酒と蘊蓄の日々

The Days of Wine and Knowledges

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アツイ握手

「あの社長、県議会議員に立候補するつもりらしいよ。もの凄く熱い人でさ、別れ際に握手を求めてくるよ、絶対。」

私が前職でまだ駆け出しだった頃、先輩にそう言われて引き継いだクライアントは、先輩の言う通り熱い人でした。千葉の田舎で事業を立ち上げ、その頃は年商も億単位に上っていたそうです。

初めてその社長と会ったのは、とても風の強い日でした。しばらく晴れ続きだったこともあって、近所の畑からもの凄い土埃が吹き寄せてくるような状態だったんですね。

私が訪問したとき、丁度社長も外出先から戻ってきたところで、エントランスから一緒に社長室の応接に入りました。

どうやら窓が少し開いていたらしく、高そうな革張りのソファーやテーブルの上にはうっすらと土埃が積もっていました。

「ああ、こりゃ埃まみれだな。」

などといいつつ、社長は素手でソファーの土埃を掃い始めました。ま、元々はお百姓さんの出ですから、気の良い田舎のオッチャンみたいな気質の人で、こういうところは何とも豪快な感じです。

素手では埒があかないと悟ると、社長は泥だらけの手でインターホンの受話器を取り、お茶とぞうきんを持って来るように伝えていました。間もなく、女性がそれらを持ってきて、ソファーとテーブルを拭き、お茶を呈してくれました。

当たり障りのない世間話で数分、本題に入って15分くらい、それで私の任務はおしまいなのですが、社長にしてみればそこからがアクセル全開になるところです。事業を立ち上げたばかりの頃の苦労話から、バブル期に押し寄せてきたあの手この手の誘惑など、いずれも強い信念を貫いたからこそ、いまの自分があるのだと社長の半生物語が続きました。

恐らく、これまで何十人という人に同じような話をしてきたのでしょう。そのうち洗練されていったのだと思います。30分くらいのスピーチは淀むことなくきれいに纏め上げられていました。

いまの自分があるのは周囲の人たちのお陰だから、その恩返しをしなければならない、地域に貢献しなければ男が廃るといった感じで、社長のヴォルテージはどんどん上がっていったのでした。

こういうとき、同じ話を延々繰り返す無限スパイラルに入り込んでしまう人もいますが、この社長は一通りしゃべり尽くしたら一応のカタルシスは得られるようで、ズルズルと付き合わされることもなく、すっきりと最後を締めていました。さすがは議員を目指しているだけのことはあります。

「それじゃあ、石墨君、今後とも宜しく頼むよ!」

と右手を差し出されました。「おお、やっぱり握手か」と思いながら私はその勢いに乗せられるように社長の手を握っていました。社長はもの凄く満足げでしたが、私は心の中でこう呟いていたのでした。

「アナタは忘れているでしょ? さっきソファーの土埃を掃って、この手が泥だらけになっていることを。」

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