当時の貴族階級は乗馬と狩猟を嗜み、騎士道を是とする風潮も根強く残っており、彼もそうした意識が非常に強かったようです。戦闘機パイロットとして活躍するようになると、その騎士道精神から部下の厚い信頼を得ただけでなく、敵国からも尊敬される英雄となっていきました。
現在はBVR戦闘(レーダーによる索敵と誘導ミサイルで攻撃する視認距離外戦闘)など珍しくもなく、IFF(敵味方識別装置)の装備など常識中の常識で、いわゆるロービジ(低視認性)塗装も当たり前となりました。国によっては目立つ塗装が規制されていることも多いため、部隊マークを色付きにするなど差別化する範囲は限られてしまった感じですが、かつては編隊長が目立つ識別色を機体の一部に用いるというパターンがよくありました。旧日本軍でも隊長機には赤や黄色、明るい空色といった目立つ色の識別帯などを施すケースがかなり頻繁にありました。
こうした識別色が用いられた理由は様々で、パイロットの自尊心に根ざすものだったり、敵に対する威嚇だったり、編隊を組む僚機に対して隊長機を識別しやすくすることで編隊行動の統率が得やすくなる効果を期待したケースもあったでしょう。特に無線機など搭載していなかった第一次大戦時、あるいは第二次大戦時でも旧日本軍みたいに無線機の性能や信頼性が著しく低い場合には有効だったと思います。
また、近接戦闘の間合いに入った敵に対しても隊長機は少し目を惹いたほうが良いとする考え方もありました。編隊長は当然のことながら高い操縦技術を持ち、豊富な経験を有する優秀なパイロットが務めるのが普通です。練度の高いパイロットは攻撃を受けても巧みな空戦機動でこれを回避する技術を持っていたりします。目立つことで囮になって攻撃を仕掛けさせ、それに集中するあまり隙が生じた敵機を僚機が撃墜するといった戦法に繋げることもできるわけです。
第一次世界大戦時のドイツではその識別色として主に赤が用いられていました(第二次大戦時のドイツは黄色が多かったようです)。当代随一のエースパイロットだったリヒトホーフェンの乗機は隊長機を表わす識別色の赤で全体が塗装されたゆえ非常に目立ち、ドイツ政府のプロパガンダにも利用されたといいます。そればかりでなく、敵国にも「赤い戦闘機乗り」として勇名を馳せていたんですね。

リヒトホーフェンが搭乗したフォッカーDr.1の復元機
強力な揚力を発生するこの三葉機はその分だけ高速性能で劣り、
クセが強くて乗りこなすのが難しかったといいます。
が、上昇力と旋回性能で圧倒、ラダー(方向舵)ペダルを踏み込むと
ほぼその場で機首を水平反転する180度キックターンも可能という
とんでもない機動力を有する機体だったといわれています。
それゆえ、リヒトホーフェンやエルンスト・ウーデットなど
第一次大戦時のドイツを代表するエースには好まれていたそうです。
ちなみに、リヒトホーフェンも父親に倣って男爵を名乗っていました(イギリス以外のヨーロッパでは正当な血を引く男子は断りなく爵位を世襲できたそうです)から、彼は「レッドバロン(赤い男爵)」とも呼ばれました。ヤマハオートセンターから転じ、全国でモーターサイクルの販売網を展開する株式会社レッドバロンの社名はこのリヒトホーフェンの異名に因んでいます。
リヒトホーフェンの乗機が真っ赤に塗られた経緯についても諸説ありまして、よく言われるのは迷彩塗装を指示した軍の上層部に対し、「身を隠すのは卑怯で騎士道に背く」といった反発によるものとされます。映画『レッドバロン』ではその説を採用していますが、後世の創作である可能性もあります。彼が真っ赤な戦闘機に乗っていたのは史実ですが、その本当の理由はよく解りません。
また、機体全てが真っ赤だった期間はさほど長くなく、通常の塗装の一部を赤の隊長識別色に塗った機体に乗っていた期間のほうがずっと長かったようです。いずれにしても、「赤い戦闘機乗り」として敵味方関係なく英雄視された彼は伝説になったというわけですね。80機を撃墜した彼も26歳の若さで戦死しましたが、敵地で絶命した彼は敵であるイギリス軍によって最高の敬意を払われた葬儀がとり行われ、手厚く埋葬されたといいます。
『機動戦士ガンダム』で最も人気を博した登場人物の一人であるシャア・アズナブルの乗機が赤く塗られていたこととリヒトホーフェンの伝説とが直接関係しているのか偶然なのかは解りません。が、高貴な生まれであったり、部下からの信頼が厚かったり、敵にも勇名を馳せた随一のエースパイロットであったり、赤い機体以外にも共通点がいくつもあります。
そもそも、この作品は子供向けロボットアニメとしては前例のないリアルさで戦争を描き出していました。例えば、旧日本陸軍が強行した「インパール作戦」(参加将兵約8万6000の4割近くが餓死しました)のように補給を等閑にしたら戦争どころではないという事実は改めて述べるまでもありませんが、大人向けの実写映画でさえ見落とされがちな補給についてもこの作品ではキチンと描かれていました。
この物語はゲリラ掃討作戦からの帰還途中だったシャアが地球連邦軍のモビルスーツ開発とその運用母艦の建造を軸とした「V作戦」を捉えたところから始まります。偵察に差し向けた部下の独断専行で2機のザクを失いましたが、直後に補充を要請し、補給艦とのドッキングの様子まで描かれていました(TV版ではそのタイミングでホワイトベースが攻撃を仕掛けており、それまで防戦一方だった彼らにとって初めての積極的な攻撃として描かれました)。
また、主人公が所属していた戦艦ホワイトベースにも何度か輸送機が接触しています。敵制空権下にありながら、使命感の強い女性士官率いる補給部隊がこれを強行突破するという、決死の補給作戦も展開されていました。成り行きで現地徴用兵ばかりとなった急造部隊ながら、軍上層部はちゃんと戦績を評価し、その戦力維持に努めていたというわけですね。
よく「作戦と兵站(へいたん)は車の両輪」といわれますが、この作品でも補給は戦力の維持に不可欠なものであるという認識が色濃く反映されていました。こうした点を見ても作者は実際の戦争をよく研究し、そこから多くを学んでいたのではないかと思われます。なので、作者がリヒトホーフェンを知っていて当然だと思いますし、それを彷彿とさせる赤い機体も、もしかしたら偶然ではないかも知れません。
(つづく)