ただし、この電中研という組織の運営資金は電力会社の共同出資によるもので、決して中立的な立場とはいえません(というより、電力会社の下僕も同然でしょう)。なので、何処までアテになる情報なのかは解りませんが、今回はそうした点についても問わないことにして、あえてこの報告書をベースにします。

この報告書では各種の発電方法毎にライフサイクルCO2排出量を算出し、下図のように纏めています。

各種発電技術のライフサイクルCO2排出量
各種発電技術のライフサイクルCO2排出量

核燃料の濃縮条件の違いによってそれなりに幅が設けられていますが、一方、「将来の使用済み燃料の取り扱い方法においては不確定要因があるが、その取り扱い方法の違いはライフサイクルCO2排出量にはそれほど大きな影響を及ぼさない」としているところが大いに引っ掛かります。とはいえ、それに難癖を付けられるような具体的なデータを持っているわけではありませんので、今回はそれもスルーして、とりあえずこの結果だけに着目してみます。個人的には原発がライフサイクルで水力発電の2倍を超えるCO2を排出しているという点がかなり気になりました。

もちろん、水力発電はダムが環境を破壊し、生態系を乱すものですから、その開発を是としない考え方も尊重すべきです。渇水時を想定すればエネルギーの安定供給という点でも万全とはいえない部分が残されています。が、柔軟な出力調整ができない原発は電力需要の細かい変動に対応できないという点で安定的な電力供給源として自立できません。需要に対して適切な供給を維持するには、その調整を担う別系統のシステムが不可欠です。

現状では火力や貯水池水力の出力調整でも補えない部分の多くを揚水発電というエネルギーストレージに依存しています。つまり、「低炭素社会」を目指して火力発電を減らし、原発を増やし、その稼働率を上げていけば、電力需給の調整代となる揚水発電も増やして行かざるを得なくなるでしょう。

安価でサイクル寿命が長く、製造や廃棄処分時の資源投入が少なくて済み、環境負荷の小さい理想の充電池が実用化され、これを大規模エネルギーストレージとして利用できるようになれば状況は大きく変わるかも知れません。が、その具体性がまだまだ不充分な現段階では、原発の拡充にあたって揚水発電の拡充を否定することはできないでしょう。

原発に反対している人たちは例外なく揚水発電にも反対しています。それは現在の日本において両者が不可分の関係だからです。しかし、揚水発電はエネルギーを30%も目減りさせますから、お世辞にも効率が良いとはいえません。また、オフピークの余剰電力で水を汲み上げ、ピーク時にその水力で発電するわけですから、発電施設を挟んで貯水池を上下に設けなければ成り立ちません。つまり、ダムを二段構えにする必要があるわけです。

普通に水力発電を運用すれば発電量あたりのCO2排出量は原発の半分以下で済むとされています。CO2以外の環境負荷は内容が違いすぎるので比較すること自体に無理があるかも知れません。が、原発を推進しても揚水発電という水力発電を増やしていかなければ辻褄を合わせられないのであれば、本当に原発推進が「当然の選択」といえるのか、大いに疑問を感じます。電力供給システム全般を視野に入れ、科学的にもっと細かく精査していく必要があるでしょう。

電中研の報告書もこうした揚水発電などのエネルギーストレージを含む電力供給システム全般で原発を評価しているわけではありません。原発だけでなく、風力や太陽光発電など出力調整ができない発電方法を推進している人たちは、その補完システムを軽視する傾向が極めて強いと感じられます。そうした中で「スマートグリッド」などというバズワードが幅を利かせるようになってきましたから、楽観論をさらに加速させているのではないかと懸念されます。

日経の社説は「原子力を柱に据えるのは当然の選択」と断じ、これに反対する人たちについては「立地自治体への補助金である電源立地交付金の見直しは急務だ」「国は公聴会などで地元の要望を丁寧に聞き、原発を地域振興にどう役立てるか、地元と一体となり知恵を絞ってほしい」などと結局カネで丸め込もうとする態度ですから、国民を莫迦にしているようにさえ感じられます。

その一方で、技術的な懸念材料には一切触れていません。この社説も数多いる楽観論者たちと全く同列で、部分的な特性を過大に主張しながら、現実に直面している問題を真摯に捉えないまま、一方的な理屈で押し通そうというわけです。

私は先にも述べましたように、原発に対して「慎重派」であっても決して「反対派」ではありません。安全性を初めとして技術的な諸問題がクリアになれば感情的にこれを排斥しようとするのは間違いだとも思います。しかし、電力需要に応じた供給量を単独で調整できる火力や貯水池水力のような柔軟性が求められない発電方法は、そのままでは現実の電力供給システムに溶け込ませるにも限界があるという極々初歩的な課題を軽視することができません。

日経も「当然の選択」というからには、諸般の課題に対しても具体的な方向性を示すべきでしょう。そうした議論もないまま単純にCO2がどうのこうのというだけでは何の説得力もありません。

説得力がないといえば、前回書き忘れたのでここで補足しておきます。電力インフラの点検に関して日本のやり方が過剰なのか否か簡単には判断できませんが、一つの指標としては「年間事故停電時間」も参考になるのではないかと思われます。

年間事故停電時間の国際比較

ご覧のように日本は事故による停電が極めて少なく、抜群の安定性・信頼性を誇っています。「アメリカ、フランスは災害による停電を除く」とありますが、災害によって引き起こされた事故の停電もカウントしている日本と比べてもアメリカは5倍を超える停電が発生しています。つまり、同条件ならもっと大きな差がついているということです。

もちろん、バックアップとなる電源にどの程度の余力があるかによってもこの「年間事故停電時間」は大きく左右されるでしょうから、単純な比較は意味を成さないかも知れません。が、効率優先で稼働率を上げれば不具合が生じた際の余波がより広範囲に及ぶ懸念も高まるものです。先日、日立製作所からエンジン制御用の半導体部品の供給が滞ったことで、日産の国内3工場が3日間操業中止を余儀なくされました。効率を追うばかりに余力を見込んでおかないと、イザというときに脆さが浮き彫りになるというのが世の常です。

稼働率や点検時間の長短を語る一方で電力インフラの質を問わないのでは片手落ちと言わざるを得ません。日経の論説委員が無知なのか、解っていながら論旨に都合良く情報を取捨しているのかは解りませんが、どちらにしても価値判断基準が甘すぎることには違いないでしょう。

さて、ここから本筋とは関係ない話題に変えますが、件の原油流出事故について日本のメディアは何故BPを強く批判しなかったのでしょうか?

先に取り上げた日経の6月14日付社説も、「BPは潜水ロボットで漏れを止めようとしたが、成果が上がらない。汚染除去などで、同社の対策費はすでに10億ドル(約900億円)を突破している。」としか述べておらず、彼らの責任を糾弾するような意向は微塵も感じられません。

もちろん、これは日経に限ったハナシではありません。他のメディアも似たり寄ったりで、油まみれになったペリカンの映像を流すなど感情的な煽りは盛んにやっていましたが、この事故を引き起こしたBPに対する批判は非常に手ぬるいものです。BPの社名にすら触れず、流出事故による環境汚染しか伝えないケースや、対応の遅れた米政府に対する批判にとどまるケースも珍しくありません。

例のリコール問題で袋叩きにされたトヨタとは比べるべくもない「他人事」状態です。日経は7月7日付の社説でエンジンが停止する恐れがあるとしたレクサスのリコールを取り上げ、「日本のものづくりが揺らぎかねないというくらいの強い危機感で、原因究明と問題解決に取り組んでほしい」などと、またぞろ大袈裟に書き立てていましたが、BPに対しては殆ど何も注文を付けていません。

余談になりますが、BMWも535iグランツーリスモにエンジン停止の恐れがあるという同じ症状のリコールを7月13日付で届出ていますが、レクサスのように大きく報じられることはありませんでした。ま、台数が2桁少ないということもあるのでしょうが、台数の多少が品質管理の水準に直結するとは限りません。そもそも、2009年度の日本国内における販売台数はトヨタの約136万台に対してBMWはミニを含めても約4万台で2桁違うのですから、リコール対象車が2桁違うからといってその扱いに差を付けるのはフェアじゃないでしょう。

BPが引き起こしたこの事故の影響はトヨタのリコール問題とは全く比べものにならないほど大きなものです。その影響力に対する責任追及の度合いがこれほど引き合わないのは異常としか言いようがありません。これも立派な偏向報道であり、ダブルスタンダードというべきものです。

このように規範がブレまくるのは日本のメディアにマトモな価値判断能力が備わっていない証左です。もしかしたら、裏で何らかの力が働いたり働かなかったりした結果がこのような差を生んでいるのかも知れません。が、それはそれでジャーナリズムとして欠格していると言わざるを得ないでしょう。

(おしまい)

コメント

原発のLCAについて

私は原発は長期的(50-100年)には廃止すべきだろうと考えていますが、原発のLCAに関しては「まぁそれほど大したものではないだろう」と思っています

ウラン採掘のコストや危険はありますが、BPの事故でも判る通り石油や石炭がそれほど優れているわけではありません。

原発は建設コストはかかりますが、ランニングコストは安く、揚水発電やピーク時のための石油火力の必要性などを考えてもCO2排出は少ないはずです。

問題は放射性廃棄物処理ですが、反原発派はプルトニウムの半減期を考えて2万年とか3万年の廃棄物管理で生じるCO2排出量を計算します。もちろんそんなものはあてになりませんし、2万年の間に排出されるCO2なた木を何本か植えておけば吸収してくれるでしょう。

私は原発はフグ料理位の注意をしていれば、危険も放射性廃棄物の管理コストもそれほどではないだろうと思っていますが、それでも原発推進にまっしぐらに突き進むより50‐100年かけて省エネと再生可能エネルギーへの置き換えで、化石燃料と原子力の使用はやめていく方が妥当だろうという考えです。

realwaveさん>

原発はCO2排出量で見れば火力発電よりずっと有利だと思いますが、現状でもこれを補完するために揚水発電が不可欠です。原発を増やして揚水発電も増やす二重投資のようなことになるのであれば、やはり疑問を感じます。度合いにもよるでしょうが、本当に二重投資のような状況になるのであれば、原発などやめて貯水池水力に集約してしまったほうが合理的ではないかという考え方もできるでしょう。

原発も風力や太陽光発電なども出力調整ができない発電方法は需要との帳尻を合わせるための大規模なエネルギーストレージが不可欠です。これらの発電方法はそうした補完システム全般を算入させた上でコストや環境負荷を見積もる必要があります。

特に夏場は昼夜の電力需要の差が2倍以上に達しますから、スマートグリッドがどれほ発達しても現在のような電力の利用方法でいけば需要側で吸収できる幅はかなり限定的になると思います。それこそ殆どのエアコンを氷蓄熱式空調システムの類にするとか、電気自動車がかなりのレベルで普及するとか、電力消費の構造が現在とは全く違うステージへ移行していなければ、途方もない規模のエネルギーストレージが必要となるでしょう。が、それは数十年単位で可能な変化とは思えません。

再生可能エネルギーへの置き換えという点については私も必要なことだと思います。が、非常に高価であるのにも関わらず極めて不安定で低品質な風力や太陽光を推進するなら、安価で安定していて品質の高い電力が得られ、尚かつ需要に応じた供給を調整するのも容易な水力発電も見直すべきではないかというのが私の見解です。

陸域降水量で見ますと日本は世界平均の2倍近くあり、資源に関してはかなり恵まれているほうだといえるでしょう。大規模なダム開発の適地は減少していますが、中小規模ならまだ見込みがあるようですし、既存のダムでも河川維持用水や利水放流など細かい部分についても有効活用していけば、それなりに役立つと思います。

日本では「脱ダム」などといってダムのイメージを徒に引き下げ、それに釣られて水力発電のイメージも大きく低下させてしまったような気がします。確かにダムは自然環境に大きく手を加え、生態系を破壊します。が、風力や太陽光も大規模な発電所を構えればやはり生態系への悪影響は避けられませんから、イメージだけで判断するのではなく、厳密なアセスメントを行って科学的に判断していく必要があると思います。

原発の安全性は仰るようにメディアが感情論を含めながら騒いできたほど低くないと思いますし、日本の軽水炉なら致命的な事故に至る可能性は非常に低いと思います。ただし、高速増殖炉は世界的に見ても実績が極めて乏しく、英米独伊は閉鎖ないし計画中止で実質的に開発を諦めていますので、判断が難しいところです。

軽水炉の運用をふぐの調理に例えるのはまだしも、廃棄物の扱いを含めてふぐに例えるのは適切ではないように思います。ふぐ毒のテトロドトキシンは煮たり焼いたり油で揚げたりといった程度では無毒化できませんが、さらに高温に曝せば分解できます。ふぐ料理屋などは法令に従って専門の処分業者に特定部位を引き渡し、それを焼却処分することで廃棄物処理は完結します。

放射性廃棄物の半減期は長いもので数万年にもなるわけですが、それを短縮する技術はまだ実用化されていません。地層処分についても色々検討されていますが、安全性の面で不安が充分に拭えているわけではないでしょう。いずれにしても、放射性廃棄物は非常に長い期間に渡って人間が管理し続ける必要があります。高温で焼却処分すればほぼ無害になるふぐ毒と、下手をすれば万年単位で無害化できない放射性廃棄物とを、比喩であっても並べるのは少々乱暴な気がします。

  • 2010/07/28(水) 23:28:53 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

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