酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

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羽根が見えない騒々しい扇風機

発表が昨年の9月だったとは知りませんでしたが、サイクロン式掃除機で知られるイギリスのダイソン社から画期的な扇風機として発売されたエアマルチプライアーは「羽根のない扇風機」と謳われ、個人的にかなり気になっていました。

エアマルチプライア―をプレゼンするダイソン氏

ダイソンらしい非常にユニークなデザインで、普通の扇風機ではモーターと羽根が鎮座しているところがソックリ素通しになっています。私も某家電量販店の店頭で実物を間近で見たり色々弄ってみたりしましたが、あの素通しの輪っかのところから風が吹いてくるのは原理が解っていても面白いと思いました。

が、「羽根のない扇風機」というフレーズは厳密に構造を確認するとウソになりますので、この言い回しはやめたほうが良いと思います。

普通に考えれば解ることですが、電気モーターを動力源として空気を送るにはタービンの類か、あるいはルーツ式やスクロール式などのブロワー類、レシプロコンプレッサーの類などを用いるしかないでしょう。より高い圧力が求められるならともかく、送風ということで効率を考えればタービンを選ぶのが常識で、それ以外の選択肢はちょっと考えにくいところです。

ダイソンのエアマルチプライアーも台座の部分に下の写真のような直径100mmほどのタービンが仕込まれています。つまり、ちゃんと羽根はあるのですが、それが外から見えないだけです。この小さなタービンが回転することで送り出す気流を上手に操り、その気流の15倍にもなる風をあの輪っかの部分で作り出すというのがこの製品のミソです。

エアマルチプライアーの内蔵タービン
メーカーは「羽根がない」と称していますが、
実際には9枚の羽根で構成されるタービンが
台座部分に仕込まれています。


扇風機としては非常に画期的な構造かも知れませんが、原理については古くから知られているベンチュリ効果を応用しています。

空気の流速を上げると圧力は低下します(ベルヌーイの定理)。このエアマルチプライアーの場合は空気の流れを絞ってやることでさらに流速を上げ、負圧(大気圧より圧力が低い状態)を生じさせるわけですね。台座の中に仕込まれたタービンで空気を送り、その気流は輪っかの内側にある約1.3mm幅の細い開口部付近で絞られて流速を増します。

エアマルチプライアーの断面

輪っかは上の写真のような翼断面になっており、写真では右側に見える細い開口部から高速の気流を出して左方向へ流します、その気流を飛行機の主翼でいえば上面、レースカーのウイングなどでいえば下面に相当する形状に沿わせることでさらに負圧を増しているわけですね。

この負圧によって輪っかの向こう側(上の写真でいえば右側)の空気を吸い込んで手前側(上の写真でいえば左側)に吐き出させ、さらにその気流が輪っかの外側の空気をも巻き込んで風量を大幅に増やし、最終的にタービンが送り出すそれの15倍にもなる気流を作り出すというわけです。

こうしたベンチュリ効果を応用したものは昔から存在しました。ガソリンエンジンのキャブレターやエアーブラシなどのように液体を吸い出すものだけでなく、このエアマルチプライアーと同様に周囲の空気を吸い出す応用製品も既に存在しており、エアーダスターの増量ノズルなどはかなり前からあるアイテムです。

余談になりますが、私も空気の流量を3.8倍にするという増量ノズルを持っています。もっとも、これは風を切るような高周波の耳障りな音が混ざるので、滅多に使わず、普段は標準的なノズルよりかなり静かになる静音ノズルを使っています。

エアマルチプライアーはタービンから送られる空気の流れ、特に負圧を作る輪っかの部分については相当な試行錯誤を重ねて効率の良い形状が追求されたのでしょう。流体力学的にはそれなりに高度なことをやっているのだと思います。エアーダスター用の増量ノズルが4倍弱なのに対してエアマルチプライアーの15倍という流量アップはやはり凄い値になると思います。

しかしながら、扇風機としてみた場合、実際の風量は大したことありません。つまみを最大に回してみてもウチにある20年選手の扇風機に劣るレベルですし、何よりもその音がうるさ過ぎます。家電量販店のガヤガヤした店頭でもハッキリ「うるさい」と感じられる程でしたから、これを静かな住宅へ持ち込んだら相当やかましく感じるでしょう。私の場合、これをベッドサイドに置いて安眠できるほど神経は太くありません。

そもそも、タービンというのは径が小さくなるほど翼面積が小さくなったり、形状設計の制約が大きくなったりで、高効率なものを作りにくくなる傾向があります。また、騒音を低減させる場合も直径の小さなタービンを高速で回すより、大きなタービンを低速で回すほうが有利です。ノートPCの冷却ファンに騒々しいものが多いのに対し、デスクトップのそれのほうが静かなことが多いのはそれゆえです。

ダイソンのエアマルチプライアーは小さなタービンをブン回して作った気流を絞り、その流速をさらに速め、翼断面に沿わせて流すことで負圧を作り、それが周囲の空気を吸い出したり巻き込んだりして15倍にも増量させているわけです。が、それでも風量は普通の扇風機に劣っているくらいですし、逆に消費電力は普通の扇風機よりもやや大きい40Wです。

要するに、まわりクドイことを色々やって結局は効率面で普通の扇風機に劣ってしまったというわけですね。「策士策に溺れる」感が漂っているような気もします。(あくまでも個人的な感想です。)

ステーターブレード(静止羽根)を組み合わせて渦を作り、遠くまで風を循環させるサーキュレーターの類や、シロッコファンなどを用いたスリム型の扇風機にはこれくらいうるさいものもありますが、普通の扇風機としてみればイマドキここまでうるさいものは滅多にないと思います。

あのうるさい作動音は小径タービンを高速回転させることによるものと輪っかの部分から出てくる高速の気流によるものの合わせ技だと思いますが、構造的に見てこれを静音化させるのはかなり厳しいように感じます。日本の大手家電メーカーも掃除機では後追いでサイクロン式の亜種(ダイソンのパテントに抵触しないような変化を付けたもの)を市場投入させましたが、この扇風機については騒音がかなり大きなネックと思われますので、類似方式による後追いもなさそうな気がします。

羽根が切り取る空気の塊がない「スムーズな風」というのもエアマルチプライアーでは売りの一つになっています。実際、脈動がある扇風機の風に長時間当たっていると疲れるという人もいます。逆に、誰にでも子供の頃に経験があると思いますが、この脈動で声が震えるのを面白がり、回転する羽根の前で「あ"~」とかやって遊んだりします。エアマルチプライアーのスムーズな風でそういう遊びはできないわけですね。

スムーズな風を求めるならほかにも選択肢はあります(詳しくは後述します)から、私だったらより静かなものを選びたいところです。価格も一般的な扇風機が1万円以下くらいで売られている今日にあって、その3~4倍にもなります。それでも普通の扇風機と変わらない程度の静かさなら食指を動かしていたかも知れませんが、あの騒々しさは私の許容範囲を大幅に超過しています。(あくまでも個人的な感想です。)

デザインの面白さに価値を見出してオブジェ的にその存在を楽しみたいという人や、原理がよく解らずに不思議がる人、子供がいるので安全性を求めたいといった人などには良いかも知れません。(個人的には危険なものを子供の前から排除してしまうより、危険であると子供に理解させるほうが教育的見地からいけば有益ではないかとも思いますが。)

私としてはジェームズ・ダイソン氏のような独自の着想を持って構造から従来の固定概念に挑戦するような工業デザイナーは大好きで、あの掃除機もなかなか面白いところを突いてきたと思いました。うるさいという点では同じですが、掃除機は静かであるほうがむしろ商品付加価値となるようなものですから、あのレベルの騒音なら大抵の人は許容範囲内と認めるでしょう。

しかし、この扇風機はアイデア倒れとまでは言いませんが、見た目と風の質と安全性以外は劣る部分のほうが多いと思います。騒音や価格以外にもタイマーがないとか、上下の角度調節が狭い範囲に制限されるといった使い勝手の悪さも気になります。

また、手入れが簡単といわれていますが、それは輪っかのところを拭くことだけを想定した売り文句でしかありません。実際には台座部分に内蔵されているタービン周りが使っている間にホコリまみれになるハズです。最大で毎秒27Lもの空気を吸い込んでいるのですから、まず間違いないでしょう。あれを分解して掃除するのは普通の扇風機より遙かに手間がかかるように思います(それ以前に分解して保証が利くのか心配されますが)。

こうしてみますと、エアマルチプライアーは独自のアイデアで得たものより失ってしまったもののほうが多く、普通の扇風機と比べても不足している部分のほうが多いといった印象を受けます。現段階では価格に見合った完成度は得られていないというのが私の個人的な結論で、現物を見て正直なところかなりガッカリしました。私のダイソン氏に対する期待値が高すぎたのでしょうか?

ちなみに、ダイソンのエアマルチプライアーと同様、羽根が切り取る空気の塊がなく、スムーズな風が得られるという扇風機にはバルミューダデザイングリーンファンというものもあります。

グリーンファン

内周と外周とでピッチを変えてファンを設け、内側のファンによる気流に外側のファンによる気流をぶつけることで各々の羽根が切り取った空気の塊を拡散させるという仕組みになっています。ダイソンのエアマルチプライアーとは全く異なるアイデアで、より簡便な方法ながら同じようにムラが少ない滑らかな風を作れるというわけですね。

グリーンファンの概念図

ブラシレスモーターによって効率の良いファンを低回転で回すため、極めて静粛で消費電力も大幅に抑えられている(カタログ値では最大で20Wですから、エアマルチプライアーの半分です)とメーカーは謳っています。ただし、購入者の方々のレビューでは件のブラシレスモーターから独特の音が生じているそうで(磁歪音の類でしょうか?)、首振りをさせるとカタカタという異音が生じるケースもあるようです。

また、電源がACアダプタになっていて取り回しが悪かったり、ACアダプタはコンセントから抜かなければ僅かとはいえ無駄な電力消費があったりしますから、コチラも完成度がイマイチっぽい印象です。ついでにいえば、「グリーンファン」というネーミングも私には何となくエコミーハーっぽい軽い響きに感じられますし。(あくまでも個人的な感想です。)

ここに来て「高級扇風機」ともいうべき商品が同程度の価格帯で相次いで発売されました。個人的には比較的簡単に改良でき、尚かつコストダウンも難しくなさそうなグリーンファンのほうが期待できると思いますが、現時点ではまだ完成度が高くなさそうです。当初は本気でグリーンファンを買うつもりでしたが、改良の余地があるということは改良される可能性も低くないと踏み、今夏の購入は思いとどまりました。

今後の動向も非常に気になりますが、果たしてマーケットはこうした高級扇風機をどのように評価することになるのでしょうか?

コメント

扇風機の風量について

いつも貴殿のエッセイ拝読しております。今回の扇風機についても興味深く読ませていただきました。ただ、一点、貴殿の意見と異なる点がありましたせっかくですので、下記させてください。
ちなみにそれは、風量についてです。私は常々、既存の扇風機は弱であっても風量がきつすぎる。と感じていました。ですので、私が始めてこの扇風機を見たときの感想は、「あえて風量を抑えて作ったのだな」
でした。ですので、かなり購買意欲を掻き立てられたのですが、未購入です。

やっぱり価格が高すぎです。
この点だけはまったく同意見です。

  • 2010/08/31(火) 01:02:05 |
  • URL |
  • いのたま #-
  • [ 編集]

ゲテ物の類でしょう

 凝った造りの高級機のようで、その実は、只の扇風機。 それなら、Made In Chinaで、クラシックなデザインの「高級」を装ったものが安価であります。 
 新規なデザインを売り物にするだけの、只の「扇風機」に高額な価格を付けても売れないでしょうね。 世の中、そんなに甘くないのです。 
 ま、同じ発想で、「エコ」なんとかの線で売っている車や、家電がありますが、余計な機能や、煩雑な操作を要する機能がてんこ盛りで、アホらしくなります。 わざわざエンジンの作動音を人工的に添加しないと、歩行者等には車の接近が分からず危険な車種もあるそうで、何が「エコ」かと笑います。 「エコ」ならず「エゴ」と喝破された科学者がおられますが、そのとおり。

いのたまさん>

拙文にお付き合い下さいまして有り難うございます。

>既存の扇風機は弱であっても風量がきつすぎる

そういう方もいらっしゃるでしょうね。私の場合、強い分には身体から少し離して置けば良いと考えますが、部屋のスペースの都合でそういうわけにもいかないとか、事情は人それぞれだと思います。

本文で触れるのを忘れましたが、一般的な扇風機は「強」「中」「弱」の三段階くらいしかない風量調節がエアマルチプライアーでは無段階で調節可能というのも丁度良い風量が得られて良いと評価する人もいると思います。逆にそこまで微妙な風量には拘りがなく、「強」「中」「弱」のボタンないしダイヤル操作一発で選べたほうが明快で良いという人もいるようです。

こういう感覚的な部分は個人差も大きいと思いますから、人によって評価は分かれるでしょうね。




とら猫イーチさん>

ダイソンのエアマルチプライアーはあの騒音と価格がネックになっているのは確かで、新しモノ好きの人たちの購入が一巡したら市場が萎んでしまう可能性は低くないように感じます。

アメリカの社会学者エベレット・ロジャース氏の著書『Diffusion of innovation』には、ごく一部の新しモノ好きの消費者を「イノベーター」と定義し、新しモノ好きではないものの、自ら情報を集めて判断する積極的な人を「アーリーアダプター」、これよりやや保守的な「アーリーマジョリティ」などいくつかの購買層に分類しています。本格的な市場は彼の言う「アーリーマジョリティ」以上の保守的な購買層が買うようなものでないと成り立たず、ニッチな商品にとどまるというわけですね。

ハイブリッド車の場合、プリウスは間違いなく「アーリーマジョリティ」以上の人たちも市場形成に大きく加わっていますが、インサイトは「イノベーター」と一部の「アーリーアダプター」の購入が一巡したと見るべきかも知れません。販売台数が今年1月からそれまでのおよそ1/3程度に激減してしまったのはそのせいでしょう。要するに、インサイトにはその程度の実力しかなかったというわけですね。

ところで、現行型(3代目)プリウスのオプションとして疑似モーター音を発する装置が設定されたことについては私も複雑な印象です。

私も2代目プリウスに乗っており、モーター走行時には殆ど騒音が生じないので歩行者に接近していることを気付いてもらえないことが多く、何とかならないものかと色々考えた時期がありました。当blogでも以前に触れたことがありますが、こうした問題は何年も前から言われ続てきたことですので、トヨタもオプションとしてその対応を提案したわけですね。

ただ、これも以前に述べたことですが、2代目プリウスの場合、モーターを駆動するために電圧を上げる昇圧回路のコイルで磁歪音が発生するのをきらい、コストのかかる素材と構造を採用していました。3代目ではコストダウンのために磁歪音の発生は許しましたが、それが外に漏れにくくなるよう遮音と防振を徹底させました。

こうして磁歪音を抑える努力がなされながら、電子音であえて擬似的なモーター音を発生させるというのは何だか莫迦莫迦しい気がします。私は前々から遮音材を工夫するなどして耳障りな高周波音を低減させるなど上手に音質をチューニングし、この磁歪音を活用するほうが合理的ではないかと考えていました。

もしかしたら、これは素人である私が考えるほど簡単なことではないのかも知れません。が、電車ではこうした磁歪音がダダ漏れでも文句を言う人などおらず、むしろ独特の音階で変化する磁歪音を楽しむマニアさえ存在します(動画投稿サイトにはそういう投稿も少なからずあります)。やはり、やり方次第ではないかと思います。

  • 2010/09/07(火) 01:16:25 |
  • URL |
  • 石墨 #PxDbU/1w
  • [ 編集]

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