しかし、インサイトはそれから約7ヶ月で受注残を吐き出したらしく、今年1月以降の月販はそれまでの1/3前後まで急激に落ち込みました。現在、毎月3万台前後で推移しているプリウスとの差は実に10倍近くまで広がり、誰がどう見ても「勝負あった」という状況になってしまいました。

インサイトが首位に立ったのは赤い矢印で示した
わずか1ヶ月の瞬間的なものでした。
それも普通は年度末の追い込みで増えるべき3月に減り、
その反動で激減する4月に反転急上昇するという
実に不自然な動きでこの結果です。
こんな状況でメディアは騒然となったのですから、
いまにして思えば恐ろしく読みが甘かった
と評さざるを得ないでしょう。
2代目プリウスは2008年の秋に値上げされ、3代目へのモデルチェンジでもその価格に据え置かれていたら、インサイトとの価格差は40~50万円にもなっていました。当初は排気量アップも考慮し、このモデルチェンジでさらなる値上げもあるのではないかと噂されていたくらいですから、本当にそうなっていれば完全に棲み分けができたのは間違いありません。トヨタとしても利益率を考えれば値上げないし据え置きという選択もビジネス面で決して悪くない判断だったでしょう。
が、トヨタは利益よりシェアを取る判断を下しました。恐らく、ハイブリッド車のリーディングカンパニーとして例え単一車種でもパイオニアであるプリウスに限っては逆転を許したくないという強い意志が働いたのでしょう。最廉価グレードでたったの16万円差という恐るべき低価格でインサイトに対抗したのはご存じの通りです。
この価格差では装備の違いを差し引いただけで既にインサイトのほうが割高になってしまいますが、全般的な技術水準やそれ以前に車格そのものもプリウスのほうが上です。また、よほどクルマを見る目がない人でない限り、軽自動車並みと評されるインサイトの安普請に気付かないわけがありません。これでは全く勝負にならないのは明らかでした。
私は当初から両者の車格や技術レベルの違いが解っていましたので、本来であればライバル扱いするような関係ではないと考えていました。なので、3代目プリウスの価格が正式に発表された段階でインサイトに勝ち目はないと予測し、当blogでも何度となくその旨を述べてきましたが、実際にその通りになったわけですね。しかし、これは決して自慢するようなことではなく、冷静に見比べれば当然の判断で、そうした判断を下せないほうが問題と考えるべきかも知れません。
分別のない大衆メディアは両者を比肩するライバルとして扱っていましたが、それは根本的に大間違いでした。しかも、この争いをハイブリッド専用車同士のシェア争いという構図にとどめず、ホンダとヤマハが二輪車全般の覇権を競った「HY戦争」に準えて「TH戦争」というフレーズまで用いて煽る始末です。またしても彼らの価値判断能力の低さを露呈した程度の低い乱痴気騒ぎだったわけですね。
思い起こせば、新型プリウスの価格が205万円からというハナシが出たとき、ホンダの商品統括責任者である阿野主幹は「あの価格で出してビジネスが回るのならば、トヨタさんは本当に凄い会社だなと思う」とコメントしていました。
私はこのコメントを紙媒体を通してしか知りません(つまり、どのような口調で言っていたのかは想像に任せるしかありません)が、当時はまだ噂の段階だった状況も踏まえて常識的に捉えれば、205万円という価格に同氏は半信半疑だったと見るべきでしょう。いずれにしても、ホンダにはこの価格設定でプリウスのような高水準のハイブリッド車を販売することなど不可能ということを暗に示す、本音の発言だったと考えて差し支えないでしょう。
また、今年7月20日の会見の席でホンダの近藤副社長はプリウスに大きく水をあけられたことについてコメントを求められると「値段と性能は、残念ながらプリウスの方がインサイトよりも上。その結果だろうと思う」と述べました。
一般メディアではそれほど大きく扱われなかったかも知れませんが、自動車関連のメディアやその筋のライターたちは一様にこれを「敗北宣言」と捉え、それなりに話題になっていました。
中にはこうした発言を不甲斐ないと感じたり、この発言でインサイトの下取価格が下がるのではないかと心配している人もいるようですが、上掲のグラフでもマーケットによる評価は明らかです。私はむしろ近藤副社長の冷静さと下手な言い訳に走らなかった潔さを讃えたいくらいです。
ホンダは同じく7月20日の会見で2012年に電気自動車を発売する旨を発表しました。昨今の異様な電気自動車ブームに浮かれている大衆メディアの中には「ホンダも電気自動車市場に本格参入する意向を示した」と捉えたところも少なくなかった印象です。が、それも全くの的外れで、実際にはもっと現実的な理由があります。
その理由についてもホンダの伊東社長は実直に述べています。「電気自動車などの発売を決めたのは、積み重ねてきた技術を発表できる時期に来たこともあるが、現実にはほかの課題もある。米カリフォルニア州の法規制だ。」 また、北条取締役は電気自動車について「採算は取れない。限定的な生産販売のみ」と語っています。
世間一般には先進的なイメージを持たれることが多い電気自動車の発売計画を発表しながら、こうした後ろ向きのことを述べるのはかなり損なことだと思います。が、これが現実なのでしょう。他社でも事情は変わらないハズで(トヨタがテスラと組んでRAV4をベースとした電気自動車を発売するというアレも同様でしょう)、ホンダの首脳陣がこうしたマイナスイメージとなりかねない発言をしたのは、本当に正直なところを吐露したとしか考えようがありません。
(つづく)