酒と蘊蓄の日々

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朝日新聞の社説にしては非常に良い突っ込みだね

例の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件が記録されたビデオ(以下、尖閣ビデオ)がYouTubeに投稿され、その後の報道を見ていて私はこう思いました。「このビデオ流出事件はスケープゴート的に利用されているのでは?」と。

いまから約1ヶ月前に警視庁からテロ関連情報が流出したと疑われる事件が起こっていたことは皆さんもまだご記憶だと思います。が、その直後の尖閣ビデオ流出事件によってテロ関連情報流出事件は完全に吹っ飛んでしまいました。メディアも尖閣ビデオばかりを執拗に報道し、テロ関連情報流出事件はわざとらしいくらいに触れられなくなってしまいました。

あれから1ヶ月以上経過した現在でも警視庁は非を認めておらず、ネット上に出回ってしまった情報が彼らの作成した内部資料であるかどうかも(内容からして彼らの内部資料であるのは間違いないのに)「調査中」として明確な態度を示していません。この問題はメディアも殆ど放置したまま徒に時間だけが過ぎてしまったといっても過言ではないでしょう。

尖閣ビデオが流出したことで迷惑を被ったのは捜査協力を要請されたYouTubeを運営するGoogleの日本法人が最たるものでしょう。海上保安庁の関係者や同庁を管轄する国土交通省の関係者、政府与党にも迷惑に感じた人はいるでしょうが、責任者が責任を問われたに過ぎません。衝突事件の加害者である中国サイドもかなり迷惑に感じたでしょうが、それも自業自得というものです。

このビデオは投稿者である海保職員が削除した後もニュース番組などで何度も何度も繰り返し流され続けました。そのことで政府からテレビ局へクレームが付いたというハナシも聞きません。つまり、映像そのものにはさして悪影響のある内容など含まれていないというのが殆どの日本人の認識でしょう。いまでもネット上にはコピーが出回ったままになっていますが、この状態を憂う人など(中国人以外)殆どいないでしょう。

しかし、同じ機密情報の漏洩事件でも警視庁から流出したに違いないテロ関連情報は個人情報が多く含まれており、そのことによって被害を受けている人も決して少なくないといいます。最悪なのは警視庁がいまだに責任を認めておらず、流出した情報に関して警視庁自身は放置しているという状況です。捜査は当然やっているのでしょうが、それだけでは無責任もいいところです。この情報がネット上に存在し続けることは憂うべき状況です。

尖閣ビデオを流出させた海保職員に対しては義侠的なイメージが持たれたり、好意を感じている人も少なくないようです(私個人の感想としましては、機密情報を漏洩させた行為そのものについては擁護に値しないと思います)が、テロ関係情報は誰がどう考えても善意として受け取れる要素などカケラもなく、どんな詭弁を弄しても正当化などできません。

尖閣ビデオの流出とテロ情報の流出とでは、どちらがより重い責任を帯びているか、どちらがより多くの善良な人に迷惑を及ぼしたか、火を見るよりも明らかです。なのに、多くの関心が前者に集中し、後者は忘れ去られようとしています。こんな出鱈目な状況は何らかの意思によって作られたか、日本人の価値判断能力が崩壊しているか、どちらかに断定できるでしょう。

いま、日本のメディアもWikileaksに流出したアメリカ政府の機密文書について盛んに報じており、かの国の情報管理に対する信頼がどうのこうのと論じられています。が、警視庁から流出したに違いないテロ関連情報の問題を棚に上げて何をか言わんやです。

などと思っていたら、朝日新聞の一昨日付の社説が非常に良い突っ込みをしていました。彼らにしては珍しい慧眼で書かれており、ちょっと感心してしまいました。なので、全文を転載します。

流出資料出版―警視庁はなぜ謝らない

 警視庁のものとみられるテロ捜査の書類が流出してから1カ月。いまも大量の電子ファイルがネット上を漂い、世界中の1万台を超えるパソコンにダウンロードされたという。

 その資料をそっくり印刷して書籍にした出版社に対し、東京地裁が、出版や販売を差し止める仮処分命令を出した。顔写真や交友関係といった個人情報をさらされたイスラム教徒らの申し立てを受けた判断だ。

 出版の自由や言論の自由は民主主義の根幹である。しかし、プライバシー権とのかねあいをどう図るかは、難しい。今回の資料はネット上で公開されてしまっており、出版だけ止めても意味がない、という意見もある。

 だが、中にはテロとかかわりがあるかのような記述をされた人もいる。普通の市民ならば、絶対にばらまかれたくない内容だ。それが書店の棚に並べば、ネットで探すより容易に手にとって見ることができる。

 出版によって、回復が著しく困難なほどの権利侵害が起きるとした今回の判断は妥当だろう。東京地裁は、仮に出版社が情報流出について問題を提起したのだとしても、「詳細な個人情報自体は公共の利益にかかわるとはいえない」と断じている。

 ネット時代に、出版社を含む既存メディアはどう向き合うべきか。

 ネット空間は今や権力が秘匿する情報を暴露し、告発する手段としても使われるようになった。折しも、ウィキリークスによる米外交文書の暴露が世界を揺るがせている。一方で、有害な情報がひとたび流れ出てしまうと完全に取り除くことは不可能だ。

 まず情報の真偽や価値を見極める。ついで公開によって社会が得る利益と被害を比べる。そして、報道に踏み切るか判断する。新聞や出版、放送など既存メディアの役割はなお重いと考えるべきだ。公益性の吟味をせずに情報を写すような今回のやり方は、責任を果たしているとはいえないだろう。

 警察はいまに至っても流出資料を本物と認めておらず、出版の動きに抗議することもできなかった。被害者をこれ以上不安に陥らせぬためにも、早く認めて謝罪するべきだ。

 申し立てをした人たちは、警察当局の対応に憤っている。警視庁は、携帯番号や家族構成まで暴露された捜査員については安全を守る手立てをとっているはずだ。その配慮を、民間の被害者にももっと尽くすべきである。

 流出経路の調査は難航している。警視庁公安部では、暗号化やデータ持ち出し防止策がないパソコンが使われていた実態も明らかになった。

 警察が守るべきは誰か、正すべきことは何か。失敗を認めた上で、ことに当たってほしい。それが、失った信頼を少しでも取り戻す道だ。

(C)朝日新聞 2010年12月1日


「書店の棚に並べば、ネットで探すより容易に手にとって見ることができる」という認識については大新聞の論説委員という古いメディア人にありがちな錯誤という気もしますが、大筋においては正鵠を射ているといえるでしょう。朝日新聞の社説にしては上出来だと思います。

テレビ通販を軸に急成長した「ジャパネットたかた」は、6年前に顧客情報を流出させてしまう不祥事を起こしました。この事態を重く受け止めた同社は1ヶ月半に渡って営業を自粛しましたが、その間の減収は150億円にものぼったといいます。

ま、警察は営業自粛などできませんから、反省の態度を示すにしても違ったやり方をする必要があるのは言うまでもありません。が、彼らは流出した情報が自分たちのものか否かすら1ヶ月経っても明らかにしていないのですから、どう考えても反省しているようには見えません。他のメディアも朝日新聞を見習って警視庁に対する批判をもっともっと高めているべきでした。

そうして警視庁を敵に回し、記者クラブとの関係にヒビが入ったとしても、そのときこそメディアスクラムでもって対抗すべきです。が、日本のメディアはメディアスクラムを弱い者イジメにしか用いない習性がありますので、彼らに期待しても無駄なのでしょう。しかも、警視庁の記者クラブは何故か3つもありますから、この一件でメディア同士が協調し合うということさえ望めないかも知れません。


(おまけ)

尖閣ビデオ流出のとき、新聞やニュースの字幕などに「ユーチューブ」と標記されていましたが、私にはかなり違和感がありました。ネットでは「YouTube」と標記されるのが常識で、個人レベルでは時々これをローマ字読みした「ようつべ」と書かれることもありますが、カタカナで「ユーチューブ」と書かれていたのを見たのはあのときが恐らく初めてだったと思います。

逆にいえば、新聞やテレビなどのレガシーメディアではネットの常識が通用しない壁みたいなものがあるのだなぁと思いましたね。

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